アユム
2024-09-14 21:20:21
3564文字
Public khmdワンドロワンライ
 

湯気香る

こは斑ワンドロワンライ【ラーメン】ラーメン店紹介の仕事を受ける二人。解散してない時空

 それは長い夏の延長の、暑い暑い秋口のことだ。つむぎが少し困りながら渡してきた次の仕事の書類。斑はそれをぞんざいにミーティングルームの机に放った。呆れ顔で。隣のこはくの顔も硬い。

「俺たちに〝秋の秘境開拓スペシャル!取材NGラーメンに挑め!!〟……いやあ、これは君たちCrazy:Bの仕事じゃないかあ?」
 斑が呆れて素っ頓狂な声を上げるのも仕方ない。その書類の煽りのまま、何組かのアイドルやお笑い芸人たちがプライペートで好きなラーメン店を紹介する企画だった。なぜDouble Faceにオファーが来たのかもわからない。出演者任せの適当な作りの番組のように見える。当然こはくも更に訝しそうに眉を顰めた。
「そっちこそ。こんなんMaM向きの仕事やろ。わしらのイメージと180℃違うクリーンなもんやで?」
「うーん……
斑は唸る。
「Double Faceの方向性としては受けない方が今後ためにもいいとは思うが」
 すっかりリーダーらしい言い草でジャッジする斑を横目に、こはくの口角がこっそり少しだけ上がる。事務所の冷房が二人の跳ねた髪を踊らせ続ける。
……まぁ、そんだけ平和になったっちこと、なんやろな」
書類を睨む斑の横顔。口角を上げた次は少しだけ目を細めて、普段はきりりと釣った男前の細い眉を柔らかく下げて。こはくは呟いた。
 ――そのしばらく後。
「簡単にそうとも言いたくはないが」
ほんの少し、ほんの少しだけ、斑の声に熱がこもる。ふと、柔和な笑顔を左隣に向けて。
……まあ、そういうことなんだろうなあ」
……後暗いことも、血なまぐさいことも。みんな、このまま少しずつ減ってくんやろか」
 そしてこはくも続けた。いつもよりも穏やかな笑みで、ひとつひとつの足跡を確かめるように。

 彼らの犯したことは決して消えない。消してはならない背負うべき十字架だ。それでも、それすら二人の軌跡であることに変わりはない。ずっと胸に秘め、抱え、苦しみもがいて生きていかなればならない。それでも――
 
……この仕事、受けるか? こはくさん」
にっこりと太陽のように豪快に微笑む斑の、相棒の気持ちをわからないこはくではない。
「よっしゃ! 店の紹介したらそのままラーメン行脚するで! 受けて立つわ!!」
 大袈裟なぐらいに腹を抱えた二人の笑い声が重なった。
 きっと全てを抱える覚悟も抱いて。


『オススメのラーメン店は?』
斑が紹介したいと事前アンケートに書き込んだのは、ラーメン一等地を外れた路地裏にひっそりと構える博多豚骨の店舗であった。美味しい美味しいと通の中での噂はあるものの、そもそもが取材お断りを掲げた店だ。今日も取材どころか店に入ることができるのかも怪しいのである。
「俺はここのラーメンが大好きだから、こはくさんにもお勧めしたいんだよなあ! もちろんテレビの前のみんなにもスタッフさんにも!」
店の暖簾の前で斑は声高に豪快に、明朗に叫ぶ。
「ああもう喧しい! 取材NGに拍車かけんでええねん!」
「よおし! ここは俺が交渉してこようじゃないかあ!」
……大丈夫なんかあれ……
 そして諌めて呆れるこはくの顔をアップでカメラに収め、スタッフたちは笑った。これが彼らの〝お約束〟なのだと、少しずつだがテレビの前にも浸透し始めている今を、平和と言うのだろうか。

 待つこと二十と数分。
「OKだぞおおお!! こはくさんおいでおいで!!」
暖簾の向こうから手招きしながら斑が叫んだ。
 
「今日はよろしゅうたのんます」
そうして未知の店内へと足を踏み入れた二人は、木目に油の染み込んだカウンターへ並んで座った。更に初体験であるこはくは緊張し、壁に貼られたメニューと睨めっこを始めることとなる。

『にんにく、紅生姜自由』
『スープを麺に絡めて啜るべし』

 いかにもラーメン屋らしい文句も並ぶ中、殊更派手に壁に刷毛で書かれたいちおしメニューは、特大角煮と1週間漬け込んだ焼豚、秘伝のタレに漬けた味たま、飾られた大きな大きな海苔が二枚。追加トッピングにはメンマもある。
「こ、これで八九〇円なん!?」
 こはくは大声で仰け反った。決してわざとではない。しかし撮れ高が高いと、さぞスタッフは喜ぶことだろうそのリアクション。
「そうだぞお! 美味しくてお財布にも優しいなんて、店主の努力の結晶だ! 本当に頭が下がる思いだなあ!」
「ほんなら、どんなお味か実食やね!」
そして二人の声が重なる。
「『全部のせ豚骨』で!」
続くこはくの迷う声。
「わしはえーと、塩豚骨で、油少なめ……? でええかな?」
「麺の硬さはどうする?」
間髪入れずに斑が尋ねる。さすがこの店に足を運んでいるだけあり注文にも慣れたものだ。
「硬さ!? あ、ああ、えぇと」
「博多の味ならバリカタだよなあ?」
「ほぉん、硬いんやね? ……なぁ、店主はんのお勧めはあ……あります、か?」
急に店主へと視線を向けて緊張したこはくに、顔を顰めていた店主の表情が僅かに綻ぶのをカメラが捉えた。
「うちの味なら粉落とし」
「粉落とし!? 初めて聞くことばっかりや……
「粉落としは三秒しか茹でない通向けの硬い麺だなあ! よおし! 俺もそれにするぞお! にんにくと葱はマシで頼む!」
 斑の心底嬉しそうな声が店内にこだまして、溢れかえる湯気が揺れた気がした。

 それから僅か二十秒。サービスだというトマトサラダがカウンターに並んだ。こはくはその珍しさに目を見開いた。ラーメンにトマトサラダという発想がなかったのだろう。件のトマトの上にはスライス玉ねぎも散らされ、シンプルな酢が主体のオリジナルドレッシングもたっぷり。そのことは斑が、それはもう嬉々として説明した。
「いただきます……って、うんま!! ……あっ痛!?」
冷蔵庫から出したてのトマトはキンと冷えてこはくのこめかみを直撃した。隣の斑も同じく顔をしかめて笑う。
「びっくりしたわ……。トマト、半分凍ってるからシャーベットみたいやね。シャリシャリしてわしは好きやなぁ」
 先程から続くこはくの褒め言葉と咲き続ける笑顔に、どうしたものかと店主が不器用に笑う。そして、一度だけ斑に目配せして店主は厨房へと動いた。
「あいよ!!」
予想よりずっと早く、恐らく具の盛り付けも含めて三十秒と少し。店主のガラガラ声とともにラーメンがカウンターにどっしり鎮座した。
「うーん! いつ見ても豪華だなあ!」
「ほんまに全部乗せや!? でっか! 
こら湯気まで美味しいはずや……
すっかり興奮しきったこはくの声は止まらない。斑と店主は再び目を合わせ、その姿を見守る。
 
「ぅあっつ!」
「こらこら火傷してしまうぞお?」
斑の笑い声と麺の熱さに負けじと、こはくの箸は進む。
「んま! えっ、美味いわ普通にうんまい、美味しい、なんやこれ角煮が蕩けよる! 麺にスープ吸い込まれとるし!」
「はっはっは! 君、食レポ向いてるよなあ!?」
「やかましい! からかうな!」
喧しくもなければからかってもいない。今回ばかりは斑の言ったことは真実だ。もりもりと頬を膨らませてラーメンに熱中するこはくの頭を見ながら、
……いや、そりゃ嬉しいものですよ」
店主の掠れた声が漏れた。
 こはくはラーメンを食べる手を止め、一瞬斑の顔を伺う。斑もまた同じだった。そして店主の言葉はこぼれる。
「初取材、ね。その、……ほら、あなたたちに来ていただいてよかったかもしれん」
 そう告げてはにかんだ店主の顔を忘れることはないのだろう。ほわりとこはくの頬も緩む。
「店主はん! おおきに!」
「ありがとうございまあす! 嬉しいなあ! 幸せだなあ!」

 ――彼らの犯したことは決して消えない。消してはならない背負うべき十字架だ。それでも、それすら二人の軌跡であることに変わりはない。ずっと胸に秘め、抱え、苦しみもがいて生きていかなればならない。

 それでも、今だけは二人の言葉と笑顔が全てだった。

 番組の最後には色紙にサインとメッセージを残す。そんなお決まりの企画。

〝ありがとう! 美味しかったぞお! 三毛縞斑〟
〝おおきに。また来ます。桜河こはく〟

 斑の大きな文字にこはくの達筆。そしてサインに添えられた日付と、『Double Face』の、そのユニット名。はにかんだ店主の唇がありがとうと形作る瞬間。
「また来てね」

 その色紙がいつか油に汚れても、色が褪せても、それでもいつまでも、ここで光り、在り続けるのだろう。

 湯気香る秋のことだった。

fin.

こは斑ワンドロワンライ
【ラーメン】
60min+15min