らん
2015-11-13 17:58:58
1784文字
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幸せなひなあん


▼許して、泣かせて


「お兄ちゃんだからって、我慢しなくていいの」
柔らかく俺の頭にはあんずさんの掌が置かれて、優しく撫でられる。さらさらと俺の髪は揺れ動いて、でも、それが嫌ではなくて。
……なんで、」
「撫でられるの、好きでしょう?前に一度撫でたら嬉しそうだったから」
好きというのはイマイチ分からない。何故ならあんずさんが来るまで、頭を撫でられたことなんて無かったからだ。母親は気づけば居なかったし、父親も不在の日が多い。ゆうたくんが悲しまないように笑って、頭を撫でてやることは沢山あったけれど、自分が撫でられる日が来るなんて思っていなかったから、尚更。
お兄ちゃんが泣いたら、ゆうたくんも泣いてしまう。いや、むしろ俺に遠慮をして泣かなくなってしまうかもしれない。それだけは避けなくては。それだけは、自分を許せない。そう思って一度も泣いてこなかった。
朝だって自分で起きるのは、ゆうたくんに情けない顔を見せたくないからだ。いつだって俺はお兄ちゃんとして笑っていなきゃならない。お兄ちゃんは、悲しみも寂しさも表面に出してはならない。俺がネガティブな感情を出すことで、ゆうたくんが遠慮したらいけない。
それが、お兄ちゃんとして出来ること。
「お兄ちゃん、一度くらいは弱気になってもいいんじゃない?」
ゆうたくんが少し引っ込みがちだから、君はそうやってずっと笑うけど。ひなたくんだって、泣いてもいいんだよ。
そうやって甘やかさないでよ。泣いてしまいそうだ。お兄ちゃんでいるために我慢してきた何もかもが決壊しそうで、笑顔がうまく作れない。
「俺は、葵ひなた、だよ」
「そうだね」
「日向じゃなきゃいけないんだよ」
「お日様が泣いちゃいけないなんて誰が決めたんだろうね」
そう言われて、俺は言葉さえ失った。だって、お日様は笑顔の代わりで、それが求められていることだと俺は確信していたからだ。
「夕暮だって泣くばかりじゃなく笑うのに、どうして日向は泣いちゃいけないの?表だからってずっと笑ってなきゃいけないの?」
「でも、」
「ゆうたくんは、ひなたくんにずっと笑っててってお願いしたの?」
……してない、」
「泣かないでって言ったの?」
呼吸をしたら涙に溺れてしまいそうになるから、呼吸を止めて大きく首を振る。違う、ゆうたくんは何にもお願いしてない。俺が勝手に決めたことだ。
もう一度あんずさんが俺の頭を撫でる。慣れない感触がこそばゆくて、愛しくて、呼吸を止めているにも限度があって。息を吸った瞬間、俺の目からは雫が溢れた。
「っ、ひ、」
泣き方なんて知らない。どうやればうまく泣けるんだろう。どう息をすればこれは止まるんだろう。理性に感情が追いつかなくて、変な声しか出ない。
ドラマの中の人達や周りの皆はあんなに綺麗に泣いてるのに、俺はみっともない泣き方しか出来ないのだ。
「ぅ、あ、ぁあ、」
拭っても溢れる涙はそのまま、ひたすら嚥下するように声を抑えても止まらない。それでも、あんずさんは俺の頭を撫でてくれた。まるで子供をあやすみたいに。
「いいこだね、ひなたくん。優しいね」
抱きしめてあげたいけど、それは私の役目じゃないから。
どういうこと?なんて言葉を発する前に、俺の背中に温もりが移る。この腕も、体温も、匂いも、分からないわけがない。誰よりもずっと近くに居た片割れを、俺が間違うなんてありえない。
「兄貴のバカ!っ、うぁあああん!」
ゴツン、と鈍い音がした。同じ身長だから後頭部に頭突きをされて、ゆうたくんは俺よりずっと上手く泣く。それにつられるように、俺の泣き声はゆうたくんと一緒になっていった。こうやって泣くのか。これが、泣くということなのか。
声が枯れるかもしれないくらいに泣いた。アイドルとしてこんなぐちゃぐちゃな顔も、声も、良くないのは分かってる。それでも今日ぐらい許してね、プロデューサー。
涙でぼやける視界の中、目の前で笑うあんずさんの瞳も潤んでいるように見えた。手を伸ばせば握られて、それを払うように腕を伸ばして抱きしめる。
俺より少し小さいあんずさんの頭に大粒の雫を溢しても、あんずさんは何も言わなかった。ただ、何度も背中を撫でるだけ。
響く俺とゆうたくんの泣き声に、あんずさんはやっぱり笑うのだ。愛しそうに、優しげに。


END