【はじめに】
本作は🔥←🌊の、湧治の初恋のお話です。
始まりはクーリさんがクリスマス前に投稿された燎くんサンタさんのお話、それにあすなろが打ち返したSSから続いています。
ご一読頂けると一層楽しめると思いますので、ぜひ。🙏✨️
・恩返しのサンタクロース/クーリさん作
・一日遅れのクリスマスプレゼント/あすなろ作
【登場人物紹介】
☀️誉太陽(44さん@ClawLion )
🌻明暮叶(オラノンさん@olanon0821)
🔥日埜燎(クーリさん@kuuri_krtt )
🌊浅海湧治(あすなろ@IchoKaede)
🍊内藤ないと(にょろさん@TerraStella_CR)
💤眠根柚(羊野メフィさん@youmou_mohumohu)
❌️×堂弥狗丸(ボスタムさん@bosstariamuss )
🥽東口架(網膜さん@llll_mn)
🌃月城朔夜(天樹夏魁さん@Kai_if_)
🍦潤ウルフェニク(どら焼きさん@yakiemon )
【本作のイメージソングについて】
「dis-」/有坂美香
湧治の生い立ちに重ねてます。
少しでも明るい方へ、獣山学園へと歩みを進めてきました。
・曲へのリンク
「Kokoro」/Joanne Hogg
本当の気持ちは伝えられないまま、伝わらないまま。
・曲へのリンク
・歌詞/和訳(ページ下部、2曲目)
https://xenoonline.com/modules/ep01/index.php?content_id=5
「NO RAIN NO RAINBOW」/HOME MADE 家族
雨が降った後は虹が架かります。
大切な青春の1ページ。
・曲へのリンク
「dis-(English ver. )」/有坂美香
1曲目の英語版です。ネタバレになるので深くは語りません。🤫
最後まで本作を読んで頂いた後に、歌詞を見て頂ければ納得して頂けるかなと思います。🙏
・曲へのリンク
・歌詞/和約付き(※おそらく非公式の和訳)
http://alic152.blog123.fc2.com/blog-entry-1239.html
それでは、本作をお楽しみ下さい。
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【No Rain No Rainbow】
オレの一番古い記憶は、隣に赤ん坊だった弟がお菓子の詰まった赤い長靴を持っていて、一緒に笑ってクリスマスイブを過ごしていたこと。
そして次の日の朝、「弟が息をしていない」と母さんが取り乱して泣いていたこと。
多分、オレ自身は2~3歳だっただろう。
普通は忘れていてもおかしくない年齢の記憶。
その時の空気は今も地肌まで染みついている。
「
……クソッ」
深夜に目が覚めてしまったときは、大抵この事を思い出してしまう。
『オレはちゃんとオレの道を歩けているのだろうか』
『弟の分までちゃんと生きることができているのか』
そうした思いが延々と巡り、答えの無い自問自答が始まってしまう。
時には自室の隅で、時には共用スペースでテレビを最小音量でつけながら、髪の毛を縛る気力も無く、ぼんやりと過ごしている。
弟が居なくなってしまった分、オレは『子はかすがい』を肌身に感じて育ってきた。
もしかしたら、親を安心させることに固執しているのかもしれない。
自分の道を進み、一人前になり、弟の分まで生きなきゃいけないと思って生きてきた。
そうして迎えた中学三年での進路希望。犬ぞりの道を志した。
きっかけは犬ぞり競技の障がい者部門のレースを見たことが始まりだ。
ハンデを抱えつつも、装具・補助具を身につけて常人並み、またはそれ以上の走破力を見せつけながら、チーム一丸となって走る。そんな犬ぞりに惹き込まれた。
――「自分の進みたい道」を見つけられた気がした。
その話をした時、父さんは反対した。
「今まで『自分の好きに過ごしてみなさい』と言っていたが、今回ばかりはよく考えなさい。
少なくとも、私は賛成しない。」
今思えば妥当な意見だと理解できる。
それまで運動部の経験も無いオレが、体育系の、ましてや犬ぞり競技で有名な獣山学園に進学したい。などと言えば、険しい道が待っているのは目に見えている。
だけれど、それでもオレは納得できなかった。
「父さんは
……今までオレに何かしてくれたことがあったかよ!
勉強で聞きたいことがあっても、悩み事があっても、仕事してるか酒呑んでて真面目に話ができる状態じゃない。
今日だって母さんから伝えてもらって、やっと話ができたのに
……後押しもしてくれないのかよ!」
「
…………」
「もういいよ! オレが自分で決めたことだ! アンタからは学費だけ出して貰えればいい!!」
言葉の勢いに任せてドアを閉め、肩を怒らせながら自室に戻る途中、母さんが後ろから声をかけてくる。
「湧治。父さんはああ言っているけど、心配しているの。
今まで家で一緒に過ごしてきたのに、志望先の獣山学園は寮生活でしょう?
一人で生活するの、きっと大変じゃないの。」
母さんも心配しているのは同じよ。と、言葉を重ねる。
「それがダメなんだって! いつまでも家で甘えてちゃ、オレは成長できない!
せっかく見つけた『やりたいこと』なんだ
……」
後押ししてほしい、とオレは言葉にせず伝える。
――意地を張って通したわがままだった。
「その結果が今のオレじゃ、どうしようもねぇな
……」
決して後悔している訳じゃない、ただ先が見えないだけ。
ホイールのポジションに就いても、周りにはオレより強いメンバーがごまんと居る。
見ていればイヤでも分かる、オレは『弱い』。
その不安に押しつぶされながら、膝をかかえてうずくまる。
「おはよォーーーッ!
朝だーーッ
練習ぅ 行く人ぉーーーッ!
はーーーいッ!!」
早朝、太陽先輩の声が響き、オレの視界に色が戻ってくる。
犬ぞり部で走っている間はみんなと一緒に走ることで、ただひたすらに楽しくて、一切を忘れることができた。
獣山に来て、琥珀寮に入れて本当に良かったと思っている。
◇
話はオレの生い立ちに戻る。
そうした家庭環境もあって、クリスマスはお祝い事をする日でなくなり、オレの誕生日の大晦日も、正月も、年末年始はせわしなく、ただ淡々と過ぎていくだけの『普通の日』だった。
歳を重ねても、ただでさえ学校は冬休み。
お祝い事については無縁だと思っていた。
そのお祝い事が『特別な日』だと知ったのは、カナエとないとの誕生日。
大勢に囲まれて心から嬉しそうに、幸せに笑っている顔がとても強く印象に残っている。
――そんな日に憧れてしまった。
そして、クリスマスの朝。
枕元に突然現れたプレゼント。
最初はどうしていいか、本当に分からなかった。
ただ、これまでの人生で一番嬉しくて、必死になってお返しのプレゼントを用意した。
クリスマスプレゼントの送り主は、日埜燎。
燃えるような赤の毛並みを持った、いつも誰かのそばに居て、いつも元気いっぱいで、いつも明るく笑っているヤツだ。
冬休みは実家に帰ると言うことで、決して少なくない帰省組の一人として燎を見送った。
……そのはずだった。
いつもの騒がしさが聞こえないことが、やけに寂しく思った。
気づけば、燎のことばかり考えているオレが居た。
正月を居残り組と過ごすとき、誰かが持ってきた蟹を茹でて食卓に出そうとした時、真っ赤な蟹を見てアイツの顔が思い浮かんだ。
なぜこんなに関心を惹かれているのか分からず、自室の机の上に置いたプレゼントのぬいぐるみを眺める。
冬休みが明けていつもの学生生活に戻ると、その理由を突き付けられる事になる。
胸に沸きあがる熱の正体が分かるまで時間はかからなかった。
燎の机から落ちたメモ紙。
カナエの顔を図形のように描いていて、脇にはお菓子に使う材料が書かれているように見えた。
――バレンタインデー。好きな人に贈り物をする日。その日が近づいている。
その瞬間、胸がグッと押されるように苦しかった。
オレが燎に向けている特別な感情、これが「恋」なんだと分かったとき、燎の視線はオレじゃなく、カナエにしか向いていなかった。
思えば、燎はカナエとよく一緒に居る。
休み時間に友達同士で話をしているとき、燎はカナエの耳をいじって遊んでいた。
雪が降れば、燎はカナエをモチーフにした雪だるまを作っているのを見た。
――部活でもそうだ。
カナエは片目の視力をほぼ失った中で、仲間に支えられ、真っ直ぐに先を見据え、リードとして先頭を走っている。
「俺は、皆が居るから走れてるんだよ」
「信用してる」
「大丈夫、いけるいける」
そう言葉にする姿はオレにもまぶしく、とても綺麗な輝きを伴っていた。
ハンデを背負ってなお走り続けるその姿は、オレが獣山学園の犬ぞり部を志したキッカケそのもの。
その強さに尊敬の念を抱かない訳がない。
カナエと出会った頃、オレからカナエに声を掛けようとして名前が出てこない時にも
「ユージ。俺は明暮。明暮叶だよ~」
と、顔を覚えるのが苦手なオレに根気強く付き合ってくれた、優しいヤツ。
――その背中を燎は見て走っている。
――決して、カナエが憎いわけじゃない。
ただ、オレは燎の『特別』じゃないだけ。
そう、特別じゃない。
燎の作ったぬいぐるみはオレひとつじゃなく、琥珀寮のメンバーで合計5つ。ウル、×堂先輩、柚、そしてカナエ。
普通は、ごく普通の「気持ちのこもったクリスマスプレゼント」。
オレが特別だと感じて受け取ったことが変だっただけ、オレが普通じゃなかっただけ。
今日も燎はカナエと喋っている。
――見たくない。
あの様子だと、燎自身はきっと自覚のないまま、カナエと親しくしている。
燎からカナエへのその想いは、オレが燎に抱いているものときっと同じだ。
――聴きたくない。
否が応でも、二人のやりとりを凝視してしまう。
こらえきれず、オレはその場から駆けて逃げた。
自分勝手な感情だった。
オレの中には燎の『特別』を受けたい羨ましさと、受けられない悔しさと、何か分からないもので心が悲鳴をあげた。
身体のどこも悪くないのに、胸が苦しかった。
寮に戻っても、アイツの
……燎のいる共用スペースにも近寄りたくない。
自室に戻れば、机の上のぬいぐるみを目に入れるだけであれだけ嬉しかったハズなのに、よく分からない気持ちになってしまう。
走っている時は、そんな自分の気持ちも見ずに済んだ。
そして夜になった今も、せめて憂さ晴らしに外で走れればいいと思っていた。
そんな時に限って顔を合わせたくないアイツ、燎と鉢合わせしてしまう。
「あれ? ゆーじどうしたっすか、ジャージなんか着ちゃって」
「
……あぁ、いや、ちょっと走ってくるだけだ」
「お、熱心すね! 今がシーズン真っ盛りだもんな!
オレも一緒に行こうかな~」
「来んな!!」
「
……
ちょ、ゆーじそんな大きな声出して
……」
燎が言葉を言い切る前に、顔を合わせない様に、うつむきながら通り抜ける。
その場から逃げることしか考えられず、すり抜けざまに肩を強く当ててしまった。
だが、構っていられず外に向かう。
「こんな顔、見せられる訳ねぇじゃねぇか
……」
どうしてもイラついてしまう。
さっきまで向こうで聞こえていた燎の談笑にカナエの声も混じっていた。
その事実だけで、泣きたくなるほど、苦しい。
気持ちが止めどなくあふれてきて、いてもたってもいられなくなる。
「
……ハッ ハッ ハッ」
裏山には暗闇でも雪面が月の光を照り返す。
「ハッ ハッ ハッ
……」
ただ、ひたすら、走る。
少しでも寮から、燎から遠く離れたい。
空を見上げれば、月の輪郭が涙でぼやける。
頬を伝いこぼれた雫は雪を解かす。
暗闇の中、木の根に足を引っかけて転び、
起き上がろうと着いた手を握りしめ雪面を殴り、
声にならない声をあげる。
「う
……あぁ
……
……あああああーーー!!」
叫んでも叫んでも胸の内は苦しいまま、アイツの、燎の顔を思い浮かべるたび熱が沸き上がってきてしまう。
「アイツが好きな奴はオレじゃなくて、でもアイツはオレと同じだけ好きな奴のコト好きなんだよ!!
だったらアイツを見守るしかねぇじゃねぇか!!」
大切な仲間なのに。
大切なチームのメンバーなのに。
愛しい人の特別な人は、オレにとっても大切な人だから。
カナエは一番星の光、燎はかがり火。
みんなの行き先の道しるべであり、みんなが帰ってくる場所の大事な灯りだ。
「
……なのに、なのに!
なんで
……胸がこんなに苦しいんだよ
……!!」
空を見上げ、涙でにじんだ月を睨み、吼える。
「ウォォォーーーーーー
…………」
誰か、そばに寄り添ってほしい。
「ゥオォーーーーーー
…………」
誰も、そばにこないでほしい。
かなわない恋だと分かっている。だから。
晴れることのない胸の内を抱えながら、
湧治はアラスカンマラミュートの喉を震わせ、澄んだ夜空に遠く吠えた。
◇
泣きはらしたその日の夜は、燎から貰ったぬいぐるみを抱えて寝た。
どうしようもない寂しさを、燎がプレゼントに込めてくれた想いが埋めてくれる気がした。
――少しだけ燎の匂いがして、燎がそばに寄り添ってくれてる気がした。
翌日、そんなにすぐ気持ちを切り替えられる訳でもなく、胸の内はくすぶったまま。
夕焼け空、いつもの練習を終える時間となった。
「みなさ〜ん、スポドリ準備できてますよ〜」
「「おー、ありがとー」」
柚がみんなに労いの声をかける。
「さあッ 向こうまで駆け足だッ!」
と、×堂先輩が架の肩を叩くと
…
「ギャアーーーーーーー何でーーーー!!!?? 何ーーーー!!!」
オフに戻った架の叫び声が響く。
「うわ、やかまし
……」
「あはー みんな元気だねー。」
「うん、楽しい。」
いつもの光景を見て、朔夜とカナエが言葉を交わしている。
そんな中、話をするタイミングを伺っていたのだろう。
夕陽に輝く赤色が、燎がオレに声をかけてくる。
「ゆーじ、なんか今日苦しそうだけど
……
それに昨日の
……昨日だけじゃなく、このところ様子おかしかったけど、どーかした?」
「ああ
…… 昨日のはスマン、完っ全に八つ当たりだ。
…………
オレ
…… 浅海湧治は、オマエの、燎のことが
……――」
――『好きだ』、その一言が出ない。
拒絶されてしまうのが怖くて。
それだけじゃない。今のみんなとの関係をすべて壊してしまいそうで、とても怖くて。
「えっ? オレのことがなんすか?」
「あぁ
…… いや、なんでもない。
……オマエも頑張れよ。」
「? なんの事かわかんねーけど、頑張るっすよ!
ゆーじも頑張れ!な!」
「っ
……」
その言葉を聞き、ナイフが突き刺さった様に胸が痛んだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしたかもしれない。
「(頑張れって
……
この気持ちを一体どうしろって言うんだよ
……)」
泣き出したくなる顔を伏せる。
視線を落とした先、燎の手首に、夕陽を受けてキラキラと輝くもの。
ラメ糸の編まれた見覚えのある二本のヘアゴム。
……今さらになって気付いた。
「(オレが贈ったプレゼント
…… 着けてくれてたんだな
……)」
叶うことのない恋、それでも結ばれている絆。
苦しくなる胸に、ただひたすら『嬉しい』の感情が奥から湧いてくる。
――涙なんて、ネガティブでもポジティブでも胸がいっぱいになればあふれ出てきてしまうんだ。
そんな胸の内を、燎に気づかれないように。
必死に気持ちに『なんでもない』とフタをして。
顔を上げ、夕陽を背に、陰に隠して苦笑いで返す。
「
……あぁ、オレも頑張るよ。」
――オレの頬に一筋の涙がこぼれた。
「あ、ひのりん! 早く休もう!?」
「おーいッそこの2年ズッ、しっかり休んで疲れをとるのもトレーニングの内ッ!!
水分補給ッ! しないとバッテンだッ!!」
「ウル、×堂先輩、いま行くっすよー!
なっ! ゆーじも早く行こうぜ!」
「
…あぁ。その前にちょっとトイレ寄ってくるな
……」
「分かった、ってゆーじトイレそっちじゃな
……」
「ほらーひのりん行こう〜!」
「わっ、ウル引っ張んなって、分かったっすから。」
燎が先にみんなと合流し、和気あいあいと喋っている様子を背にして、オレは少し離れた物陰に隠れる。
「
……
ヒッ
…ぐ
……ッヒぐっ
……」
ダメだ。涙が止まらない。
やっぱり、それでも『好き』だった。
自分の気持ちを伝えようと、燎に正面から気持ちをぶつけてみようとしたが、できなかった。
でも、そこに返ってきたのは、燎らしい素直で純朴な思いやりのある言葉。
――そう、だから好きになったんだよな、オレ
……
小さく嗚咽を漏らしていると、背後に人の気配がした。
気配を殺して覗き見るでもなく、ただ何も言わず佇んでいる。
呼吸を整えて振り返ると
……
「ユージ! 大丈夫か?」
そこに居たのは、太陽先輩。
急いで涙を拭って平静を装う。
……外面を取り繕う強がりだ。
「え
……あ
……太陽先輩、
はい、大丈夫です
……」
オレの返答を聞いても、夕陽を背に輝く琥珀色の瞳は、じっと見つめてくる。
あまねく照らすその眼に、オレは自分の本心を隠し通せないなと思った。
「
…………
……先輩、大丈夫
…じゃ、ないです
……」
涙がまたあふれてくる。
うつむいて拭っていると、温かい手が頭に添えられる。
オレの誕生日に「生まれてきてくれてありがとう」と頬を撫でてくれた、あの大きな手。
「うん、きっと、ダイジョーブ!」
そう言ってぐしぐしと頭を撫でてくれる手は、父親のように大きくて、母親のように優しくて。
「
……っ!!
っぐ
…ぅ
……ぁ
……
うわああああーー!!」
止めたくても、涙が止まらない。
その温度を感じて、瞳から幾つも雫が落ちてしまう。
せめて他人に見られないよう、先輩の胸を借りて。
額を当て、拳を握った両腕を押し付けて横顔を隠し、暖かさに心身を委ねる。
――こうして太陽先輩に支えてもらって、やっと自分の気持ちを飲み込む事ができた。
そして、やっと前と同じように、燎とカナエに顔を合わせることができるようになった。
◇
今回の件を機に、オレはもう一つの転換点を迎える。
「ホイールから『マッシャー』への転向、目指してみるかな
……!!」
ホイールで鍛えたソリを牽く力がオレにあっても、スタミナとスピードは燎とカナエに到底敵わない。
一緒に走りたいと天に願っても、到底追いつくことはできない。
ならば「自分の強み」を工夫して別の事に使えないか試してみたい。
そうして思いついた先が『マッシャー』のポジションだ。
ホイールはマッシャーをすぐ背後にして、その指示を一番近くで聞き、その他のポジションを前に見据えながら走る。
そうして走ってきた経験から、路面の取り方もある程度は分かる。
次に、ソリ。つまり道具の構造や使い方については興味がある。
乗りこなし方は物理と技術、重心の移動や体勢の取り方だ。これまでホイールで鍛えた脚力も踏ん張りに使える。
オレは他のマッシャーに比べれば体躯が大きい分、体重もあるが、太陽先輩と一緒のチームで鍛えられた皆だ。あのプラチナ合金のソリに比べればデメリットなんて無いに等しい。
カナエのハンデも理解している。オレ自身も右眼が近視で、カナエほどでは無いが視界の悪さは経験済みだ。
前方に集中して走っている最中に、視界の悪い方に突然他の競争相手が現れるのは、今でも怖い。
カナエと違うのは、オレは眼鏡/スポーツグラスを使えば視界の悪さをほぼ解消できる点だ。
なにより全てのハンデやデメリットについては、皆を信じて「頼らせてもらう」。
皆の速さに追いつけず、脚を引っ張るぐらいなら、アプローチを変える。
『みんなと走りたい』
きっとそれは一筋縄ではいかないだろう。
中途半端で終わるかもしれない。
でも、きっと「大丈夫」。
そう言ってくれる先輩がいる。皆が居る。
「
……ん? 無理だって?
やってみなきゃ分からないっしょ!!」
湧治の両手を打ち付ける音が、寒空に高く響いた。
【No Rain No Rainbow】ー了