らん
2016-08-14 23:01:05
2912文字
Public
 

ワンライなずあん


『お願いをひとつ聞く(聞いてあげる)』『水着』
:ホリデー(仁兎なずな)

青い海、さんさんと照りつける太陽、白い砂浜……ではなく、人工的に作られたウォータースライダーや遊具に、塩素を含んだ水のせいで独特の匂いが漂うここは大衆プールだった。
(照りつける太陽は変わらないけど)
周囲から飛び交う子供の笑い声や泣き声から推測するに親子連れは勿論、夏真っ盛りなこともあってカップルも多い。そんな人々を眺めながら、なずなはそわそわとした気持ちを押し殺すように立っていた。
水着に着替え、日焼け止めを塗っているとはいえ入水するまでは、と持ってきていた淡い水色のパーカーを羽織ったまま男性と女性更衣室の終わり、合流地点で、とある人物を待っているのだ。
(やっぱ女子は着替えんの遅いよなあ。男は海パンだけだから速いけど。……あんず、どんな水着なんだろ)
そう、その人物とは夢丿咲学院プロデュース科テストケースであり、アイドル科校舎で唯一の女子生徒、あんずである。
ことの始まりは夏休み直前のラビッツでの練習のことだった。
「プールに行きたい?」
「はい。ラビッツの皆とプールって似合うかなあ、と。企画を組むために、一度事前に確認しに行きたいんです。リーダーである仁兎先輩にも同行していただけたらと思って」
「俺は構わないけど……どうせなら皆で行ってもいいんじゃないか?」
「それもいいんですけど、全員で一気に行動してバレないほど知名度がないわけではありませんし……
「確かに、最近結構知名度は上がってきてるしなあ」
どうやら何かの企画を考えているらしいあんずに付き添う形を持ちかけられて、それをなずなが断るわけもなかった。あんずの実力はよく分かっているし、それでラビッツをプロデュースしてくれるというのなら最高といっても過言ではない。
「分かった。じゃあ二人で行こう」
「宜しくお願いします」
そのときは固く握手を交わしたものの、今考えると随分軽率だったとなずなは小さく溜息をつく。
これって、もしかして、もしかしなくても、
「端からみたらデートらりょ」
緊張すると出てしまう噛み癖が独り言にも発揮されて、思わず手の甲でグイッと唇を拭う。
バカか。これは偵察みたいなもので、決してデートではなくて。
パーカーのポケットに両手を突っ込み、所在なさげに視線を床に彷徨わせていると、なずなの目の前で止まる小さな素足が映った。それを機に顔をあげれば、
「お待たせしました、先輩」
……あ、お、おう」
淡いピンクのパーカーを羽織り、短パンを履いたあんずがなずなの視界いっぱいに映り込む。暑いですね、と笑うあんずのパーカーの前は全開で、控えめな胸を隠すようなフリルの水着が可愛らしい顔のあんずにはピッタリだった。
「仁兎先輩、アシメのところピンで隠したんですか?」
「へ、……っああ、そうりゃ、」
柄にもなく、いや、高校生男子の脆い理性くらい今日ばかりは許してほしい。目に毒だと思いつつも離せない視線のまま、あんずに指摘された髪を撫でる。
なずなの特徴のひとつであるアシメも、バレないようにカラフルなピンをいくつも使い留めているのだ。
「すごく似合ってますね!ヘアピンかあ、ラビッツの皆で付けてても可愛いかも」
「んー、ゴホンっ!と、とりあえず、実際にプールに入りながら一巡してみるか?」
「あ、はい。宜しくお願いします」
早速プロデューサーのモードに突入してしまったあんずを受けて、どうにか平静を取り戻したなずなは彼女を促す。近くの日陰にパーカーと盗まれてもいいような小物類を置き、さあいざプールに、といったところで問題は起きた。
「あの、仁兎先輩」
「ん、どした?あんず」
「その、大変申し訳ないのですが」
背中に日焼け止めを塗ってもらえませんか?
その言葉をなずなが理解するまでに数秒がかかった。そりゃそうだ。現にパーカーを脱いでから今までろくに直視していないあんずの水着姿で、日焼け止めを塗る、なんて、女の子の肌に触れる、なんて。
(どんな拷問だ、これ……っ!)
さんさんと照りつける太陽が今ばかりは大層憎い。こんな太陽の下で背中を日焼け止めもなしに晒し続けるのは大変宜しくない。アイドルであるなずな自身は勿論、あんずはプロデューサーである以前に女の子なんだから。
分かっている。やましいことではないのだ。それでも、意識的にはやはり触れることはためらわれる。
普段は制服で隠れているその背を見る権利を、触れる権利を唐突に与えられて、動揺しない男がいるなら見たいものだった。
(案外光ちんとかはいけちゃいそう)
けど、俺は光ちんじゃないから。
……いいけど、水着以外のところな。さすがににーちゃんも、その、」
「その?」
(男、だから)
言ったらきっと遠慮してしまうであろうその一言は飲み込んで、大人しくお願いを聞いてあげることにした。この一つが最初で最後だ。理性も言葉も吹っ飛びそうだった。
手渡されたジェル状の日焼け止めクリームを手に取り、あんずが髪を上げ、肩紐を外したところでゆっくりと塗っていく。
今、周囲から見たら自分達はどう見えているのだろう?カップルと思われてしまうんだろうか?
どうせ注目なんかされていないだろうけれど、それでも人目がいつもより気になって仕方がない。
それに、手のひらから伝わるあんずの滑らかで傷やシワもない肌がどうしようもなく心地よい。
腰回りにも出来るだけ優しく、ではなく、しっかりと手を押し付けていやらしさが出ないように塗っているが、もし手のひらから鼓動が伝わっていたらと考えれば途方に暮れそうだった。
白いうなじが綺麗で、肩紐の外された華奢な肩は同じくらいの身長だというのに女らしい。
(女の子、なんだよな)
アイドルとプロデューサーだからこそあまり気にしないようにしていたものの、こうやってオフで会えば、間近で見れば、いつだってあんずは女の子だ。
「終わったぞ、」
「ありがとうございます、先輩」
両手で上げていた髪が下ろされ、肩紐が定位置に戻る。その姿さえ今ではなぜか焼き付いて離れなくて、なずなは大きな溜息をもう一度吐いた。
「俺だから、かもしれないけど、あんま油断すんなよ」
「えーと、……?」
「兎も噛みつくし、」
兎って、年中発情期だって知ってた?
なんて、やっぱり言えない。
隠すように曖昧に笑って、なんでもない、なんて嘘をついて。
「よし、じゃあ流れるプールから行くか!きっと光ちんとかは大好きだろうし、見ときたいな」
「はい!」
火照ったように疼く身体が赤くなっていないかやけに不安で、なずなは我先にと太陽の下に飛び出す。どうか気づかないで、いやちょっと、意識はしてほしいかもしれない。
日陰で髪をくくるあんずの顔が赤くなっていることなど、自分のことで精一杯であるなずなが気づくはずもなく、二人の偵察という名のプールデートはようやくスタートラインに立った。
(熱いなあ)
触れた手のひらが、触れられた背中が、太陽のせいと言い訳できないくらいに熱を帯びていた。


END