きらきらがしゃん。きらきら、ぐしゃり。まっさらな光をたっぷり吸いこんで、輝き以外を知らない旋律で造られた白亜の城が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
一生懸命頑張ったつもりだった。死に物狂いで守ろうとした。おれにはなんにもできなかったけど。本当にこのままでいいのか? って、小さいころ読んだ絵本のわるものなんかよりもずっとおぞましくて、悪い囁きをしてくる悪魔に言われた通りになってしまった。
でも、今思い返すと、あいつもきっと悪くはなかったんだと思う。だって悪いのはおれだから。あの時はそんなことない! って、吐き捨てるようにして逃げちゃったけど、今こうして崩れてるのを見てると、あいつの言うとおりにしておけば、もっと誰も傷つけないで済んだんじゃないかって。
もしの話をしたって仕方ないでしょってのは綺麗なセナの言葉だけど、おれはそればっかりはセナに違うって言った。だってほんとにそう思ったから。
ん〜……いや、ほかにも色々食い違っているところはあったなぁ。でも、それを知るたびにすごく嬉しかった。だって、セナはおれと違う人間なんだって実感できたから。毎日のなかのふとした時間のなかで、セナとおれはひとつじゃないって思えることが嬉しかった。セナと一緒に歌って踊るのが大好きだから。セナのことを抱きしめるのが、おれが出会った何より綺麗なセナのことを見つめるのが、大好きだから。
大好きだったんだけど。セナはそうじゃなかった、らしい。びっくりした。まず最初に、ずうっと嫌いな奴と一緒にいることのできてたセナの強靭な精神に。次に、セナがおれのことを好きだと思い込んでいた自分自身に。でも、もう大丈夫! なんか色々ねちねち言ってみたけど、大丈夫。分かってるから。
「じゃあな、セナ」
きっとまた、とびきり美しい姿でおまえが世界中に愛されるその日のために。邪魔なおれは、ここらでさよならしておくね。
***
おなかのあたりになにか重いものが巻き付いている。カーテンの間を通り抜けてきらきらのほこりと一緒に仲良くやってきた朝日より、手すりに爪をカチカチさせながらベランダでぱさぱさ羽を振る小鳥よりも、気になる。
でも、ちょっとだけ自分で見るのは怖いなぁ。掛け布団は小指の先っちょにかろうじて引っかかっているし、何かをもってベッドに上がった記憶もない。霊感の赴くままに行動していたらあんまりよく覚えてなかった、なんてことも多いけれど、昨日の夜のことはよく覚えているから猶更だ。
だって、セナが一週間泊まり込みという長めの仕事から帰ってくる前日に、いつもみたいに作曲していて空港でお出迎えができませんでした! なんてのはぜったいやだ。だから早めにベッドに入って、寝てみたんだけど。こんなことになるならいっそのこと徹夜しちゃえば良かったかも? でもそうすると、セナだけじゃない、リッツ、ナル、スオ〜、ママ。あとケイトとか……びっくりするぐらい色んなひとに怒られちゃうんだよな。自分の体は大切にしろ! って。何年か前、日本でおれの誕生日パーティがあった時にも、ワーグナーみたく長生きするぞ〜! っていったら、もっと生きてください! ってあんずとスオ〜に涙目で言われちゃったし、わはは。
……なぁんて思考を飛ばしていたら、実は寝ぼけてただけで目がちゃんと覚めれば消えたりするかなぁ、とかちょっと思っちゃってたんだけど! なんも変わんないどころか左側からよりぎゅって包まれてるような気がするし……? ん、あっ待って?! おれに抱きついてるって、おれに抱きついていいのはそういう意味でならセナだけだし、そうじゃなくてもKnightsのやつらとかママとかの仲間だけだぞって散々怒られた! どこの誰かもわからないお化けに抱っこさせてたなんて、それこそセナにめちゃくちゃ怒られる……!! それにそもそも、もしかしたら悪い奴じゃあないのかもしれないけど、勝手に人のベッドに上がってくるなんてダメだろ?!
「おれから離れろどこの誰かは知らないお化け〜〜!!」
さっきから肩甲骨のあたりにふうふう息が当たってるから、おそらく顔があるだろうところに手をあてて、思いっきり押す。人っぽい頭がちょうどおれの手にぶつかって、驚いた拍子に髪らしきものをぐしゃ、と握りしめる。そこで小さいけど確かな違和感。ふわふわで、さらさらで、頭の形もきれいなまんまるで……? そういえば肌にかかる吐息も聞き慣れているもののような。もしかして、と思った次の瞬間、だぁいすきな声が焦った様子でおおきく吠えた。
「んっぎゃあ!? ちょっと何してんのれおくん!!」
***
「で、何か俺に言わなきゃいけないことがあるよねぇ?」
「ごめんねセナ〜〜!! 疲れてるのに起こしちゃって!」
ベッドの上で正座して向かいに座ると、柔らかい朝の日の明かりを遮ったおれの影が、セナの顔を少し暗くぼかす。そうじゃないんだけどぉ……、と言ったきりぼそぼそ呟くように何か言葉を漏らす、本当だったらおれが三時間後に空港に迎えに行くはずだったセナは、昨日の夜遅く、ちょうど日付が変わったあたりにどうやら帰ってきていたらしい。
普段は気難しくてなかなか撮影を終わらせない雑誌の編集長が、娘の誕生日がある──とかで、妥協こそなかったものの、撮影を珍しく早く終わらせたらしい。それで、慌てて飛行機チケット争奪戦に参加したら、たまたま滑り込みで買うことができただとか。いつもならまだ起きているはずの時間に帰れたし、おれの驚く顔を想像していたセナは、セナのベッドに入ってぐっすり寝ているおれを見て凄く驚いたらしい。疲れて幻覚でも見てるのかと思って目を擦っちゃった、なんてのはセナの言葉だ。
「ていうか、においとかで気が付かなかったわけぇ? あんた動物みたいなんだからそのくらい朝飯前なんじゃないのぉ?」
セナはおれをいったい何だと思ってるんだ! と言い返そうと思ったけど、いつのまにか下を向いていたセナの顔を覗きこむと、思っていたよりずっと寂しそうだったから。セナに落ちるおれの影が大きくなって、耳たぶにさわさわとやわこい鈍色の髪の毛が触れる。トクトクとあたたかくて規則的なリズムが、胸の中に直接響いてくる。
「そんな顔するなよぉ、ちょっと宇宙人かと思っただけだってば」
「……俺のことが分からなくなっちゃったのかと思ったの」
いつもより幾分か丸っこい声音に、今日はちょっと珍しいな、と思う間もなくセナが捲し立てる。
「あんたがあの時、自分からおれはいらないだろうからって離れていく夢を見たのぉ、よりにもよって、あんたが隣にいない時に! そんなことないって、今あんたは、れおくんは俺の隣にいるって頭の中では分かってるのに、心の端っこが目の前の光景を信じちゃってどうしようもなくて──あんたが死に物狂いで築いた白亜の城が全部崩れて全部消えて、俺たちの青春が、思い出が、ぜんぶ無くなっちゃうって夢…………」
背中にまわされた手がぺらぺらのTシャツをぎち、と握る。首周りががっつり持っていかれるもんだから、ゆっくり話をするために体を離そうとすると、もっと蛇みたいに密着して抱きしめられる。
「っセナ、ちょっと、苦しい」
「あ──ごめん」
絞り出すように言うと、案外素直に離れてくれる。シャツの裾とセナの手は相変わらずくっついちゃってるみたいだけど。見るたび寄っては皺を作っている、スオ〜の家のさらつやの毛布みたいに綺麗に整えられた眉が、すっかり、へにゃ、と垂れ下がってしまっている。
「セナ」
「……なに」
「セナの夢の中のおれのことはちょっと知らないけど、今ここにいるおれはセナのことが好きだぞ? 好き。だぁい好き」
夏空と深い海の蒼を閉じ込めたような瞳におれが映り込んだ瞬間横にぶれて、セナの泣きそうな顔ごとそらされる。
「……知ってる、そんなこと。でも」
「それだけじゃダメ? 今、こうしてここにいるおれの大好きって気持ちだけじゃ、セナは足りなかった?」
あまい桃にミルクをかけたみたいなセナの優しい唇が、開いては閉じてを繰り返す。最近そんな感じも一切なかったしもう大丈夫かと思ってたけど、セナには、もっとたくさんおれと一緒にいる時間が、どうやら必要らしい。ちょっとだけ、もういいんじゃないか? なんて言いたくなる気持ちもあるけど……セナがこんなに傷を負ってしまったのは、それはきっとおれのせいだから。
でも、返礼祭の時とかにも思ったけど、おれたちはとっくに未来に踏み出せているから。辛いことや悲しいことを忘れてしまうのは、それはそれで寂しいけれど。もっと前を向いたってきっと良いはずだから。
「大好きだよ、セナ」
だから笑って? おれのだいすきな相棒、騎士──恋人。この新しい白亜の城で、おれの作ったとびっきりのワルツを一緒に踊ろ?
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