店の内外問わず人気のない日に時間。再び顔を見せる時のリスク回避として組み込んだそれは、期待以上の働きをしていた。つまり、水入らずの時間は安室透であったときの距離感に戻るには十分な時間を確保でき、相応の位置に落ち着けたということだ。
ここに、ポアロに来るまでに長い時間がかかった。日々の中で忘れられているのではないか、来たことにより何かに巻き込むのではないか、など。一つ一つに答えを出し、手続きをし、どうにか今に至る。
「梓さんは変わったことはないですか?」
ポアロで少し女性客が減ったとか、着る服の傾向が少し変わっただとか、文章からわかることは知っていたとはいえ、本人の口から聞きたかった。僕が辞めた後に何を思い考え、変わったのか。
「私ですか? うーん、安室さん……じゃなかった、降谷さんほどのことはないかなあ」
「僕ほど、ということは何か?」
「その、色々と」
誤魔化すように笑うのを黙って見つめた。六秒以上目を合わせ続けると恋に落ちるらしいですよ、といつか雑談で安室が言ったのを思い出す。三、四。五秒目でコーヒーサーバーに移った。
「コーヒーのお代わり、いります? サービスしますよ」
確認するようにこちらを見ているようで、一つ右隣の誰もいない席に視線が向いている。照れたのか気まずいのかわからないが、なんとなく寂しい。
「お願いします。ちゃんと払いますから」
「いいのに。せっかく来てくれたんだから、少しぐらい何かしたくて」
声音も表情も最後に見た時から変わらない、参考にしたカフェ店員のそれで、食い下がろうとするこちらが迷惑客であるように感じられる。いつか梓さんをナンパしていた男同様に何の大義名分もなく、私利私欲に違いはない。
「じゃあさっきの教えてくださいよ」
「今日の安室さんはしつこいですねえ」
何もなかったとは言わない。何かはあったが、言うほどでもないだとか、僕に言う必要はないと突き放される。安室だったら素直に教えてくれただろう。今更失った偽物は取り戻せない。
「降谷です」
「そうでした」
「じゃあ、こうしましょう。僕が質問をするので、梓さんは、はい、いいえ、どちらでも無い、で答えてください」
自分から言いにくいのであれば、情報をもとに推測する方が心理的負担が少ない。何か疑問を持たれたら推理だと言えばきっと納得してくれる。
「え? いいですけど」
なんでそんなまわりくどいことを、と言いたげな梓さんを笑顔で誤魔化す。数年ぶりにした安室風の笑顔はまだ梓さんに効くらしい。
「ありがとうございます。では、マスターお変わりないですか?」
「はい。って、さっき会いました……よね?」
「念のため確認です。では二つ目、マスターは僕のロッカーを片付けましたか?」
「はい。一昨年の……冬に」
少し眉間に皺が寄った。これは言いにくい内容らしい。梓さんには悪いが一つ追加することにした。
「ふむ。梓さんは片付けを手伝いましたか」
「……どちらでも無いです」
若干戻りつつあった視線がまた隣の席に向いた。これ以上はやめておいた方が無難だろう。
ここまでにわかったことは、マスターに変わりはないこと、特に表情の変化もないことからおそらく本当に何もなかった。次に、安室透のロッカーは一昨年の冬に片付けられていること、こちらは逆に梓さんにとって不愉快だった。
仮説を裏付ける根拠をさらに得るため、趣向を変える。
「方向を変えましょう。コナンくんはこの一年で来ましたか?」
「いいえ。親御さんのところに戻られたとか聞きました」
「そうなんですね。蘭さんや園子さんと変わらず恋愛話をしていますか?」
「はい。つい揶揄われると話しちゃう……いえ、なんでもないです!」
己の望む内容ならば、ここで追求すれば一発で判明するだろう。ただ、まだ他にも可能性は残っている事を考えると、それ一つに絞るのはまだリスクが大きい。
「詳細に聞きたいところですが、先ほどの選択肢で答えられるような質問ができないので止めておきます」
「よかった。……にしてもなんだか不思議な感じ」
「不快でしたら」
止めましょう、という言葉を嬉しげな梓の声が遮った。
「いえ、楽しいです。安室さ……降谷さんの推理を聞くのは久しぶりだから」
「推理かはわからないですが、楽しんで貰えているなら続けましょうか」
「えへへ、なんでも聞いてください」
そう言いながら、梓は猫柄のマグに残っていたコーヒーを注いだ。とっくにラストオーダーの過ぎたポアロにはもう誰も来ないと見越して。
たとえ梓さんがこの後顔を赤らめようと、青ざめようと。誰にも邪魔されることはない。
「お言葉に甘えて。梓さんは幽霊を信じますか?」
「幽霊ですか? うーん……」
のんびりコーヒーを飲みながら考えている。飲むなら隣にどうかという誘いは、すげなく断られたので立ったまま。安室の時とは立場が違うのだと改めて言外に示された。
「答えづらければどちらでも無いで大丈夫ですよ」
「どちらでも無い、で」
おそらく正確には信じたくない。もし幽霊の存在を信じているのに言い淀むのであれば、降谷さんは信じていなさそうですよね、といった文がついていただろうから。
「うーん」
「わかりそうですか?」
わざとらしく悩んでみせれば、少し期待の入り混じった視線が正しく降谷に注がれた。
ロッカーの片付けが不愉快だったことからおそらく安室透関連。恋愛話の質問の後にコーヒーで誤魔化そうとする。幽霊は信じたくないが現状何とも言いづらい。
最初に立てた仮説が確度を持ち始めたが、そのまま述べてもし外した時への恐れが以前として残っている。この人と共に時を過ごせないことよりも、距離だけを取られる方が受け入れ難く、勇気がいる。
「この間会った少年も言っていた通り、人の心を推理するのは難しいな、と」
「降谷さんにも難しいことってあったんですねえ」
「僕をなんだと思ってるんですか」
少し冷えたコーヒーを飲みながら様子を伺う。あなたの隣に立っていた完璧を装った男は架空のものだったのだと言いたい感情を抑えて待つ。
「それを推理で明かすのが探偵さん、でしょ?」
「これは一本取られました」
物証や証言に基づき物事を解き明かしていく点については探偵も警察も変わらない。梓さんの変化や僕をどう思っているかなどは探偵の領分だと言えよう。
カップを置き、一つ小さな深呼吸をした。とうの昔にバーボンも止めていてこういったことを言うのは久しぶりで少し緊張する。
「では最後に」
降谷零は安室透ではない。だから、僕は梓さんがおそらく好きな男と同じ外見、声と少し似た思考を持つ別人。君は変わらず僕が思い続けた人。
楽しげに笑う梓へ、降谷は今までの情報から得た答え代わりに言葉を紡ぐ。
「明日の夜、食事なんていかがですか」
「え?」
戸惑いながらも少し頬を赤く染める人を確実に仕留めるように続ける。冷静に考えさせるな、困惑させつつも浮かれさせれば彼女は話に乗る。
「気になっていると言っていたお店でディナーを食べ、近況を話しながらイルミネーションを見ましょう。ただの、久しぶりに会った元同僚とご飯を食べ、他愛もなく話すだけです。ええ、元同僚ですからお客様と出かけるわけではありません。デート、そうですね。梓さんの恋人ではありませんから、デートではありませんよ。安心してください」
一息、けれど梓が口を開く前に降谷は続けた。
「ただ、その元同僚はあなたを愛していますが」
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