らん
2016-11-16 18:14:36
5676文字
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ジュダ先生と彼女ちゃん

ディアヴォ。

「それって別にあんたじゃなくてもよくない?」
……え、」
それは久々に友人とお茶をした時だった。最近彼氏とはどうなの?なんて話を振られるとは思っていて、なんだかんだで一年以上続いているジュダのことをぼやかしながらも話したら、友人から返ってきた言葉がソレ。
お喋りに夢中になっていた口内はさっきまでなんの渇きも無かったのに、途端に水分が欲しくなるほどからからになる。飲みかけのホットのカフェモカに口をつけて喉を潤してみても、心のどこかで友人と同じことを思っていた面倒な私が顔を覗かせている今じゃあ効果は薄かった。
「でも、愛されてるなって思うよ?」
「それはあんたが彼氏を好きで、離したくないからでしょ。でもさー、彼氏にとってみたら、あんたってただの都合の良い女じゃん」
……あたし、別に嫌だって思ったことないけど」
横暴な態度も、唐突な呼び出しも、理不尽なワガママも、全部ジュダを構成するものだ。むしろひとつでも欠けたらジュダじゃなくなってしまう。
「だーから、あんたが良くてもさ?彼氏からしたら、文句言いつつも最終的にはなんでも言うこと聞いてくれる女だったら誰でも良いんじゃないの?」
……
「俺のこと一番分かってるのはアンタだけ、とか、そこらへんの遊び人の台詞じゃん。あんたは彼氏が好きだから幸せかもしれないけど、もしあんた以上に言うこと聞いてくれて、あんたより可愛くて、あんたより都合の良い女ができた時、本当に捨てられないって言えんの?」
普段なら「そのときはあたしがもっといい女になるよ」って断言出来た。ジュダのことが好きだから、ジュダを諦めるって選択肢はないから、とにかくジュダの側に居たいと思うから。
けれどそれは普段なら、の話だ。
そもそも今日友人とお茶をすることになったのは、あたしが職場で大失敗したことを慰めてもらうためだった。
こんなことジュダには相談したくなくて(そもそも相手にされないのだけれど)、けれどこんないじけたメンタルのままじゃあ彼には会えない。とても優しい人だから、少しでも顔に出ると前みたいに怒られるだろうし。それでも独りで抱えているには重すぎて、友人に愚痴っていたのだ。
そんな弱りきっている最中で、この話。どう考えても普段通りにはいかなかった。友人の言葉が脳内に反響して、そうかもしれないなあ、と、付き合いたての頃に何度も心の奥底で思っていた弱音が表面に出てくる。
(ジュダは、都合が良いからあたしを選んだのかな)
見るからに落ち込んだあたしを見兼ねてか、友人はパフェでも頼もうかと甘いものを勧めてきた。こういう時こそやけ食いに限る。けれど、きっと今見ても選ぶのはどうせいちごのパフェになるだろう。それくらいにはジュダに影響されて、依存している。
「いらない」
「そう?じゃーウチはなんか頼もっかなぁ」
いつからかヘビースモーカーになっていたらしい友人が煙草をふかしながらメニューを開いた。灰皿に積まれ始めた吸い殻が物珍しい。ジュダは吸わないし、むしろ嫌いなもので、あたしにとっても嗅ぎ慣れないもの。
煙の流れはこちらに向いていて、それでもいいかってはじめに聞かれた時、あっさりと許したあたしって実はとんでもなく甘いんじゃないのか。副流煙が一番害なんだっけ、まあなんでもいいか。
もう一度含んだカフェモカがやけに苦く感じる。さっきまで甘かったのになぁ。



明日オフなら俺の家来い。
友人と駅で別れ、そこでようやく開いたスマートホンにはトークアプリの通知が届いていた。どう考えてもジュダだ。
(来いって、命令じゃん)
これに応じちゃうあたしがバカなのだろう。それでも、好きで、会いたくて、こうやって求められることが嫌ではないのだからどうしようもない。いっそ嫌いになれたなら、何度そう思っても結局ジュダの元に行ってしまうのは、あたしが弱いせいなんだろうか。
一人暮らしをしている自宅には戻らずに、そのままジュダの家へ向かう。揺れる電車の中で、ただひたすらにあたしの脳みそはフル稼働していた。
これは好きという感情なのだろうか。それとも、あたしの弱さなのだろうか。もし弱さだというのなら、
(ジュダの側には居れないな)
たとえ都合の良い女だとしても、曲がりなりにも、確かにあたしを求めてくれた時間があったことは事実なのだから。どうしようもないほど不器用で優しい彼をあたしの都合で傷つけちゃいけない。
ジュダが好んで履くメーカーのブーツをあたしも履くようになって半年が経つ。そろそろ踵が削れてきたなぁ。捨て時かもしれない。
そんなブーツでジュダの部屋まで向かって、インターホンを鳴らせば返事の代わりにドアが解錠された。引いて中に身を滑り込ませると、蜂蜜色のふわふわした髪を持つ彼が出迎えてくれた。
「返事ねーから来ないのかと思った」
「それなのに誰か確認せずに開けたの?不用心……
「うるっせぇな。どーせアンタくらいしか来ねぇよ」
どうやらブーツを脱ぐ暇もくれないらしい。手首を掴まれて、勢いのままキスされる。まだうがいもしてないけど、あたしが風邪菌を持ってたらどうするんだろう。仮にもヴォーカリストなんだから、そういう所も自分で気をつけなきゃいけないのに。
なんて、拒みもしないあたしが言えた義理じゃあないか。
息継ぎでひらいた空間の酸素を求めて軽く口をあければ、ジュダの舌が侵入してくる。求められるまま絡めて、大好きなジュダの甘さを貰う。好き、大好き。そう思っているこの気持ちに嘘は無いはずだ。だけれど、一度水面に表れたものを沈める術を、あたしは知らなかった。(優しいから、きっと大丈夫。こんな弱いあたしより、もっと良い人が居る)
なんたってジュダは篝火の天才ヴォーカリストだ。女の子には困りやしない。
そういえば会社でも言われたなあ。押しに弱いから流されるんだって。だから理不尽でも受け入れるんだって。弱いあたしのせいだって、一方的に決めつけられて。
(あたしだってそうしたかったわけじゃない。でも、あの場で折れなきゃ相手も納得しなかった)
自分の意見を伝えられないことは何よりも弱いことだと言われたけれど、どうしたら良かったんだろう?「だから女は」なんて、もうどうしようもないじゃないか。
こんなことで挫けそうな弱いあたしは、あたしが一番嫌だよ。
ふわふわとした気分のまま、離れた熱が名残惜しい。何考えてんの、降ってきた言葉になんでもない、なんて笑った。
「つーか、ヤニ臭ぇ」
……え、ああ、友達と会ってたの。ヘビースモーカーだから結構付いちゃったのかも」
「ふーん……男?」
抱きしめられる腕に力がこもる。ああ、やばい。こうして嫉妬してもらえて嬉しいなんて言ったらキレるんだろうな。今日は喧嘩したくないな。
「女の子だよ」
答えに安心したのか、痛いくらいの力が緩まって、労るように背中が撫でられる。そういうところがかわいいと思う。
「あっそ。ならいいや。でもヤニくせーのヤダからさっさと風呂入ってこい」
「ああ……それなら、帰るね」
「はァ?」
意味分かんねぇんだけど。
先にリビングに向かおうとして離れかけていたジュダが不可解な顔をつくった。明日オフじゃねーのかよ。いや、明日はオフなんだけど、今日は帰るね。それで納得する男じゃないのは重々承知している。
ジュダはいつだって横暴だけれど、あたしにとって害が出ることは絶対にしない。それはあたしの「時間」も対象で、突然電話が掛かって呼び出される時も絶対にあたしのこの後の時間が空いているなら来いって言うのだ。例外は一度だってない。
ジュダは、自分が人を傷つけやすいのを知っている。あたしも傷つくのだと理解してるから、あたしに害が出そうだと思うと自分から遠ざけたりもする。構えない時は予め構えないって言われるし、優しく出来ない時は帰れってちゃんと言う。
それくらいに、ジュダはいつもとても優しい。優しいから、その甘さに今は触れたくないんだ。全部あたしのワガママだ。
「泊まってけばいーじゃん」
「ううん。まだブーツ脱いでないし、このまま帰る。おやすみ、ジュダ」
「ふざけんな!ここまで来といて帰るって何事?俺が居ろって言ってんのに、」
「ごめん、」
……あー……萎えた。はいソーデスカ。じゃあ帰れば?てか今すぐ帰れ。サヨウナラ」
ついさっきまであたしを包んでいた温もりが遠ざかっていく。近くのものを蹴り倒す音が聞こえるけれど、それも無視するように身なりを整えはじめた。
ほんとは、一緒にいたいなぁ。いたいけど、この気持ちがあたしを慰めて欲しいっていう弱さで、ジュダが好きって気持ちじゃないからダメ。
「ばいばい」
都合の良い女そのいちはさっさと帰ろう。呟いた一言とともに、ついさっきくぐり抜けたばかりのドアを開けて帰るはずだった。
はずだったのだけれど、後ろから勢いよく抱きしめられて引き戻される。あまりにも勢いがついていたせいで尻もちをついてしまった。通す人を失ったドアが虚しく閉まる。
……っ、て、……に?」
「〜っ、い、った……ジュダ?」
首に思いきりジュダの両腕が巻きついていて、がんじがらめ状態だ。どう頑張っても抜け出せそうにない。肩に顔を埋められたせいで、ふわふわした彼の髪がすこしくすぐったい。耳元にダイレクトに届く声があるのだけれど、ぼそぼそと小さくてうまく聞き取れなかった。
「ジュダ?なに?」
「っ、……って、」
「ジュダ、」
「バイバイって、なに?」
そんなにあたしは悲痛なバイバイをしただろうか。ジュダがこんなに泣きそうな声で、あたしを思わず止めるほどの、お別れの言葉になっていたんだろうか?
てっきり破壊音にまぎれて聞こえないと思ってたんだけどなぁ。
「バイバイは、バイバイだよ」
……俺、捨てられんの?」
「違うよ」
あたしが、ジュダに捨てられる前に身を引くの。
…………?」
「篝火の曲が大好きだよ。これからもずっと好きだと思う。……ジュダの音楽が好き。文句ばかりでごめんね。すんごい沢山喧嘩したし、都合の良い女にちゃんとなれてたかも分かんないけど、……ありがとう」
もう弱いあたしに優しくしなくていいよ。ジュダに優しくできて、ジュダの音楽を高められて、ジュダにとって最愛になれる人にその優しさをあげてほしい。
君は確かに社会不適合者だけれど、分かってくれる人は絶対に居る。
泣くな。全部あたしの都合なんだから。これまで何度泣いて、何度ジュダに慰められたっけ。喧嘩するくせにすぐ泣くんだ、あたしは。
今日くらい笑顔でお別れしたいの。だから、お願い。どうかこの部屋を出るまでは、泣くな。
「バイバイ」
いつの間にか力の抜けていた枷から抜け出して、笑顔でお別れをする。いつだったか、捨てられるかと思ったって弱音を吐いたジュダにあたしは「捨てないよ」って言ったっけ。捨てないよ、全部。弱いあたしがジュダからお別れを言われたくなくて、身を引くだけ。
(なんでこんなに弱いんだろう)
もう何もかもが嫌になる。
後ろ手でドアを開けて、ゆっくりと閉める。ひとつ深呼吸して、ブーツの踵を削るように全力疾走した。はしれ、はしれ。終電まではまだ時間がある。はしれ、はしれ。この涙を全部吹き飛ばしてほしい。
最後のキスの感触が、まだ残っていた。



何が悪いとか、どこがいけなかったとか、そういうのは全部俺のせいだと理解しているから、いつかは来ると分かっていたはずなのに呆けてしまった。
「ばいばい」
落ちた言葉が破壊音の中でやけに響いて、わけもわからぬままアイツを抱き留めた。普段ならすぐに泣くくせに、肝心なことがあるときはいつも笑うんだ。笑ってたんだ、泣きそうになりながら。だから、引き留めた。
「バイバイって、何?」
ああ、これ、いつかどこかで見た夢の記憶とそっくりだ。そう気づいたのは俺がそう問いかけた時だった。絶対に正夢になるなと願っていたこと。正夢にしないために、曲として消化した夢。
それが、どうして、今更。
「ジュダに捨てられる前に、身を引くの」
捨てられるってなんなの。捨てるのは俺じゃなくてアンタじゃん。そう喧嘩したことが前にもあったかもしれない。その時は泣いてたのに、今日はどうして笑ってんの。なんで、どうして、本当にお別れみたいな顔すんの?
「都合の良い女にちゃんとなれてたかも分かんないけど、」
誰が一度だって都合の良い女なんて言ったんだよ。そんなこと思ったことないし、俺のこと分かってんのはアンタだけじゃん。なんでこの気持ちが分かんないの。
(なんて、アイツは俺じゃないんだから、他人なんだから、当たり前か)
いつもだったらもっと何か言えてたはずだ。誰もそんなこと言ってないとか、捨てないで、とか、愛してるとか、行かないで、とか。
けれどどうにも夢と被るものだから、俺も呑まれてしまったのだ。夢の中の俺は、アイツを引き留められなかった。笑顔でサヨナラするアイツに、言葉もかけられなかった。
そして、今も。
破壊したものがリモコンに当たったのか、それとも俺が踏んだのか、リビングのコンポからはさっきから篝火の曲が再生されている。あれ、これっていつから流れてるんだろうか。もう分かんねーや。
『Goodbyeが言えないばかりか、頬が濡れてきた』
夢の中の俺は虚勢のサヨナラも言えなければ、ただ泣くだけだった。アイツの残してった温もりが洗ったら消えるんじゃないかと思って、着ているシャツすら洗えなくて。
ああ、なんだ、今の俺じゃん。
なんの言葉もないままに、ただひたすら泣いた。まだ泣けたんだ、なんて見当違いなことを思いながら、声が枯れるまで、ずっと。
『一人じゃ、いられない』
最後に残ったのはアイツの香りじゃなくて、どこの誰ともしれないヤツの煙草の匂いだった。

続き出来たら支部にあげる