楓花
2024-09-15 21:47:27
Public GD/その他
 

アイデンティティークライシス

高倉×真田

バレンタインの話




恋愛事なんて面倒で、イベントには一切興味ない。
それが俺――のはずだった。



そもそも数あるイベントの中で、バレンタインが一番鬱陶しいと思う。
数日前から皆どこかソワソワとし出し、何個貰ったとかどうでもいい話題で持ちきりで。
挙げ句の果てには真矢に渡して欲しいと頼まれることさえある、巻き込まれ度合いの高い一年で一番面倒なイベント。
なのに、いつもなら通り過ぎるイベントスペースの目の前で、真田は珍しく立ち止まったまま考え込んでいた。

(バレンタインって、渡した方がいいのか?)

高倉もイベント事には興味のないタイプだ。だから別に関係ないと思う一方で、どうも気になって仕方ない。
というのも時折、気まぐれのように食事トレイにこっそり何か置いてきたりするからだ。昨年のバレンタインもそうだった。
貰ってしまったら気になるもので、特に今年は同じ事があると何となく気まずいのではないか、と真田は思っていた。

(でも、どうも場違い感が……)

人がすれ違うのもやっとなほど混み合った一角。
チョコレートを選ぶ女性達の顔は真剣だったり、どこか楽しそうだったり様々だ。
一歩引いた場所で暫く売り場の様子を眺めて、やっぱりないなと真田は踵を返した。

「あれ、真田?」
……う、ざきさん」
「偶然だなー。真田も買い物?」

振り返ると目の前に、驚いた様子の宇崎の顔があった。
一瞬固まる。何でここに。
何も後ろめたい事などないはずなのに、少し焦る。

「いえ、別に俺は……
「あー、あれ毎年すごいよな」

宇崎は動揺する真田の顔とその後ろの売り場へと交互に視線を移した後、納得したように苦笑した。

「あの中に入るのはさすがに俺も無理だなー」
……宇崎さんは、」

真矢にあげるんですか、と言いかけてやめる。
愚問だ。昨年のバレンタイン翌日の、鬱陶しい程の真矢のにやけ顔が脳裏に浮かぶ。

「何?」
「いえ、貰って嬉しいものかなと思って

真田の言葉に一瞬きょとんとした後、宇崎は「なんか真田らしいなー」と破顔した。

「まぁ、ちょっと気恥ずかしくもあるけど。素直に嬉しいと思うよ?」

そう言った宇崎の顔は僅かに色付いて、どことなく幸せそうに真田の目に映った。






*** ***



2月14日。
この日特有の少しだけ浮ついた空気を感じること以外は、いつも通りに1日が過ぎた。
いつも通り。朝も昼も夜も、真田のトレイに特別メニューが加わることもなく。
だから少し拍子抜けするのと同じくらい、どこか安堵もしていたのだ。やっぱりそうだよな、と。
ふいにポケットから、メッセージの受信を知らせる短い音が響くまでは。



「こんな時間に悪いな」
「いえ……

呼び出された時間外の食堂は、誰もいなくて図らずもあの日の事を思い起こさせる。
どことなく落ち着かない。目の前にホットミルクを置かれて、それはますます顕著になった。

「それで、何が――

あったんですか?と続くはずの言葉は、音になることなく消える。
目の前に徐に置かれた四角い箱。ご丁寧に綺麗にラッピングまでしてある、それ。

――まさか。

「朝から浅野がうるさかったからな」

ちょっと影響された、と言い訳めいたことを呟きながら高倉が苦笑する。
箱を開ければ想像通りの、整然と並んだ――チョコレート。
促されるまま一粒口に入れると、ふわりと甘い香りが口内に広がった。

(美味しい……)
「美味いか?」
「はい」

真田が食べるのを、頬をついて高倉が見つめる。その顔は穏やかで、真田は気恥ずかしくなって視線を逸らした。
気まずい。
じっと見ないで欲しいと内心思いながら、無言でひとつ、またひとつとチョコレートを口に運ぶ。

ただ静かな時間だけが過ぎていく中、唐突に「そういえば」と高倉が口を開く。

「知ってるか? チョコを口の中で溶かす時の心拍数は、キスしてる時の2倍らしい」
「は?」
「ほんとかどうか、試してみてもいいか?」
「え、――ちょ、待っ」

いいわけがあるか!
思うよりも早く、高倉の唇が真田のそれに触れる。
更には真田の口内の残りのチョコまで味わうように絡めとった後、漸く唇が離れた。

「どうだった?」
「普通に驚くでしょう!」

先程までとは比べ物にならないくらい、心拍数が跳ね上がっているのがわかる。
僅かに紅くなった顔で叫ぶ真田とは対照的に、高倉の顔は心底楽しそうに綻んでいた。

いつもこうだ。この人には、どうにもこうしてペースを乱され続けている。
やはり少し悔しい、と真田は思った。このまま、やられっぱなしでいいものか、と。

悪戯が成功したように笑うこの顔を、たまには崩してみたい。

ポケットに手を入れると、触れる小さな包み。
この顔が驚きに満ちるところを想像して、真田は意を決してそれを高倉の前に差し出した。




Happy valentine!