らん
2015-05-29 17:52:55
4576文字
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夕星とカナ


書いた本人もよく分からない。夕星(→?)←カナ。友情ではない。



なびかない癖に突き放しもしない。付き合いはそれなりに長いのに呼び名は音石のまま。それが、カナと夕星の距離だった。
「Hi,Kana.Did the sun come up or did you just smile at me? 」
「...Can I take a rain check?」
「はあ?ブスが調子乗んな」
「ブスやめろ!」
その日の夕星はいつも以上に不機嫌だった。バンドの取材が終わり、そのまま有紀と忍、たつおの呑みに付き合っていた最中、以前引っ掛けた女からコールを貰って遊んだまでは良かったのだ。しかし、終わり際に「変人」なんていつものレッテルを貼られて気分は急降下した。苛ついたので少し痛めにもう一度遊んで捨てて、適当に入ったホテルを飛び出す。
ホテルに着いた時は暗闇だった空は既に陽が出ており、夏の季節の独特な香りが漂う。アスファルトからの温さと風の少し冷えた感覚が夕星の身体を包んだ。
いつもだったら幸い、今日に限っては最悪なことに仕事は午後からで、メンバーからのお咎めメールもコールも届いていない。もし連絡があればこの不機嫌さをぶつける相手が出来たのに、それすら無理そうだ。夕星は最近お気に入りのスニーカーで地面を蹴りつつ、舌打ちをかます。
朝の割に誰も歩いていないホテル街を抜け、駅付近に近づくにつれて増える人々の横を抜けていく。スマホはいまだに誰からの着信もなく、いっそのこと自分から誰かにかけてやろうと電話帳を開いた。
(有紀はどーせ成海話になるし、忍とたつおは説教ルートだし、成海にかけると後々有紀に説教されるし、うっわー面倒くせー)
友人は多くない。むしろ友人と呼べる人物が居ない。欲しいとも思わないから作りもしなかったのだ。遊び相手は大勢居るが、それは別の意味での友人で、コールすると媚びを売られるだけで面倒くさい。こういう時、話だけ聞いてくれる相手を作っておけば良かったと思うが、それが出来るほど自分が適応出来る人物でないことは夕星自身が理解していた。
「あーあーあー……あ、居るじゃん」
【カナ】の二文字。唯一女で「ちゃん」を付けない相手だ。遊び相手は登録する時に「○○ちゃん」と一応分かりやすいようにしている。それか、登録もしていないので空白だ。だが、アメリカで知り合ったカナだけは例外だった。
出会い頭に誘ったのはこっちで、それに全くなびかなかったくせに相手は話しかけてくる。気づいたら気兼ねなく話せる仲になっていて、女で唯一気の置けない関係にいる奴だ。成海達を紹介してくれたのもカナで、正直、夕星はカナに頭が上がらない。絶対に言ってやらないけれど。
夕星達が日本に来てデビューをしてからも時たま連絡は取っていて、この前は数あるファンレターに混ざる少数のエアメールにカナのものまで混ざっていた。フツーに連絡してこいよ、とメンバーで爆笑したことはまだ記憶に新しい。
日本が朝だから、アメリカは夕方から夜にかかる頃だろう。サマータイムだし、もしかするとちょうどライブの時間と重なっているかもしれない。別に出なければそれまでだが、夕星は何故か出るだろうという確信を持ってボタンをタップした。いつだって、カナは必ず出てくれたから。
海外に電話をかけるほうが面倒くさいだろ、と誰かからの声が聞こえた気がするが、夕星にとってそれは瑣末な問題だった。対人のいざこざの方が面倒くさい。
コール音が案外長く続く。あと3コールで切ってやる。残り1コールを残して、繋がった時のプツリという音を聞くやいなや、夕星はハイテンションで口説き文句を吐き出した。
「Hi,Kana.Did the sun come up or did you just smile at me? 」
「...Can I take a rain check?」
「はあ?ブスが調子乗んな」
「ブスやめろ!」
ああ、相変わらずだ。不機嫌な気分はどこへやら、なぜか落ち着いた。カナはいつだって変わらない。変わるものしかない夕星の世界で、唯一変わらないものがカナとの関係だった。
なびかなかったくせに突き放しもしない。ブスと言えば返ってくる咎めも、バカを言えば軽くあしらわれるのも、変わらない。
「今ライブー?」
「今日はないわよ。家に居た」
「男と寝てんの?お邪魔しましたぁ」
「いない事知ってて言ってるでしょ」
「ブスに男出来ると思ってねーもん」
「ブス言うなバカ音石」
「バカって言う奴がバカなんだよぉ〜ブス」
……で、なんかあったの?」
電車に乗る気分もタクシーを捕まえる気分もなく、近くにあった某有名コーヒーチェーンに入る。朝からぼちぼちの客入りを見せる店で、通話しつつフラペチーノとスコーンを頼んだ。店員が可愛い女の子だったら口説くところだが、生憎夕星の相手は大学生らしい風貌の野郎で少し萎える。
「ちょっと、用件ないなら切るよ」
「用件あるよぉ〜今スタバ来たから席つくまで待ってろブス」
「席ついてから電話しろバカ」
カウンターから出来たてのフラペチーノと焼いてもらったスコーンを受け取って、店内奥の一番端のテーブル席に腰を下ろした。カナと電話して、そのまま家には帰らずスタジオでドラムを叩こうかと思ったが、肝心のドラムスティックがない。夕星は一度溜息をついて、クリームを増量させたフラペチーノを吸い上げた。
「いつまで待たせるわけ……国際電話金かかるんだけど! 」
「性格もブスかよ」
「アタシはアンタと違って貧乏なんですぅ」
「ごっめんねぇ売れっ子でぇ」
「うっざ!」
でも切らないから甘えてる。焼いたおかげでチョコレートが良い具合に溶けたスコーンにかぶりつきつつ、今までの流れをざっと話した。口の中が甘さで埋もれて、水分を欲する。話の区切りでもう一度水分を取ると、話を聞いていただけだったカナが一言こぼした。
「アンタほんとクズねえ」
「欲に忠実なだけです〜」
「それがクズなんでしょう」
「気持ちいいことしたいだけの何が悪いのぉ?」
「デビューしたばっかなんだし、少しは抑えたら」
「あんたもそんなこというわけ?うっぜえ。萎えた」
「アタシには関係ないけど、成海達にアンタを紹介した手前申し訳ないし」
そう言われたら何も言えない。apple-polisherが結成出来たきっかけはカナなのだ。カナの繋ぎ合わせがなければこんなに早くデビューなんて出来ていなかった。成海達に会うことすらなかったのかもしれない。夕星にとって最高の場所、ドラムを好き勝手に叩ける居場所が安定したのは、スマホ越しの女のおかげであることに変わりはない。たとえ、今の居場所があるのは自分の実力だとしても。
「じゃー良さげな㊛紹介しなよ」
「アメリカに居る奴に聞いてどうする……
「アタシをどうぞ〜くらい言えないのぉ?」
「生憎、迎えに来てくれない男はこっちから願い下げなの」
カナは笑う。自嘲するように聞こえるのは夕星の錯覚だろうか。何かあるのか、興味がないという意思表示なのか、牽制なのか、それとも、自惚れなのか。聞く勇気なんてカナに関しては持ち合わせていない。
「僕だって素直じゃない女は嫌ぁ〜い」
「知ってる」
「あーあ、つまんねー。じゃーねぇ」
「はいはいじゃあね」
切った通話画面には約15分の履歴が残った。あっさりと終わった会話だったけれど、先程までの不機嫌さは掻き消えていた。その代償にモヤモヤとした言い表せない感情が喉元に残る。
持ち合わせていない勇気を、代わりに匂わせるような一言で示してみたつもりだった。どうしてこうも日本語は曖昧なのかと、どうしようもない愚痴を夕星はフラペチーノと共に喉奥へ通し胃にしまいこむ。
関係を壊したいわけではない。もし迫って来られたらその時点で夕星はカナのことを対等の人間としては見れなくなるだろう。女は道具であって、対等ではないものだからだ。媚も女の性も要らない。エサだって与えてやらないから、カナにはこのままで居てほしいと根底では思っている自分が居る。
それなのに、こうして時たま匂わせるようにしてしまうのは牽制なのかもしれない。カナに対する牽制というより、カナに寄ってくる男への牽制だ。
「存分に悩んで縛られてどうしようもなくなったら連絡しなよ」
曖昧な匂わせる言葉が分からないほどカナは鈍くもないし馬鹿でもない。それだからこそ、一言で縛るのだ。もしかしたら夕星が、なんて淡い希望のようなものを持たせて、居心地の良い場所を守る為に縛る。女として欲しいのか、今の関係のままが良いのか、まだ決めたくも悩みたくもないから。そんならしくない逃げを持ったまま、夕星はカナを縛る。相手からのアプローチで幾らだってこちらは態度を変えることができる。これほど後出しジャンケンのように楽なこともない。
最後の一口となったスコーンを口内に放り投げ、またもフラペチーノで流し込んでいると唐突にスマホが振動した。たつおかメンバーか、まあそこらへんだろうと名前も確認せずに夕星は通話ボタンをタップする。
「はいはぁ〜い、僕だよ〜」
「音石、今って都内に住んでんの?」
……なんだ、ブスか。いきなり何。国際電話金かかる〜ってボヤいてたの誰だっけぇ?」
「んー?今度そっちに帰るから、どっかで落ち合えないかなって」
「あっそぉ……って、は?!あんたこっち来るわけ?!」
「そうそう。言い忘れてたから、わざわざ電話してあげたの」
「あー……そう……なんで来るの
「素直じゃない女は嫌いなんでしょ?首洗って待ってなさい。あと宿貸して。じゃーね!」
「は、あ、ちょっと!おい!カナ!」
大声で反応していたせいで周りの目が少々痛いが、気にすることも、配慮することも出来なかった。ツーツー、と寂しい聞き慣れた音がスマホからこだまする。夕星は浮きかけた腰を無理矢理イスに下ろした。
唐突にかかってきて宣言だけされて切れた。一歩を踏み出したのはカナで、それは良い。そこまでは夕星の思い通りだ。しかし、対面することは予想外だ。さすがに面と向かって余裕を持ったままなんてカナの前では至難の技だ。逃げつつも縛った結果が、これか。
女として欲しいのか、このままでいたいのか。
――そんなの、分からないままの何が悪いんだ?
開き直って何が悪い。女だけど女として見たくない女が居て、愛か恋か分からないけれど傍に居ても煩わしくない女が居て、何も悪いことなんてないだろう。
「カナが居ると面倒くせー……
女遊びは許してくれるだろうか。ドラムが一番大事で、その次は認めたくないがバンドが大事。三番手は㊛遊びと酒が大事だから、誰かと住むなんて向いてない。本人が一番理解している。けれど、落ち着ける居場所はカナだということも理解している。安心して任せられる数少ない一人だということすら分かっているのだ。たとえカナが夕星に素直になったところで、それは変わらない。道具に成り下がる程アホな女でもない、きっと。
「同居くらいなら許す」
そこに恋や愛やそういった感情を付与することはまだ、無しで。