スズ
2024-09-15 07:08:49
20117文字
Public あつおさ
 

よっぱらいの断末魔は翌朝まで届くか

オカンからの電話で「おさむはええ人おるって」と聞いてしまい動揺しまくって酔っ払ったあつむが、そのままおさむのところに突撃して「いやや」と駄々こねてあつおさになる話。
▶2024/12新刊に収録してます



SIDE:治 

 俺は、おまえが楽しそうにしとれば、それでよかった。
 楽しそうに、飯食うみたいにバレーしてるおまえの姿。
 近くで見れれば、──それがたとえ一番近くじゃなくたって、よかった。
 少し遠くからになったって、おまえがコートで〝今日も俺がいっちゃんバレー楽しんでます〟みたいなツラしてる、大好きなバレーで遊び倒してるの見れたらそれだけで。
 俺は、それだけでよかったんや。侑。


 その日の夜遅くだった。
 侑は同じチームの木っくんと翔陽くんに連れられて、閉店したうちの店にやってきた。それはもう完璧に出来上がった酔っぱらいの状態で。
 木っくんもそれなりにほろ酔いだったけど、侑は本当に酷くて、というかこんなに酔い潰れ寸前みたいな酔い方をしているのを、俺は見たことがなかった。
 コイツ、こんな酔い方するときもあんねんな。
双子の片割れやけど、ほんま初めて見たわ。
 木っくんと翔陽くんから店先で侑を受け取って、すまんな、お茶でも出すわと申し出ると、何故かふたりは顔を見合わせて(そんで、なんでかふたり揃ってイタズラっぽく笑ったように見えたけど、角度のせいかもしれん)
「今日はお茶はいいや。その代わり、ツムツムの話きいてやってよ」
「侑さん、とにかく治さんのところに帰るんだ!って聞かなかったんで」
 とだけ残して、本当に茶も飲まずに帰っていってしまった。
「やけ酒ねえ」
 侑にも俺にはわからん飲まんとやってられんような、色んなことがあるんやろうけど。
 ちゅーか、帰るってなんやねん。おまえの家ちゃうやん、ここ。そらお前が度々、帰るの面倒くさぁって泊まってくから、お前の私物はめちゃくちゃ置いてあるけども。せやけども。
 とりあえずデカい図体して、人に肩を借りなければまともに真っ直ぐ歩けもしない双子の兄弟を、二階の住居にあげようと誘導する。けれど、侑は首を振って抵抗し、店のテーブル席に腰掛けた。
「なんや、どうした。水、飲みたいん?それとも茶がええか?」
「ちゃう。水も茶もたくさん飲んできた」
「珍しく本気で酔うとるやん。顔も赤いし。なんで自宅に送ってもらわなかったん」
「やって、サムんとこ、帰りたなってん」
「どないしたん、急に」
「急にちゃうし。最近、顔合わせられんかったやん」
「まあ、おまえも俺も、忙しかったしな」
……店やなくて、他のことで忙しかったんとちゃうん」
「はあ?なんやねん、その言い方」
「オカンと電話してたら言われてん。サムにはええ人おるらしいし、お前もそういう人おるなら言うてやって。……俺、そんなん知らんし」
「お前、もしかして、それでこんなん酔っ払ってきたんか?」
「やって!そんなん知らんし!俺、オカンから初めて聞かされてえらい驚いたし、いやなんで?なんでオカンの口から聞かなあかんのやって、めっちゃ凹んだわ」
「そんなん適当に決まっとろ。オカンが親戚のだれだれちゃんが結婚やってーって話して、治はおらんの?て、えらいしつこいかってん」
「でも、ええ人はおんねんやろ?治、どんだけオカンにそんなん言われても今までええ人おるなんて言わんかったやん。おらんならおらんって、仕事忙しいしそんな暇ないわーって」
 酔っぱらいのくせして、なかなか鋭いことを言ってくるやないかい。
 これはひと筋縄ではいかないやつだと、俺は嘆息しつつ、店じまいの作業もそこそこにエプロンを外した。それから厨房に戻り、二人分のつめたい緑茶を用意して、再び侑のところに戻って、自分も対面に腰掛ける。
 ほれ飲めとコップを差し出すと、テーブルに突っ伏してた侑はむくりと顔だけこちらを向いて、コップは素直に受け取った。
「ええ人はオカンが勝手に言うてるだけや」
「嘘や。おるんや、ええ人。俺にも言わんで、静かに愛育んでんやろ」
「なんやねんそれ。ええ人なんて言うてへんて、……好きな人くらいおるって、そう言うただけや」
……サム。おまえ、好きな人、おったんか」
 侑が目を見開いて、テーブルに溶けていた上半身をがばりと起こした。
 あかん。言うつもりなかったのに、母親があまりにしつこいから、つい言ってしまったことで、侑にもこんなことを言う羽目になった。

(一生、聞かんでええことやのに。お前は、……ずっと自分のいっちゃん大事なもんだけ、気にしてればええのに)

「誰や」
「誰って。お前に言うても知らんて」
「それでもいい。誰や」
「こんのポンコツ酔っ払い。誰でもええやろ。なんでいちいち侑に言わなあかんねん」
「なんでもクソもあるかい!俺、そんなん聞いてへんぞ!ちゅーかお前、飯の道一本やないんかい!」
「飯の道は変わらへんし、世の中の人間は仕事と恋愛と、うまーくやるんや。どっちかやないとあかんなんてことはないし、今に始まったことちゃうわ」
「はぁ!? なんやそしたらお前、ソイツのこと前からずうっと好きだったとか言い出すんか!? あぁ!?」
「急にキレんなや。落ち着け。茶ぁ飲め」
「こんなん落ち着いてられるか!!」
 叫んで、俺の出した緑茶をぐびぐびと飲み干した。
 さっき茶ぁいらんって言うたくせに、一気飲みやん。支離滅裂すぎていっそ清々しいな。
 にしても、いつになく喧しい、わぁわぁ言う双子の片割れ。
 喧しいのはいつものこと。あと、俺と張り合いみたいになるとムキになるのも、通常運転だ。どうせ自分よりも恋人だのなんだのが、俺にできることに納得できないとか、悔しいとか、そんな理由でこんだけやけ酒して酔っ払っているのだ。チームメイトにまで迷惑までかけて。
 最近は大人になったなとお互い思うことの方が多かったけど、こいつはまだ精神年齢が五歳下がるときがあるらしい。困った片割れや。
「そんな俺に好きな人おったらあかんのか」
「あかん」
「あんなぁ、一方的に好きなだけで、付き合うとるわけとちゃうで?」
「もっっっとあかん!なんでや!治を袖にしとるなんぞ、ロクなもんやない!!悪いこと言わんと、あきらめえ!!」
……相手も知らんくせして、テメェの物差しでこき下ろすなや」
 少しムッとして言い返すと、侑はますます眉毛を歪ませて、終いにはこめかみに血管を浮かせた。
 けど、こっちだってそんな言われたい放題される筋合いはない。
 それにずっと大事に、ひっそりと。誰にも迷惑をかけまいと思うのに、でも殺せなかった恋心。それほど想ってる相手のことを、何も知らないで悪く言われたら普通に気分が悪い。──たとえその侑が好き勝手こき下ろしている対象が、侑自身だったとしてもだ。

 そう。俺は、侑のことが好きだった。
 事もあろうに兄弟で、それも双子の片割れの男に、俺は悲しいほど報われない恋を、していた。

 いつからかとか、そんなんは知らん。
 なにせ俺らは生まれる前から一緒で、高校を卒業するまでは進路まで一緒だった。
 でもこれが性欲を伴う生々しい感情だということを悟ったのは、高校に上がるくらいのとき。
 思春期の男子高校生の性欲と好奇心たるや。バレーでしぬほど体力も頭も気力も、何もかも捧げるように生きてるのに、それはそれ、これはこれと身体は疼くし年頃ならではの男の本能みたいなものが表に出てくるときはある。
 そんな猫をも殺すならぬ、狐も殺す好奇心のせいで、たまたま男同士の動画を見たとき、ああそうか、男同士でもヤれんねや、なんてシナプスが俺の頭の中にばっちりと繋がってしまった。
 そこからマスかくとき、あんあん言う女ではなく何でか侑が脳裏に出てくるようになった。ありえないと思ってたのに、尻の穴を穿って、なんとイけるようになってしまい。
 だからといってゲイなのかというとそんなこともないらしく、ためしに専門学校で侑にバレないように彼女と付き合ったこともある。セックスだってできた。でもそのうち自然と別れて、それ以来、恋だの何だのはご無沙汰だ。
 それもこれも結局はずっとこの男が、よりにもよって兄弟、それも双子の片割れが、心の中にいつまでも居座ってしまってたからに他ならない。

 侑のことは、人格がポンコツで、性格が最悪で、裏表がやばくて、自己中だと思っていたし、まあ今も本質は変わらないと思う。(少し猫かぶりとか、世間体みたいなものは身につけたのと、シンプルに年齢が重なって尖っていたものがうまく丸くなっていってるのは、まあ認める)
 高校生くらいまでは、心底ムカついてガチでステゴロの殴り合いになるのも、そんなに珍しいことじゃなかった。
 本当に最悪なやつだと、本気で殴る蹴るをするような瞬間もたくさんあったのに、それでもどうしたって嫌いになんかなれない。
 それは家族だから。兄弟だから。
 でもそれだけでズリネタにはしない。普通なら。普通の双子の兄弟なら。

 可哀想に。この人でなしは、実の双子の兄弟に欲情されているのだ。
 そうとも知らず、人に浮いた噂ひとつ聞いただけで、わーわーと喧しくして、なんて幸せなヤツ。

「俺が好きなヤツのこと、なんでお前にそこまで悪く言われなあかんねん。撤回せえ」
「撤回なんてしませーーーーん。俺とツラ一緒のお前は、並の男よりダンチでツラええんやぞ。それに料理ができて、自分で店まで持ってる。最高優良物件やん。そんなお前のこと見向きもせんと、お前に片思いさせとんやろ?」
「どんだけ自意識過剰やねん。しれっと自分アゲ混ぜんと、人のこと褒めれんのかい」
「とにかく!あかん!!」
「あかんってなんやねん!なんもあかんくないわ!片思いくらいええやろ!好きにさせえ!!」
 侑があかん!と言葉にするその数だけ、胸のあたりを引っ掻かれてるような気がした。
 じくじくと、血が滲むように、痛む。
 まるで自分がずっと殺してきた、大切に大切に秘めてきた恋心を全否定されたみたいで、気分は最悪だ。
 なんで、そんなことをお前に。
 よりにもよってお前に、言われなあかんねん。
「俺かて……俺かて、やめれんなら! 諦められるもんなら、とっくにやめてるわ!!」
 そしてついに、気分悪さに思わず口から出したら、止まらなくなった。
 ずっと、我慢して我慢して。
 そうして持つことだけはと守ってきた想いを、どうしてここまで言われなきゃならないのか。ついカッとなった。猫かぶれても喧嘩っぱやさをなかなか変えられないのは、侑だけでなく俺も同じだったらしい。
「でも、やめられん、諦められへん……! どんなにヤなやつでも、どんなに最悪でも、好きで好きで仕方なくて、自分でもどうにもできへんから困っとるやないか!」
 思わず手でテーブルを叩いてしまったけど、そんなことで怯むようなヤツだったら、これまで数多の乱闘喧嘩は勃発してない。
 まったく気にもせず、むしろテーブルを両手で叩き返して立ち上がった侑は、俺の腕を取って二階に上がろうと引っ張る。
 立ち上がらされたものの、俺はかろうじて踏みとどまる。でもプロのスポーツ選手は伊達でなく、引き摺られていかないようにするので精一杯だ。
 腕は、振りほどけなかった。
 大事な大事な、侑の手を。腕を。万が一怪我させたりなんかしたら、自分で自分を許せなくなる。
 でも腕を振りほどかないにしても、俺が全力で抵抗してると察すると、侑はますます人の腕を掴む力を強めて「嫌や!! 聞きとおないわ、そんなん!!」と駄々をこねだした。
「はあ!?嫌やてなんやねん! もとはお前が聞いてきたんやろがい!!」
「ちゃうわ!!サムが、……治が、誰かをそんな好きで好きでたまらんとか、なんで聞かなあかんのや!」
「せやから、さっきからずっと何がそんな気に入らんねん! お前はなんでもそう! いま自分にええ人がおらんからって、俺にええ人できるのが負けた気ぃして嫌なんやろ!? ほんならお前も恋人でもなんでも作りゃええ! なんぼでもあるやろ出会いなんぞ!」
「あ゙あ!? 俺のバレーの邪魔しかせん喧しクソ豚なんぞ、どおでもええわ!」
「邪魔せん人やっておるわ、クソツム!! だいたいお前、普通に彼女おった時もあったやないか!」
「うっ……、あれは、どんなもんやろかーって経験しとこ思うただけやし……
「ほーーん。何人か続いとった気ぃしたけどなぁ?」
「あああもう!!いま俺の話はどうでもええし、別にサムが羨ましいとか、張り合ってるとかで駄々こねてるわけちゃうわ!!」
「それならツムは、さっきからいったい何がそんな気に食わん!」
「せやから!! 治が、そんな前からずっと片思いしてるなんて聞いてへんし! それに気づけてなかったことも嫌やし!! 誰か知らんぽっと出のヤツに掻っ攫われるのなんか、絶対に耐えられんて言うてんねん!! わかれや!!」
「そんなん、……そんなん俺かてわかるに決まっとろぉが!! どんだけ双子やっとる思うてんねん!!」
 なんや、あかん。自分の都合よくしか聞こえてこなくなった。
 なんだか侑の言い方だと、自分を横取りされるのが嫌だと言ってるように聞こえる。
 いや、実際にそう言ってるけれど。
 でもこれは侑にとって俺が、双子の片割れで。
 他兄弟よりも互いの自他境界線が曖昧で、自分の一部が持ってかれる、おかしな感覚になってるだけなのだ。
 自分も、その感覚はわかる。
 小さい頃からの片割れ。自分の半身のようなものだ。
 だから恋だの愛だの抜きにしたって、半身が勝手に自分よりも大切な存在を作るのはやっぱりどうしても寂しくて、つまらなくて、嫌なのだ。
 でも、侑はそれだけ。
 所有欲を煽られて、酒に流されて、文句を垂れているだけ。
「それでも、いつかはツムやて好きな子できて、結婚して、子供に恵まれるかもしれんやろ! でも俺たちが唯一の片割れ同士なんは変わらん! なら、俺は俺で好きなヤツのこと好きでいたってかまわんやろ!!」
……かまう」
 いきなり静かに返されて、体がびくりとして、そして俺には荒げてた息だけが残った。
 連れて行こうと引っ張る力は止んで。けど侑の手はしっかり俺の腕を掴み、離さないまま、そのアーモンドみたいな目だけがじろりと俺を突き刺す。
 なんや急に。まるで。
(まるで、……本番の試合でサーブする前みたいなツラしよって)
 本能でゾクりと背筋が震える。
 この目が、真っ向から俺を向いたことなんて、とんと無かったのかもしれない。いつだって本番は同じコート側にいて、後ろを向いて後頭部を守っていたし。
「かまわないなんて、言うか。言えるわけあるか、そんなん。お前の心ん中におるやつ、誰やねん。……そんな長いことお前の心、つかまえて離さんのは、誰や」
……せやから、教えてなんになる」
「ソイツの最悪で最低なとこ調べ上げて、サムにチクって幻滅させたる」
「おまえが最悪で最低や」
「ええねん。俺の最悪なとこも、最低なとこも。おまえは全部ぜんぶ知っとるし。……それでもお前んなかにおるの、俺だけがええねん。お前に大事に大事に想われてるヤツが、この世のどこかに俺の他にいると思うと、苛つきすぎて吐きそうになる。なあ……、俺やあかん? お前が好きっちゅうクソ豚なんぞおらんでも、俺がおるやん。それやあかんの?」

 なに言うてんねん、コイツ。
 ほんま酔っぱらいは最悪で最低や。
 人が、どんだけの想いでお前を見てきたか知らんくせに。

 お前の想像するより遥かに生々しくて、煮詰めすぎて濁りきった執着や欲情を向けられてるなんて思いもしないで。
 駄目だと言いたかった。
 そんなんいいわけないって、がなり返せばいいのに、できなかった。だって。
「俺がおるやんって言うけど……お前は、俺とは、抱いたり抱かれたりは、できへんやん」
……おい、待てやサム。抱いたり抱かれたりって、なんやねん。もしかして、お前が抱かれることもあるっちゅーことか!?」
……俺が好きなやつ、男やし」
「はぁあああぁあ!? おま、なんっ!!? いやいやいや、あかん!! もうあかん!!いますぐ誰や言え!! もおおお我慢ならん!! なんでお前、……どうして!どこのしょーもない男に引っかかったんや!?」
「喧しいわ!! 我慢ならんのはこっちや!! しょーもない男が好きでなにが悪い!!」
「開き直るなや!! 男でええなら、なおのことなんで俺さしおいて他のヤツなん!? 意味わからん!! 許されへんぞ、そんなん!!」
「なんでお前に許されなあかんねん!!一体なにをそんな怒って!!」
 ついに腕を引かれ、踏みとどまらずにバランスを崩すと、侑は俺のことをがばりと腕の中に閉じ込めた。
 いや、めちゃくちゃに酒臭い。
 いつもなんか洒落た似合わない香水とかつけてるのに、そういうのが掻き消えるくらい酒臭い。
 思ってる以上にコイツ飲んでるし、酔っぱらってることを体感して、もうこんな酔っぱらいとまともに会話しようとしてた方がアホだったのでは?と、脱力しかけるけど。
……嫌や」
「酔っぱらい。ずっとそれやん。なにが、そんなに」
「──治が、俺以外、好きになるん嫌や」
 どくりと。心臓が跳ねた。
 まずい。こんなに密着してるから、たぶんバレてる。
 侑、嘘やろ。そんなん。
 どうせ、そういうのとちゃうやろ。
 俺の好きとは、意味が違うんやろ。
 そう言って、身体を突き飛ばせばいいのに、できない。
 できるわけない。
……俺は、別に、ちゃんとおまえのことも」
「おまえのことはそら双子の兄弟やし好きですー、そんでソイツのことも好きですー、言うんやろ。いやや、そんなん。俺だけにしい」
「ならツムだけになって、俺はセックスしたなったらどないするん。お前、俺と抱いたり抱かれたりなんぞできひんくせして」
 そこが違うねん。お前の好きと、俺の好きじゃ何もかも。
 そう続けようとしたら、侑がいきなり頬を頬に擦り寄せてきたかと思えば、ちゅっと耳にキスをした。
 はあ?!と色気のない声が飛び出そうになって、ぐっと飲み込んだのは、間髪入れず「楽勝や、そんなん」と侑が囁いたからだった。
「楽勝でできるわ。……治がいいって言うてくれさえすれば、俺はお前のこと、抱くのも抱かれんのもできる。……やって、ずっと俺、そうしたかってん。おまえ、知らんやろ」
 いや知らんし。知るわけないし。
 だって今まで、少しだってそんな素振りしてこなかったくせに。意味がわからない。半信半疑というか、もはや二割信八割疑だ。
 おかげで宙に浮いてる手を、侑の背中に添えていいものか迷う。迷ってるうちに、侑は耳に、こめかみにキスを落とし続けて、そのうち首筋に舌を這わせだした。
「ん、
 甘くて鈍い痺れが、背筋を駆けていく。
 甘い声が、隠せず溢れてく。
「あかん、っ、ツムっ!」
「お前がずっと好いとる男より、お前のこと、気持ちよくしたるわ。だからそんなヤツやめて、俺にしとこ。な……?」
……い、っ!」
 ちりっと、何か肌が擦られるみたいな小さな痛みを首筋に感じて、吸われて痕をつけられたんだと察する。でもこれ以上のことは、酔っぱらってたなんてことは言い訳にできない。
 笑えない。誤魔化せない。俺自身が、いちばん。
 いい加減にしろと両手で突き飛ばそうとして、けどその前に侑から身体を引き剥がされると、こつりと額と額を付け合わされた。

 目に映る侑の顔は、あんなに、あんなに一緒だったくせに、俺には見せたことない〝男のツラ〟をしていた。

 どくどくと、心臓が跳ねて止まらなくなる。
 おい。なんてツラすんねん、おまえ。

(そんな、ほんまに、俺のこと、まるで)

「ずうっと。……ずうーっと好きやった。兄弟の好きも、家族の好きも勿論あるけど。でも……こんなふうに触っていいのは、俺だけがええのにってずっと思っとった。俺以外に触らせたくない。俺はおまえの髪の毛一本、他にやりとおない。せやから、……いつまでも振り向かんヤツのことは諦めて、俺にしよ……?」

 畳み掛けられる言葉が、ぜんぶぜんぶ俺の脳みそを直接ぶん殴ってくる。
 ほんとうに?ほんとうにコイツ、アホちゃうか?
 いやいや髪の毛一本もは無理やろ、とツッコミを心の中でぶん投げても、発する言葉を生み出せなかった。

 ただただ、侑の伏せていく瞼が、キレイだと思った。

 俺が伏せる瞼も、侑の目にキレイに映ってればいいなと思いながら、目を閉じて顔を傾けたら、割と深めのキスが待ってた。
 侑の口から、あからさまなミントの抜ける香りがして「コイツ、しっかりキスの対策してんねんな」とか、変に冷静な感想もぽんっと頭に浮かぶのに。
「ん、……あつむ
「おさむ……
 それでも、とろけるようなキスには抗えなくて。
 お互いを、味わって。

「あほ……。俺がずっと、ずっと好きで、どうしようもなかったんは、……おまえや。侑」

 俺の気持ちもわからず随分長いこと袖にしてた、ひどい男はおまえやと。
 正直に白状したら、「はあああ!?」とまた侑はデカい声を出したけど、見たことないほど真っ赤になって狼狽えた顔をしたから、自分の恥ずかしいのが吹っ飛んでしまい思わず「ほんま、アホやなぁ」とぼやく。ぼやきながら俺は、行き場のなかった手を侑の背に回し、ようやく、抱きしめて返すことができた。
 アホなんは、今だけはお互いさまやしな。
「ほんまに……? ほんまに、俺なん? え、ちゅーか、俺なん!?お情けで絆されたんと違くて!?」
「せやねん。さっきから言うてたしょーもない男はおまえや、おまえ。……俺はずうっと、ツムばっか、好きやってん」
「けどお前、そんな素振りちっともしてへんかった!!」
「それはテメェもやろ」
「俺もやけど!!俺もやけどそんなん、お前には、……笑っててほしい思うやん!面倒なこと考えんで。飯のことだけ考えて。腹いっぱいになって。そんで、手に届くやつの腹もいっぱいにしたればええって」
 その言葉を聞いて、俺は思わず、ぱちりと瞬きをして。
 そんで、迂闊にも声をあげて笑ってしまった。

 ああ。コイツも同じこと考えてたんやって。
 ほんとうに俺ら、どこまでいっても双子なんやなって。

「こんなん言い出せんと思っとった。墓まで持ってく覚悟なんべんもした。なんべんもしたのに、……けど、誰かに横取りされる思たら、ぜんぜんやりきれんくなった。頭まっしろになって、嫌で嫌でたまらんくなって」
「そんで、こんな酔っぱらってきたんか。アホやな」
「さっきからアホ言い過ぎやろ!!やって、しゃーないやん!!俺はオカンとの電話がショックすぎてロッカーで蹲ったし、もうとてもシラフでおれんかった!!」
「まあ、……俺も、おまえに熱愛報道とか先に出てたら、同じようなことになってた気ぃするけど」
「ほんまぁ?ほんまにぃ?でもおまえって奴は、俺みたいに直接乗り込んで嫌やて駄々こねんで、ひとりか角名あたりに付き合わせてやけ酒するだけして、俺になんも言わんで、すーっと離れてこうとかせん?」
 なんや。なんでそういうとこばっか鋭いねん、コイツ。
 双子はこれやからめんどいわ。ここぞってときほど誤魔化しが効かん。
……ウソ言うてどうすんねん」
「おーい、いま間があったで、治くーん」
「おら、明日もあんねんやろ。もう上で寝ていき」
「いややー。いま寝たら、なんか、ぜんぶリセットされそうやん」
「なんやねんリセットって」
「治が俺のこと、好き言うてくれたこと。無かったことになりそうで嫌や……
 珍しく、あの侑が、弱気で寂しそうな子供みたいなこと言うから。
 長年の片思いが、どうやらたぶんおそらくきっともしかすると片思いじゃなかったかもしれない可能性がある現実に、やや夢心地の俺の心はいとも簡単に解かれてしまい。
「そんなに心配せんでも、また言うたるから」
 なんて、甘やかしたくてたまらんみたいな声で、言ってしまう。
 でもそのおかげで、ここまで駄々こねてた侑の手を引いたら、すんなりと二階へと続く階段に一緒に向かってくれた。
 階段を登りながらなお「なあ、ほんまあ?」とか言う侑に、俺は言って聞かせる。

「侑のこと、好きやねんって。ちゃあんと明日の侑にも、言うたるから」

 こんだけ酔っ払ってる侑は、今夜のこと、朝にはひとつも覚えてないのかもしれない。
 それならそれで俺だけの思い出にしてやるのが優しさで、愛なんだろう。
 適当に衣服を脱がしてやり、適当に俺の部屋着を着せた片割れを、自分のベッドに寝かせてやりながら俺は浮かれる一方、頭の隅ではそんなことを考えていた。
 だから、もしかしたら今夜だけ俺のもんかもしれん男の唇に、おやすみとキスを落としてベッドから離れようとしたら「また戻ってきて、ここで、治も寝るんよな?」と釘を刺される。
「寝るよ。俺のベッドやし。ツムの隣で、寝る」
 言ってやれば、満足そうにうっとり目を細める侑。
 それを見届けてから俺は部屋の電気を消して、また一階の店舗へと降りていく。なにせ俺にはまだ、店じまいという大事な仕事が残っていたから。




◇◇◇



SIDE:侑


 好きやねんって、言うたるから。
 そう言ったくせに。
 あんなに顔にデカデカと、ツムのこと大好き♡って貼り付けて、言ったくせに!

「なんっっっで起きたら、もぬけの殻やねんッッッ!!」

 思わずガバリと起きたベッドの上で、虚空に裏拳を素振りしてしまった。いや、もうツッコむ先はMSBYの奴らだけでええねん。腹いっぱいや。

 ぴよぴよと朝鳥の鳴き声が幻聴で聞こえてきそうなほど、清々しい朝。
 清々しい目覚めだった。大変よく寝た。爆睡だ。眠りの質はさぞかしよかっただろう。ありがたい。今日は勤務はなくて、午後の練習だけの日だ。余程絶好調で取り組めるだろう。身体は。メンタルはわからん。いまのところダメな気がしてる。
 たとえるなら今の俺のメンタルは、好きな子とセックスしたあとに置いていかれたときのソレだ。
 セックスしてへんけど。でももうセックスしたくらいのことが、昨晩に起こったのだ。

 昨夜の未明である。俺は酔っぱらいなのをいいことに、積年の恨みつらみ片思いをついに、ついにぶつけてやった。
 それも相手は愛しい愛しい、自分の双子の片割れ。事件である。

 愛しい、なんて言ってみたけど、未だに口喧嘩はしょっちゅうするし、こうして大人になるまではそれはまあ殴る蹴るのひどい喧嘩を、数え切れないほど。男兄弟それも双子だから、加減もクソもなしに、タイマン張ってきた不良漫画の住人か?て怪我も割とよくしたし、させていた。
 互いの考えてることなどお見通しで透けて見えるからこそ、誰よりも許せなくなったりする瞬間は多々あり、乱闘だなんだって学校ではちょっとした名物みたいになってたらしい。知らんけど。
 そんな殴る蹴るを平気でしてた相手をいつからか……いや、いつハッキリと相手への感情の種類を自覚したかはわかってる。誤魔化しようもない。

 それは自分の片割れが、自分とのバレーを終わりにすると言ってきた、あの瞬間だった。

 信じられなかった。嘘だと思った。
 だって俺と治は、この先もずっと一緒にバレーするんだと思ってた。本当にミリも疑ってなかった。
 今思えば、なんてガキだったんだろうと思う。
 思うけど。でも今だって納得してるかって言われたら、納得はしてないかもしれない。
 ただ、それとあの約束とはまた別だ。
 くたばるときの、答え合わせ。
 それがあるから俺はどんなにしんどくたって、自分が自分の手で選んできた一つ一つを少しだって疑わない。治もそれは同じはずだ。片割れだから、わかる。
 だから、応援してる気持ちだって嘘じゃない。どちらも一緒に存在してて、いくらだって同時に両立する。人間なんてそんなパキッと割り切れるもんでもない。
 そうして初めて治と進む先が分かれて、ひとりになるってわかったあのとき。
 寂しいとか、悲しいとか、そんな可愛らしい感情よりも。

 なんで離れなあかんねん。意味わからん。
 俺のやんコイツ。
 そんで、俺はコイツのやん。

 とポツリとひとりきりの二人部屋で、呟いて。
 ああ、この感情は兄弟に向けるものとは一線を越えてると、俺は直感的に悟った。
 こんなに一緒だったくせに。
 いや、一緒だったからこそ。離れなきゃ、きっとわからなかった。
 高校でのバレーを終えた俺たちが一緒にいる時間は、それはもう露骨に、極端に減った。
 そのまま俺は実家を出て、いまのチームに入ってプロの道を爆進。治は専門学校に通って、調理師免許を取ったらそのまま実家を出た。
 字面にしてみても接点は作りようもなく、交わらない生活。人生。
 俺も俺で、社会人一年目、Vリーガー一年目でバタバタしてるだけで過ぎていく日々の中、遠くの治より、近くの寄ってきて甘やかしてくれるオンナでは?と何人か付き合ってみたりした。
 でもやっぱり長続きしない。なんでこんな奴らに、俺の時間も手間もかけなあかんねんって、早々にしらけてしまう。
 それがわかってからの俺は、なんだかんだ理由をつけて治の一人暮らししてるアパートに転がり込んだり、休みの日は構えと連絡したり、いよいよ治が自分の店を出すってなってからは、本当に時間の隙間を見つけては顔を出すようにした。
 それでもアイツは嫌な顔も怪訝な顔もしなかったし、むしろ俺が店に入っていくと最初は客用の営業スマイルで出迎えてくれるが、俺だとわかると「なんや、おまえか」なんて言うくせに、フッと目元は緩まって客には絶対に見せない顔を向けてきた。
 もちろんそんなのは俺のよこしまで歪な感情とは異なる発露で、ただただ家族の特権なんだって。勘違いしちゃダメだって、そんな分別くらいはちゃんと持ってたつもりだ。
 たとえ自分とは同じ特別な感情でなくとも。
 少なくとも治の家族で、兄弟で、双子なのはこの世で俺しかいないし、治の特別は道が分かれたって自分のものなんだと、安心するために通ってたのかもしれない。

 そんな、いじらしい俺の片思いが、とある日のチーム練が終わったあとにしたオカンとの電話で、いきなり終わらせられる可能性があると知った。
 オカンから「治はええ人いる言うてたで。アンタもはよ、ええ人紹介しい」なんて言われて、頭が真っ白になった。
 はぁ?とイキる声すら出せず「へえー。そうなん」みたいな何の気持ちも籠もらん適当な相槌しか打てず、通話を終えたその場で座り込んだ。  練習場所のロッカールームだったから、まだ居た翔陽くんと木っくんが「え、どうしました!?」「おい!ダイジョブかツムツム!」と割と本気で心配してくれて、上半身裸のまま俺は動揺のあまり「あかん……、失恋するかも」なんてウッカリこぼしてしまったのだった。
「じゃあさ、焼き肉いこうぜ!」
 と誘ってくれたのは木っくんで「いや何のどこがじゃあ!になんねん!」てツッコむ気力さえなくて、俺はずるずると引き摺られて高価な焼き肉屋で3人、たらふく上手い肉をたべて、たらふくうまい酒を飲んだ。
 ええ人って、誰や。どんな女なん。
 変なのに引っかかって、たぶらかされとんのとちゃうやろな。
 大体いつ頃、どこで知り合うとんねん。
 そんな暇、どこにあったん。
 お前そんなこと一言だって俺に話しとらんやん。
 なんでなん。なんで。

「こんなに好きやねんぞ!!こんなにずっと、ずっと好きで!!なんで、いきなりどこの馬の骨ともわからん女に掻っ攫われなあかんねん!!」

 酒と肉を胃に掻き込みながら、頭も心も、どえらい嫉妬でぐちゃぐちゃになってしまった。
 あんまり細かくは覚えてないけど、たぶん俺はあの場で、治って名前を出してしまってたと思う。
 極力アイツとか、アレとか、濁して言ってたつもりけど、話してる内容がもう治のことしか当てはまらなかっただろうし、翔陽くんも木っくんも、普通に話を合わせてきたあたりなんとなく状況お察しだったはず。ちょっと悪いことをしてしまった。今度なんか奢ったらな。
 ちなみに翔陽くんは。
「侑さんって、モテてんのにぜんっぜん浮いた話ないなと思ってましたけど、そういうことだったのかー!」
 と長年の答え合わせみたいなノリで言うし、木っくんはいつもよりちょーっとだけ悪い顔をして。
「ツムツム、こんな本命に一途で独占欲めちゃつよなクセに、ちょーっとだけ臆病なんだよなぁ」
 とか言うもんだから。
「あったりまえやろ!!だいじやねん、ほんま!!大事でたまらんから、こんな好きでも言われへんねん!!」
 なんてムキになって大暴露したけど、そんなのお構いなしと、木っくんは更にイタズラっぽい顔をして見せた。
「なんでだよ。もう言っちゃえばいーじゃん。好きだから、俺のものになって?て。こういうときはフェイントなし、ストレート勝負だって」
「あと侑さん言わなくてもフツーにずっとわかりやすかったし!もう殆ど言ってるようなもんなんで、言っちゃえばいいのにとは思います!」
「翔陽くん、それフォローっぽく言うてくれてるけど、まっっったくなっとらんよ!?」
「大体さぁ。ちゃんと言っておかねーから、どっかの牛の肉だかわかんねえやつに横から取られちゃうんだろー?」
「せやなあ〜ぼっくん、牛肉好きやもんなあ〜……ってなんやねん!なんの話じゃ!あとまだ取られたと決まったんちゃうわ!!」
「好きだから困らせたくないって気持ちも、わからないでもねーけどさぁ。でもツムツムって、そんなんで欲しいもの、諦められなくね?」

 欲しいもの、大切なもの、大好きなもの。
 ぜんぶぜんぶ自分の手で、自分のベストを尽くして手繰り寄せんのが、ツムツムなんじゃねーの?

 なんて、木っくんからわかりやすく煽られて。
 でも確かにその通りだな、なんてストンと腹に落ちたりもした。
 にしてもこの人、コートの中でも外でも大事なとこは絶対外さんから、まぁすごいわ。
……帰る」
「あ、じゃータクシー呼びますね」
「ふーん。ツムツムは今日どこ帰るの?」
「サムんとこ!!」
「え!?」
「はは!!だよなぁ!!そーこなくっちゃ!!」
 で。木っくんと翔陽くんが俺とタクシーに乗って向かった先は、もう閉店してるだろうおにぎり宮だったというわけだ。
 酔っぱらいに格好つけて、とにかく〝治のええ人〟がどこのどいつなのか。なんで、いつ、どこで知り合って、どうやってここまでええ関係とやらを俺にもコソコソと隠して築いてたのか。根掘り葉掘り聞いて、片っ端からダメ出ししてやると心に決めて。
 こうなったらネガティブキャンペーンや、とタクシーの中で俺は変なとこに意気込んでいた。せこいとかダサいとか言われても、ここまで来たらもうどうでもいい。関係ない。ちゅーか、そんなん気にしてられる状況やあらへんねん。こっちは崖っぷちや。

 嫌や。
 治が、俺以外を最愛にするなんて。
 飯以外で最優先にするんが、俺やない誰かなんて無理や。
 耐えられへん。
 
 そんで、営業が終わったおにぎり宮に俺は言葉通りに特攻して、何が何でも相手を聞き出して、詰めまくった。
 そしたら治のやつ。ええ人っちゅーんは、別にええ仲になってる人ではなく片思いしてる相手のことで、しかも最近の話ではなくずっと前から好きだったとか言い出すもんだから、その時点で苛つきすぎて奥歯を割りかけた。危なかった。(スポーツやっとると特に、歯ってめっちゃ大事やねん。いやそれは今どうでもええな)
 俺は、ずっと治のことが欲しくて。
 喉から手が出そうなくらい、欲しくて。
 本当は片時も離れたくない。どこにもやりたくない。縛り付けて、離さないでおきたい。
 でも俺の感情の押し付けで、治は下手すればこの世でたったひとりの双子の兄弟と縁を切ることになったりしたら、それは治があまりに可哀想だと思った。だから俺はこれまで寸前で、それらすべてを喉の奥にしまい込んできた。
 人でなしだなんだと言われるけど、そんなもんはキャパシティの活用ポリシーの問題だと、俺は思う。
 俺は自分のキャパシティが広いわけではないことを自覚してるし、だからどうでもいいものには一ミリだって割きたくないだけ。そして、バレーと治に関しては話が別になる。
 治のことは何度も喧嘩して泣かせて、そんでその倍くらいは治に泣かされてきた。高校生くらいまでのあいつ、ほんま手加減せえへんかってん。
 でも流石に。流石に俺でも考えた。
 この世でたったひとりの双子の半身。大事な家族。喧嘩はするけど基本仲の良い兄弟。
 それを俺が、あっちゃならない後ろ暗い気持ちを持ってるなんて告げて、縁を切りたいくらい俺のことを治に拒絶させることになったらって。
 あいつはなんも悪くないのに、俺を失わなきゃならなくなる。
 それはきっととてつもなく辛い思いをさせることになるし、それだけはやっちゃ駄目だと言い聞かせてきた。
 だから、どんなに欲しくてたまらなくても。手を伸ばして、腕の中に閉じ込めたくても。ずっとずっと我慢してきたのに。

 なのに。
 なのに、そんな俺の隣で、おまえは他の誰かに恋してたんや。

 俺、なんも知らんかった。
 そんなおまえにちっとも気づかず、このまま俺さえ黙っとれば、隣にずっと居れるとのんきに思ってた。
 胸のあたりが、殴られたみたいに痛くなった。
 しんどくて、目元が歪む。
 なんてこった。お前の心を、そんなにも鷲掴みにしてずっとずっと離さないヤツがいて、それは俺やないなんて。

 なんでそれ、俺やないんやろ。
 そんな俺にも見せたことないツラさせる誰かが、おまえの心ん中にはずっと居座ってたん?

 でも、おまえのこと袖にするようなやつ、ろくなヤツじゃないだろって、ソッコーでネガキャンしたら「俺がずっと好きなやつのこと悪く言うな。俺だって諦めたいけど、諦められへんねん」って半ギレされた。
 本当に腹が立って仕方なかった。
 なんで!?なんで俺よりそんなヤツのこと庇うん!?って。
 そんで、普通にめちゃくちゃに傷ついた。
 そんなにずっと振り向いてもらえないのに諦められないくらい本気で、治が、誰かに恋をしてる。俺以外のヤツに。
 失恋やん、こんなん。
 って、そこから俺はもうガキみたいに「とにかく嫌や、俺がおればええやん」と繰り返してたら、終いには相手は女じゃなくて男だと白状した。

 このときの俺の精神状態は、人生の中でも指折りでやばかったと思う。

 男!?おまえ、いま男って言ったか!?
 てことは、おまえが抱いたりもするけど、おまえも男に抱かれたりもするっちゅーことか。
 はぁ!?
 抱かれたりって!?
 ほんならお前のその身体、よその男に、触らせんのか。
 俺が知らん男に組み敷かれて、受け入れて、揺すられるたびに喘いで、その男のこと「好いとるよ」なんて甘ったるく鳴くんか。

……許せるか、そんなん」

 いま、治のベッドで清々しく目を覚ました朝ですら、考えただけでブチギレそうになり思わず声に出してしまった。ひとり、誰もいない寝室で。
どんだけやねん、て自分でも思う。
 思うけど、それくらい腸が煮えくり返るくらい、嫌だった。想像するだけで、嫉妬のあまりに吐き気がした。
 そして同時に、俺ではない男に抱かれてよがる治の可能性なんて、これっぽっちも想定してなかった俺は、本当に本当に甘かったと昨夜に思い知った。
 治のために、この気持ちは伝えちゃあかんとか。そんな生ぬるいこと言ってる場合じゃなかった。

 だから、もう白状するしかなかった。
 ずっと。ずっと、好きだったこと。
 自分以外の誰にも、治に触らせたくなくて、どうしようもないこと。
 いつまでも振り向かないヤツのことは、どうしても諦めてほしいこと。
 代わりでもなんでもいいから、お前をどうにかできるのは、俺がいい。俺だけがいいこと。
 片っ端から言いたいことは全部捲し立てた。
 背に腹かえられなくて。取り繕ってる場合じゃなくて。とにかく必死だった俺は、まさにストレート勝負しかできなくて。でもそしたら。

『あほ……。俺がずっと、ずっと好きで、どうしようもなかったんは、……おまえや。侑』

 はい。酔っ払っても、記憶はぜーんぶきっちり残ってるタイプの男、宮侑です。どうもおはようございますーってなもんで。
 一語一句。表情。一階のおにぎり宮店内の照明の明るさ。湿度。温度。俺は全部全部おぼえてる。たぶん一生忘れないし、忘れろと言われても無理だと思う。
 狂ったように激しい嫉妬を向けた、治の片思いの相手。
 それがまさか自分だったなんて思いもせず、憤りの矛先をどうすればわからなくなって、ほんまに?って何べんも聞いてしまった。
 治のことが信じられないわけじゃなかった。ただただ、自分に都合のいい夢オチとかにならないか心配で。
 それで寝たくないって駄々捏ねてたら、治は言ってくれたのだ。明日の俺にも、言ってやるって。
 好きだって、言ってやるからって。

「なのに、起きた時におらんの……、堪えるわ。フツーに」

 朝起きて、目が覚めて。誰もいないベッドが、こんなに心を抉ってくるなんて、知らなかった。
 ただ爆睡して起きただけで、セックスして寝て起きたらその相手がいなかった、とかいうわけでもないのに。
 いや、ぶっちゃけてしまうと抱いた相手に置いて行かれたことなんかないし、なんなら置いていったことしかないから、これはまったくの想像だけど。
「好きって、言うてくれるって言ったくせにー!」
「なぁにをグズってんねん、大の男が」
 俺の独り言が聞こえてたらしく、いつの間にか戻ってきた寝室の主は、お盆の上にほかほかのおにぎりを乗せて、もう片方の手には水のペットボトルを携えている。
 俺が居座るベッドすぐ側にあるローテーブルに、盆とペットボトルを置いて、ベッドに腰掛けた治は、Tシャツにハーフパンツでまだおにぎり宮の経営者の顔はしていない。そして「起こすのも可哀想なくらい、よお寝てたし。お前」と笑う。

 自分そっくりの顔が、ふんわりと綻ぶ。
 それは、あんなに飽きるくらい一緒に生きてきたのに、それでも知らなかった顔で。

 ああ、そうか。
 昨日の夜のこと、治は無かったことにはしないでくれたんだと、その表情だけで十分すぎるほど、俺には伝わった。
「シャワーも浴びずに寝てるし、先に風呂にするか?」
「ううん。先、サムの飯食う。あとその前に」
「前に?」
……ん」
 今度は酒に頼らずきちんと勇気を出して、両手を広げる。
 昨夜に治が着せてくれた適当なTシャツとスウェットのズボンのままだし、シャワーも浴びてないから酒臭さが残ってるかもしれなくて格好つかないけど。でも格好つけてる場合じゃないって、昨日散々学んだし。
 すると治は、一瞬だけ迷った素振りをしたものの、すぐ観念したようにベッドに上がると、胡座をかく俺の上を跨いで正面から座り、自分から抱きついてくれたから。
 俺はもうほんとに、ほんっとーに!胸がいっぱいになりながら、目一杯の力で愛しい片割れを、この腕の中に閉じ込めた。
……酒くさ」
「喧しい。わかっとるわ」
「力つよすぎや。こんなん、オンナノコやったら痛くてかなわんで」
「治やから手加減してないに決まっとるやろ。言わせんな」
「言わせたなるこっちの身にもなれや。酔っ払いまくってたヤツの言葉なんて、何一つ信用ならんのに」
「それはその。あれや、あれ」
「どれやねん」
「そんなん……ココに居てほしいのは、治だけやねん。そんで、俺以外の奴んとこには、そいつをはっ倒してでも行かせたないねん。……治を他にやりたくない。譲りとおない。……俺じゃ、あかんか?」
 俺よりもほんの少しだけ薄くなった、俺の片割れをぎゅうっとまた抱きしめる腕に力を込めると、腕の中で「ふっ」と笑う気配がした。
 なんやねん。人が真面目に、照れるのも堪えて一世一代の告白をしたっちゅーんに、お前。笑うことないやろ。人でなしはどっちや。
 文句のひとつでも言おうかと思ったところで、治がその額をうりうりと人の鎖骨に押し付けてきて。
 いやいや待て待て、そんな可愛いこと。
 いきなりされたって、俺は絆されたりしませんよ。ええ、ほんとうに。

……侑がええねん。俺は、ずっとずっと、お前が好きやってん」

 腕の中に収まる、ずっとずっと欲しかった片割れに、俺がいいんだって。
 ずっとずっと、お前が好きだったんだって。
 甘えるように頭擦り付けながら言われて。
 絆されない奴おる?おらんよなぁ!
 なんて、心の中でひとり開き直りつつ、込み上げて満たされるどでかい感情に、俺はもうすっかりと呑まれてしまったのだった。

 手遅れにならなくて、よかった。
 知らない誰かに、間に入り込まれる前に。
 横から掻っ攫われる前に。
 ちゃんと、この腕に閉じ込めることができて、よかった。
 ちゃんとこの腕に収まってくれるうちに言えて、よかった。

「はぁ……、ほんまかぁ……
「なんやねん、その冴えない返し。オモロないで」
「うっさいわ。いま俺は、とてつもなく幸せで胸いっぱいになってんねん。浸らせろや。そういうサムかて、どくどく心臓言わせとるくせして、なに照れ隠ししてんねん。そこはさっきみたいに〝そんなツムのことも大好きやねん〜〟くらい言うとけ」
「誰が〝そんなツムのことまで大好きやねん〜〟言うたん。数秒前のこと捏造すんな。あと飯は冷める前に食え」
「せやなぁ。サムがせっかく作ってくれた飯は、食わなあかんなあ……
 でもいま治を離したくない気持ちが大きすぎて、苦し紛れに耳やこめかみを唇で触れる。
 わざとリップ音を鳴らして。そしたら、くすぐったそうに治の体がもぞもぞと動いたけど、それでも離れていこうとはしなかった。
 その耳は、薄らと赤くなってきてる。
 ああ、コイツ、めちゃくちゃ意識してくれてる。
 なのに、照れて人のことをはっ倒したりしてくるわけでもなく。空気をぶっ壊すようなセリフをあれこれ喚くわけでもなく。黙って、俺のスキンシップを受け入れてくれてる。
 それがたまらなく、いじらしくて。
「治、……好きや」
「ん、……侑、俺も……
「ずっと、このままくっついてたい。腕ん中にぎゅうっとしたまま、もっと治の体温が、ほしい……
「んっ、ツム、待っ……ひぁっ」
 首筋にキスをしたまま、ぺろりと舐めると、聞いたことないヤらしい声が飛び出てきた。
 いや待て待て待て。そんなん、あかんやん。
 お前、そんな声が出るんか。
 普段おれと口喧嘩して酷でぇ言葉遣いする、あの治の口から、そんなスケベな声出てくるんか。
 マジか。
 待ってや、知らんそんなん。
 俺、お前の双子なんに、少しも知らんかったし。
「ぁっや、んツムッ!」
「サム、……耳と、あと首も弱いんやな。……なあ。そんな可愛らしい声、出されると、もっと食べとぉなってまうで」
「ん、……あかんって。おれも、そろそろ店の準備せな。っん、ぁおまえも、午後から練習、って……
「ンン〜〜〜、……もう今日は一日中ベッドの上でこんなんしてたかったけど、しゃーなしかぁ……
「ぁ……!」
 昨日適当に残した薄いキスマークの上に、じゅっと、強めに吸い付いて。
 しっかりと赤い痕を上書きして、今度は数日は消えないようにしてから、俺はようやく治の体を解放する。
 体を離して目と目があうと、二十何年も向き合ってきた、いつも一緒だった色素の薄い灰色の瞳が、ぜんっぜん違うものに見える。
 たぶんそれは治もおんなじだったらしくて、耳だけじゃなく、頬までカァアアッと赤くなった。
 それを見てた俺まで、なんや顔が火照りだして。いや、こんなときまで双子の謎共感発揮せんでもええのに、ほんま俺らときたら。
 でも顔真っ赤にしながら俺たちは、また磁石みたいに互いに吸い寄せられて、唇と唇でキスをする。
 舌を捩じ込んで、食らうように絡め取って、味わい尽くして。
 だから名残惜しむようにベッドから降りるまでには、もう少しだけ時間がかかってしまったのだった。

 ちなみにその日の練習は、自分でも怖くなるくらい絶好調だった。
 あまりの絶好調ぶりに、まだなんも言ってないうちから、翔陽くんも木っくんもニッマニマしてこっち見てきて「クソ!!なんや恥ずいやろがい!!」と上げるトスは、自然とエグめになった。
 もちろん、このふたりはそういうトスになればなるほど、嬉々として食らわんと鳥みたいに跳ぶわ跳ぶわ。終いには飛ばし過ぎやって、三人揃ってコーチには注意される羽目になったけど。これは治には言わん方がええな。

 ああでも。大好きなバレー、好きなだけやったら、また腹が減ったわ。
 はよ、治のとこ帰らな。
 そんで、たらふく飯食って。
 今度こそ、たらふく治のことも食べさせてもろて、腹いっぱいにさせてもらわな。