オートロックのマンションは、来客があると少し面倒くさい。まず1階のロビーから呼ばれ、ロビーの玄関のロックを解除。4階の部屋の前まで来てもらって、もう一度ベルを鳴らしてもらう。
俳優として本格的に始動した泉は、元々からの人気も相まってすぐに各所から引っ張りだこだ。おかげで家に帰って来ない日も増えた。そんな時を見計らって、彼はやってくる。
今日は丁度そんな彼がやってくる日で、先程あんずが解除した自動ドアをくぐり抜けて、そろそろ二人の部屋のベルを鳴らすだろう。
ピンポン、お決まりのようなベルの音が鳴って、確認にモニターを見れば綺麗な顔とご対面。泉と系統は違うけれど、彼も充分美しいとあんずは常々思う。
来客用のスリッパを用意して、急いでドアを開ければ、来客は持ち前の笑顔と、お土産を片手に気障ったらしいセリフを口にする。
「こんにちは、貴方を奪いにやってきました」
「ごめんなさい、私の心は泉さんのものなので」
「あらやだ、なーんて。知ってるわよォ」
お久しぶりね、そうこぼす嵐は今日も優しい。
学院を卒業して、Knightsの中でそれぞれの進路としてアイドルを選んだのは凛月と司だけだった。
凛月は事務所に所属しつつ音大に通いピアノを専攻、司は家と猛反発を繰り返して海外大に進学した後アイドルの道へ。朱桜家の利益だとかそういうのも汲み取った上での打開策として、海外で学んだ経営学を生かし彼は事務所を立ち上げた。
凛月がそこに移籍、更に海外に飛び回っているレオを根性で探し出している最中らしい。
そして、あんずの前で微笑む嵐はモデルの道一本に絞ってやっている。たまにローカルテレビに出たりしているようで、人気は上々だ。あんずの所属している会社で企画書を読んでいた時、鳴上嵐の文字が踊っていたから、注目度も高いことが窺える。
そんな嵐はあんずの作り置きである手作りアイスティを飲んでいた。四人掛けのテーブルは二人だと少し広い。
「相変わらず殺風景ねェ」
「二人ともモノがあっても使わないことが多いからねえ」
「部屋の彩りは心の彩りなのよ?それに、アンタまーたスキンケアサボってるでしょォ?女の肌は若い頃から大事にしないと年老いてから辛いんだから!」
そうだろうと思って大量にサンプル貰ってきたのよ!
持参してきていた紙袋2つのうち1つは、どうやらあんずの為に貰ってきたスキンケア用品らしい。特に拘りのないあんずは、嵐から貰えるサンプル用品で日々のスキンケアやメイクを行っている。泉が居る時はその場で肌質を見て、合ってる、合ってない、なんて判定をしてくれたりもするのだ。
シャドウやグロスのメイクグッズは嵐が持ってきたものの中から泉が好みのものを選び、それをつけることも多い。やはり、自分よりも他人の方が見てくれは理解してくれる。
有難う、と顔を綻ばせるあんずを見て、嵐もまた笑う。自分の妹分であり、何よりプロデューサーとして支えてくれた彼女にはこれぐらいしてやりたい。
「この前泉ちゃんに会った時、あんずちゃんの肌にはコレが合う〜って言ってたから仲良しのメイクさんから沢山貰ってきたのよォ」
「え、泉さんと会ったの?」
「結構前だけどね?1ヶ月経つか経たないかくらいかしら」
その事実を知らなかったあんずは少し顔をむくれさせる。泉はゆうくん――遊木真については逐一自慢するように語ってくるけれど、元ユニットメンバーのことは聞かない限り話してくれないのだ。
ポーションミルクを混ぜた自身のアイスティに口をつけ、喉を潤しつつ、あんずは溜息をついた。
「泉さん、Knightsに会った時はあんまり話してくれないからなあ」
「まあ、必要以上のことは話さなくてもいいって所かしらね。こうやってアタシとかはお邪魔しにくるし」
「確かに必要ではないのかもしれないけど」
あんずは泉が誰かの事を話す時がとても好きだ。過大評価も、過小評価もしない彼は言葉こそ辛辣だけれど、表情がとても優しくなる。特に高校時代に「家族」のように気の置けない関係を築いていたメンバーのこととなると尚更。
きっとそれを自分でも自覚しているのだろう。話題のひとつとしてあんずからメンバーの名を出せば話してくれるが、自発的には話してくれないのだ。
もっと、その表情を沢山見たいのに。
他の誰よりも泉の感情と表情を知っているから、どんどん欲張りになっているのかもしれない。もっと近づきたい。同一にはなれないから、せめて傍に居たいのだ。物理的ではなく、精神的に。
「恥ずかしがり屋さんだからねェ、泉ちゃん。あんずちゃんは泉ちゃんの弱さも知ってるだろうけど、やっぱり男だから。ちょっとはカッコつけさせてあげて?」
「それとこれは別問題じゃない?」
「そうもいかないのがオトコ、なのよォ」
可愛いわよねえ、食べちゃいたい!なんて、本気なのか冗談なのか分からないそれにあんずは苦笑しつつ、この話はお終いにした。彼が話したくなったら聞かせてくれるだろう。それくらい待つのはお安い御用だ。
ところで、と嵐は話を切り替えるように、残りの1つの紙袋をテーブルに乗せる。
「実はね、美味しいケーキを買ってきたの!」
「あ、知ってる!これ自由が丘の!」
「そうなの!朝から並んで買ってきちゃったァ」
「モデルさんなのに並んで目立たなかった……?」
「一応伊達眼鏡かけてたからねェ。堂々としすぎて気づかれないことも多いし」
モデルといえど、電車にも乗る。むしろ運動になるから歩くことも多い。実際、今日も電車を使ってここまで来たのだ。
芸能界に居るといっても、モデルは誌面の世界だ。特にまだ某雑誌の専属である嵐は、テレビを介す人達よりも知名度が低い。
「有難う!気になってたんだ」
「良かった。ここのお店、ミルフィーユが売れ筋なんですって。1人1個ずつ買ってきちゃった!」
紙袋から取り出された紙箱の中には、宝石みたいなケーキ達が並んでいる。ミルフィーユは長方形の形をしており、生クリームと苺、パイ生地の層がとても綺麗だ。売れ筋というだけあってとても手が込んでいることは、お菓子作りをよくするあんずにも分かる。
隣に並ぶチョコレートケーキはドーム型で、ビターチョコレートでコーティングされている。中はラズベリージャムとココアスポンジに、生クリーム。
そして、こちらも売れ筋だというレアチーズケーキも美味しそうだ。白く丁寧に固められたチーズクリームの下に折り重なるスポンジはきめ細やかで、淡く香るのはレモンだろうか。意外や意外、挟まれているフルーツはマスカットで、白いケーキだからこそ翠が際立つ。
迷うなぁ、なんてケーキと同じくらい目を輝かせつつ、あんずは小皿とフォークをキッチンから持ってこようと席を立つ。その後ろ姿を見送ると、嵐はひとつ息を吐いた。
(ほんと、泉ちゃんってば不器用ねェ)
どうせあんずに自分達と会ったことを話さないのは墓穴を掘るからなのだろう。大体あの人はあんずの話ばかりだ。何を喋ったんですか?なんて話を広げられた日には行き詰まるのが目に見えているから、自分から伝えないのだ。
定期的にあんずとも連絡を取っている嵐にとって、双方からノロケを聞けるのは中々楽しいので黙っておいてやる。
「嵐くん、あのね、昨日午後休だったからクッキー作ったんだけど食べてくれる?」
「ええ、勿論」
そのクッキーの味は、毎度のことながら泉ちゃんのものとそっくりなんでしょうね。
幸せそうねェ。溢した呟きは、モノはないけれど優しい空気の漂うリビングに溶けた。
END
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