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らん
2016-09-19 09:10:18
2664文字
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みどゆづ
放課後の話
『私の声が届いていますか』『魔法』
「伏見先輩の手は魔法の掌ですね」
「
……
貴方、たまにとてつもなく背筋が粟立つような詩的表現をなさいますね」
「えー、だって、本当に魔法っスよ?」
だからそれが気色悪くて恥ずかしい、と本音を言えば、きっと翠はへらりと笑いつつ落ち込むことは既に分かっている。それにどうしてか胸を痛める自分の存在も理解してしまった今、二人きりの際、弓弦にそれ以上の毒舌を吐くことは出来なかった。
使われることのない空き教室で逢瀬を重ねるようになり早二ヶ月。そもそもの発端はところ構わず絵をねだられるくらいなら、と弓弦が言い出したものだった。去年のクリスマスにはじめて会話を交わし、それからというもの懐かれてしまったのである。
弓弦の主人である桃李に言わせれば「弓弦が懐かれるのも、アイツが懐くのも珍しい」ことで、あまり流星隊メンバーの内面を留意していなかった弓弦にとってみれば「面倒」の一言なのだが。
それが、どうしてか、いつからか、居心地の悪くない相手になってしまった。高峯翠という人となりを知っていく度、弓弦に見せる態度がゆるキャラへの愛と同じものであると安堵したせいかもしれない。
もし特別なものだったなら、それこそ弓弦には受け取れない代物だ。弓弦の壊滅的な絵をゆるキャラと同じ愛で愛し、それを書く弓弦は神様みたいなものなのだろう。だから同じ愛で構われているのだろう。
(そうであって、ほしい)
本当は違うことなんてとっくのとうに気づいている。この空き教室で二人きりで何度会話していると思っているのだろうか。弓弦は鈍さなんてものととんと離れた場所に腰を下ろしているせいで、他人の感情の機微には相当鋭かった。
だから、知っている。理解している。翠が自分に向けている感情が愛ではなく恋に変化していることも、ーー自分の感情が、恋になってしまいそうなことも。
ろくな人生は送ってこなかった。翠が褒める魔法の手は、血に染まったこともあれば、泥に塗れたこともある。それを拾い上げてくれた桃李が居なければ、翠と出会うことなんて一生無かっただろう。
本当は、ここに並ぶ価値すらないのだから。
「伏見先輩?大丈夫ですか?」
「
……
申し訳ありません、少しばかり疲れたようで」
「えぇ!マジか、えっと、寝ます?膝とか貸します?!」
「は?阿呆ですか?私達の身長を考えてくださいまし」
「でも、
……
あ、じゃあ、肩貸します!」
なぜそこで引かずに代替案が出てくるのだろうか。
弓弦はひとつ大きく溜息をつくと、向かい合って座っていた席から立ち上がる。そして翠の隣の席に座り、互いの椅子をくっつけた。
「せ、せんぱ、」
「背中」
「へ?」
「背中をお借りしてもよろしいですか?10分ほど仮眠を取らせてください。後ほど生徒会に戻らなければならないので」
「はい!」
すぐに背中を貸せるように座り直した翠に、犬っぽくて苦手だと苦笑していたいつかの弓弦自身が蘇る。この真っ直ぐすぎるところが流星隊の性質のひとつでもあるけれど、普段の高峯翠からは考えられない性質だということも今では理解していて、それが少しばかり優越感を満たすと知ったら、この大きな背中は動揺するだろうか。
(なんて、浅はかで、馬鹿な)
ブレザーに包まれた肩に頭を預け、体重を背中に預ける。どくり、と翠の鼓動が聴こえた気がして、柄にもなく人間なんだと再認識した。
そうだ、高峯翠という男は、人間だ。真っ直ぐで、時たま笑う顔は随分と子供らしくて、けれど真剣な時はいつでも綺麗で。天然の逸材だ。
普段は憂鬱さを押し出しているけれど、やることはきちんとやるし、ものによっては進んで取り組む所もある。別に、何かが悪いわけではない。ただ人よりマイナスなことばかり口にするだけで。
いつから好きだったか、とか、どうして好きなのか、とか。思い出すことも、その理由に挙げられる明確なものも自分で分かっている。翠に救われたのは他でもない弓弦自身だ。
欠点であるこの絵の腕前を個性に変えたのは、ヒーローである翠だった。「完璧な伏見弓弦」に傷をつける欠点を受け入れなかった周囲とは違い、翠だけは笑ったのだ。素敵だと、好きだと。
きっかけなんて、そんな些細なもの。
理解しているけれど、好きということは許されないとどこかで思う自分も居る。結局弓弦の中で最優先事項が桃李から変わることは生涯無いからだ。桃李が居なければ伏見弓弦は此処にだっていないのだから。桃李の消失は、弓弦の消失とイコールだ。そんな自分が、なんの不自由もない年下の感情を縛っていいものか。
(それでも、犬から人間になろうとしている)
それが歯痒くて、怖くて、躊躇する。
好きなのだと言ったら、きっと桃李は馬鹿じゃないのと笑うだろう。駄犬が人間になっても文句はないと言うのだろう。それだって、知っているのに。
結局自分が臆病なだけ、なのだけれど。
瞳を閉じてそんなことを考えていると、翠が問いかけてきた。
「先輩、寝ました?」
あからさまなその態度に、弓弦は思わず笑ってしまうところだった。どうにかこらえて、狸寝入りを決め込む。
「寝てる、かな」
もぞりと体重を預けていた背中の温もりが消えて、代わりに弓弦の背中を翠の腕が支えた。肩は相変わらず貸されたままで、空いている手で髪を梳かれる。
「
……
先輩、すみません」
やっぱり俺、先輩の絵も大好きだけど、先輩のこと好きになってるみたいです。
ああ、それは、反則でしょう。私が知らない間に囁くなんて。臆病なのは、果たしてどちらだと言うのか。
「好きです」
つむじの近くに落とされたキスがこそばゆい。その言葉も、声も、何もかもが弓弦を満たす。人間になってもいいのかもしれないと、そんな気さえ起こすほど。
ねえ、本当は私の心の声も届いていたのではないですか。
きっと、ありえないけど。
だから、今度は私から。
「高峯さま」
瞳を開けて、真っ先に見つめた翠の瞳。なんで、なんて呟きと共に赤く染まった顔は夕焼けのせいには出来ないだろう。そんな顔を見て、やっぱり満たされる自分を自覚する。
「私の声が届いていますか」
「え、あ、はい?」
「宜しい」
どうぞ受け取ってくださいね、私を人間にしたヒーロー。どんな魔法でも不可能だったことを可能にしてしまった責任を、貴方で取っていただきましょう。
私の手が魔法だというのなら、貴方の言葉も魔法だ。
奪った唇は多分、少しばかり震えていた。
END
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