【カブミス+マルシル】あなたの隣にいる人に

黄金城で開かれたパーティーに行ったミスルンが、ライオスに恋するマルシルと会話をする話。
カブミス。ライシル未満。

 ある夏の長い夜、黄金城で宴が催された。
 そこでは色とりどりの花が飾られたカクテルや、とろける肉(魔物のそれでないことを信じたいものだ)のソテーを給仕たちが運び、大きな宝石を胸に飾った貴婦人たちや、やはり宝石で飾り立ててはいるものの、でっぷりと腹の出た商人たちがライオス王の周りで談笑していた。役人はそんな彼らから何かを引き出そうと必死で、私はそんな彼らを眺め、ご苦労なことだ、と思った。
 私が今いるこの城で一番大きな食堂は、この日のために育てられた花々で飾り立てられていた。建国祭に勝るとも劣らない規模の宴は、つづがなく過ぎてゆく。みな朗らかに談笑し、みな腹に何かを据えてほほ笑む。ライオスの周りには本当に多くの人がいて、メリニを去ったパーティーのかつての仲間たちも、今夜は城を訪れていた。
 でも、そんな中、マルシルは宴席を抜け、浮かない顔で窓際に立っていた。最初は月でも見ているのかと思ったが、その細い手にはグラスすらない。美しく着飾ってはいるものの、この国の顧問魔術師としては寂しげだった。
 いつもならどれだけ悲しい顔をした人にも、私は話しかけないところだ。人の寂しさを取り上げるなど、してはならないことだから。でも、私は彼女に話しかけてしまった。どうしたんだ、マルシルって、親しくもないというのに、語りかけてしまったのだった。
 
 
「え、私今そんな変な顔してました?」
 私が話しかけると、マルシルはたおやかなドレスを靡かせ、恥ずかしいわと顔を赤くして頬を覆った。彼女はおどけていたが、どこか戸惑っているようでもあった。
 当然だ、私たちは親しい間柄ではない。私はあくまでも北中央大陸の女王の手先で、この国に根付くエルフではなかったから。
「いや、疲れたのかと思って……
 私はそう言って給仕からファジーネーブルを二つ貰い受け、その一つをマルシルに渡した。マルシルは酒を覚ましていたのかもしれなかったのだが、彼女は戸惑いつつも私の取った杯を受けてくれた。そしてちまちまと飲み、甘くて美味しいと笑ってから、表情を固まらせ、多くの臣民たちに囲まれたライオスを眺めた。
「我が王には、早く国母を迎えていただきませんとな!」
 と、宰相のヤアド。
「こいつが女相手に立ち回れるかな?」
 と、かつてのパーティーの仲間であるチルチャック。
 みなは朗らかに笑っていた。妃を迎える話になると言葉を濁すライオスですら、今日は笑っていた。そこにはいつもならマルシルもいるはずなのに、彼女は今、私なんかと甘い、酔っ払えもしない酒を飲んでいる。
 いや、違うな。マルシルはライオスを見つめているのだ。熱い目で、じっと。
 多分、マルシルはライオスを愛しているのだろう。欲望が蘇りつつある私の目には、そう映った。そしてライオスも、多分マルシルを愛しているのだった。けれどマルシルはハーフエルフで、子を成すことが出来ない。だから彼女は、こんな食堂の端で、窓のそばに立ち、月を見るふりをして愛しい男を眺めているのだろう。
「私はハーフエルフだから、ライオスとは一緒になれない」
「そうか」
「まだこの国は不安定です。王妃がハーフエルフって分かったら、跡目争いを見越して、隙を見て侵攻が始まるかもしれない」
「そうか」
 マルシルはじっとライオスを見つめている。私は彼女に何かを言ってやりたかったが、こんな時の女が、何を求めているのかは分からなかった。
 でも、私だってカブルーとは結ばれない。愛し合うことはできるだろう。でも私が北中央大陸のエルフでいる限り、メリニの宰相補佐とは結ばれない。それに彼も跡継ぎを作らねばならなかった。それは今の宰相の念願でもあり、安定した政権運営には欠かせないことだった。
「あ、でもライオスの子孫たちを見守って生きていくことはできると思っているんです。それでいいって、思っているんです。でもライオスは笑ってますけど、いつもああいう話になったらまだ妃を迎える気分じゃないって取り合わなくて、あいつも変なやつですよね……。すっごく綺麗な人や、優しい人がたくさんいて、その中から誰だって選べるのに。それが王さまなのに」
 マルシルは早口で言った。大きな緑の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、あぁ、本当にこの娘は、あの王を愛しているのだと思った。私は彼女たちの間にあるものを知らない。けれどライオスが王になる決断をしなかったら二人は結ばれていたのではないか? と思った。カブルーが宰相補佐でなかったら、私もメリニ滞在を選ばなかったように。
 でも、人は結ばれるべき人と結ばれるものだ。私は幼い頃にロマンチストな乳母から聞いた、昔話とも、歌ともつかないそれを口にする。マルシルが、少しでも気分良くなってくれるように。
「運命はあの星のようなものだ。どれだけ離れていたって、時間がかかったって、惹かれあっていつかは結ばれる。それが今日か明日かは人間にはわからないだけで」
 私は窓の奥の薄いカーテンに隠れる星を見つめ、マルシルを見つめた。するとマルシルは涙の浮かんだ瞳をぐっとつむって、少しだけ泣いた。
 私たちはそれから一杯だけカクテルを酌み交わし、喧騒の中にある食堂の中でライオスを眺めた。ライオスの視線は、やがてこちらに近づく。それは私を見た後、マルシルを眺める。彼は手を振って、マルシルを呼ぶ。お前もこっちに来いよって、みんなで飲もうって、かつての冒険者だった頃の笑顔を今もたたえて、ただの魔術師だったマルシルを呼ぶ。
「私、行かなくちゃ。仕方ないなぁ……
 マルシルが笑う。彼女は給仕に空になったグラスを渡し、いそいそとドレスの裾を持って、ライオスの元に歩く。わっと声が上がって、「ライオスにも早く結婚してほしいよねって言ってたところ」と、思ってもいない言葉を使って、場を盛り上げさせた。昨日会った貴族のお嬢様はどう? それとも先月から文通しているお嬢さまは? げっ、お前カブルーみたいなことしてるのかよ。えぇ……文通はお互いを知るいい手段ですよ、後ろ暗いところなど何もありません。
 私はグラスに残った甘い酒を飲み干し、窓から見える月や、星々や、飾り立てられた黄金のシャンデリアを彩る花々を眺める。
 決して結ばれない男女。そんなものがあってたまるかと思ったが、まだ幼いあのハーフエルフの少女は、それに真っ向から立ち向かって行かねばならない。かわいそうだと思う。誰にも相談できず、心のうちに愛情をとどめて、生きていかねばならないなんて。そこまで考えて、人に同情している自分を私は笑った。私だって、カブルーとずっと一緒にはいられない。長命種と短命種の違いだけじゃなく、彼だっていつかは心変わりして、この国のために妻を娶るかもしれない。私たちの関係に先はない。手を取り合い、抱き合い、キスをして、ただそれだけ。何かをもうけることなど、できるわけがないのだから。次代に繋いでいくことなど、できるわけがないのだから。
 
 
 珍しくセンチメンタルに星を眺めていると、カブルーが宴席を抜け出して窓辺にやってきた。彼はグラスに檸檬色のカクテルを注いで、それを私に差し出す。何も考えずに口をつけると、それは思ったよりもずっと強くて、私は酔い潰させるつもりか? と眉を顰めた。
「なんだこれは」
「XYZに、コニャックを加えたカクテルです。今夜発明されたんですよ。憂鬱そうなあなたに飲んで欲しくて」
 カブルーはそう言って、私にほほ笑みかけた。私はため息をついて、少し酔っ払っている恋人の横で、強い酒を飲む。
「どうしたんです? 何か悩み事でも?」
「いや……。ただ星が結ばれるところが見たくてな」
 私はマルシルを指して言う。カブルーにはきっと理解できないことを言う。
「どういうことですか?」
「秘密だよ、私とあのハーフエルフの少女のな」
 私は口の端を釣り上げて、カブルーにほほ笑む。すると彼は凪いだ顔をして、「あなたもそんな顔をするんだ」と静かに言った。
「あなたも誰かのために泣きそうな顔をするんだ」と。私は何も言えなかった。かわいそうなハーフエルフの少女、かわいそうな自分、でも慰めは来ない。
「さぁ、宴は疲れたでしょう。俺の部屋に行きませんか?」
 カブルーがいたずらっぽく言う。私は「お前のそういうところが気に入ってる」と付け加えて、さんざめく宴から抜け出した。廊下にも人々は溢れていたが、それでもさっきよりはずっと静まり返っていた。
 宴は続く。きっと朝まで続く。だったらそれまでは、私たちは秘密の中にいよう。そして星が結ばれるその時まで、私はこの国で、この男を愛していよう。