丹羽燐
2024-09-12 22:15:20
15950文字
Public 別れ支度をあなたの隣で
 

カフェラテ

2025-05-03~05こいきっさ4.5展示,2025-06-15発行予定の「別れ支度をあなたの隣で」より,1章「カフェラテ」
突然辞めた安室さんの影を探す梓さんと,それを手伝う降谷さんの話

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- とらのあな

2025-04-09カフェモカより改題

注意書き

「別れ支度をあなたの隣で」には以下の要素が含まれます.1章「カフェラテ」に含まれるものは青字にしています.

  • さよあむ後

  • モブの登場

  • 降谷さんの変装

  • バニラアイスや警察署位置などの細々とした捏造

  • 2人は結ばれません



カフェラテ

……ふう」
 閉店一時間前、そろそろラストオーダーの時間だ。随分と聞き慣れた酔っ払いの声が上のフロアから聞こえてきて、今日も平和な一日だったと改めて感じる。営業中も特段何か揉め事もなければ、売り切れでお客さんを悲しませることもなく。繰り返されるポアロの日常の一ページ。
 夜遅くなるにつれて客足が遠のいたおかげで、残っている作業は多くない。掃き掃除とレジ締め、後はこまごまとしたことぐらい。今日は九時からのドラマに間に合うかもしれない。
 緑さんに勧められて先々月から見始めたそれは確かに面白くて、先週はエンドロールを見ながらクッションを抱きしめて固まった。見終わってすぐに緑さんと通話したのも一度じゃない。録画予約で見れるとはいえ、こうやって話せるオンタイムの方がやっぱり楽しい。見終わった後に通話したり、SNSで感想を見て回りながら寝落ちるのが最近の月曜のルーチンになりつつある。
 時計を見ると、あと七分でラストオーダー。さすがに七分じゃ誰も、と思ったところで扉のベルが鳴った。振り返ると、最近見慣れた黒髪の男性、降谷さんだった。夜遅いからか、着ているスーツが少しくたびれている。ネクタイが曲がっていますと言える距離感でもなく、かといってオンタイムで見られると思ったのに、とお客さん相手に愚痴をこぼすわけにもいかない。
 慌ててため息を飲みこんで、ポアロの店員の笑顔を張り付けた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、榎本さん」
 よく見たらYシャツのしわよりも、目元の隈の方が酷かった。それこそ数日碌に眠っていないのにシフトにやってきた誰かさんのような、一晩張り込みした後の刑事さんよりも色濃い隈。いったいこの人は何を仕事にしているのだろう。
 よく考えてみれば、踏み入った雑談はしたことがなかった。知っているのは名前と、どうやら昼夜関係なく忙しいお仕事らしいということぐらい。
 改めて見ていると、なんだか目元が安室さんに似ている気がしてきた。
「僕の顔に、何か?」
 店内に入ってから案内もせず、ただ立たされるままの降谷さんは怪訝そうな顔をしている。失礼なことをした。慌てて案内の定型文を脳内に浮かべた。
「あ、いえ、すみません。……今日はお持ち帰りですか?」
「店内がいいんですけど、ラストオーダー間に合いますか?」
 左袖がよけられて腕時計が現れた。まさか覗き込むわけにもいかないので、壁へ振り返る。最後に見た時からまだ二分しか経っていない。つまり、ラストオーダー五分前だった。
 今から席についてメニュー選びに時間がかかる人なら間に合わないけれど、残念ながら降谷さんは決めるのが早い。テイクアウトならぎりぎり間に合ったかもしれないドラマに別れを告げるように振り返る。
「ぎりぎりセーフです! お好きな席にどうぞ」
「じゃあカウンター席で。いつものところ、空いてる?」
「はい!」
 頷きながら返すと、するりと降谷さんは席に収まった。カウンター席のレジ側から三席目、そこが降谷さんお気に入りらしい。以前お昼過ぎに来たときは他のお客さんが使用していて、どうしようかな、と困っていた程度にはその席がいいらしい。そこで何かあったとはマスターからも、本人からも聞いたことがない。人と距離を取りたいから端の席がいいとか、そういった話は聞いたことがあっても真ん中の席のこだわりはよくわからない。
 にこやかな笑顔に慌ててレジ横に立てかけたメニューを一冊、遅れて冷えた水を注いだグラスを右側から差し出した。
 開店前に仕込んでいた材料もほとんどなく、追加で淹れたアイスコーヒーもさっきのお客さんで完売してしまった。材料が揃っているものでありますように、なんて願いを知るわけもない人の視線がさっきから痛い。メニューを渡したはずなのに、一向に視線は落ちず私のことを見ている。
 若干どころかだいぶ居心地が悪い。
……もしかして、お決まりですか?」
「ええ。注文、いいですか?」
 恐る恐る尋ねると、視線とは裏腹に穏やかな笑みが返ってきた。どこかで見たことのあるような、記憶違いのようなそれは、カウンター越しのせいか感情が読み取れない。ラストオーダーまで五分もないのだから早く注文したかったのだろう、そう思うことにした。
 はーい、なんてわざとらしく元気な返事をする。左ポケットに刺しているボールペンを、それから右ポケットのオーダーシートを取り出そうとして手が止まった。
「あ、ちょっと待ってください。えーっと、たしかオーダーシートは」
 どこにしまったっけ。数ヶ月前から始めた大掃除のせいか、さっぱり思い出せない。確か一番右の引き出しから移動させて他の引き出しに入れたはず。左端まで開けても見当たらない。
「レジの下」
 冷蔵庫に掛けている在庫管理ボードを手に取ったところで、小さな、とても聞き慣れた声がした。髪が棚に当たるのも気にせず振り返っても、視界に映るのは降谷さん一人。さっきと変わらずニコニコしながらこちらを見ていた。
 ……どこにもいない。
 呼吸だけは意識しなくても続けられるのに、その他のことはまるでダメ。動かせるのは上半身だけで、寝違えた人のようにぎこちない。あたりを見渡しても今確かに聞いたはずの声の主は店内のどこにもいない。まだ耳に残るその声を何度再生しても、同じ人にしかたどり着けない。どこにもいないのだからどう考えたって幻聴。そうわかってはいても、どこかにいるんじゃないかと思わずにはいられなかった。
 だんだんと降谷さんが不思議そうな顔をし始めても、動くことはおろか言葉を発することすらできない。
「あの」
 氷漬けになった人みたいに動けないでいると、少し低い声が榎本梓からポアロの店員に引き戻した。
「えっ……あ、すみません。ちょっと待ってください」
 降谷さんの視線から逃れるようにもう一度しゃがみ込むと、視界には誰一人映らなくなって少し安心した。聞き慣れた声の言った場所から封筒を三枚、よくわからない書きかけのメモ十枚をどかすと、未使用のオーダーシートが一つ出てきた。とても現実味のある幻聴で嫌になる。
 そうだ、マスターの分がなくなる前に買い足しておかないと。
「あったあった。さっき切らしちゃって」
「よかった。閉店間際にすみません」
「いえいえ! 探すのは明日でいいかなーって横着したのは私なので。えーっと、ご注文は」
「ハムサンドとホットコーヒーで」
 読まれることのなかったメニューを片手にオーダーシートへ書き込む。ハムサンドとホットコーヒー。冷蔵庫に材料のあるメニューでよかった安心感と、かすかに残る違和感。ペン先で二行を往復しながら時計を見て気がついた。
「今日はカフェラテじゃないんですね」
「ええ、この後戻らないといけないので」
 当たり前のように言ってのける様子に言葉を失った。色濃い隈を浮かべた顔で欠伸しながら生クリームを泡立てていた人のようで、無理しないようにと余計なことを言いそうになった。刑事さんを始めとした他のお客さんには言えても、なんだか降谷さんには言っていいのかわからない。距離感が未だによく掴めないお客さんの一人だ。
 そういえば、コーヒーは興奮作用の他にリラックス効果がある。今日の降谷さんにはどっちが強く出るのだろう。
「こんな時間ですけど、頑張ってください」
「はい、頑張ります」
 嬉しそうな降谷さんの表情はスマホのバイブで一瞬にして消えた。この後も仕事だと言っていたように、降谷さんはとても忙しい。いわゆるランチタイムやカフェタイムに来たことがないのはもちろん、調理中にしかめっ面で電話をしに出ていったこともあれば、食べ始めてすぐに申し訳なさそうな顔で退店していったこともある。来店してから退店するまでの間に一度もスマホが鳴らなかったことはない。
 慌ただしいこの人が一体何者なのか、私はいまだに良く知らない。
 ポアロのお客さんでも指折りの忙しい人を邪魔しないよう、静かに準備を始めた。洗い終えてぴかぴかのケトルを火にかけ、調味料を小さなボウルで混ぜ合わせる。小さじ四分の一なんて細かい分量なのは安室さん考案のレシピだからだ。安室さんのレシピにはポアロはもちろん一般家庭にあまりない材料や、計量が面倒な分量が書いてあってちょっと面倒。それでも忘れてしまうと美味しさが大幅にダウンしてしまうのだから仕方がない。
 混ぜ終えたソースをふわふわの食パンに塗る。夕食前の胃が刺激される匂いに、早く帰りたかった気持ちが再び顔を出した。一日立ち仕事で足は浮腫んでいるし、ランチもアイドルタイムにさっと食べたサンドイッチだけでお腹が空いている。せっかく早く片づけを済ませて帰るつもりだったのに。私もマスターも半日ずつのシフトの明日だったらよかったのに。
 言えるわけもない愚痴をレタスとハムの間に挟んだ。
 ケトルを火から下ろし、適温まで下がる間にドリッパーの準備をする。今日はホットコーヒーだからミルクは要らない。少し考えて、冷蔵庫から本当は要らない牛乳を、戸棚から自分用のマグを取り出した。コーヒー豆は追加済み、レンジはゆっくりと加熱中、一方ケトルは空調のせいかまだ冷めない。手持無沙汰に見た先の降谷さんは、さっきと変わらずスマホとにらめっこをしていた。指先が慌ただしく動いたり、止まったりと見ていて落ち着かない。
 あたため終わった牛乳をミルクウォーマーで泡立てているうちに、ケトルの温度が下がったようで湯気の勢いが減った。手を止めてゆっくりと挽いた豆の上からお湯をかける。コーヒーの香りが立ち上がって少し落ち着いた。
 少し濃いめに入れたコーヒーをおぼん上のマグに注ぐ。黒い水面がゆっくりと揺れる。淹れている途中のコーヒーも、混ぜている途中のミルクも全てを放置してキッチンを出た。
「お待たせしました。ハムサンドとカ……ホットコーヒーです」
「ありがとう」
 カフェラテです、と言いかけた口を慌てて誤魔化した。からかわずに、まるで聞いていないような反応の降谷さんは大人っぽい。降谷さんはたぶん私よりも少し年上なんだろうな、とぼんやり思った。
 二品分届けてしまえば他にすることもなくて、届けに来た時と同じようにキッチンへ戻る。降谷さんが使っているカウンター席以外は片づけてしまったからホールに残る理由がなかった。いつかの安室さんのように隣で一緒にコーヒーを飲むような仲でもない。そもそも今日淹れているのはカフェモカだし。
 安室さんはもういないのに、つい考えてしまって嫌になる。気を逸らそうとマグにコーヒーとチョコレートソースをいれて急いで混ぜた。順番が逆になってしまったけど仕方がない。
 何事もなく過ぎるポアロの日々では話題になりそうなものもなく、誤魔化すように飲み込んだカフェモカは少しぬるくなったせいか甘さの主張が激しかった。降谷さんと同じホットコーヒーにすればよかったと今更思う。ハムサンドにホットコーヒー。ランチの時によく出る軽めのメニューを食べて、きっと夜遅くまでお仕事なのだろう。安室さんだったらすぐさまバックヤードのソファーに押し込んだのに。降谷さんには声にも行動にも出せない。
「降谷さん、ハムサンドお好きですよね」
 大きく開けられた口にハムサンドが吸い込まれていくのを眺めながら浮かんだ話題は、結局安室さんに関連するものだった。
「え、そうですか」
「そうですよ、先週も先々週も……いつもハムサンドとホットコーヒーかカフェラテのセット」
……本当だ。気が付かなかった」
 顎へ当てられた手に既視感を覚えた。安室さんに新一くん、コナンくん、それからたまに毛利さん。思いついた名前が全て探偵さんで少しおかしい。もしかしたら降谷さんも人気の探偵さんなのかもしれない。毛利さんや安室さんが知らない探偵さんとすると、受ける依頼の種類が違うのかも。
「美味しいので、つい」
 一人で納得していると、降谷さんは嬉しそうな、けれど寂しそうな表情をしていた。
「ふふ、安室さんが聞いたら喜びそう」
「安室さん?」
「あっ」
 しまっていたはずの言葉がつい口を出た。首をかしげる降谷さんに取り消すことも出来ず、えーっとだとか、その、だとか意味のない言葉を繰り返すしかない。こういう時に限って降谷さんのスマホは静かで、まさかこんな時間にポアロの電話が鳴るわけもなく、他にお客さんがいない状況では誰も私を助けてくれない。
 蛇に睨まれた蛙ってこういうことを言うのかな。使い込んだ国語便覧が現実逃避の道端に落ちている気がした。
「秘密です」
「秘密ですか」
 ほう、と楽しげな声。一か八かの回答は、残念ながら降谷さんの探究心を刺激したらしい。どうしてこんなに米花町には謎があったら挑まないと気が済まない人たちが多いのだろう。誤魔化す側の身にもなってほしい。
「はい!」
「気になりますね」
 教える気はないと言わんばかりに元気よく答えても流されてくれないらしい。ラストオーダーが過ぎた店内とは思えないほどのんびりとした動きでホットコーヒーが一口分消えた。
 聞こえなかったフリをして閉店作業をしようにも、降谷さんが駆け込んでくる前に大方済ませてしまっていてすることがない。仕方がなく、降谷さんに倣うようにゆっくりとカフェモカを飲み込む。口の中に広がるチョコレートの甘さと角を削られたコーヒーの苦さが疲れた体にしみわたる気がした。
 普段よりも遅く感じる時計の針の音の後、得意げな顔で降谷さんは口を開いた。
「例えば、ポアロの元従業員……とか」
 空調の行き届いているはずの店内で、悪いことをしたわけでもないのに背筋を冷たい汗が伝う。取り調べ中に証拠が上がった犯人はこんな気持ちなんだろうな、と現実逃避したくなった。見透かすような視線を浴びながら飲むカフェモカは、甘さがどこかへ吹き飛んでしまっていて味がしない。
「当たり、ですね」
「なんでわかったんですか?」
「ハムサンドが好きな客で喜ぶのはよっぽどの常連か店員」
 言い聞かせるように指が一本立った。
「それに、僕がポアロに始めてきた時から出会った従業員は、榎本さんとマスターと榎本さんが呼ぶ男性の二人だけ。なのに榎本さんは時折他のお客さんから誰かの出勤状況を尋ねられている」
 人差し指に加えて中指が立つ。推理のような説明を聞いている間も降谷さんのスマホは鳴っているのに、手を伸ばす気配すらない。掛けてきた人に同情はしつつも、救いの手がない事実が喉元に突きつけられる。
「つまり、二人の他に誰か従業員がいたと考えるのが自然です。まあ、喫茶店を二人で回すのは大変でしょうし。……どうでしょう」
 得意げな顔で見つめられてしまえば、目を逸らすことすらできなくなった。口の中にたまった唾液を飲み込む音すら聞こえそうな空間で呼吸を続ける。追い詰められたような錯覚で煩い心臓の音が聞こえていないよう、意を決して口を開いた。
「正解です。降谷さん、探偵さんみたい」
「あはは、上の階の毛利探偵には負けますよ」
「安室さんも」
「それに、推理は専門じゃないので」
 探偵だったんです、というはずの言葉は否定するようなそれに打ち消された。淡々と事実を並べるあたりに、裁判は事実を並べるのだという緑さんの仕事の話を思い出す。もしかしたら緑さんと同じようなお仕事をしているのかもしれない。日々忙しそうにしていたから、降谷さんもそうなのだろうと理解できた。
 一人納得していると、降谷さんがわざとらしく首をかしげていた。思い当たる節は一つしかない。きっと、言いかけた続き。
「安室さんは前……ちょっと前までいた同僚で、本当は探偵なんです。降谷さんみたいに毛利さんは凄いんだって言ってました」
 ものの数か月前までいた人のはずなのに、どうにもこんなに懐かしい。他の探偵さんの例に漏れず、癖の強い人だったから記憶には印象強く残っているはずなのに、いないという事実だけで薄れ始めている。何度も食べた賄の味も、器用に飾り付ける指先も、時折した花火のような煙の匂いもはっきりと覚えているのに。
 そうなんですね、という降谷さんの興味なさそうな返事を聞いても、一度語り始めた口は止まらなかった。
「もう、シフト放り出して毛利さんのお仕事について行ったきり帰ってこなかったり」
 いつだって事件と聞けばエプロンを置いて走り出していってしまいそうな人だった。……実際、何度か預けられたことがあるし。スマホをじっと眺めたり、電話に出た後すぐ早退していったこともあったっけ。事件あるところに探偵あり、に加えて事件あるところに出向く人あり。
 よく敵情視察へ行った時に事件へ駆け出していかなかったなあと今更思う。予定が長期欠勤と被って流れてしまったことはあったけど、途中でいなくなってしまったことはない。ポアロの仕事は放り出していったのに。今でも不思議な人。
 甘さが少ししんどくなったカフェモカに、余っていたコーヒーを追加で注ぐ。主張するようになった苦味がどこか懐かしくて、泣きそうになる。
 刻一刻と閉店時間の迫る店内には降谷さんと私の二人きりで、残っているのは洗い物だけ。いつかのように玉ねぎのせいにすることは出来ない。口の中に纏わりついたチョコレートソースと一緒に飲み込んで、喫茶ポアロの店員の表情を張り付けた。
「早退に長期欠勤……もう、好きなことに夢中な少年みたいな人でした」
「よくクビにならなかったですね」
 降谷さんの呆れた声につられて笑う。安室さん目当てに通っていた女子高生ですら疑問に思うぐらいだから、安室さんと話したこともなければ、会ったこともない人からしたら当然のことかもしれない。
「降谷さんもそう思います? 普通だったらマスターに……店長にクビにされちゃうと思うんですけど」
 わざとらしく悩んで見せる。安室さんの存在を言い当てた降谷さんならきっとわかるだろうと思いながら。
 リズムよく三回、右人差し指が左頬を叩く振動で安室さんの癖が染み込んでいることを思い知らされて嫌になる。安室さんはもういないのに。
 気を逸らすようにちらりと見た降谷さんのスマホが光る。当の降谷さんは手元など見向きもせずに、お手上げといわんばかりにこちらを見ていた。忙しない通知と目の回るような仕事の間に人間生活を送っていそうな降谷さんが、不定期に震えるスマホを無視してまでポアロにいる。普段とは何かが違うとわかっている。それでも安室さんのことを悟られないようにするので精いっぱいで、そこに言及するほどの余力がない。
「たぶん、マスターも私も安室さんが好きだったんです。誰も気がつかないようなところに気がついて……例えば、今降谷さんが座ってる椅子」
 さも当然のように、抱えていた感情がバレてしまわないように淡々と。いくら常連さんに片足を突っ込んでいる人が相手だとしても、どうすることも出来なかった色恋沙汰を知られるわけにはいかない。
「これですか?」
「はい。その椅子ガタガタしますか?」
……いえ」
 確かめるように左右に肩が揺れても、椅子からは何の音もしなかった。古い家具特有のみしみしという音すらしない、年季が入った新品のような椅子。
「安室さんが修理したんです。たまたま座った常連さんが気がついて教えてくれたけど、マスターも私も直してない。お客さんが直してたら教えてくれる……って考えると、安室さんしかいないよねって。他にも観葉植物の手入れとかのポアロの中だけじゃなく、ご近所さん関係まで」
 玄関横の観葉植物,切れたまま忘れていたキッチンの蛍光灯、お客さんへのちょっとしたアドバイス。とてもよく周りを見ていて、気がつく人だった。毛利さんに聞いたら探偵は観察眼が大事だとか何だとか言われそう。
 それでも、本業の探偵というよりは安室さんの性格……らしさだったと思いたい。
「気の回る人だったんですね」
「それだけじゃないんです」
 よく気が回る人だった。それでいてとても器用で、バランスの取り方が上手い人だった。マスターも私も、そんな安室さんの人間性に魅せられた人の一部。
 否定するようなわざとらしい咳払いの後に続けた。
「すーっごいイケメンさんだったんです」
……へえ」
 酷く興味のなさそうな声を無視して続ける。
「女子高生からご年配の方まで、それはもう絶大な人気で。安室さん目当てにいらっしゃるぐらい。……人気過ぎて私が炎上したけど」
……僕は」
 車道を走り抜けるトラックの音に降谷さんの声がかき消された。そういえば、もう荷物の輸送トラックが行きかうような時間。続きを促すように暫く待っても、降谷さんは黙り込んだまま。安室さんの様な推理力のない私には、何を続けたかったのかわからない。
 カフェモカを一口飲んでまた口を開く。
「そんな安室さんは、降谷さんがいらっしゃる二週間ぐらい前に突然辞めちゃったんです」
 明日の買い物リストを読み上げるように。何とも思っていないような声で続けた。
 降谷さんの方は向けなかった。
「もう、一言ぐらいあってもいいのに」
 目を逸らすように向いた窓の外に安室さんが現れるわけもなく、静かに乗用車が走り抜け、時折会社帰りの人が通り過ぎるだけ。物語の主人公はおろかヒロインですらない私に、安室さんが訪れるような奇跡は起きない。
 また降谷さんのスマホがカウンターの上で震えた。今度は長い。電話かもしれない。そんなに無視して大丈夫なのか、いっそ心配になってきた。
 三秒ほど鳴って、降谷さんの右手で止められた。
「何も言わずに辞めたんですか?」
「そうなんです。マスターのところには連絡があったみたいなんですけど、私にはなーんにもなくって。……既読つかないのは前からですけど」
 チャットアプリもショートメッセージも電話も、どれも返事はない。ちゃんとシフトに入っているときは些細な雑談ですら返事が来ていた。それこそ大尉の凄い寝相のときですら。ただそれは日常の時だけで、欠勤が続き始めるともう駄目だった。スタンプもなければ既読すらつかない。
 探偵業とポアロの喫茶店員業、はっきりと線を引かれていた。
 冷蔵庫と壁の隙間から折りたたみのカウンターチェアを取り出す。なんだか今日は、少し疲れた。
「長かったんですか? その、安室って人は」
「二年ちょっとぐらい? たぶん。そのくらいかなあ」
「それで音沙汰ないのは薄情ですね」
「降谷さんもそう思います?」
 当然のように降谷さんが頷く。ついさっきまで安室さんのことを知らなかった降谷さんでもそう思うらしい。心配だとか、寂しいだとか、そういった感情は間違っていなかったのだと思わされる。
 それでも、安室さんはそういう人だから。仕方がない。そういえば、安室さんもこの席がお気に入りだったっけ。
「ふふ。仕方のない人ですよねえ」
「連絡、本当にないんですか?」
「それがもう全く! 前から連絡つかない時はあったけど、辞めてからずーっと」
「ずっと」
 オウム返しをする降谷さんがついに無感情になってしまった。そんなに引くような、というには少し安室さんに入れ込みすぎているのかもしれない。
 何が良くて何が悪いのか。安室さんや新一くんと違って基準のあやふやな私は、誤魔化すように、なんてことないような声で続けた。
「既読もつかなければ電話も出なくって。困っちゃいます」
「辞めたなら、無理に連絡を取らなくても」
「私も、そう思うんです。もう同僚じゃないから一緒に敵情視察に行くこともないし、新メニューの相談も、シフトの連絡も要らない」
 喉にへばりついて口にできなかった言葉が止まらない。一口でもカフェモカを飲んで落ち着いたほうがいいことぐらいわかっている。それでも、止められない。
「きっと安室さんはどこかで探偵さんとして活躍していて、忙しくて……ポアロのことなんか忘れちゃったんだって」
 コーヒーカップを持ったままの降谷さんが続きを促すようにこちらを見た。
「でも、寂しいじゃないですか。辞めたらはい終わり、なんて」
 一期一会と言えば聞こえはいい。それでも、常連さんのように縁が続いていくことだってある。一度疎遠になった後、再会して続くこともある。
 会いに行く方法のなかった子供なら諦めがついた。でも、それはずっと昔の話。
「それに、ちゃんとさよならも出来なかった」
 言い訳のような言葉は段々と小さくなって、口の中に消えた。本当は、別れの言葉以外にも言いたいことはたくさんあった。それらを全て飲み込んで、はいそうですか、と受け入れられるほどまだ大人になれていない。成人してから随分と経つのに、まだ子供みたいなところばかり。
 この話だってするつもりなかったのに。
……暗い話になっちゃいました。すみません」
「会いたいですか?」
 あまりにもなんて事のないような声だったから。当たり前のような表情でこちらを見たから。一瞬、聞き取れなかったのかと耳を疑った。
「その、安室って男に会いたいですか」
「え、ええ……どうだろ」
 確かめるように続けられた答え合わせの結果は間違っていなかった。話の流れに沿って尋ねるのに何ら違和感はない。ただ、私にとって都合が悪かった。それだけ。
 安室さんに会いたいか。選択肢が二つしかないのなら、即座に選べる。三つ、四つ、自由回答と選べるなら、きっと四角いスペース一杯につらつらと書き連ねると思う。もしかしたらはみ出して裏面まで書いてしまうかもしれない。
 緑さんや刑事さんたちの時みたいに笑って誤魔化しておけばよかった。
「会ったら言いたいことはたくさんあるんですけど」
 あれだけ語った後に嘘をつくわけにもいかないから、正直に続ける。
「少し、怖くて」
「榎本さんは、会いたいですか?」
 私の誤魔化しなどまるで無視するかのように、降谷さんは重ねて尋ねた。もはや降谷さんというよりも、壁に向かって話しているような感覚がする。テレビスタジオのセットみたいにスピーカーから質問が流れてくるような、薄膜を隔てているような距離感。
……たぶん」
「たぶん」
「嘘です! 会いたいです!」
 疑うような目線に慌てて声を上げた。
「はははっ、そんな大声出さなくても聞こえますよ」
 笑い方が、声がどこか覚えのあるような気がした。瞬きをしてもう一度見ると全くそんなことはなくて、気のせいだったのだと思わされる。安室さんの話をしたせいか、どこかにいて欲しいと探してしまう。
 どうやら降谷さんは返答が気に入ったらしく、さっきまでの真面目そうな顔はどこかへ消えていた。私はちっとも楽しくないのに。
「榎本さん。……一緒に探しませんか?」
「え? 誰を?」
「安室って男を」
 え、の一文字が口から漏れて思考が止まる。カップが口角を上げたままの口元まで運ばれる。喉が一回、二回動いてから空のカップが置かれた。ハムサンドが乗っていた皿もコーヒーを淹れたカップも空、これ以上降谷さんがポアロにとどまる理由はない。お会計後、退店するまでに返事をしろということか、それとも。
 予備校帰りの女子高生の声が外から聞こえてくる。安室さんに黄色い歓声を上げていた子もその中にいるのが見えた。ポアロのことなど気にするそぶりもなく通り過ぎて行く。もう安室さんのことなどすっかり忘れているのかもしれない。
「会いたいってさっき言ったじゃないですか」
「い、言いましたけど、だって」
 探していいと思えなかった。猫のような人だったから。
 気になる謎があればポアロのシフトを放り投げていなくなってしまうとか、作ってみたいメニューがあれば突然期間限定メニューでいれてしまうとか。ただの同僚としては随分と近すぎる距離感とか、その割に一定以上踏み込めないだとか。
 そもそも安室さんがいなくなってから数か月、二か月は経っている。ただの職場の元同僚が探すには随分と遅すぎる気がした。
「突然音信不通になった元同僚を探してはいけない、って法律はない」
「法律」
 想像をしていなかった言葉に、思わずオウム返しをしてしまう。探してはいけないと決められていなくても、普通の人は探さないだとか、もし自分が探されたら不気味だしストーカーっぽいじゃないですかとか。
 変化球の対応が甘いと米花町ライスフラワーズでも言われる私は、現実でも惑わされていた。
「法に触れたり、倫理や道徳に反しなければ、誰が誰を探したっていい」
 降谷さんの長い指が二本たてられる。得意げに説明する人と若干引きながら話を聞く人、これが店員と客の関係でなければ宗教勧誘のそれに近い。
 何より、私が話に納得してしまいそうだった。
「降谷さんからしたら他人なのに?」
「ポアロに通う身としては他人ではないですよ」
「会ったことも、話したことも」
 どうにか足掻こうと反論を探しても碌な理由が出てこない。このままでは降谷さんに言いくるめられてしまう。
 安室さんとああだこうだ言い合ってた時もそうだった。にこにこしているのが余計に気に食わなかったっけ。たまに、極たまに安室さんが言葉に詰まると、あらゆる手で誤魔化されたのを覚えている。そしてその様子を見るコナンくんの呆れ顔も。
「ありませんが、僕はハムサンドの味を、安室さんの味を知っています」
 ほら、このハムサンドは安室さんのレシピなんでしょう。この話のきっかけになった私の言葉が剛速球で返されて、バントすら打てない。ツーアウト満塁バッターピンチ、残念ながら交代で出てくれる安室さんはいない。いないからこの話になっているのだけど。
 言い返せる言い訳は、もう残り一つしかなかった。
……連絡もつかないのに?」
「ええ」
「どうやって?」
「僕、こう見えて人探しは経験豊富なので」
 自信満々な返答は回答になっていない。拍子抜けのような、なんというか。それでも一瞬、ほんの僅かな時間、降谷さんが安室さんなら何も知らないと言い張ったって、そう考えた。そんなことがあるはずもないのに。
 猫は死期を悟ると人前から消える。猫のような安室さんが、何かの都合でふらりと消えて戻らないのは納得がいく。いっそ、戻ってくる方が不自然な気さえする。そんな人をどうやって探すのだろう。
 顔面に困惑の二文字を貼り付けたまま、冷めたカフェモカの水面を揺らす。はたから見れば俯いたままの女店員と、その店員を眺めている男性客。不穏な空気だ。煩いぐらいに主張する降谷さんのスマホは黙り込んだままで、助けになってくれそうにもない。
 困った時は情報を整理しましょう。そう、脳内で安室さんが得意げに言った。
 連絡がつかない人を探したことがある。例えば親しい人が度々いなくなってしまったとか。忙しそうな降谷さんにそんな時間があるとは少し考えにくいし、親しい人が度々いなくなるような交友関係は少し心配になってしまう。
 とすると、お仕事関係かもしれない。インフォメーションセンターの人……はなんだか違う気がする。ピークタイムを避けてくるところはあっていても、モールやデパートではポアロまで出てくるのは大変。それに、降谷さんのスーツは制服ではなさそう。
 他に人を探すお仕事といえば、刑事さんか、探偵さん。常連の刑事さんも毛利さんも毎日スーツを着ているし、よく人探しをしている。けれど、刑事さんが探している人は大抵事件の容疑者か被害者で、安室さんのように自発的にいなくなった人を探すお仕事ではない。そうすると、降谷さんは。
「探偵さんなんですか?」
「いえ」
 違いますといわんばかりに首を振られる。後はなんだろう。
「うーん……なんでも屋さんとか」
「その二つはほぼ同義だよ」
「ええ、でも他に人探しが得意なのってもう犬とか……
 そういえば、さっきまで考えていたアイデアを言っていない。慌てて口を開いた瞬間、目の前にチョコレート色の四角が現れた。
「あはは、当たらずとも遠からず、ってところかな。秘密ですよ」
 四角が開かれ、二倍の大きさになる。何度か見たことのある紋章と、目の前の人の証明写真。警察手帳だった。つまり、降谷さん……降谷零さんは常連さんたちと同じ警察官らしい。
 視線が名前から一行上の階級へ移ろうとしたところで、音をたてて手帳が閉じられた。
「じゃあ状況整理から始めよう」
 手帳と入れ替わるように小さいメモとペンを取り出された。なんとなく不釣り合いなサイズで可笑しい。
 改めて折りたたみ椅子に座りなおすと、容疑者にでもなった気分だった。
「まず、名前は?」
「安室透さん。安全な室内の安室に透明の透」
 指先が空中に書くように動く。いなくなってもなお残る痕跡が嫌でも忘れさせてくれない。マッキーで上から書き換えたシフト表、ロッカーの名札、よくわからない私物の調味料と調理器具。一つも目に入らない日はない。
 さらさらと動いていたペンが止まり、降谷さんがこちらを見た。
「年は」
「たしか六つ上だから……三十歳?」
「榎本さんが二十四なら三十だ」
「あっでも誕生日知らないから、もしかしたらまだ二十九かも」
「そうすると三十一の可能性もあるな。……住所は?」
 指を折り返し数えている間に書き終えたのか、あっけなく次の質問が飛んできた。
 住所、住む場所。知らない。安室さんは私の家を知っていたけど、私は安室さんの家を知らない。探偵さんだから知っているんだろうと不思議にも思わなかった。だって、私と安室さんはポアロを介してしか関わらなかった。
 買い物にもカフェにも行ったし、博物館だって行った。でもそれはポアロの買い出しや新メニュー考案のため、マスターにチケットを渡されて行っただけ。決して仲が悪かったわけじゃない。いっそ逆で、炎上したりからかわれるぐらいだった。
 それでも安室さんはポアロの同僚という線を越えて私に関わる事はなかったし、私もそうしていた。
……マスターなら知ってる、かも?」
「不明、と。電話番号は」
「知ってますけど……出たことないですよ」
「ショートメッセージも?」
「はい。何度かマスターとかけたり、ショートメッセージもチャットも送ったけど、一回も」
 最後に送ったのは先週、もちろん返事はない。突如音信不通になる安室さんへ無意味に連絡を取ることは随分と前に辞めてしまった。この間の連絡だってロッカーの中身についてで、ポアロの都合でしただけ。心配だとか、そういった感情に応えてもらおうと思うのはとうの昔に諦めてしまった。心の底から申し訳なさそうに謝る人に要求できるほど無神経になれなかった。その代わり、一つだけ理解したことがある。
 私はこの人の人生に一瞬だけ出てくる脇役にすぎない、こと。
……そう、ですか」
「マスターとは忙しいんだろうなって」
「にしても不義理だ」
「いいんです。安室さんだから」
 辞める前から安室さんはそうだった。だから眉間にしわを寄せて怒りを見せる降谷さんのほうがいっそ慣れない反応。
 マスターも私も、欠勤の連絡一つで長期間いなくなる安室さんにすっかり違和感を持たないでいた。もしかしたら、普通の人はもう少し前もって連絡をして、もしかしたら辞めた後もちょっとは連絡を取るのかもしれない。でも、安室さんは所謂普通じゃなかった。それだけ。
 そうやって、の後に続いたはずの降谷さんの声が賑やかなバイクの音に消えた。吐き捨てるような低い声だった。
「どうかしました?」
「いや、なんでも」
 無理に続きを聞くことはしなかった。降谷さんとの距離感はこれがきっと正解。そんな気がした。
「ええと、知人や家族は」
「わかりません。あまり、そういった話はしない人だったから」
 本当は少しだけ知っている。飛田さんという安室さんの助手のような人がいること。二階に住んでいたコナンくんと仲が良かったこと。近所に住む沖矢さんとは仲が悪かったこと。どれも私だから知っていることではなくて、ポアロに来る人なら少しずつ知っている。
 改めて言う気にはなれなかった。
「そういえば、捜索願は出しました?」
 普段聞き慣れない単語に思わず首をかしげた。捜索願、聞いたこともふんわりとしたイメージも……ある。たしか、ドラマで見たような。
「あ、ドラマで見たことあります! 警察署で申請すると探してくれるって」
「はい。それです。出してますか?」
 降谷さんの指が空中を四角く区切った。書面のつもりらしい。
「え? 家族以外でも出せるんですか?」
「出せますよ。家族の他に恋人や雇用主が」
 せっかく複数条件が挙げられたのに、一つも満たせない。結局、私は好きなコーヒーの淹れ方を知っているだけの、他人。
「うーん……今度マスターに聞いてみます」
「はい。お願いします」
 そう言いながら傾けたカップはとうの昔に空で、少し気まずそうに視線を逸らされた。
「さて、僕は警察官で、人探しに慣れていると言った。……とはいえ、出来ることは榎本さんと大差ない」
「そうなんですか?」
 刑事さんはほら、聞き込み調査だとか防犯カメラから追跡だとか、私には出来ないことをしている気がするけど。降谷さんの感覚としては違うらしい。
「ええ、まあ。業務範囲外だから調べるにも限界がある。でも、情報を一つずつ整理することは出来る。雑多な状態では見えるものも見えない。……それに、内部の動きも分かる」
 降谷さんの言葉が右から左に流れていく。いくらカフェモカで糖分を補給したとはいえ、疲れた頭に難しい話は難易度が高い。ふうん、と安室さんの話のように聞き流していると、わざとらしい咳払いの音が響いた。
「必ず、榎本さんの役に立つことは保証します
「頼もしいなあ」
 真面目そうな表情に顔が何だかポアロに不釣り合いで、つい茶化してしまいそうになる。三秒ほどそのまま見つめ合って、二人して吹き出した。
「あはは、手伝ってくださいよ」
「もちろん!」
 ポアロの店員とお客さん。その関係に一つ追加された。安室さんを探す名目の依頼人と、請負人。こう表すといけないことをしているような気がしてくる。毛利さんがよく結んでいる関係なのに。……毛利さんといえば。
 急いで立ち上がり、降谷さんの隣まで駆け寄る。右側、じゃなかった左側に回り込んで、右手を差し出した。困惑する降谷さんに向かって続ける。
「えっとこういう時って握手を……してたな、って。毛利さんが」
「あ……ああ、なるほど。改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。降谷さん」
 他にお客さんのいないポアロで挨拶をしながら握手をする。安室さんがやってきた時と似ている、そんな気がした。


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