mishiadd
2024-09-17 20:23:16
2690文字
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月にさわる

中秋の名月小噺。カルデア時空。満月の夜だけ禍々しく美しく恐ろしい「核」が蘇る星4サーヴァント宮本伊織と星5サーヴァントヤマトタケル。宮本伊織の中にいる人ではない「何か」。

満月は美しい。

かつてたったひとりで征した道中ですら、満月の柔らかく清浄な光は私の慰めとなった。その眩い輝きに目がくらんでいるうちは、足元に転がる死骸や血塗れの両手を見ずにすんだ。

意外にも、イオリが好むのは満月よりも刃のように鋭い三日月だった。夜道を歩いていてふと伊織が足を止め、食い入るように――魅入られたように見上げるのは、なぜか決まって上弦の、指で触れれば斬れそうな、細く輝く三日月だった。

――彼を想い、彼を重ねてただ「眩しい」とばかり想った、あの月。

私は、いつからか月を見上げなくなった。見上げるときは、相応の覚悟をもって見上げた。――いつからか、暗闇にだんだんと盈ちて成長し、やがては禍々しくも美しい何かへと孵化しようとするその姿に彼を重ねていた。日に日に――ひたひたと満たされて、いずれ至る――結実する、その化生。

いつからか、私は――



――あの美しい月が盈ちるのが、怖かったのだ。







白紙化した地球に夜はない。だから、月の満ち欠けなどを実際にこの目で確かめる術はない。

暦の上でだけ巡る新月と満月や――それこそ、中秋の名月など。実際にこの目で見ることは叶わないが、食堂のメニューに月見団子があったので、なんとなくその日であることを知る。
当然のように団子をとって食べる。――今日が中秋の名月であることは知らなかったが、満月であることは知っていた



――イオリが、長屋へやから出てこない。



彼がカルデアに来たばかりの頃は、こんなことはなかったように思う。だんだんと――月日が経つにつれて、月に一度――多ければ二度――長屋から出てこなくなる日があるようになった。

一度心配して訪ねると、引き戸に鍵がかかっていた。そもそも、鍵がかかるものなのだということを、その時に初めて知った。こんこんと指先で軽く叩き、「イオリ」と呼びかける。――返事はなかったが、中にイオリがいることはわかっていた。

出過ぎた真似だとは思いつつも、かつて江戸でしたように霊体化して引き戸を通り抜ける。――長屋の中は、真っ暗だった。
やがてだんだんと暗さに目が慣れてくると、畳の上にこんもりと山のようなものがあるのが影でわかる。目を凝らす。頭から布団をかぶった人影のようだった。

――イオリ?」

畳に近づく。わずかな――障子を透かして漏れ入る小さな光源を反射して、両目の――白目のあたりがちらちらと光っているのが見える。
畳の隅に置かれている行燈に火を入れると、ぼんやりと周囲が灯る。――布団を頭からかぶったイオリの姿が、ようやく浮かび上がる。

……イオリ? どうしたのだ?」

畳に片膝をついて声を掛ける。ぼんやりと――意識の曖昧な、ただ掛けられた声に反応しているだけのような目が、私を見る。――私の顔を、観察する。

「イオリ? ――私が、わかるか?」

彼の目前で軽く手を振る。口をうっすらと半開きにしたまま、ただ一心不乱に私の顔を見るイオリに、「意識が混濁しているだろうか」と懸念した矢先だった。
イオリが、ぽつりと――ひどく優しいのに、背筋の凍るような――ひたひたと迫りくる、刃のような――ひどく、ひどく聞き覚えのある声で、言った。

「セイバー。おまえは美しい。――おまえのように美しいものを見たのは、かつてたった一度だけ

きょろり、と円い瞳が巡る。その瞳にぽっかりと浮かぶ、満月。――望月。盈ちた彼が至ったもの。闇夜に溶け込まず穢されず、ただ純白の輝きと共に禍々しく立ち顕れるもの。

「セイバー、おまえはあの月のよう。あの月の如き剣のよう。――もう二度と出逢えることはないと思っていたのに、そう覚悟していたのに。もう二度と、出逢ってはならないのだと、そう思っていたのに。
夢の中にいるように――たゆたうように、まどろみの中で――そのまま、夢の中で一生を終えるべきなのだと。このまま俺は眠っているべきなのだと。そう思っていたのに。――俺はお前を、見てしまった



――これは――

サーヴァント・宮本伊織ではない。もしかしたら、厳密には盈月の儀のマスターである宮本伊織ですらないのかもしれなかった。
もしかしたら、更にその奥にいたもの。――サーヴァントの宮本伊織が、落としてきてしまったもの。彼の胸部にぽっかりと空いた、人の形をした空洞に――かつて納まっていたもの。
――彼という存在の、核。



「おまえと死合えたら、どんなにいいだろう。――おまえを超えられたら、どんなにいいだろう。セイバー、おまえは美しい」



――呪詛のような、その言葉。



暗がりの中で、爛々と輝いている。暗闇に決して溶け込むことのない、双つの満月。
殺したいわけではない。ただ、斬り結んで勝ちたいのだ。そこに一切の雑念はない。まるであの、純白の望月のような――闇夜にぽっかりと浮かぶ、純粋な欲。

これこそが、彼の欲の正体。彼の本能。――彼という存在の、すべて。



――真理を追い求める科学者が、知的好奇心に勝てずに倫理を踏み外すように。

ただ、追い求めたものが、たまたま人の道と相反するものだった。きっとそれ自体は、『悪』ではない。
でも、きっと――






それを追い求める時の彼の横顔は、きっと人のそれではない






「セイバー」
「イオリ。――眠っておいで。恐らくは、満月がきみに悪さをしている。……まどろんでおいで。明日の朝まで」

存外、素直なものだった。そう言い聞かせると、あっさりと言われたことを理解したようで、布団にくるまったままその場に横になった。
もしかしたらこの核は、単一の機能しか持たないのかもしれなかった。――人ではない核を埋め込まれた宮本伊織というは、この核を制御するのに一体どれ程の苦労をしたのだろう。

イオリの形をした何かが、そこにただ横たわっているのを見届ける。双眸を爛々と見開いたまま、ただそこにいるのを、見る。
行燈の火を落とし、来た時と同じように――するり、と霊体化して引き戸を抜ける。鍵は、かかったままだ。

引き戸の前で、立ち竦む。ふ、と息をつく。
見上げても、そこにはカルデアの天井が広がるばかりで――満月の姿はどこにもなかった。







今夜は中秋の名月――であるらしい。

皿の上に三つだけ残った月見団子を見下ろす。皿ごと持ち上げて、席を立った。



――たまには月見でもしてみようと、長屋へと向かった。








月に障る・了