らん
2016-07-11 12:29:19
2410文字
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りつあん

弱虫モンブラン。

夜が好きだった。誰にも邪魔されない時間があって、その静けさが大好きだった。
それが寂しくなったのは、いつからだったろう?
……ありがとう、凛月くん」
「どーいたしまして。棺で寝たいって言われた時はどうしようかと思ったけど」
音楽室には月の光なんて入ってこない。そもそも、太陽の光は楽器にとって毒だ。防音も出来ないとなれば、音楽室に光なんていらない。
柔らかい曲をメドレーにして、運指も気にせず弾いていたところで棺から起き上がったあんずの顔色は良くなったように見えた。

放課後、俺が力を取り戻す時刻に出会ったあんずの顔色はまさしく絶不調だった。
普段ならネチネチ言うセッちゃんすら今日は帰れば?なんて言うほどの青白さで、Knightsはどこかソワソワとする。
すみません、謝りと共に大人しく帰るのかと思っていた所でなぜかあんずは俺に声をかけたのだ。
「凛月くん、仮眠だけしたいんだけど、棺って借りられる?」
スタジオの布団じゃ皆に迷惑かけちゃうから。
そこまでするなら帰れば良いのに。誰もあんずを責めないよ。あんたの頑張りはもう皆分かってるもん。
言いたいことは沢山あって、でも、それはあんずの求める答えでもない。しょうがないなあ、今度血ちょうだい?そんな言葉と共に兄者からプレゼントされた棺を貸したのだった。
夜七時。ユニット練が終わって音楽室に迎えば、シンと澄んだ空気が俺を出迎える。夜目は利くので電気を付けずに棺の蓋を開ければ、死んだように眠るあんずが居た。
「いつもお疲れ様」
乱れた髪を手櫛で直してやって、肌掛け代わりにしていたであろうあんずのブレザーをかけ直して。
もう一度蓋を閉じて、今度こそピアノ付近の電気だけ付けた。今日は先生に見つかるのも嫌だったのだ。だって、あんずがいるし。
それからずっとピアノを弾いて、今に至るわけ、なのだけれど。
「凛月くんはここでいつもピアノを弾いてるんだ」
「うん」
「寂しくならないの?」
……んー、どうだろう。ピアノを弾いてると落ち着くから」
寝起きの唐突な質問に虚をつかれた。まさかそんなことを聞かれるなんて、誰が予想するんだろう?
寂しいよ。そんな気持ちを落ち着かせるためにピアノを弾くようになっている最近だ。兄者の気持ちが分かるくらい、今は人との時間が恋しいんだ。
言わないけれど。顔にも出さないけれど。きっとあんずは、気づいているだろうから。
「ねえ、あんず。どうして棺で寝ようと思ったの」
「え?」
でもね、あんず。俺はずるいから、あんずに聞いちゃうんだ。きっと返ってくる答えが俺の求めているものだと知った上で、逃さない。
「吸血鬼の気分になりたかったの?」
……違うよ」
「じゃあ、どうして?」
ドミソの和音。はじまりのおと。余韻を残すように、ゆっくりと。
消えかけた和音と同じくらいの声で、あんずは俺に答えを述べる。
「凛月くんの寂しさを知りたくて」
知ってるよ、知ってたよ。ねえ、あんず。あんずはいつだって、優しいね。『俺のため』が嫌いな俺のために、『誰かのため』っていつも言い訳してくれてたご飯も、『俺がねだるから』って言い訳してくれてた膝枕も、血も、全部、『俺のため』だったのに。
俺が嫌うから、全部言い訳してくれてたことを、知ってるよ。
……棺の寝心地が気になってたから」
聞こえてたよ。分かってるよ。言い直す必要なんて、どこにもないよ。
言えたならどんなに楽だったろう。好きだと声にしてしまえたならどれだけ幸せだったろう。
大好きだよ、『俺のため』で、ずっと隣に居てよ。
弱虫な俺が今日も言わせてくれない。
「そっか」
「うん。寝やすくてビックリした」
「憎らしいことにね〜、兄者のくせに……
「ふふ、」
あんずと同じ世界に生きられない。昼と夜は交われないから。まーくんと同じ世界に生きるあんずは、まーくんの隣に並んでるほうが幸せになれることも分かってるから。trickstarが、あんずの生きる場所。
本当の俺はいつだって寂しがりで、弱虫で、こんなにも脆い。だから、今日も言えないのだ。
「好きだ」と伝えることが難しいなんて、長い間生きてきてはじめて知った。
今日もあんずと俺は、同じ気持ちをひた隠す。いつか交わる陽の元で、笑える日を夢見て。



「いつもお疲れ様」
棺の蓋が開いて、凛月くんの優しいてのひらが私の髪を梳く。普段と逆の立場にどうしても鼓動は収まらなかった。気づきませんように、気づかれませんように。――本当は、気づいてほしいくせに。
蓋が動く音でなんとなく覚醒してしまった私はいつ目蓋をおしあけようか悩んで、結局あけなくて正解だったかもしれない。そうしなくても、きっと凛月くんは撫でてくれただろうけれど。
手櫛がいつの間にか頬を撫でる。耳朶にサイドの髪をかけられて、ごそりと布が擦れる音が聞こえて。
閉じた目蓋をなぞられて、次の瞬間に触れたのは、多分、唇だった。
「もうちょっと、おやすみ」
眠り姫は幾度もの年月を過ぎてようやく起きる。キスなどただのきっかけで、呪文が解けただけ。今はまだ、その時ではないのだ。
そうやって、いつも凛月くんは、弱虫になって逃げる。
(……私も、弱虫だな)
いっそ今瞳を開けて、きっと泣きそうな凛月くんのガーネットを間近で見つめて、私の王子様は貴方なのだと言えたなら。『誰かのため』『誰かのせい』が全て『貴方のため』だと告白出来たなら。
棺の蓋は閉ざされて、少し経てば聞こえてきたのは優しいメロディ。寂しさを紛らわせるための、凛月くんのピアノだ。
暗闇の中でもうっすらと聞こえる音色に、もう一度眠れたのなら、同じ夜の中で凛月くんと笑えるのかなあ、なんて、淡い夢を見た。


END

746さんリクでりつあん。
両片思いになってしまいました……あれ……
ありがとうございました。