mishiadd
2024-09-16 20:15:59
5196文字
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熱を帯びる

【重大アレルゲン表記】盈月の儀時代魔力供給による同軸リバ伊剣伊→デア時代魔力供給によるぐだ伊→ぐちゃぐちゃになった感情による剣伊。絶対に無理してお口に入れないでね! 自分とは義務感で魔力供給してたのに魔力供給を受ける側になって感覚が変わってしまった伊織さん(セイバーとの魔力供給の記憶なし)と感情ぐちゃぐちゃセイバー。

どう触れ合おうと常に義務感の塊のような顔をしていた。

魔力供給は私のために行うことだった。だから、まずは定石に倣ってサーヴァントである私が彼を受け入れた。
まるで手順の定められた儀式か何かのようだった。神聖であった、という意味ではない。そこにはわずかの感情も熱も伴っていなかったのだ。
彼はなんでも覚えがよく、準備が必要だとなればすぐに一番効率の良い方法を覚えた。彼自身の準備も、私の準備も。
それでも、彼の私に触れる手が熱を帯びることは決してなく、彼の呼吸が乱れることも一度もなく。彼の、体温の低い、ぬるいような肌を通して、規則正しくゆっくりと落ち着いた鼓動が、とくん、とくん、と私の肌に伝わるだけだった。

私はきっとそれが寂しかったのだと思う。
彼は一度だって私を乱暴に扱うことはなかったし、むしろ頻繁に痛みの有無を尋ねては常に気遣ってくれていた。
それでも、始終すました顔をした彼の下で私ばかりが追い詰められ、熱を帯び、みっともない声をあげて彼の名を呼ぶのはどこか虚しさを感じたし――決して私と同じ熱量を抱いてはくれない彼が、恐らくは無意識だとしても――まるで私に喰われているのは自分の方だとでも言うように、どこか――無理やり体を暴かれて花を散らされたとでもいうような、ひどく傷ついたような目をして、時折私から顔を背けるのがひどく苦しかった。

それは、私が彼を抱いたとしても同じだった。
やり方を変えればもしかしたら何かが変わるかと思ったのだ。もし彼が私の中に自身を納めることで喰われるような恐怖と忌避感を覚えているというのなら、受け入れる側に回ってみればそんなことはなくなるのではないかと。
でも、結局何も変わらなかった。ただ、体位の上と下が入れ替わっただけだ。私の下で私を受け入れながら、やっぱり彼は――どこか侵犯されているような、今にも逃げ出したいとでもいうような目で、私ではないどこか遠くを見るのだ。

彼が私を気遣ってくれるだけ、私が受け入れている方がまだマシだとすら思えた。少なくとも、そこには彼の――私が欲した感情ではないにしろ――私に対するなんらかの優しい想いがある。
そのわずかな彼の愛情の欠片に縋りながら、彼の首に腕を回して媚びたような声をあげる。無意識のうちに少しでも彼の歓心を買って劣情を引き出そうとでもしたのだろうが、それらがすべて無駄であることも知っていた。まるで見当違いに――ぐずる童をあやすように私の頭を優しく撫でる手に彼の愛を見い出しては、満たされない心の空洞を慰めた。



――イオリには、それ以外の場所でたくさんの優しさと愛情を貰っていたから。



別に、そこに拘る必要なんて少しもなかった。たとえ、体を重ね合うことに、魔力供給以上の意味を見い出せなかったとしても。それ以上の繋がりを感じられなかったとしても。
彼が私のねだったものを買ってくれて、食事を用意してくれるたびに。彼が私の疑問に丁寧に答えて、「今度行ってみようか」と優しい声で言ってくれるたびに。彼が私の名を呼んで、振り向いた私の目を見て微笑んでくれるたびに。

それだけで充分だった。これ以上、一体何を望めるだろう。

だから、『魔力供給』はこれで充分。――終わったあとは、彼の手を握ってそのまま一緒に布団で眠っていいのだから、きっと充分以上だった。







カルデアのマスターとは、基本的には『魔力供給』の行為は必要ない。

そもそも、供給されている魔力のほとんどは当人から得ているものではないし、通常の聖杯戦争や盈月の儀のようにマスターとサーヴァントが一対一の関係ではないのだ、カルデアに所属しているサーヴァント全員にマスターひとりで逐一魔力供給などしていては――それが死因になりかねない。
だから、少なくともカルデアのマスターとは私はしたことがない。大抵のサーヴァントはそうだと思っていた。――のだが。



――イオリの様子がおかしい。

ぽうっとして、食事をとる端正な横顔もどこか上の空だった。別段、普段から彼が食事を積極的に楽しむ性質ではないことは知っている。それでもこれは――なんというか、元々どこか遠い夢を見るようだった瞳が、ますますここではないどこかを見ている。――まるで、初めて恋を知った少女のような、ふわふわと地に足のついていない顔。

「イオリ」

思い切って声を掛けてみると、イオリが私を見る。心なしか、頬の血色がいいような気がする。――いまだかつて見覚えのないぽわんとした愛らしい雰囲気に、やや怯む。

「一体どうしたのだ? ――いやに機嫌がいいようだが」

尋ねられて、イオリがさっと左右を素早く見渡す。こそこそと、声をひそめて耳打ちした。

「ここでは――少し言いにくい。部屋に戻ってから話してもいいだろうか」
「あ、ああ。勿論構わないが――

イオリの歯切れが悪いのは珍しい。内容にまったく見当がつかず、もしかしたら何か深刻な悩みなのかもしれない、と勝手に懸念し始めたとき、イオリがそっと目を伏せた。濃い睫毛が目元に影を落とした。――その目尻が、少しだけ赤く染まっているのに気付く。

「言うとしたらセイバーだけにしておきたかったのだ。声を掛けてくれてよかった」
「そ――うか」

呆気にとられる。こんな――こんなに可愛らしい、隙だらけの表情をする人だっただろうか、彼は。

食器を片付け、いそいそと長屋風の自室へと戻る。後ろ手に引き戸を閉めて、ふう、とイオリが肩で息をついた。畳の縁に腰かけた私に、「今、茶を淹れるから少し待っていろ」と声を掛けて炊事場に立つ。その後ろ姿を見ながら――なんだか、普通の友達同士のようだな、と思った。

イオリと私との関係を一言で表現するならば、私は――彼が使ってくれた、『友』という言葉を使いたい。
それが、本当に適切な表現なのかどうかはわからない。なにしろ、私には後にも先にも、彼以外の『友』はいないので。それでも、彼がこの関係を友と呼んだのなら、そう呼びたい。
――でもきっと、この関係は、いわゆる『普通の友達同士』――とは、違うのだろうと思う。イオリとスケノシンの関係性が、テイとアーチャーのそれとは違っていたように。

でも今は、そんな気がした。――お茶を啜りながら彼の悩みを聞いて、ああだこうだと解決策を一緒に練って、最後には笑い合う。――そういうのもまたいいものなのかもしれないな、と思う。

ふたり分の湯呑を手に持ったイオリがこちらにやってきて、私にひとつを手渡して私の隣に座る。ずず、と私がお茶を啜ると、イオリがおもむろに言った。

「マスターと――『魔力供給』というものを、した」
「ぐっ」

ぶは、と口に含んでいたお茶を噴き出した。「どうしたセイバー、熱かったか!?」とイオリが慌てて私の背中をぽんぽん叩いたが、むしろこちらはそれどころではない。――な、え? ――なんだって?

「な、きみ、なに、え?」
「魔力供給、というものを――したのだ。……初めて」
「はじ、め、て」

無論、初めてではない。初めてなものか。初めてでたまるものか。――でも、今はそれどころではない。

「マ、マスター、って――リツカと?」
「それはそうだ。魔力供給だからな」

きょとんとした顔でこともなげに言い、それから恥じらうように目を逸らした。赤く染まった目尻のまま――ぽそり、と言った。

――その――端的に言うと、とても驚いた。……なにもかも、俺の知らない感覚だった。
マスターが、肌に触れたところから――あの感覚こそが『マスターの魔力』というものなのだろうか? それが流れ込んできて――全身が、びりびりと痺れるようだった。頭が真っ白になって――マスターのことしか頭の中になくなった」

ひゅ、と私の喉が鳴る。もはやどこから何を言っていいのかわからない。
多分、これは『猥談』に類するものなのだと思う。きっと、普通の友達同士がするものだ。初めて経験したから、その話を聞いてほしくて、今こうして彼は『友達』と見込んだ私に話してくれている。初めて、経験したから。
――いやいやいやいや。いや、え? ちょっと。

「こんなことで頭がいっぱいになるのは、心底はしたないし、情けないとも思うのだが――。なにもかもが初めてだったのだ。
あんなふうに、誰かを――肌を通じて近くに感じたのは、初めてだった。……あれは、魔力供給だからだろうか。俺がサーヴァントで、彼が俺のマスターだからだろうか。
だからこそ、あのように――感覚が、感情が、お互いに通じ合ったような気がしたのだろうか。不思議な感覚だった――触れたところから融けあって、まるでひとつになるような――

今度こそ、喉が詰まる思いがした。――時が、止まる。

「俺は――なぜだろう、あの夜のことばかり考えている。本当に――本当に、はしたない、浅ましいことだと思うのだが――あの感覚が忘れられない、気がする。
『魔力供給』――あれはすごいものだな、セイバー。……ここだけの話として聞かせてほしいのだが、セイバーもマスターりつかとしたことはあるか? その――『魔力供給』、は。
サーヴァントであれば、皆このようになるものだろうか。――俺が特別おかしいのではない、と思えれば、いいのだが」



――魔力供給はサーヴァントのためにするものだ。

だから、彼がマスターだったときにしていた魔力供給と、彼がサーヴァントとして受ける魔力供給の感覚が違うのは、きっと当然のことだ。
彼には記憶がない。彼には、私のマスターだった時の記憶がない。だから、マスターりつかと行った素晴らしい『魔力供給』が、彼の初めての経験だと誤認するのも無理はない。

理屈ではすべてわかっている。――わかっている!



……イオリ」

湯呑を持ったイオリの袖を掴む。反動でお茶がこぼれそうになった彼が、「おっとと」と慌てて湯呑を畳の上に置き、困ったような顔で私を見た。

「すまん。――いくらおまえ相手とはいえ、気持ちのいい話ではなかったな。おまえに甘えてしまっていたようだ。忘れてくれ」
「『魔力供給』でサーヴァントがそうなってしまうのはなにもおかしなことではない。恥じる必要はない」

私の言葉を聞いたイオリが目に見えてほっとする。「そ、そうか」と動揺したように言い、こそこそと――周囲に誰がいるわけでもないのに――小声で問うてくる。

「で、では――おまえも――か? セイバー」
「ああ。私もだ。私のマスターと肌を合わせて、毎回、まるで泣きたくなるような心持ちだったよ」
「泣き――?」

不思議そうな顔をしたイオリの肩を掴む。じりじりとにじり寄ると、ただ反射的に対人距離を保とうとした彼が、じりじりと壁際へと追い詰められていく。
やがて背中をぴったりと壁にくっつけてそれ以上うしろへ下がることのできなくなったイオリが、なぜ自分がその体勢になっているのかまるで理解していない様子で、きょとんとした顔で私を見て言った。

「セイバー? 泣きたくなる、というのは……?」

――切なくて。虚しくて。寂しくて。――それでもあの頃は、物分かりのいい『いいこ』のふりをして溢れ出る気持ちに蓋をした。
別にそれが間違いだったとは、今でも到底思えないけれど。



けれど。



――ルールが変わったというのなら、それに全力で乗っかるまでだ。



イオリの手首を掴む。意識してそこから私の神気の混じった魔力を流し込むと、目に見えてイオリの体が大きくびくりと震えた。――なんだ。魔力ならなんだっていいんじゃないか

「セ、セイバー」

身に覚えのある――甘い痺れに、イオリが動揺して私を見る。マスターに与えられこそすれ、『友達』から、セイバーから与えられるべきではない筈の、その感覚。
それに慄いて――罪悪感を抱いて、私を見ている。――このまま、本当に一線を越えるのかと。

ああ、可哀想に――その痺れがなんであるか知るからこそ、その営みの本質がなんであるか知ったからこそ、今から私と行うその行為に、彼は意味を見い出している
そう、マスター抜きの――サーヴァント同士などで到底するべきことではない、この淫らはしたない行為。

――ああ。



きみはようやく私と同じ熱を帯びてくれるのだな、イオリ。



「『魔力供給』がそんなに気に入ったのなら、私とやってみよう。――何事も、初めてのことは試してみた方がいいだろう?」



その、涼やかな月夜の色をした瞳に浮かんだ、初めて見る劣情ねつの色に――理性もわだかまりも、なにもかもが融けていくのを、感じた。