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らん
2015-09-06 23:02:39
2578文字
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ゆづ→あん
『fine』『贈り物』
:伏見弓弦→転校生
生徒会の業務が回りきらない!ポスターが貼れない!ごめん、あんず!ジュース奢るから手伝って!と真緒に頼まれたのが約30分ほど前。あんずはジュース2本で手を打とう、と真緒の申し出を受け、各教室に生徒会から発信されている定期通信を貼り回っていた。放課後の教室に居残る者はおらず、それぞれユニットの練習場や部室で頑張っているのだろう。
1年の教室が終わり、自クラスも終えてB組の教室に入ると、誰も居ないと思っていた教室には一つの影がある。整えられたブルーの短髪に、目元のホクロ。いつもは一つ下の学年である主に仕えているはずの弓弦が、自席に腰を下ろしていたのだ。
無遠慮に開いたドアから現れたあんずを見ると、弓弦は柔和な笑みを形作る。
「おや、あんずさん」
「ごめんね、ノックもしないで入っちゃって
……
」
「お構いなく」
「桃李くんと一緒に生徒会の手伝いしてるのかと思ってた」
「今日は坊ちゃまたっての希望により、私は手伝いを禁止されておりまして。どうやらようやく自分で遂行することを覚えたようです。成長していることをこうやって実感すると、なんだか寂しいものですね」
少しおどけたように笑う弓弦の手には何かが握られている。L判ほどの大きさの紙のようで、写真だろうかとあんずは検討をつけた。
「何見てるの?」
「以前のサーカスの写真です」
「ああ
……
それ、私が撮った桃李くんと弓弦くんだね」
弓弦の元まで歩を進め、尋ねれば見せられたのはやはり写真だった。彼の手に収まる3枚の写真は、サーカス時の弓弦と桃李をあんずが持っていたカメラで収めたものだ。1枚は弓弦のピン、もう1枚は桃李のショー中のもの、最後の1枚は二人が並んで笑うオフショット。公演終了後の打ち上げの間で運良く撮れたベストショットである。
「こんなに坊ちゃまは成長して、こんなに綺麗な笑顔をするのかと思うと、私はいたく幸せに思います。もう私が居なくても、坊ちゃまは成長していけるのでしょうね」
「それ、前から言ってるけど未だにお世話してない?」
「そういう性分なもので、ついつい手を出してしまうんですよ」
「小さな頃からお目付け役なんだっけ?」
「ええ、まあ」
弓弦にとって桃李は幼なじみである前に主だ。桃李も弓弦の方が年上だからといってどうこうはなく、主と従者の関係性を重視している為に不遜な態度であり、それが定着している。今更変えようとも思わず、変えても気持ち悪いくらいに馴染んだ関係性。その関係性がゆっくりと崩れていくことに、弓弦は何とも言えない気分になる。
成長することは嬉しい。むしろ、成長することを願って厳しく、時に甘くしてきたつもりだ。願うのは常に主である桃李の成功だし、桃李が自分よりも価値のある存在なことに揺るぎはない。そうやって生きてきた弓弦にとって、桃李が自分の手を離れることは自分の価値観の見直しを余儀なくされる事態となった。
桃李を一番にして生きてきた自分が、桃李を無しにしてどうやって生きていくのか。
世話を焼いているなんてとんでもない。むしろ、桃李のおかげで伏見弓弦は存在している。そうして生きてきた自分は、桃李が手を離れたらどうしていけばいいのか分からないのだ。
「じゃあ、幼なじみってことになるよね。いいなあ、幼なじみ。私、幼なじみって憧れだな。最近の喧嘩祭りもすごく良かったし
……
」
「会長様と副会長様も幼なじみでしたね。私も坊ちゃまと喧嘩はしたことがありません。下克上は許さないとも言われましたし」
「アハハ、桃李くんらしいなぁ。でも、喧嘩してみたいでしょう?」
「
……
どうでしょう、分かりません」
幼なじみとして喧嘩を吹っかけてくることを祈っている、なんて桃李には言ったが、幼なじみとして桃李の傍でずっと生きていくことは出来ない。主と従者という関係よりも薄い『幼なじみ』という関係性で弓弦が生きていくことも出来ないからだ。そう考えると、喧嘩などしても意味がないように思えてしまう。
だから、今日も写真を眺める。あんずによってもたらされた、確かにここに絆があると感じられる贈り物で心を満たす。あんずにとってこの写真は贈り物でも何でもないのだとしても、弓弦にとっては宝物で、彼女によって与えられた最大の贈り物だ。
笑う桃李の顔はこれまで見たどんな桃李よりも逞しく、輝いて見える。隣で笑う自分も、同様に。
「もし喧嘩したくなったら、私がまた喧嘩祭りプロデュースしてもいい?」
「おや、今度こそ副会長様に禁止された褌の出番ですか?」
「うっ、ば、バレた?」
「坊ちゃまにそんな格好させるわけないでしょう?私は良いとしても」
「弓弦くんは良いんだ?!」
今は生き方なんて気にしなくても良いだろうか。目の前で笑う彼女のように、幼なじみに憧れを抱いていてもいいだろうか。
そんなことを言った日には、きっと桃李は「バカだなぁ!」とあの可愛らしい声で弓弦を叱るのだろう。「いつだって弓弦は自分の奴隷だ」と、不遜な態度で。相棒なのだと、思いを込めて。
そんな光景が目に浮かぶから、弓弦はやっぱり桃李が一番の生き方を変えられないのだと自覚する。きっと、成長してこの手を離れても、それは変わらないと写真で笑う自分達を見て願いたい。
「
……
成長して、弓弦くんの手を離れても、桃李くんは弓弦くんをずっと呼んでくれるよ」
見透かされたようで、弓弦は目を瞠った。やはり、プロデューサーは只者ではないらしい。
「じゃあ手伝いに戻るね!」
「それでしたら、B組の通信は私が貼りますよ。他の教室をお願い致します。坊ちゃまに怒られるので手伝えないのが残念です」
「それだけでも充分だよ!有難う」
お願いします、と渡された時に触れ合ったあんずの掌は少しひんやりとしていたはずなのに、弓弦の手にはやけに熱く思えた。冷たいものほど熱く感じるような、そんな。
あっさりと教室を離れていく彼女の後ろ姿を見ながら、弓弦は小さく呟く。
「坊ちゃま」
幼なじみとしてではなく、一人の男としていつか喧嘩をさせてください。下克上を許してください。私も、彼女が欲しくなってしまいました。
彼女からの贈り物である写真が尚更輝いて見えるのは夕焼けのせいか、それとも。
END
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