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らん
2017-01-16 17:59:53
2157文字
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シエルとカノジョ
お年玉企画。
カノジョとのデートの時、待ち合わせ場所にときたま少し遅れて行くのが好きだった。
出会ってから今日に至るまで、普段は俺のほうが早く着いて待つことが多いから、あいつはいつも小走りで待ち合わせ場所にやってくる。
「お待たせしまってすみません、シエルさん」、そんな言葉が「今日もシエルくんは早いですね」に変わって、今では「シエルに今日も勝てなかった!」なんて頬を膨らませてみせる姿も好みなのだけれど、それよりもずっと良い顔を見せてくれるのが、俺が遅れた時だ。
それにはじめて気づいたのは、仕事のスケジュールが押して集合時間を少しばかり過ぎてカノジョとの待ち合わせ場所に向かった時。
連絡を予め入れていたとはいえ、あいつは俯くこともせず、あたりを見渡すこともなく、ただひたすらに前を向いて立っていた。ピンと地面から糸が張られたように伸びた背筋が綺麗で、息をついて見惚れるほどの洗練さを持って。
思わず立ち止まった足を動かして、小走りでカノジョの元まで向かえば、ふと人影が目に入ったらしくこちらにアイツの視線が写る。その瞬間、まるで花のように笑ったのだ。はりつめた何もかもがゆるやかにほどけて、ただ俺のためだけに引き出された笑み。
「シエル、」
視界がジャックされたようにあいつだけしか見えなくなって、呼ばれた名が毒のように体内を巡り、じわりと焦がれていく感覚がする。花の毒にヤられて、痺れたような心地だった。
その時の感覚が忘れられなくて、もう一度欲しくて、たまに俺はわざとカノジョより遅く行ってみる。そのたびに伸びた背筋と真っ直ぐでブレない視線が俺を見つけた途端に様変わりすることが、この上なく好きだった。
ーーそして、今日も俺は乞うのだ。他人に対してはりつめた気高さを、それが俺のせいで瓦解して溶ける瞬間を。
「悪い、遅れた」
カノジョの来る時間は大体五分前。それに合わせて車を近くに駐めて歩いてくれば、待ち合わせ時間ギリギリでカノジョが先に着いている。
伊達眼鏡をかけたままでも、あいつが俺に気づかないことはない。今日も目の前に現れれば、やっぱり俺だけのために形作られた笑顔を見せてくれた。
ぞくりと背筋が震えて、まるで甘ったるい何かを飲み込んだ気分だ。
こいつはやっぱり花の毒で、気づかぬ間にいつも侵されている。それを悪くないと思う自分は、そろそろ狂ってきているのかもしれなかった。
「今日は私の勝ちかな」
「勝負なんてしてないだろう?」
「そうだけど、いつもシエルのほうが早いから。というか、集合時間には間に合ってるから遅れてないよ」
「お前を待たせた事に変わりはないだろ」
素肌を晒したままの掌に触れれば、随分と冷えている。普段体温の高いカノジョでも、今日ばかりは寒波に負けたらしい。
手袋は?そう聞けば今日は置いてきてしまいました。なんてとぼけるけれど、嘘だということは分かりやすかった。
「わざと忘れてきたの間違いじゃないのか?」
「
……
分かってるのに聞くのは、ずるい」
同じくらいの体温をてのひらから分け合い、そのまま手を繋ぐ。普段は腕を組むことが多いのに、たまにこうやって甘えてくるのだ。計算づくで動こうとして、でも恥ずかしがり屋だから完遂出来ないのに。そんないたいけさが可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか?
目を細めて笑えば、珍しく指先が絡まる。人の目が少し気になる、なんて言ってなかなかしないことをする今日のカノジョは、よくよく見れば服装や化粧もいつもより派手に感じた。
「人前だけど?」
「今日は、がんばります」
「それに、化粧変えたのか。似合ってる
……
が、いつものほうが俺は好きだな」
「えっ、」
「気づくぞ、それくらい」
くつくつと喉で笑えば、ペースを崩された隣の恋人はとたんに赤面して俯いた。待ち合わせ場所で凛としていた姿なんてどこにも面影がない。
「なにかあったのか?」
「
……
」
「黙ってちゃ分からない」
「
……
少し、」
ほんの少しでいいから、シエルに近づきたくて。
どうしてこうも人が居るところで俺を殺そうとするのか、ぜひともご教授願いたい。まるで至近距離でナイフを突き立てられたような鋭さで、カノジョは唐突に俺を毒して殺そうとするのだ。
懸命に追いかけてくる姿を愛しいと、愛玩するように眺めている俺が実は囚われていて、本来はお前が全部手綱を握っているような錯覚さえ起こすほど、突然に。
「
……
人前で良かったな、」
誰も居なかったら。もしこれが自宅だったなら。多分、こんなに冷静じゃいられなかった。
絡めた指先に力を込めて、ほんの少し歩くスピードを速める。今日は泊まれないのだと言われていなければ、このまま連れ去りたいくらいだ。
「シエル?」
「寒い。はやく店に行こう。次会う時までお預けされといてやる」
「お預けって、
……
何を?」
本当に困った恋人だ。ここまで毒しておいて、何も知らない無垢さで笑って。やっぱり今すぐ連れ去ってやろうか。そうでもしなきゃ、俺ばかりが割を食っているようで気に食わない。
今日はお前の勝ちだけど、意趣返しくらい許されるだろう?
意図に気づかれる前に繋いだ手を引いて冷えた唇に軽くキスを落とせば、ようやく毒気が抜けた気がした。
END
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