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らん
2016-04-11 11:48:48
1506文字
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なずなとあんず
声が変わっても歌は歌える。
そんな当たり前の事実が「当たり前」ではなかった俺に与えられた新しい居場所は、そんな「当たり前」が受け入れられる場所だった。
それこそ男性器を切り取って声を保つ方法まであるくらいに大事な「人間」としての一部が声だ。だから変声期というものは残酷で、それまで出せていた自分の声はとうの昔に忘れてしまったのだけれど、じゃあ今の自分の声が嫌いかと言われればそうでもなかったりする。
「仁兎先輩の声は伸びやかですね。他の先輩方と比べると唯一のソプラノなのもわかります」
「んー、まあな、皆ガタイも良いし、その分声帯もがっしりしてるからなー。俺はちっちゃいから」
伸びなかった身長、可愛らしさだけを詰め込まれた外見、愛された歌声。全部自分でどうこう出来るものではないから、余計に歯がゆかったお人形は、今ではそれすらも武器に変えて兎として頑張っている最中なのだ。だから、どんなものも好きだ。それが俺であるための証明だから。声変わりだって、俺が男であることの証明で、生きている証。
「あと、レオちんもソプラノなんだけどな〜」
「レオ?」
「んー、いつか会うと思う」
目の前で俺の発声練習に付き合っている転校生はこの学院の新風だ。粗削りで、言い方は悪いけれど使えなさそうで、でも、それだからこそ王たり得る。奇策の最大の駒とも言えるだろう。
そんな彼女のレッスンを引き受けたのは、昔の俺を見ているようだったからだ。
表情だけで伝わらないのは分かるけれど、あまり喋らず、ただ笑う。その笑みすら滅多に見れないもので、1年生の間では「無愛想」が印象に残るくらいだった。それでも、俺にとって、いや、3年生にとって読みやすいのは暗闇で走り回っていた成果、なのかもしれない。
「ありがと、転校生。聞き入ってくれるの、やっぱり嬉しいなー!」
「
……
いえ、あの、素敵でした。先輩は噛む印象が強くて
……
」
「おまえ結構ズバッと言うりょ、
……
噛んだ。うーん、とにかく、おまえはこれからでっかいことやろうとしてるんだから、もし疲れたーって思ったら兄ちゃんもいるから、頼れよ!」
そもそも、今日発声練習に付き合ってもらったのは転校生がやけに暗かったからだ。どうしたのか聞いても返ってくるのは笑みだけで、よほど切羽詰まっていることが分かって、ちょっとした息抜きのつもりで。
「じゃあ、また歌を聴かせてください」
「もちろん!」
「聖歌って本当に綺麗なんですね」
混ざらない不協和音、響く音すら計算された聖歌はまさしく神への捧げものだ。メモ帳に何か記した転校生の顔は随分と晴れやかで、こっちまで嬉しくなる。
「聖歌は良いぞー!もう声変わりしちゃったから昔歌えてたパートは無理かもしれないけど
……
でも、また歌いたいなぁ」
「先輩は歌うことが好きなんですね」
そうだよ。それだから、ずっとずっと諦めなかったんだよ。たとえ昔の歌声しか許されなかった時も、ずっと。
「一人でも聴いてくれるなら、歌は意味があるから」
だから俺は今日も歌う。大切な「弟達」に教える。せめて、ステージの上では、聴いてくれる人がいる間は、歌い通すことを。どんなに下手でも、どんなに惨めでも、笑うことを。
「諦めなければ夢は叶う、なんてお笑い種だ。でも、夢は自分が諦めたら死ぬ。その時の自分自身も死ぬんだ。だから、後悔だけはしたくない。
……
転校生も、後悔しないように頑張れ。支えるのは俺達の役目だから」
諦めたから言えるアドバイスをひとつこぼして、転校生と向き合う。彼女の瞳に写る自分はどう見えているんだろう?
願わくば、優しい笑顔でありますように。
END
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