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らん
2016-09-13 18:59:27
4024文字
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北あん※未来捏造
お誕生日祝い
▼溶けた体温
はじめてあんずとキスをしたのは、学院を卒業する時だった。
もう学生は終わるから。もう、アイドルという肩書になってしまうから。そんな言い訳をしたのはあんずだったか、俺だったか。分からないけれど、俺は学院の変革の女神とキスをした。誰にも見つからないように、静かに触れるだけのくちづけだった。
それからも俺達は一緒だった。trickstarとしてステージに立つ俺を舞台袖から見るあんず。彼女も結局、いや、自分の意思でこの道に来ることを志したのだ。
新米だから、と笑うあんずを起用したいと直談判したのは勿論、学院のコネも、天祥院家や姫宮家、朱桜家の後押しもあったとは思う。それでも、その信頼を勝ち得たのはあんず自身の力だ。
すぐに仕事が与えられて、専属と言っても過言ではない立場になれたことが申し訳ないと視線を落としたあんずを励ましたのは、明星と衣更で、もう一度笑わせたのは遊木だった。
俺はといえば、そんなあんずに何をしてあげただろうか。ただ熱くなりすぎていたあんずの手に冷たさをあげたくらいだ。最初で最後のキスはとうに昔の出来事のように、俺達はアイドルとプロデューサーだった。
その均衡が崩れたのは、幾年か過ぎた頃。
「北斗くん、そろそろ結婚しようか」
はじめてゴールデンタイムの音楽番組の大トリを任されたとき。自分達よりも先に花を飾ったUNDEADや2winkを見ながら何度も思い描いた大トリ。その舞台に立つ直前の出来事だった。
袖で全員とハイタッチを交わすことが習慣になっている俺達は、順番も決まっていた。先陣を切る明星、フォローに回る衣更、その二人を追いかける遊木、そしてリーダーである俺の順だ。今日も崩れなかった順番が終わり、そのときにもたらされた一言。
好きだと互いに伝えたことも、付き合ったこともない。アイドルとプロデューサーという関係でずっと過ごしていて、その関係性が唯一崩れたのは卒業式のキスだけだったはずだ。
それでも、俺達は確かに互いの気持ちを理解していた。この人が運命だと思っていた。そこに疑念は何も無かった。
ようやく、俺達は自分の理想を勝ち取った上で素直に言葉に出来る段階に来たのだ。それが、今なのだ。
「ああ、そうだな」
いってきます。
走り出した俺に手を振ったあんずの顔は、今まで見たどんな顔よりも優しかった。
*
それから俺とあんずは三ヶ月の交際を挟んで結婚をすることになった。
あの音楽番組の収録が終わった後、俺から好きだということ、付き合ってほしいということを改めて伝えたのだ。差し出したてのひらは、ペンだこやマメも出来ているあんずのてのひらに包まれて、このてのひらが自分だけのものになったことが心底嬉しかった。
事務所に話を通し、周囲へもどうにか理解してもらう形で取り付け、互いの両親への挨拶も足早に済ませた。勿論、メンバーにはいの一番に報告したのだけれど、皆の反応は予想とは反したものだったことは記憶に新しい。
「まだ付き合ってなかったの?!」
「というかそれで突然結婚?!マジか
……
いやーおまえらならあり得るか
……
」
「うーん、なんというか、氷鷹くんもあんずちゃんも突発的だよね
……
」
それぞれに思うところはあったらしいが、それでも祝いの言葉を素直にくれた皆には感謝してもしきれない。あんずもその時ばかりは泣きじゃくって、こちらが動揺したくらいだ。
そうして俺とあんずは正式に交際をスタートさせた。暫定的に俺の一人暮らしをしているマンションで同居を開始して、手を繋ぐことも、キスをすることも覚えた。
互いの好みも性格もそれなりに似ているおかげか、同居生活を苦しいと思うことも無かった。ただ、仕事の忙しさから二人きりの穏やかな時間があまり無いことだけが心残りなくらいだ。
それでも二人だけの時間は大切にしたつもりだった。ある問題に直面するまでは。
二人で眠るベッドの中、はじめて身体の体温を共有させようとした日があった。互いの気持ちも理解していたし、何もかも共有させたいと考えたのは両人ともだったから。
手をつないで、キスをして。パジャマを脱がせながらはじめて、あんずの身体に触れて。汗で貼り付く髪を分けてやりながら、固く閉じた目蓋に唇を落として。
大丈夫と笑う彼女のすべてを暴こうともう一度キスを贈ったところで、俺の中に唐突な感情が生まれてしまった。
(もし、まだ俺が機械だとしたら)
親のレールを歩くための機械。長らく機械として過ごした俺は、祖母が居ても、trickstarの居場所が出来ても、根本的に変わることはなかなか出来なかった。今でこそそんな意識も失せていたけれど、本当にふと思い当たってしまったのだ。
もし、俺達が結婚して。子供ができて。俺は我が子を機械にしてしまうのではないだろうか。
それならばいっそ、こうして人間であるあんずを縛り付けることすらやめてしまったほうがいいのではないだろうか。
触れているあんずの身体は温かい。人間のぬくもりだ。俺の身体はそれに比べたら冷たくて、やっぱり人間になりきれていないのではないか、なんて。
「北斗くん
……
?」
愛しい声が俺の名を呼ぶ。呆然としたまま固まった俺の頬を撫でるその柔らかさが、苦しいほどに俺を乱す。
「あんず、」
名前を呼べば笑うことが泣きそうなほどに胸を打つ。ああ、この人の前で、俺はすべてを曝け出すと決めたのだ。すべてを貰うと誓ったのだ。
幸せにしてみせると、人間である氷鷹北斗として立ったのに。
「あんず、俺は、人間だろうか」
こんなにも弱くて、なにが誓いだろうか。
気づけば泣いていた俺を、あんずは両腕を伸ばして出迎える。縋り付くようにその腕の中に落ちれば、素肌同士の柔らかさと温もりが俺を包んだ。
「北斗くんは、温かくて大好き」
「こんなにも冷たいのに?」
「あったかいよ。
……
北斗くんが私のことを女神じゃない、人間だったな。すまないって、そう言ってくれたの覚えてる?」
「
……
ああ」
学院を卒業する日、転校して、改革に巻き込んで、それからプロデューサーの道を歩むことしか出来ないようにさせてしまった俺を、女神だと決めつけた俺自身を許してほしいわけではないまま謝ったのだ。
出会った時はまだ機械から抜け出せていなかった俺を人間にしてくれたあんずは、女神ではなくて人間だったのだと気づいたから、今までの過ちを謝罪した。それももう何年も前の話だ。
「あの時ね、私はこの人の中でようやく人間になれたんだってすごく嬉しかったの。学院であんずとしての居場所をくれたのは北斗くんだったから、本当に嬉しかった」
「
……
俺は、あんずに何かあげただろうか?」
「もらったよ。北斗くんが入学したての私の上履きに名前を書いてくれたあの日から、私の居場所があの学院に出来たの」
だからこそ、そこから外れて女神になってしまったことが苦しかった。
これまで聞けなかったあんずの本音に、俺はただ耳を傾ける。顔を合わせることはどうしたって出来なかった。
「でもね、ちゃんと謝ってくれたから。今はちゃんと北斗くんに人間として見られてるなら、それだけで幸せ」
「
……
」
「
……
北斗くんは自分を機械だって思ってたけど、そんなことないよ。なまくらなブリキじゃない。心臓があるよ。心があったから、私は北斗くんの、trickstarの皆と戦おうと思ったの」
抱きしめられる腕に力が入る。溢れた涙は止まらなくて、あんずの髪を、枕をただ濡らし続けた。
「ずっと、あなたは人間でした。誰がなんと言おうと。今だって体温があるでしょう?たとえ低くても、私の高い体温をあげて平熱にしよう」
二人になるって、きっと、そういうことだよね。
あんず、泣くな。なんて言えなかった。涙を流すことは人間だからこそ出来ることで、それを止める権利なんて持ち合わせてなかったからだ。ああ、俺も、人間なんだ。君が今日も教えてくれる。
泣いて、泣いて、落ち着くまでずっと、俺達は体温を分け合った。人よりも冷たい俺の35度の体温が、あんずの37度の熱で溶けて、互いの体温が同じになっていく。平熱36度、それくらいの心地。
「あんず」
掠れた声で名前を呼べば、あんずも掠れた声で名を返してくれた。今更ながらにムードも何も無かったな、なんて笑えば、人間だから失敗もするよ、とあんずも笑う。
「
……
仕切り直し、してもいいだろうか」
「はい、どうぞ」
互いに髪を梳き合って、今一度唇を重ねる。繋いだてのひらの温度は、触れた身体は、繋がったすべては、混じりけもないほどに同じだった。
*
「綺麗だな」
「
……
北斗くんって、ほんとに、サラリとそういうこと言うよね」
思ったことを素直に口に出しただけなのに、あんずは口を尖らせていた。それが照れ隠しであることはもう知っている。
互いに身を包んだ純白は汚れも何もないほど、ともすれば目に痛いほど眩い。前撮りもして、目に焼き付けたウエディングドレス姿は何度見たって綺麗だ。
「北斗くんもかっこいいよ」
「あ、ありがとう」
「ほらー、照れるでしょ!素直な言葉って嬉しいけどむず痒くなるよね」
「そうだな」
笑いあって、てのひらを繋いで体温を分け合う。溶けた温度は今日も36度。俺が人間であることを思い出させてくれる温もりだ。
「皆、あんずの晴れ姿を待ってるぞ」
「北斗くんの晴れ姿もね」
「
……
足と手が同時に出そうだ」
「それは私の台詞だなあ」
でもきっと、二人でなら平気だよね。
ヴェールで覆われる前のあんずの額にキスを贈る。瞬間、閉じた目蓋には気づかないフリをして。唇はもう少し後までお預けだ。
「勿論、俺達なら」
今日も君が教えてくれるから、俺は人間として、あんずを幸せにすると誓おう。
てのひらが離れても、俺の温度は下がらなかった。
END
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