らん
2015-11-11 21:48:51
1466文字
Public
 

依都(←)玲音


▼Don't touch me


「YORITOさん!」
背後からよく通る声が自分の名を呼ぶ。少し高めの、青年というにはまだ幼いその音に、依都は気怠げに振り向いた。
左右色違いの瞳に、眉上で切り揃えられた前髪、ワックスでセットされたヘアを見間違うことはない。同じ事務所の後輩バンドであるボーカルだ。去年はまだ制服に身を包んでいたからか、いまだに私服を見るのはなんだか新鮮さがある。
「おー、お疲れ様」
軽く手を上げて呼び声に応えれば、後輩の顔は俄然輝いた。この顔にも慣れないものだ。その瞳の色めき立つ様は自覚があるのかどうだか知らないが、尊敬だとかの念で終わるものじゃない。
「お疲れ様です!YORITOさんはこれから収録ですか?」
「今からミーティング。そっちは?」
「俺とKnightでインタビュー受けてたんです。BishopとRookが今別室で受けてるんで、そっち向かう途中で」
こんな偶然で会えて良かったです!お先に失礼します!
律儀に腰を折った後輩の後ろには兄貴であるもう一人が居て、そちらも会釈をしてくる。こういうことはこの10年でいくらでも経験したけれど、それでもバカ丁寧と言えるくらいに丁寧な後輩達はなんだかんだ可愛い。思っていてもそんなことは言ってやらないけれど。
兄貴の元に戻っていく後輩を見届けて、依都もミーティングルームまで改めて歩きだした。まさか会うなんて思っていなかったから、動揺したことが伝わってなければ上々だ。あの瞳に応えられないのだから、なるべくビジネス以外での接触は最低限にしていたい。
(なんて、思いつつ、)
あの瞳が嫌ではない自分が居るからどうしようもない。久しぶりにあんなに純粋で、綺麗で、真っ直ぐに向けられる色に当てられたとしか言いようがないが、依都にとってあの瞳の色はそこらの女のものより複雑でいて、澄んでいるように見えた。
(女を知らないわけでもないのに、アレは何なんだか)
腐るほど女は寄ってくるだろうし、欲の処理方法も、恋愛感情だって向ける相手はいくらでも繕えるだろう。それでも、あのボーカルは無自覚で依都に「恋慕」を染み込ませた色を瞳に乗せるのだ。
それを依都が知った時、真っ先に思ったのは「白さ」だった。気持ち悪さでも、戸惑いでもなく、ひたむきに与えられる白さに目眩がする。
ビー玉のような蒼に、蜂蜜を溶かした亜麻色の両目が見る世界に、果たして自分はどう映っているのか。
「依都、こっち」
曲がり角を過ぎた所で時明が笑う。先ほどの純粋な笑みなんかとは違って、何を隠してるのか読めない妖艶な笑み。その瞳の色は今日も分からない。
「おはよーさん。今日俺遅刻しなかったでしょー、すごくない?」
「はいはい。……上機嫌だね、後輩に会った?」
「んー?ああ、うん、会ったよ。香椎兄弟」
「ああ、亜貴と玲音か。なるほどね」
……俺、時明のことわっかんねーなぁ」
「俺も分からないよ」
仲間だけど所詮他人だからね。
そう言うくせに、先程の開口の台詞はどう考えたって分かってるから出されたものだ。いい加減にしてほしい。
「モチベーションが上がるなら俺は大歓迎だよ?」
「ハハ、有り得ないね!」
絶対にアイツは自分の色に気づいちゃいけない。もし気づいたなら、逃れられない。多分、逃がすことも出来ない。だから、一生触れずに追いかけていてほしい。
ジーンズのポケットに潜んでいたミルク味ののど飴を口に放り投げ、依都はその甘さに辟易しながら、玲音の色を口内で溶かした。


END