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らん
2016-08-12 11:10:18
1668文字
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守沢千秋と深海奏汰
「なまえなんて、どうでもいいです」
「どうでもよくなんかない」
流星隊を背負う男は泣きそうなまま、噴水の水に沈もうとする人魚の胸ぐらを掴んだ。名前は所詮記号で、識別番号だと無表情にこぼした名の無い人魚に、男は続ける。
「名前は記号でも、その名を与えられたことには意味がある」
流星隊にある思いを、千秋という名に込められた気持ちを、無いものになど出来ない。
名乗ることで自己を認識しているのだ。名を授けられたことで、自分の形が分かるのだ。だから、流星隊は名乗るのだ。此処に居るのだと、証明するために。正義は死んでいないのだと、宣言するために。
それすら全て否定するように、尚も無感動で空虚な瞳のまま、人魚は当たり前のように笑った。
「いつかはみんなしぬのに、いみはひつようでしょうか」
皆海に還り、泡になって溶けたら自我も何もない。それならば名前なんていらない。記号としての意味しかない。
水に溶けようと浸かり続ける人魚は、この世のすべてを諦観していた。きっと、奇人は諦観することしか出来なかったのだろう。何かを期待して、裏切られて、諦めて。人とは違うことが罪のように思いながら、生きてきたのだろう。
だからといって、意味がないなんて、言わせない。
「知ってるか、人間の身体はずっと水に浸かっていると溶けるんだ」
「
……
そうですねえ」
「深海奏汰、お前は狂ってる」
突きつけた言葉に、人魚はやはり笑うだけだった。何度も言われてきたと、聞き飽きたことだと、諦めたように。
「だから、正義が、
……
俺が、守沢千秋が、ヒーローが、助けてやる」
狂ってるなんて言わせない。深海奏汰は人魚じゃない。人間なのだと、証明してみせる。名前が記号だなんて二度と言わせない。
「流星隊に来い、奏汰」
与えられた名の意味が分かるまで、俺がずっと呼ぶから。人魚ではなくて、奏汰という人間であると、ヒーローが証明してやる。
燃える瞳の中に映る自らの姿を見ながら、人魚は今度こそ笑みを消した。やっぱり人間はひどく生きづらいものだと、息がしづらいものだと、どこか他人事のように、千秋の顔を眺め続ける。
(ぼくのためじゃなくて、あなたのためでも、あるのでしょう)
消える怖さを知っている目の前の男は、流星隊が消えることを恐れている。きっと、無意識的な打算も働いているだろう。
それでも、そうだとしても。
(くるってるといったうえで、ぼくをにんげんだとだんげんしたのは、)
あなただけです。
「
……
『ヒーロー』さん、」
「なんだ、奏汰」
「あついのはきらいです」
でも、悪くない。
きっとヒーローがいつか重荷になるときが来る。その名前の意味に苦しむ時が来るだろう。現に流星隊の重さに今泣いているではないか。それでも、この男はヒーローであることをやめないのだろう。
(ほんのすこし、きょうみがわきました)
人間はこわいものだと、きたないものだと海の底では語られてきた。それでも、人魚は人間に憧れ、声と引き換えに足を手に入れる。まるで今の自分のようだと、一度消した笑みを人魚はまた形づくった。
「あなたの、おなまえは?」
「
……
守沢千秋。流星隊リーダー、流星レッドの、ヒーローだ」
ちあき。ぼくの『ヒーロー』。
泡になるまでどうか、その隣を歩かせてほしい。意味を教えてほしい。
海の底で泣いていた人魚は、ヒーローの手を借りて人間になった。
「深海奏汰、お前を流星ブルーに任命する」
「はい、ちあき。どうでもいいものにいみがあるのか、おしえてくださいね」
期待外れだったらナイフで刺し殺してしまえばいい。また人魚に戻って、海の底で暮らすだけだ。
胸ぐらから手を離し、千秋は奏汰の両手を掴んで噴水から引っ張りあげた。二本の足でしっかりと地に踵をつけた人魚を見て、彼も笑う。
「大丈夫だ、奏汰にもちゃんと分かるように教えてやる」
人間は、楽しいぞ。
これはヒーローの瞳に映る世界に憧れた人魚が、名前を手に入れて、その意味を知る話。
ひとりの人間が、ヒーローに救われた話。
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