らん
2015-11-09 09:46:08
4183文字
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いずあん同居?同棲話そのいち。


朝は別に強いわけではないけれど、仕事や自分の身体面を考慮して早起きが板についた身体は、眠気とは別に目が覚める。
アラームをかけずに寝ていたくせに、近くに置いてあるスマホで時刻を見れば朝の8時。あと1時間くらいはうだうだしてもいいくらいだ。背中には、昨日自分よりも遅く帰ってきたあんずが張り付いている。動くとひっつき虫が剥がれるし、起きなくてもいいだろうか、と半覚醒状態の脳内でぼんやりと思った。
(まあ、俺が動いてもあんずは起きないけど)
眠りがひどく深いようで、あんずはちょっとしたことで目覚めない。逆に自分はわりと敏感で、昨日だってあんずがそっとベッドに潜り込んできた時にはうっすらと起きた。そのまま遠慮がちに抱きついてきたことも記憶にあるくらいだ。
「あんず」
呼んでも返答はない。肩甲骨あたりにちょうどあんずの頭があるから、腕を動かすのもなんだか憚られる。
今日は二人ともオフの日だね、と話したのは三日前。相手から振ってきた話だが、肝心の本人が覚えているかは分からない。
三日前は映画でも借りて観ようか、と話していた所だ。お互いの職業上、直接映画館に見に行く機会は少ない。しかし、観ることは自分の糧になるからと映画鑑賞会になるのは二人がオフの日の定番だった。
(どうするかなあ、起きて朝食作ってもいいけど、コイツ帰ってきたの朝方だったし)
そもそも二人共オフが被る機会が少ないので、こういう朝は早く起きた方がホットケーキを作る。食事制限をしている自分が唯一気にせずに食べる朝食が、あんずと二人の時限定のホットケーキだ。
背中にある温もりを感じながら、結局動いた。方向転換をして、あんずと向かい合う形になれば、自然と顔は近くなる。
抱きしめるものが突然動いてもあんずは心地良さそうな寝息を立てていて、そのわりに眉間に少し寄った皺を刺激してやると、呻き声が聞こえる。いつも睡眠不足なんだから、こういう日くらい寝かせてやらなければ。
「おやすみ、」
今度は自分があんずを抱き枕にして、二度寝を開始する。無意識的にあんずの腕も俺の背中に回って、少し笑ってしまったのは秘密だ。

もぞり、と腕の中の温もりが動く気配で意識が深層から表面へと顔を出す。小さく欠伸を噛み殺す音が届いて、あんずが起きたことが分かった。ここで目を開けてもいいけれど、まだ眠いようだったら二度寝する猶予くらいは与えてやろう。そんな意味も込めて、俺は起きない。
背中に回っていたあんずの腕は解かれて、今度は呻き声も聞こえる。泉さーん?小さく囁かれた名前に、二度寝する気はないことを悟ってようやく目を覚ます。そこで瞳に写ったのは、少しクマはあるものの穏やかなあんずの笑顔だった。
「おはようございます、」
……おはよ」
あんずは俺の頬をゆっくり撫でて、やっぱり笑うのだ。学院在学中は散々触るなと言ってきた顔だけれど、今となってはなんだか安心する。擦り寄るようにすれば、猫みたい、なんて。
「じゃあ、あんずは犬?」
「犬ですか?」
「俺を見る度、尻尾振るから」
……否定しませんけど……
否定しないあたりがいじらしいほど可愛い。こう思わされるのがムカつくと言ったら、今度は眉を下げて笑うんだろう。
「泉さん、ホットケーキ一緒に作りませんか?」
「えー、あんずが先に起きてたじゃん」
「泉さんに閉じ込められて動けなかったんですー」
「ワザとだよ」
「えっ」
……なんてね。はい、さっさと起きるー。昼になったらホットケーキなんか食わないから」
閉じていた腕の中からあんずを解放して、何食わない顔で起き上がる。もう一度スマホを確認すれば時刻は2時間ほど経っていて、もう朝昼兼用でもいいくらいだ。
「一緒に作ってくれるんですか?」
「作ってやるから起きてよねぇ」
「やった、泉さんのホットケーキ好き」
お互いに料理は出来るし、どちらが作っても味は似通うので特にこれといって変わりはない。ただ、俺は少し薄くして量を作るのに対して、あんずはじっくり焼き上げて、たっぷり膨らんだホットケーキが得意だ。
時間があると、その日家にある物でソースなんかも作る。それがあんずにとって最高の朝食だと知っているから、というのもあるけれど、実際は自他共に認める凝り性のせい。
昨日お裾分けでアプリコットジャムを貰ってきたのだとあんずが言うから、元々買い置きしていた林檎とジャムでソースを作る?という話が持ち上がる。あんずは何がそんなに嬉しいのか分からないけれど飛び起きて、大きく頷いた。
この習慣が身についてからそれなりの時間は経っているのに、あんずは今も喜ぶからやっぱり犬っぽい。言い得て妙だった自分に拍手したいくらいだ。
「先に準備しとくから、顔洗ってきな」
「はい!」
隣から抜け出した温もりは鼻歌混じりに洗面所へと向かっていった。



プツプツと気泡が現れては潰れ、俺にひっくり返す頃合いを伝えてくる。フライパンの上で焼かれている生地達は甘い匂いを部屋全体に漂わせていた。
「あんず、林檎切っといて」
「分かりました。いくつ使いますか?」
「一個で良いかなぁ。3分の1くらいはすりおろしにするから、それ以外は食べやすい大きさで」
「じゃあすりおろしもしちゃいますね」
「ん、」
二人とも料理はある程度するから、そんな理由でキッチンが少し広めのマンションを借りたけれど、今となっては二人並んで料理が出来るから有難い。
休んどけば、なんてお言葉に甘えて休まないのがあんずだ。泉さんだって休んでください、だとかくだらない問答になるのはそれこそ面倒なので、「お互い様」を暗黙の了解にしている俺達は二人でキッチンに立つ。
隣で林檎の皮を剥くあんずの手捌きは慣れたもので、怪我の心配だとかもする必要はない。俺も手慣れたように生地をひっくり返すと、渦巻き模様もなく綺麗に焼けた表面とご対面だ。
「わ、今日いつもより綺麗!レストランのホットケーキみたい」
「生地入れる時に火消して調整してみた」
「凝り性ですねぇ」
「そんなホットケーキが好きなのは誰ですかねぇ?チョーうざぁい」
「あはは、」
切り終わった林檎をすりおろし始めるあんずの横で、裏面を焼く間にアプリコットジャムの瓶を手に取る。銘柄は某有名ホテルのもので、出演者の誰かから渡されたモノなのだろう。
そこそこの大きさの瓶に詰まったジャムは二人で使い切るには難しい。そもそも俺は食パンを食べないし、あんずはパンよりご飯を好むからだ。
今日のソースで半分くらいは消費出来るだろうと算段をつけて、小ぶりの鍋にジャムを注ぐ。
「あ、美味い」
スプーンについたジャムを舐めれば、酸味よりも甘味を活かしたものになっていた。じっくりと煮詰められたのであろうアプリコットに、仄かに混ざるさくらのハチミツの風味が飽きを感じさせないようにしている。
「えっ、いいな、私も一口!」
「待って、これ俺が舐めちゃったから瓶に入れたくない……新しいスプーン取って」
「私が貰ってきたジャムなのに」
「うるっさいなぁ、口移しで良いなら今すぐ出来るけど?」
「はい、新しいスプーンです」
「よろしい」
素早く渡された新しいスプーンにジャムを乗せて、そのままあんずの口に運んでやる。ジャムを舐めた途端、あんずの顔はとろけるように緩んだ。
「美味しい!」
「結構高いんじゃない?コレ。よく貰ったねぇ」
スプーンを流しに置いて、鍋に火をかける。中火でジャムを軽く溶かし、あんずがすりおろした林檎を汁ごと加えてひと煮立ち。ホットケーキもそろそろ頃合いだろう。
「実は昨日の番組、遊木くんと衣更くんが出演してて。二人に貰ったんです」
そこで俺は思わず卒倒するかと思った。つまり、このジャムはゆうくんからの贈り物というわけだ。
「アンタ、なんでそれ言わないの?!うわー勿体無い!こんな一気に使うとかありえない!バカなのっ?!」
「言ったら泉さん保存しそうだし……
「当たり前でしょお?!」
「食品はさすがに消費しましょう。なので言いませんでした」
「ああー……ゆうくんの贈り物がー……
「衣更くんと二人から、ですってば」
相変わらずですね、分かりきってるくせにわざとらしく溜息をつくから、軽く頭を叩いてやる。いたーい、なんて声もお構いなしに、ターナーを手にとって生地へと目線を移す。
表面を叩かずに作ったホットケーキをひっくり返すと、裏面も綺麗な焼き色がついている。あと少し焼けば完成だ。
「お皿、これでいいですか?」
「ありがと」
何も言わなくても渡された皿を受け取って、一人三枚分のホットケーキを重ねていく。朝昼兼用だからといつもより一枚増量だ。隣であんずはバターとメープルシロップに、お手製ソース用の小さめの深皿を用意していて、準備の良さに笑ってしまう。
「そんなに腹減った?」
「だって良い匂いするんですもん。泉さんは減らないですか?」
「普段制限してるからねぇ」
ある程度の匂いを嗅いでも腹は減らないように習慣づいているせいで、そこまでの空腹は感じない。それでも、隣のあんずを見れば腹が減ってくるから俺も随分絆されたと思う。
「あ、ハチミツも用意しといて」
「もう用意しました」
メープルシロップだとカロリーオーバーしちゃいますもんね。
相変わらず、真っ先に他人のことを考える癖は抜けていないらしい。
リビングダイニングになっているから、キッチンとの距離は近い。突然の来客にも困らないようにと四人用のテーブルにランチョンマットを引いて、いつもより少し豪華な朝食だ。
煮出して作り置きしてあるダージリンのストレートはあんずのもの、向かい合って置かれた常温の水は俺のもの。揃えて買ったフォークとナイフに、中央に並ぶバター、メープルシロップ、ハチミツとアプリコットと林檎のソース。ホットケーキを作る傍らであんずが何をしていたかと思えば、サラダを作っていたらしい。そこらへんは栄養学もかじった賜物だろう。
一足先に腰を下ろしていたあんずの前にホットケーキを置いて、俺も向かいに腰を下ろす。目の前で輝く笑顔に満足して、二人一緒に紡いだ。
「いただきます」
最高の一日は、最高の朝食から始めよう。