大人になることは、仕方のないことだと言えるようになりたかった。けれど兄弟や自分の本音はそんなところになくて、それがどうしようもなく心をかき乱す。
そんな俺が「大人」を口に出せるようになったのは、目の前でうたた寝をしている彼女のせい、いや、おかげだった。
「あんたが読みたいって言ったんだろ……」
陽当たりの良い木々にまぎれると、彼女の服は少し場違いな気がする。閉じた目蓋の奥でどんな夢を見ているんだか知らないが、ゆるんだ口元から幸せなものであることは理解できた。
しかし、いつだか貸してと言われていた本国の名残でもある歴史書を渡したのはやっぱり間違いだったのだろう。あんた、誰に会いに来たって言ってたっけ?俺じゃないのか。
気遣い無用の足音を立てて来たというのに起きる気配はひとさじほどもなく、ひとつ溜息をついて彼女の前にしゃがむ。許可も無しに触れてもいいのか戸惑って、俺には触れる権利があるのだと思い出して。そっと、彼女の頬に指先をはわせた。
「……子供体温、だ」
そのあたたかさが愛おしかった。
もう子供じゃないと宣言したのは俺で、それを認めた彼女の隣を歩めるようになって、それなりの月日は経っている。それでもいまだに触れるのはすこし怖い。
大人には責任が伴うのだ。もう子供じゃいられないと、大人になることは仕方ないのだと言えるようになった今もまだ、その責任の重さを放棄したくなる。
そんな時、いつも彼女は俺の頬を撫でるから、こうして彼女のあずかり知らぬところでただそれを返すだけの時間が、俺は好きだったりするのだけれども。
(今日はちょっとなぁ)
別に塞ぎ込んでもいなければ、あんたに優しく出来なかったわけでもない。単純に構われたかったと言ったら子供になってしまうから、言えない。
ああ大人って面倒くさい。やっぱり認めなければ良かったんだろうか?
そうしたら、今の幸福が無いことも知っているから撤回なんてしないけれど。
「……ね、ろ……?」
「あ、起きた」
撫でただけで俺だと気づいてくれることはこの上なく気分が良い。満足したところで離そうとすれば、彼女が擦り寄る。それは、ああ、もう。
やっぱり大人になることは仕方ないと思うんだ。あんたがこんなに無防備だから。
歴史書を大事に抱えた彼女の腕から力が抜けるほどにこの場で全部奪ってしまいたい。そう言わずに耐えられるのは、多分、大人になった俺だけでしょう?
END
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