我はジンである。名前は決して明かさぬ。理由という理由は無い。だが強いて言うならば、この記録を以前他者に見られた時にとてつもなく気まずい空気になったからだ。あの時から、この日々の記録には、我の名が割れるようなことは一切書かぬと決めた。それ以前のものは燃し、土に還した。口調も普段のものと変えているのかどうかすら書かぬ。もうあのような生ぬるい空気は二度と吸いたくないからだ。これだけで我が誰だか分かったたお前、そこから動くな。記憶ごとお前を消してやる。
突然だが昨日、時間を持て余しすぎて膝の皺の数を数えていた時のことだ。ふと昔を振り返りたくなり、アルマトランの頃の記録を数十冊ほど引っ張り出し、目を通していた。最初の方は古い記憶を甦らせることがなかなか難しく、頭をひねりながら読んでいた。だがそれも時が経つにつれ苦ではなくなり、しばらくの間かつての記憶に思いを馳せていた。そこまでは良かったのだ、そこまでは。
半分ほど読み進めた頃に、とあることに気がついた。最初に書いた前口上のことについてだ。なんと恐ろしいことに、まだソロモン王が健在の頃から延々と冒頭部に同じ内容が綴られているのだ。我は鳥肌が立った。生まれ落ちたばかりの子鹿の如く震える膝を叱咤し、残りの数千冊を手作業で移動させ、整理し、開いた。
全て最初の数行に同じ言葉が書かれていた。
そしてさらに恐怖を刈り立てることに今日も流れるようにかいてしまっている、昨日あれほどやめようと心に刻み着けたにも関わらずだ……正直今これを書いてる手は震えているし、思い出すだけで数えきれないほどの年月同じことを書き続けた自分が白分で怖くなり昨日から鏡が見れない。句読点が若干すくないな、おそらく焦っている証拠だ。書き直しも一部破棄もしないと決めたのだから一度冷静になるため時間を置いてくる。
誤字が酷い……まぁいい、兎に角そういう理由で明日からは前口上を変える。一日おきに変えることで誰が見ても恐怖を覚えないようにしようと思う。
……今日記録をしようと思っていたことから大きくかけ離れてしまったが、ここからはそれについて書いていこうと思う。節目だから改めて書いておくが、日々あったことや感じたこと、考えたことの他に、我が仕えている王やその周りの者達のことなどを記録として残している。いつかの未来で振り返りたくなった時や、過去の情報が必要になった時のために。ジンとて正確無比な存在ではないのでな。
それというのも、我が主、七海の覇王の連れの者のことだ。主は常に金属器を持ち歩いており、あの従者の者もよく傍に侍っている。自然と興味が向くのは致し方の無いことなのだ。それに加えて如何せんあの男、眠らぬ。まだほんの子供の時分、筆頭などと呼ばれていた頃の方がまだ「まし」であったと言えるほどに眠らぬ。我が主が見かねて他のジンの力を使用するまで、意固地になって仕事机に齧りついている。
今もそうだ。今日の記録を書き始めた頃から、数十分間で三十回近く頭を書類に打ち付けている。あ、またやりおった。外を見るモニターが大きい分とても痛そうに感じる。大丈夫なのか?あやつは。元暗殺者である以上、あれを痛みとして取れているかどうかも怪しいが……見ているこちらが痛い。
ジンとして存在している我らは、生きるための活動を必要としない。娯楽のような感覚で眠ったり食べたりはするがな。なので、今日は一日中起きずっぱりでこのジャーファルという男の就寝時間でも記録しようと考えていたのだが、こやつ眠らぬ。何度でも書いてやろう。
こやつ、眠らぬ。
このままでは一日中書類仕事を片付けていた、で終わってしまう。だからといって、アルマトランに生まれた者である我らがこちらの世界の者に干渉するのは、決して喜ばれる事ではない。例えそれが主の恥を晒す可能性を含むものであったとしても、我は淡々とただ記録するのみよ。数十冊ほど前の「主、身ぐるみ剥がされ全裸で出発」や、少し前になるが「主とその仲間、女人の治める国で男という名の地獄を見る」などが良い例だ。
……などと書き連ねているうちに主がジンの力を行使し眠りにつかせた。前回の起床から数えてちょうど三十七時間、短い方だ。酷い時は数日間、横になりもしないからな。
さて、今日はこの程度にしておく。このままただ意に従い綴り続ける生活を続けていれば、半永久的に広がる金属器の中とはいえ居住空間が無くなりかねないのでな。では、また次の記録で。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.