・2020.08.23『弐記〇一』再録(さいごのもののみ、発天/天発お任せ仕様)
▼弐記〇一・目次
◇書物〇一: 油断/発天【※ふんわり微エロ要素含む】
護衛がてら肌を重ねる習慣を積み重ねてきて、ふと、尋ねる天化。似たところのある二人。
◇書物〇二: 打ち返し/発天【※ふんわり微エロ要素含む】
ゲーム『仙界伝弐』をベースに、自分が実際にプレイして一旦エンディングを迎えてみての多少の自分のところ版要素を加えたため、少し改変要素があります。
自分のところでは超頻繁に武王&じいちゃんにあいさつに行っていたので、エンディングが少しそれとは異なることを明言していたのでウワーッ太乙先生すみませんゆっくり再会できてます!!!!!!となっていました
…さておき、とにかくすばらしすぎるエンディングでした!
※天化と姫発が以前から肌を重ねている前提で、ふんわり言及があります。
◇書物〇三: 再会/飛刀を要に、姫発と黄家の話(発天)
『仙界伝弐』をベースに。飛刀が発天の要になっていることや、紂王の人生における発と天の役割がとても好きです。
天祥は天化の傷のことを知らされないまま余化の元コレクション飛刀を相棒にしていて、けれども弐で余化と対峙する前にはそれを知らされた、それを受け止められる成長をしたと判断された。そういう解釈に基づき、秘密を人間界で共有する姫発と飛刀の間柄に非常に趣深さを感じ、まとめてみました。
全体的に少ししんみりしているかもしれませんが、ラストは甘めです。天化も途中から出てきます。
◇書物〇四: エアペーパー! 姫発と天化の関係性最高だぜ! の巻・収録
◇書物〇五: ※発天でも天発でも/この世界でこの世界を愛でる(天化サイド) +REPLIES: 愛は眼からウロコの出るもの(姫発サイド)
『仙界伝弐』で天化と天化を封神した兵士の会話イベントを見て、天化にとって平和な人間界の親方武王姫発ってどんな感情を抱かせる存在なんだろう、と、なおさらにワクワクしました。弐の最中で姫発への感情を自覚する天化。+姫発視点。
◆油断/発天【ふんわり微エロ要素含む】
「
…王サマは、親父さんを超えたい、って、思ったことあるさ?」
その問いは、唐突すぎたのだろう。せめて稽古のあとか はたまた猛勉強の際なら、ずうっと自然だっただろうに。案の定、その相手、姫発、すなわち武王はきょとんとしてから、ムードのぶち壊しだなんだとモニョモニョ言いつつむすっと文字通りくちびるを尖らせる。そこに天化は、一転へらり顔。「
…悪かったさ。分かりきったこと訊いて」とあやすようにひとこと、頭に軽く手を添えてこれも文字通り咬みつくようにキスをした。それにまたびっくりしたような姫発のあどけなさ。転じる、雄の顔。舌を絡め取られて、むぐぐっ、と、息つく間もなく攻められる。王サマ、その男ぶり、せめて稽古のときに見せて欲しいものさ。言えた義理ではないことを天化はぽうっと蕩けるあたまで思う。
シンプルな目的の行為に曖昧さがオプションで付いていくことは、どうしてこんなにも、あるものなのだろう。その揺らぎたちはどうして、直球を明瞭にするのだろう。天化の気性は真一文字。蛇行すら、自身にはあり得ないと思っていた。けれども例えば火竜鏢。不規則な動きを、おもしろいと思った。それでも自分にはやっぱり剣だと思った。それから護衛という任務。守る対象が姫発であること自体は、ある意味、どうでもいい。単純に、天化の父、武成王黄飛虎が武王姫発を掲げる国づくりに尽力している。だから自分もそれに注力する。ただそれだけだが、姫発の傍に居れば強敵と戦えるのは確かだ。そのことは、言っては悪いがおもしろい。そしてもうひとつ。きっかけは、忘れるほどにささいだったが、どちらともなく重ねるようになった肌。彼の夜遊び抑止だっただろうか? 自分も悪くはないと確認できたので続いている。そのただの行為がひとときのまねごとじみた空気を帯びる折々に、天化はあえて、見ないふりをする。最初は戸惑った。じきに、どんと構えられるようになった。これも護衛を兼ねた稽古に過ぎないのだと思ったのだ。ひとときたりとも、寝るときすらも油断のできない立場であることの確認だ。それだけの、教育と鍛錬の場。そこにある憩いはまやかし。それでもそれを、悪くないと、思う。
それからじきに、自分も力量が伸びていく。変わっていく。自分も、それから姫発も。近頃なんて、姫発を最も危険にさらしているのは稽古をつけている天化なのではないかという冗談すら交わすようになった。かと言ってうぬぼれはしない。けれどもその空気を、心地よいと思った。総動員のスパルタで育て上げる、武王、姫発。自分がその一員である自覚が真に生まれたとき、初めてこの任に就いていてよかったと、少しだけ、ほんの少しだけだ。思ったのだ。それはそこにあったぬくもりの自覚でもあり。そのわずかな揺らぎの生んだのが、先ほどの問い。
『
…王サマは、親父さんを超えたい、って、思ったことあるさ?』
平常時の彼だったら、俺ぁそんなガラじゃねえよ、だとか、あるいは、そんな才覚はねぇさ、とはぐらかすだろうか。それとも、真面目に、俺は超えるとか超えないとかそういうことじゃねえよ、とまっすぐに返すのだろうか。自分たちの関係性においてはどちらなのか。それすらも予測のつかないことを、不意にだ。不意に、さびしく、思ったのだった。隙間風が揺らす灯火もない。星月の明かりすらない夜を今日は選んだ。夜目の鍛錬さ、なんて茶化して。それでもそこには、彼、姫発の表面が、天化にどういう姿勢を見せるか、それが曖昧なだけで、本心を見抜いている自負を抱かせていたのだった。この腕に掴むもの。頼もしくないようでちったぁアテになる背中。それをきゅっと、少しだけ引き寄せる。びっくりされて、ばしり、と、その同じ背を叩く。
「
…油断してたさ? 修行不足だぁね、王サマ。もうちょっとばかし稽古してやるさ」
へらり、笑っても彼には見えまいが、ありもしないムードなるものの裾がそこにある気がして、くすぐったい。それを心地よいと言うのならば、別に構わないような気が、この夜闇にはしたのだった。
終
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◆打ち返し/発天【ふんわり微エロ要素含む】
「よっ、王サマ、元気してたさ? っつっても、ある程度は知ってっけどね」
「天化
…! お前
……いや、お前
………うそだろ
………」
それっきり、言葉を失う相手。あんたそんなんじゃまたずぶりと一撃さ? けれども分かる部分もあった。
直接のコンタクトはいつぶりか、哀しいことに互いに把握はしているけれどもそれでも思う。いつ以来だろう。こんなふうに、なんでもない風に、
…と言ったらいささかおかしいかもしれないけれどもまるでそんなふうに顔を合わせるのは。ああ、そうさね、もしかしたらマジでいつ以来かわかんねぇかもね。だって、俺っちはあの頃、まさしく、必死、だったんだ。
神として人間界を手伝いしてきた天化のほうは、武王姫発、そして彼の愛する国 周のことを見守ってきた。だからあまり、ひどく久しぶりという感じはない。ただ いかんせん、今まで もどかしさはあった。自分は直接人間界とやりとりする間に入ることはなかった。別に理由はない。ただその役割でなかったというだけ。私情を挟むほど青春しちゃいない。けれどもやはり、もどかしかった。腹に負った傷をつらそうに見せない武王。その寝床での脂汗。せめて からかうことができれば。そんな干渉はできないことを天化は知っていた。だから今。何の因果かこれも縁。軽くひと撫ぜ、古傷うずく。たとえこれがさいしょでさいごでも。そんな砂粒でも積もるときは積もるもので、もう小山になっただろう。こんなの、すくいようがないさ。
黄将軍こと天祥と武王姫発、それから飛刀の関係性は良好のようで、天祥と相棒飛刀が随時武王に経過報告しにいくと言うので、ことあるごとに天化もついていった。祖父へのあいさつついで、が名目。夜になれば天祥宅を忍び出て城へと向かう。これじゃあまるで昔のあのバカ王サマさ。あれを止めるため、という名目は、いつしか黙殺する理由を増やしていった。近衛兵をひとり、言い含めてある。悪いさね、付き合わせて。視線で謝る必要性を、その責任意識を自身が持っていることにはもう慣れた。
太上老君の夢によって、妲己に敵わないということは知らされていた。詳細は明かされていないけれどもとにかく、淡々と、ひょうひょうとそう、ただひとこと、「きみたちは、今は、負ける」と、そう言われたときの屈辱たるや。天化は師父(コーチ)道徳真君を混沌の封神台から探し出すことを天祥に進言した。必殺技を、得たかった。それから桃源郷でぼうっとふけっていた紂王にも手合わせを願った。戦いの『場』を見ること、それをコーチから得て、自分なりに感じたことを考え、技を進化させる。克己。いつでも、いつも。自分に常に打ち勝ち続ける。そうでなきゃ戦況に対応できやしない。そんなことを客観的に考える自分に、少し驚きながら納得していた。夜のとばりにおいてもその能力を発揮してしまい姫発からは少し恥ずかしがられたけれど、自分だってそれはもう、はずかしかった。ああ、今こうして王サマが動いて。俺っちがああなって、そんで
… 良い修行になると思ったのは、根っからの武人でもない姫発と好色ではない(はず)の天化の手合わせはいつだって予測がつかないことを含む点。もちろん馴れたことも多い。自分がつけたクセ、ついた癖、噛み合う刻。それらのなかの、決して惰性ではないイレギュラー。それがいつも、そこにはあった。
そうして天化たちは、“歴史”の筋書き“通り”に、負けるという未来を告げられることを転機に修練に励み、各地を周り、そうしていざ決戦。そこには本来、それでもなお負けるという筋書きが“在った”。知らされてはいなかった。けれども。特異点、宇宙からのちいさな石ころ。歴史というものがあるとは聞いていた。そこからすればきっと自分たちひとりひとりなんて砂粒にも満たないと思っていた。それが、投じる波紋。少しずつ大きくなっていくその誤差は、胸をざわつかせるだけでは済まないのだろう。
決戦で、天祥たちは、妲己に“勝った”のだった。
「武王に、報告に行きたいんです」
その聞き慣れたフレーズは、いつだって同じ報告を持たなかった。今まででいちばんの、とっておき。それを明かすときあのひと、どんなかおするさね。それが特級の打ち返しをしてくることを、まだだれもしらない。そこに、筋書きはなかった。
終
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◆再会/飛刀を要に、姫発と黄家の話(発天)
「
………あいつら、大事なモン、置いてっちまったな」
『
………うるせぇ』
飛虎は飛刀を、天化はそれが純化された形見であるためのひみつを、それぞれ遺していった。天化封神後、成立した“周”においてはそれを知る者は姫発と飛刀の両名しかいない。時折、否しばしばの訪問者、太公望を除けばだが。そのひみつを当事者の一人天祥が明かされるまでには、長らくの時が空いた。
***
飛刀、飛刀。ひとつ、頼みがあるさ。
…何だよ。どうせ、ろくでもねぇ。
飛刀。天祥には、どうか、この傷のことは隠しておいてほしいさ。
…わかってる。わかってるよ、そんなこと
…
………それから、王サマに、よろしく。
それは自分で言えよ!
じゃあ、俺っち、行くさ。
おい、絶対、テメェで言うんだぞ!
……よろしく、頼んださ。
夢を、見た。そう感じてから否定する。夢なんて見るもんか。ああ、そうだ、少しの間、放っておかれてヒマだったんだ。だから、少しだけ
…少しだけ、拗ねてただけだよどうせ。
天祥の兄貴、天化がオレの元持ち主(いちおうな)余化の原型から受けた傷で苦しんでることは、知ってた。そりゃオレサマは善良な剣だから多少は気にかかる。オレが、余化のコレクションだったオレがここにいてホントにいいのか? 天祥のやつがもし知ったらオレは
……だからって、どうにもなりゃしない。
***
「
…黄、天祥。先頃の意向調査を経て、そなたを我が周の、将軍位に任ずる。
…よろしく頼んだぞ。天祥」
「はっ」
***
『なあ、飛刀。俺、将軍にならないかって、武王から直接相談されたんだ。ありがたく引き受けるつもりだよ。だからさ、飛刀。これからも、俺と、一緒に戦ってくれよ。お前は、今までも、これからもずっと、俺の相棒だ!』
言葉を、失った。何となく察してはいた。けど、あのオウサマ野郎、オレに判断を全部押し付けやがったんじゃないか。へぇへぇどうせ、そんなの、きっとヒガイモーソーだろうよ。
『
…飛刀?』
はっとする。天祥のやつはオヤジに似てガサツなようで機微に敏感だ。オレは今は問題を、保留することを選んだ。いいんだ。いいんだよ、それで。オマエも、アイツも、それが望みだろ。違うのかよ。オレは天祥に言葉を返す。軽口で、混ぜっ返す。今向き合いたくないすべてと。
『
…へぇ。よかったじゃねぇか。ま、そうだな。オマエが、はしゃぎすぎて大ぁ事な相棒のオレサマを忘れてなくて安心したぜ』
『はは、なんだそれ。
…ああ、それにしても、今後は、臣下としてのふるまいとか、しゃべり方とか、もっともっと、熱心に爺ちゃんから教わらないと』
『
…いいんじゃねぇか、そのままで。なぁんにも、変わらない、そのまんまで』
『そんなことないよ!』
ああ、そうだよ。いつかは、変わらなくちゃならねぇ。オレたちは、変わらなくちゃ、ならねぇんだ。内緒事が用をなすうちはそのままでいい。だけど。そんなモンつまんねぇことだって思える日が来たら、その時は。
…いいや、違う。そう変わるんだ、オレたちは。
***
「
…なぁ、飛刀。俺はよ、オメェのこと、信頼、してるんだぜ」
なんだよそれ。ガラでもねぇ。
「オメェだけじゃねぇ。俺のところでみんなが自分の仕事をしてくれてる。そんなみんなのことを、俺は、信頼してるんだ」
アイツのこともか?
「
…もちろん、今までの、この“周”に関わった全員が、そうだ。
…俺は、してたよ。あいつのことも。信頼、っつぅの、ハッキリ言ったことはねぇけどな。はは、言っときゃよかったかなぁ。アイツ、どうせ知らなかったぜ。知ってたのかな」
オレサマが知るかよ。
「
…まあ、それは置いておいて、っつうのもヘンだけどな。天祥のこと、よろしく頼む。
…はは、俺が言うのも、おかしいかなぁ。おかしいよな。俺たち、妙な間柄だよなぁ。なんだかよ、時間の流れに、
…置いてけぼり、くらってんだよな。蚊帳の外っつうかさ。結局、あいつの信念で、妙なモンだよなぁ、いっちばん置いてけぼりくらってる天祥が、オヤジさんの戦力をまっすぐに引き継いでる。当事者、なんだよなぁ」
オレとオマエを一緒にしないでくださーい、オウサマ野郎。
「
…つれねぇなぁ、飛刀。
…けどよ、マジで、頼んだぞ。天祥はいつか、本当の意味で、当事者になる。それが、できるだけ良いかたちであるよう、俺も、手伝えることは何でもするぜ」
オウサマのお手なんざ借りる必要ゴザイマセン。
「
………頼んだぞ、飛刀。俺もよ、たぶん、長くはねぇな」
バカ言え。
「だからよ、示してやんだ。生き様、っつうの? 響きはちぃっとばかし、くすぐってぇけどな。俺は、
…この国、周は、たくさんの、あまりにもたくさんのものを、背負って、犠牲にして、成り立った。そいつら全員に示しがつくような生き方ってやつを、いっちょ、見せてやろうじゃねぇか!
…それがさ、俺なりの、責任ってもんだと思うんだ。俺は、天祥のやつに、堂々と王様してるとこを見せ続けねぇとならねぇんだ。胸張って、オヤジさんや兄貴が体張った国を背負ってねぇと、ならねぇんだ。
…数奇なもんだな、アイツとおんなじじゃねぇか。腹の傷が障ってるんだってよ。なら、俺にだって、できねぇことはねぇよ」
長話は済んだかよ。
「
……よしっ! 一通り話して気が済んだ。
…付き合わせて悪かったな、飛刀」
…今更だろ。
***
“へぇへぇ、オレは、どうせ出来損ないですよ”
久しぶりに里帰りしてみれば口をついて出るのはそんな言葉。ああ、そういやあのオウサマ野郎も、そんなこと言ってたらしいな。伝え聞いただけで、今のやつにはそんな意識なさそうだけどな。
そういえば、オレサマっていう素ん晴らしい剣は、宝貝作りの自称達人、つまりはとある変り者が気まぐれで生み出した、フツーの剣だった。その意味では似たような境遇のやつはいる。気まぐれじゃねぇけど、天祥の師匠、哪吒だとか、雷震子のやつとか。そういや雷震子のやつはオウサマ野郎の兄弟らしいな。いちばん上の兄貴だとか、オヤジさんだとか、そういう存在を亡くしてるって聞いてる。
…なんだかな、似たとこ探して、それで何になるってんだろな。バカなんだよ、オレたちはな。
見ろよ。天祥のやつ、余化の名前すら知らねぇんだ。
***
天祥や飛刀たちは、牧野での四方の聖獣像移動を終え、メインの霊穴を解放すべく、中央へと戻る。するとそこに現れたるは妲己。天祥が飛刀を、天化が莫邪の宝剣を構える。けれど、妲己はどこか弄ぶよう。その招きに応じて天祥たちの目の前に現れたのは、何たることか、紂王、そのひとだった。封神前の安らかなる心地をすっかり忘れたかのように暴走し、拳を向けてくる彼には、当時を知る者なら誰でも胸が締め付けられずにおれないであろうほど。
一度は、倒した。それがまた、復活する。否、させられるのだ。だが、打つすべを飛刀は知っていた。
自身の能力を使うのは、ああ、あれ以来だ。ほら見ろ、天祥なんざオレの能力を知りもしない。とっさのときにそれを忘れずにいた自身の機転に飛刀はうっとりしたくなる。
飛刀は紂王に、その心へと訴えかける幻を見せる。それがあまりにも効果的であった背景に、天化と姫発、両名の存在が大きいことを知らずに。場にいた天化すら、その自覚はなかった。
紂王は、その人生の最期、すなわち封神前、天化との真剣勝負によりぬくもりを、まごころを身に沁みて思い出した。そしてその最期を任された武王姫発。彼は、紂王に、王として、同じ、王として、王らしく、身なりを整える時間を設けた。その新王の心遣いに紂王は、天化によりわずか体温を取り戻した心で、その底から感じ入ったのだ。ああ、よい若者たちに出会った。これからは、こういう者たちの時代になるのだ。そう体感した。彼は心を、すなわち彼の魂の真なる姿をその身に取り戻し封神された。きれいに最期を迎えることができた。だからこそ、飛刀の能力、相手の情や悔いに訴えかける幻を見せるそれが実に効果的に彼を再び救ったのだった。その要につながる地続きの存在。天化と、姫発。彼らは紂王の人生において、よく似た役割を、けれども違う分担でもって、重ねた存在なのだ。
牧野での紂王との “再会”の後、天祥と天化との共闘は続く。さまざまな存在との出会いを経て、天祥がどこか変化していくのを、飛刀はその太刀筋に身をもって感じた。天祥が特に自分の意志をはっきりと示したのは、蓬莱島2に赴いたとき。彼は聞仲相手に、きっぱりと、物申したのだ。飛刀はそのとき、この時、自分に未だ委ねられていたひみつ、すなわち前持ち主余化と天化との間に起きたことを洗いざらい話すことを決意した。天化の意志に関係なくするつもりだったけれども彼も同じことを決めたようで、父親を助け出し島を脱出したあと飛刀にこっそりと話しかけてきたので、よかった。
そうして飛刀と天化は、天祥に、大事な話がある、と、大まかなことをシンプルに説明した。天祥は彼らがこの時までそれを隠していた真意を充分察し、それを責めることも、飛刀への相棒意識を変えることも、余化への憎悪に囚われることもなく、ただわずかに、ほろりと泣いたのだった。天化と、そして父飛虎とがその肩を背を、抱きすくめた。飛刀もその手に、わずか寄り添う。飛虎は既に神界で天化からいきさつを聞いていた。
飛刀が天化に、武王にこの件の報告に行くよう言ったのは、その晩のうちだった。彼は少しごにょごにょと渋って、それからやっと、「
…わかったさ」と、言って闇夜へと消えていった。あいにくとそこまでは、飛刀には見えなかったけれども、彼が豊邑のまちでは城に近い天祥宅の地の利を活かすことなく蛇行して進むことを何となく予測できた。はやく行ってやれよ。時間、なくなるぞ。お節介焼きになったものだ、まったく。
その夜天化は、日の出る直前まで、宅に帰ってこなかった。
それからしばらくの更なる旅を経て、妲己をその目的ごと封じ、崑崙山2へと戻る。天祥が武王に報告に行きたいと言えば飛虎や天化も名乗り出る。そこで太乙が「ゆっくり再会しておいで」と言うので飛刀は笑ってしまい、天化にばしりと小突かれたのだった。へぇへぇ、どうぞごゆっくり。言えば更に、むすりとされた。
終
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◇エアペーパー! 姫発と天化の関係性最高だぜ! の巻/by いしえ from grantieYa・収録
封神って、自我の芽生えと確立、そのかたちの多様性を描いているじゃないですか。特に対比的かつ同一ベクトルなのは天化と張奎ですよね。そして、そういった親/偉大な存在、指標を超える以外の道も認められている。(哪吒の場合は親を認めることが自我確立だった)
その意味で、姫発は、少しだけ天化の先輩であり、同期であり、そして、後輩でもある。彼は天化よりもわずか早く“思春期”に入ることを余儀なくされ、同時にずっと前からその葛藤は彼の自我を押し殺していたのかもしれない。ともあれ、彼は親の遺志を継ぎ、そしてその続きを歩むことを必然とされた。
それでも姫発は当初、意識としては、その役割を父や兄の遺志の名のもとに沿っていた部分が大きいだろう。このころの姫発と天化は、思春期を部分部分でともにした、ダチである。なんとなく、打てば響く。そんな同期だ。もちろん衝突もある。気の合う部分もある。ほどよい距離感。良い同期ではないか。よいではないかよいではないか~~~~
そうして、天化の最後の戦い。それは自分自身の自我、それを確立できるか否かを賭したものだった。彼はそれを成し遂げる。武王姫発に、天化のそれと等しい場面を残して。このとき天化は真に姫発の同期となり、そして、わずか先輩となるのだった。気高き彼らの魂よ。尊すぎる。
さて。遺された姫発はどうしたか。表面に揺らぎは見せなかった。彼は堂々と、王権を得る。民に受け入れられる王として。民のために立ち上がった、王として。その見せ場を支えたのが天化なのだからもうね、もう
………あのシーンすげぇ涙腺と胸に来て嗚咽をこらえるかんじなんですけど同時に姫発と天化の縁深さに悶絶してしまわざるを得ないじゃないですか
………
フジリュー版封神演義の軸である自我との向き合い、それを行なう個々
…そのなかのひとりふたり、それが彼らだ。それだけに過ぎない。けれどそこのドラマ性のディティールがね、こう、ぐっっっ
…と来るんですよね姫発と天化。天化との直接の対比が張奎であるぶん、余計に、天化にとって姫発ってなんだろう?当初はシンプルに共感する相手ではなかったはずだ、と、思わせるんですよね。姫発って結局、天化にとってはいずれ向き合うべき自我、イコール親超えを目指すことの意味、のアイコンだったんだけど、彼らはそれを、あんまり気にかけずにともに過ごしていたんじゃないかな。時々重なる親近感も抱きつつ。
姫発って天化にとっては父親の上に立つべき人間であるか否かを問いたい存在で、そして彼が最後、それを認めていながらも多少の頼りなさは抱いていたのかなぁと思わせる。(自分の目的のためとしてだがおおかたをかたづけ、その上で役割を残すので。)そうすると、それより前の時間、すなわち武成王の没後、武王姫発は天化が追い求める父親の背中にわずか重なる部分もあったはずだ。これが先輩としての姫発の側面。けど、頼りない。父親が本気で仕えた王であってもらわにゃならん。そこで天化が選んだのが、“武王姫発”の確立、完成を手伝うこと。これは父の存命中にはふつうにいち道士として戦力になることだった。父の死後、その道が霞でくらむ。なんのために? どうして、自分は戦っている? 答えを見いだすための戦い。このあたりで危うさを見せながらも、彼は、父の遺志である“真の臣下の道”を見事に継ぐ。その真価をみせてくれる。このとき彼の脳裏に、姫発の笑顔も映っていたのではないだろうか。あっだめだ打ってて泣いちゃう。
なんつうかなぁ、姫発と天化の関係性って、王サマと臣下としては独特で、そう、出会い立てでもまるで教育係かつ遊び相手なんですよね。幼少期からびしばし鍛えたような。そうだなぁ、その意味では聞仲と紂王に少し重なりつつも、どちらかといえば聞仲と飛虎の切磋琢磨のもうちょい実力差があるかんじに思わせる。別作品でたとえるなら『ベルサイユのばら』のオスカルとアンドレの空気感にちょっと近いような。そうすると、父・武成王の対としての子・天化が、まるで飛虎の対としての友・聞仲のように置かれている。ここで天化は、父と子の向き合いの前に、父の歩みをある程度なぞって、似たもの親子だなぁ感を強めている。だからこそ、そこに彼我の区別を生じさせる儀式が必要だった。それがまたいっそうに武王姫発の歩みに重要なしるべをのこしてね
…うん
…
結論! 姫発と天化の関係性が超~~~~~~~~~~~~~好きです!!!!! 終
あっ待って待って追伸!!!!です!!!!!!
姫発と天化って、互いに育て、育ち、育てられた仲なんですよね。なんかね~~、ギムナジウムもの(全寮制学校系)にある独特の思春期共有感みたいなのがそこかなぁ的な
…なんかさ~~、けど、そのギムナジウムにいる思春期ボーイたちを、あるいは各地のまちにいる子どもも大人も“思春期”のものはみなその渦に触れさせながらも独特の空気感で翻弄していく『ポーの一族』のエドガーとアランみたいなとこもありません?? そして、エドガーとアランが彼ら自身も思春期のただ中にあったように、時折衝突したように、それでもいつも、そばに戻っていったように。なんつうかなぁ、つかず離れず、と言うよりもついたりはなれたりそれでも傍が居心地良かったり、みたいな。
フジリュー先生ってベルばらは確実に作中で取り入れてらっしゃいますけどほかの24年組の先生方の作品についてはどうなんだろう。なんか、そこらへんの空気感があるなあと思うです、フジリュー先生版封神。波長が合う。
そうか~~、エドガーとアランに波長が重なる部分があるのか~~!!!! 自分ではすごく納得してますが伝わっているのかわかりません。
あと数行なのでもうちょっと話すこと
…なんか、なんだろう、天化と姫発って完全な対でなく、けれども対になる部分もある、だからこそ自立した個として向き合えるときが来るし、それに向かって時を過ごす、思春期独特の魅力もある。この二人の魅力を端的に言うと、先輩であり後輩であり、そして同期としての時をともにした。そんなかんじでしょうか。 終
以上、言わずもがなでも幾らでも語りたい!でした。
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◆発天でも天発でも/この世界でこの世界を愛でる(天化サイド) +REPLIES: 愛は眼からウロコの出るもの(姫発サイド)
“平和な人間界”。それそのものには、大して執着があったわけではなかった。それでも、父の身を捧ぐその信念。その手伝いはしたいと思った。父の封神後は、それを継ぐことだけに、最初は意味があった。
それを継いで、代わりに続きを成し遂げて。それで父を超えること。それが悲しいながらも目標になった自覚の瞬間。それでいいのか? 問うのは誰か。自分。それは、何か。何が自分を、自分が何を、つくるのか?
『戦争なんざ、元々ろくでもねぇもんだ』
殷との開戦時のスピーチで、武王がそう言っていたことは、誰からともなく聞いていた。ろくでもねぇアンタからそう言われるなんざ戦争ってのも気の毒なもんさ。そう思った。けれど。それが、彼の言うその仕方の無い戦争を経てでもの先にある人間界が、父の志でもあり。ちくり。胸に引っかかるわだかまり。自分は戦うために在る。それが役割を終えたとき、何が残るのだろう。平和な人間界。それを、愛せるのか?
紂王との勝負ののち、一瞬の油断。どすり。突き立てられた剣。ふつうの。ああ、俺っちがこんなんじゃ、王サマなら即死さ。腹の傷は後を引く。不意に、この瞬間彼が無事か、頭をよぎったのは後始末を任せるため丁度浮かんでいたから。それだけのこと。そう、それだけの。
結局、穏やかな心地での封神と、封神台での父との再会は、天化に、“新しい”人間界への慈しみを、確かに根付かせた。父の望んだ平和な世界。その志をともにした、 “親方”武王、姫発。王サマ、あんた、イイコトしてるさ。少しだけ見直したのは、遅かっただろうか? 彼がどう笑ってどんな文句とともに天化の肩を叩くのか、子細に浮かんで、和ませる。ああ。
弟天祥が周の将軍になり、直接的に人間界のスムーズな運営を手伝う、その活躍は神界でも評判だ。父と同じ天然道士の彼を、少しだけ、ほんの少しだけうらやましく思ったけれども、自分には仙道だからこそできたことがある。だから、この道に悔いはない。父黄飛虎と、母、賈氏の子、そのひとり、黄天化。誇りと自信。神のひとりとして、人間界の手助けを少しだけする。少しだけ。人間界。ああ、王サマ、アンタの仕事ぶりもわりと良いようさ? 腹に傷を負ったことは知っている。傷は、どうさ。彼のさきゆきが気にかかるのは、ほんの少しだけ自分に重なるから。ほんの少し。それだけだ。
けれどもある日、神界システムに横やりが入る。久しぶりに、体を持って人間界に下りた。武王に会えば大喜びされバシバシと肩を叩かれたけれども、もう痛む腹のない自分のどこかで、おかしい、なにかがうずく。それを探りたくて無意識に武王のつむじからつまさきまでじっくり注視してしまったらしい。彼からバシリとひとつ大きく肩をはたかれて、ハッと顔を見れば、見覚えのある表情をしていた。彼の護衛をしていたころに、街へと抜け出そうとする、その現場をすかさず押さえたときのあの顔。ああ、なつかしい。すべてが。一瞬にしてよみがえる感覚と、じわり、内側から侵食する何か。それの名前を知らないまま、武王姫発、平和な人間界の親方そのひとを、まあ悪くはないさ、と、かつて稽古をつけた立場の目線のまま、天化は慈しんできたというのに。
平和な人間界。それが父の遺志、そして自分の意志。いつしか愛していた。それを直接運営する存在にだって、そりゃ、愛着ぐらいはわくもんさ? だから王サマ、あんたのことも、ちっとは愛しちゃいるさ? 言えばきっと、軽いもんだな、と返される、その笑顔を、既に知っているようで、本当のところを知りたいような好奇心にも駆られた。感謝もしてるさ。それは重いと言われるだろう。彼のことは手に取るように分かるようで、今ひとつ、掴みきれない。そこが護衛時代は厄介でもあり面白くもあった。ああ、あのころからきっと。すとんと、皮肉なことに腑に、落ちるのを愉快に思えば、迷惑がるだろうか? 否。彼の視線の意味は、きっと とうの昔から、知っていたのだ。
終/下記へ続く
REPLIES: 愛は眼からウロコの出るもの(姫発サイド)
抱きすくめる肩のひとつも持たない。ああ、それは最期に限らず、ずっとそうだった。馴れ馴れしく肩を抱けばいつだって宝貝で脅された。ぎらり、灼くその光に、熱に、ずっと、恋をしていた。気付かないふりをして、遊びのふりでしかコンタクトできなかった。それだというのに。
武王が天化に護衛されていたのは、短いようで長いような、不思議な期間だった。夜遊びに出ようとすれば目ざとく発見され首根っこ掴まれる。それも数回続けば、ぎらり。光線の剣で脅される。どきりとした。それは決して、決して、稽古では決して自分に向けられることのないものであることの自覚。そこにあったそれが胸をくすぐったのは、恐怖心よりも好奇心。否、ない交ぜだろうか? ともかく、それが欲しくて、幾度も幾度も、彼に叱られた。いつかもっと本気で怒れば、そうすれば。なにかがおこるのか、だれもしらない。
数奇なもので、神界システムに横やりが入り、天化がふたたびかりそめのからだをもって、武王姫発の目の前に現れた。天祥には崑崙の皆によろしくとは言ったけれども、よりにもよってこいつを連れて経過報告に来いだなんて言ってない。彼も、誰も、なにもしらない。自分だって。そうだ。だから、なんでもないふうに、いつものように気安く、肩を叩く。ばしばし。できるだけ大げさに。引き攣れる肉体。痛むのはいずこ。いいや、俺は、知らないんだ。
けれどもどうしたことか、彼は気さくなあいさつを中途半端なところでぶつりと切り、じっと、見つめてくる。ああ、そうさ、間抜けなもんだろ。どうせならお前の剣で斬られたかったよ。あの、光る、熱くじりじり灼く、あの剣で。馬鹿げてるだろ。すべてを込めて、そして全てを内側に隠して。ばしりと、ひとつ大きく、彼の肩を叩く。抱きすくめる代わりに。なあ、どうだよ。この眼にも、ちったぁお前の指南の甲斐が宿ってるかい。あらゆる熱を象徴するかのようでそれがたったひとつただ個人のものであることを示す、あの光、あの熱。ここにそれが、宿ってんだ。
今がもしかしたら、さいごの、さいごの機会かもしれない。ありふれたそれが予期せず失われ得るものであることを武王は知っていた。なあ、灼けつくあの光を、お前ぇの眼はまだ持ってるか。その問いがわかりきったものになっている。この瞬間に、全てがスパークし、そして日常に戻る。
終
*あとがき
いしえと申します。サークル名grantieYaは、願い事を叶える人、という意で造った語です。ランプの魔人に因んでいるのですが、その代表格と言えるアラビアンナイトのアラジンは中国が舞台(と表記されたイスラム風の世界観)の作品です。当方の関心が高い、オリエントを西洋がどう認識し扱ったか、というトピックスの象徴と言えるのがアラジン。それに因んだサークル名で中国が舞台の封神の本を出すことは、自分では非常に興味深く思っています。フジリュー版封神は自己形成、目標の達成を主題にした作品でもありますし。
封神自体は2001年前後から大好きで、発天もほぼ変わらない時期からずっと超好きなのですが、発天に関しては閲覧者の立場に徹しておりました。それが最近再燃して、自分でもかいてみたいと思うようになり、文章や絵など、ぽつぽつかいています。こうなるとは思ってもみなかったようで、同時にどこか、いつかこうなりたかったのではないか、という気持ちもあり。感慨深いです。今回の本で主に扱った、封神のワンダースワン版ゲーム『仙界伝弐』も、10何年前から、気になってはいたものの実際のプレイには至らなかった存在。それが最近初めてプレイしてみて、超~~~~~~~~~~~~~~~~~神ってますね
…!!!!!!という状態になっています。そうそう、2001年頃初めて作ったサイト(よろず)で封神を扱っていたのも封神への思い入れのひとつなんですよね。色々経てここに還ってきたかぁ~!と思っている昨今です。
何が起きるかわからない、そんな人生の折に触れ、ここに指標が確かにあったようで今そこから旅路を始めたような、なんとも趣深い心地になっております。
そんな気持ちで書いた作品を、まだわずかですが、収録してみました。推しは発天と飛刀。発天での姫発+飛刀+黄家が超~~~~~~~~~~好きなので、仙界伝弐がそこに手厚くてマジでありがたいです。それでは、また機会がございましたら!
奥付
発行日:2020.08.23( “夏のぱく旅2020”にて)
発行者:grantieYa(ぐらんてぃーや)/いしえ
弐記〇一
歴史を始める
▶歴史を続ける
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・2021.02.28『発恋、愛に天ず』再録
▼もくじ
・日常/発天
天化が姫発用に茶器を用意した話。友達寄りのワンシーンと、それを境に自覚してちゅーするまでざっくり。
・策士には向いてない/発天
駆け引きしつつの無自覚イチャイチャ。平和次元。発の頭の布はロマン。護衛からただの世話係になってる仲。お題から。
アニメのドラマCDの発のセリフを一つ取り入れていますが、アニメ世界というわけでもなく、とにかく平和次元。
・プリン ア・ラ・モード -お気に召すまま-/発天
いつか来るはずの最高究極のプリンちゃんに愛を告げる日の練習をしたいと言い出した姫発と、相手をしてやる天化。
・恋に落ちた瞬間だった/発天
発天が恋に落ちたとき互いの香りに惹かれるという短文。じゃれ合い。無自覚両想いからの姫発の自覚。
・ことだまリレー/発天(+天祥×飛刀)
両親にかつて教わった恋愛なるものを理解していなかった天化と、天祥との無自覚コイバナから、お相手に突撃して、結果としてこれが恋愛かー!って自覚してハッピーエンド。
天化がお酒呑む設定です。やんわり飛虎×賈氏要素あり。
初恋、愛に転ず/発天(で姫発+飛刀の恋バナ的やりとりのみ)<無料配布〇一より再録>
ゲーム『仙界伝弐』時点。天化に好きだと告げたことのない姫発が飛刀に頼んだ伝言と、それに対する飛刀のひと押し。
二曲の歌謡曲からワンフレーズずつを、組み合わせてモチーフにしております。天祥が飛刀をよく王前に置き忘れる(任を担って張り切りすぎると)という設定で、そのとき密談を重ねてきた姫発と飛刀の話。
・渾身の/発天
(※お付き合いして肌を合わせている前提。時間軸無視です! 平和次元)
行為中に爪を引っかけて痕をつけてしまっていたことに日中気が付いた姫発。自分に示しをつけるため、かつての約束を果たすと宣言した。それは天化と付き合うならばその父より強くなければならないという条件だった。勢いに押される天化は、そこまで怒ってはいないのだが手合わせに応じることにする。お題から。
・【ふんわり描写の微エロ】新星/発天
あるとき、天化がいつも通り吸い始めたタバコからは甘くけぶる香りがした。
それが両片想いから踏み出すきっかけとなる(姫発は無自覚、天化としては意図的)かんじで、ふんわり描写の微エロです。
性描写はふんわりですが、戯れております。
日常/発天
コッ。天化の茶器を置く音に、好きだな、と姫発は思う。それは身のこなしそのままに軽やかで、けれどもどしりと、重く、深く腰を下ろすようにずしりと胸に響くのだ。実際に彼はそうするのだが、あいにくとそちらのほうはほとんど音がしなかった。
ずいぶんたっぷり入る茶器だな。それがまだ目新しい品だったとき、そう言ったことがある。天化のやつはきょとんとして、それからどこか、遠くを、見た。そちらを目で追えば空があることが察せられて、姫発は詫びようかと思ったが、開いた口から出かかった音に先手を打たれる。天化は、天化は、にかっと、自慢げに言うのだった!
「
…俺っちが殷に居たころは、毎日、家族で飲茶する時間があったさ。つっても、オヤジはめったに一緒にできなかったし、こっちに来てからは、なおさら、みんなそうもしてらんねぇけどね」
そこには何の他意もなかった。だから姫発も、ひととき立場を置きやり、友としてその話を聞く。
「へぇ。俺のところじゃ、そう頻繁にはしねぇなぁ」
「楽しいもんさ。そんときゃまだ天祥は生まれてなかったけど、いくらしゃべってもしゃべり足りなくてね」
「食い足りないの間違いじゃねぇの?」
ひひっ、とからかえば「それもあるさね」と大真面目ぶって返されぱちくり。けたり、笑い合う。好きな点心の話にひととき白熱し、合間に姫発が茶で喉を潤すのを見て、天化がはたと思い出す。
「ああ、そうそう。そんでね、王サマ。茶器の話に戻るけど。俺っち、王サマの茶汲みするようになってから思ったさ。あのころは、もっと、茶器ってデカいもんだった気がするさ、って」
「そりゃ、体が小さかったからそう感じたんじゃねぇの?」
「あー、そっかぁ。そりゃ、考えたこともなかったわ。道理で、あのサイズのもんはさすがに見当たんねぇなぁ、と思ったわけだ」
「えっ、なに、おまえ、探してくれたわけ?」
「まーね。この街についてはもう王サマより詳しいかもしんないね」
なんてね、と、わらう彼に、ぴたり固まった姫発。少しして気が付いた天化が、首を傾げているが、姫発は頬が熱すぎてどうにも動くということができなかった。火照る顔に水でも浴びせてほしいほど。ちょうど飲み頃の茶を一気に飲み干せば少しは体温も落ち着くだろうか? 否。そんなふうにいっぺんに、飲むことなんてできやしない。
「
…王サマのこと、やっぱ、時々よくわかんねぇさ」
ちびちび、茶を飲みながら天化が自分用のゴマ団子のつづきをつまむ。姫発は、俺はもっとわかんねぇよ、と、返したいくらいだったが同時に、天化という存在の人となりにわずか、わずか触れた心地になっていたものだ。
ひとつ、休憩用の茶を少しでも多くと思ってくれた気持ち。ふたつ、その茶の時間ぶん、ともに駄弁ることに面映ゆさなんて抱きそうにない純粋さ。みっつ、そのために費やしてくれた労力。それになんの気負いも、ないということ。総じてこの天化という存在は、純朴なのだと、思った。けれどそれだけだろうか? つつけば出るはあるいは白蛇。そんなことが頭をよぎった、そこにある根拠はただの直感。
今日も天化は、いつもの音で茶を置いて、大ぶりな動きのわりに静かに腰を下ろし、共に茶を、喫する。ふわり蒸気がくすぐるは胸の奥底。駄弁る時間の心地よさ。幾度重ねても、重ねるほどにおもはゆく頬を照らすかがり火。じりり、灼けつく。
身のこなしが、静かすぎたから。軽やかで、羽衣みたいで、だけど、ずしり、肉体の重さがあって。それをつついてみたくなったのは、衝動と言うにはもっと根深く、根っこがみっしり張って、そうして、そうだ、芽を、出したのだ。
姫発は執務椅子から立ち上がり、長椅子の天化へと、近づく。彼がこちらを見上げる。茶をひとくちのんで、置いた。くいと、えりぐりを掴めば瞬時にむすりとされかかるが、そのきゅっととがったくちびるをひとつ噛むようについばんだ。小籠包のつまみ目のようなそれはいっそうぎゅっとちぢこまり、それからほろりと、ほどける。ぱしり。ぱしぱし、叩かれたのは頬ではなく二の腕。顔をわずか離せば彼の顔は姫発と同じ色に染まっていた。ただひとこと、「
…すきだ」と告げれば、むすり、ふてくされ顔を照れ隠しにされる。
それ以来。茶器の音は彩り豊か。あるときはゴツン。あるときはコッ。あるときは ごつ、ごつ。こつん。たぷん。彼がその盆に乗せてくるものがつぶさにわかりそれもまた楽し。かくしてこれを、日常と、呼ぶ。
終
---
策士には向いてない/発天
「なー、天化ー。今日もプリンちゃんにフラれちまったよ」
だから励ましてくれ、と言えば、深いため息。それでも応じてくれる彼はほんとうに、付き合いのいいやつだ。
「アンタ、懲りないねぇ
…留守中に点心が来たけど、厨房に返しちまったさ」
「居留守がバレるだろ! そこは
…こう、オマエが食うとかさ
…取っておくとか
…」
「ばーーーか。居留守なんざどのみちバレてっさ。だいいち、鹹点心は俺っちニガテさね。何か、俺っちの分だけ甘いの出してくれっから、そっちはありがたく頂いてっけど」
どきり。気付かれているだろうか?
「王サマのぶんはあとで温め直してやってくれ、ってお願いしてあるから、ま、一緒に厨房に謝りに行ってやるさ」
俺っち付き合いいいっしょ? ニマリ、笑んだ彼に何の他意もないことに姫発は安堵する。同時にその心配りに、うれしい気がするのだから自分はどこまでもねじくれた甘えん坊だと思う。
彼に護衛に付いてもらって、長いようでそう経ってはいないだろうか? いつしかただの世話係になっているのだからそれなりには付き合いがある。その人柄に触れてすぐに、コイツの関心を引きたい、と思った。それがシンプルな感情であることはじき理解した。だが、一筋縄ではいかなかった。
初めは、休憩として飲茶をすることを提案した。ぜいたくにならない範囲のささやかな茶の時間。彼の一族が甘いものを好むことは何となく聞き及んでいたのでさりげなく、彼のぶんだけ甜点心。彼は料理長の心遣いだと思っている。それでよかった。
あるとき、こう言ってみた。
「
…なー、天化。俺、オマエと居れば甘いモンでもどんなもんでも、おいしく食えるような気がするんだよな」
ぱちくり。またたくまなこが、一転心配げ。あれ?
「王サマ
…カバっち並に食い意地張ってどうするさね
…」
「ちがっ
…」
「俺っちの饅頭はやれないさ
…これだけがアンタに付く楽しみだかんね
…」
「ひでえな、いろいろと?!」
「
…ってのはジョーダンだけど。無理、しなくていいさ。アンタ前に言ってたらしいじゃん。それぞれ好みがあんだから好きなモン食やいいのにな、って。それ聞いたとき、ちょっとだけ、俺っち、この仕事誇りに思ったさ」
どきん。跳ねた心臓がバクバク、勝手に先走り出す。どこかへと、置いていかれてしまいそうだった。バカだな、俺は。深い意味なんかないんだよコイツに。現に、遠回しなアピールは大して奏功していないではないか。ほかの収穫はあったけど。いいや、そんな謙虚でどうすんだよ! ああだこうだ、内心ですったもんだしてうねうねするのを不審がられる。
あるときは、こう言ってみた。
「
…飲茶は、やっぱ、ナシにすっか。そのぶん、少しでも多く、書簡に目を通さねえとな」
「王サマ
…?!」
「な、そうだろ天化?」
ぱちんとウインク。決まった。これぞ一度甘えてみせてから自分に厳しくなったフリをする作戦!! 飲茶の時間を設けたのがそもそも自分であることを棚に上げるところが肝だ。どうだ天化、男前ぶりに
…あてられてない?!
「
…王サマ。あんたがこの時間を設けようって言ったとき、最初は俺っち、まーたサボって、って思ったさ。けど
…休憩も大事って、わかった。アンタの集中力で茶ぁナシはムリさね。心意気は立派だけど、もちっと、初心を大事にすっさ、王サマ」
これは
…逆に好感度を下げてしまったのではないか。頭を抱えて崩れ落ちれば、ひらり、頭の垂布が彼との間にさながら隔絶のごとく幕を下ろす。そんなの、そんなのは
…まだわからねぇ。俺は諦めない。けど
…
ううぅ、と、凹んでいれば、まるで常連客がのれんをひょいっとまくるかのごとき気安さでもって彼は、その布をつまんで持ち上げたのだった。隔たりを取っ払われてみれば、彼がやわらかい笑みを浮かべていることに気付いた。ぽうっと、頬が火照るかのように見入ってしまう。そのため姫発は天化の言葉を聞き逃していた。
「
…王サマ、俺っち、アンタのアイデア嫌いじゃないさ」
ひひっ、と笑いの質が変わる。そこで彼がなにか言ったことを遅れて理解した。けれど聞き返してはムードが壊れる気がして、姫発は、それを再び引き出すための策を練る。そのときはうまく浮かばずに終わった。
かくして、姫発は、学んでしまった。天化は、一度それなりに好感度を上げてから少し下げれば普段は言わないような本音を口にしてくれる。まずは第一に真面目に執務に取り組むこと。そうして少しの間抜け出すと言って街を散策し、帰ってくればいいのではないか。それが姫発の案だった。あいにくとそのころには、周囲にはバレていて放っておかれた。日々是平和。
本日の挑戦は、厨房までという特殊ルートのデート(と姫発は思うことにする)権の獲得という成果を得た。天化がやけに上機嫌なので錯覚しそうになる。彼の関心はどうせ、もう一度自分用にも点心を用意してもらおうだとかそういったことなのだ。なのに。
「
……へへっ。なんか、こういうの、悪くないさね」
「
…そーだな」
「んー?
…なんか、王サマ、拗ねてっさ? まーだ引きずってるさねフラれたこと? どーせアンタ、うまくいったことなんか一度もないっしょ」
「べつに
…ちげーし
…」
言えやしない。悪くない、と言われたことに勘違いしそうな自分を諫めたためだなんて、とても。天化が上体をかがめてのぞきこんでくるので、ぷいと、わずかそっぽを向く。間にやはり頭の垂布がひらり立ちはだかってくれる。自分はなにをしている? 天化の本音がうれしければうれしいほど、増すのは罪悪感だ。自分は、ズルをしているのだ、と。
ぺしっ。布をはたかれて、「いっ
…てぇ
…?」と微妙なリアクションをしてしまう。とっさに口を突いて出たが、べつに痛くはなかったのだ。
はたかれた布がまくれあがってあたまのてっぺんに乗っかっている。隠れ蓑を失って心許ない。天化の目がまっすぐ、じいいっと、見つめてくるので目を逸らした。そのほっぺたをぐいと掴まれ顔を向き直される。揉まれるほどやわらかくも、ごつり当たるほど固くもない、青年のそれ。天化の頬が目について、きっと互いに大差がないのだろうと、思うとどきりとした。触れられている部分からそのどきどきが伝わってしまう気がして焦る気持ちとは裏腹に、姫発の手は、天化の手の甲に重なっていた。自分より少しごつごつしたそれは剣士だからだろうか? 自身のてのひらと頬の間にあるそれに、意識のすべてが集中する。さすり、わずか感触を確かめてしまうのはタナボタ精神か。
「ん
…ちょい、王サマ、ちょっとくすぐったいさね
…ま、べつにいーけど」
「
…いいのかよ」
「うん。悪い気ゃしないかんね」
「おまえなぁ
……そーゆーこと言われると、俺は、ずうずうしくなるぞ」
ぽろっと、本音をこぼしそうになるのが自分のほうなのだから策士には向いてないと思う。けれど。
「ずうずうしく
…なるのは、俺っちのほうさ
…」
ぽそり。つぶやきを拾ってしまった耳は象よりも大きかったことだろう。
「
…べつに、俺っち、アンタにサボってたぶんの執務させておいて自分だけ点心取りに行くことだってできるさ。けど、なんか
…アンタの世話、焼くのは俺っちの特権、みたいな
…だからこのくらいいいっしょ、みたいな
…」
もにょもにょ。らしくもなく口ごもる天化に、動揺を隠せない姫発。ことばが、出てこない。代わりとばかりに彼は、続けた。
「
……俺っち、アンタに、
…アンタの世話係って役目に、
…甘えてるさ」
愕然。とっさのときには洒落た反応のひとつもできやしないのだと理解した。
「いつまでもこーしてられりゃいいのになぁ、って、思うけど、ま、そーもいかねぇんだろうなぁ。しゃーないさね」
ちょっとさびしそうな顔を、もう二度とさせたくないと思った。ぎゅっと、手を握り、自身の頬から外して、身体ごと抱きしめる。
「
…天化、悪かった。俺、お前を試すようなことしてた」
「試す
…?」
乗せた顎の振動に、胸の揺れが返ってくる。
「なんか、ちょっとでもお前の本音がきけるのがうれしいと思って、甘えてたんだよ。悪かった」
「王サマ
…?」
「
…なあ、今から、いっこだけ、ホントのこと言うからさ。お前も、本音で返してくれよ。なんでもいいから」
お前の本音が、聞ければうれしい。付き合いなんかよくなくてもいいから。そのことばが初めての真摯。ふらり、よろつきそうな天化をまた、らしくないと思いながらしっかり抱きしめて、告げる。偽りのない、本当の気持ちを。
策士には、向いてなかったのだった。
終(お題:『偽りの』
https://shindanmaker.com/613463)
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プリン ア・ラ・モード -お気に召すまま-/発天
いつか最高究極のプリンちゃんに愛を告げる日が来たときの練習をしておきたい。そんなことを姫発が言い出して、休憩に入るなり何言うさ、と天化は思うが、今日の姫発があまりにも真面目に執務をこなしているものだから少しくらいはと応じてやることにする。そして後悔した。背中がむずがゆくて仕方が無くなるような美辞麗句。けれども同時に、かああっと、何故だか頬と全身が熱くなった。他人事だというのにばからしい。
やれ黒髪がうつくしいだの、うなじにかかる髪がいいだの、頭のかたちがよいだの、瞳の強さが好きだの。見ていると風を感じて胸がうずくだの。実際にはもっと装飾に満ちた長文の数々なのだけれど、あまりに耐えがたいものだから聞き流しながら簡略化する天化。そして、思った。空想上のプリンちゃんの像があまりにも具体的すぎやしないか。そして、聞く限り、武才にも機知にも長けて
…王サマそういう好みしてたさ? 今まで彼が追いかけ回してきた女性たちは確かに、姫発を張ったおすくらいには強かった。こりゃ尻に敷かれるタイプさね。ちったぁその強者と並び立てるように、王サマにもっと稽古つけてやらにゃならんさ。それからそのサイコーキューキョクのプリンちゃんとやらが万が一ほんとうに現れたらお手合わせを願いたいものだと、戦士の血がうずく。
そして天化は、知らなかった。姫発が、“いつか愛を告げる日が来たら”、と言った意味に。それが“いつか現れたら”ではない、その意味に。姫発は照れくさげな様子の天化に予行演習の手応えをわずかに感じつつもそれがあまり効果的でないことを察して、次はもっと違うアプローチを試してみるか、と、心中にて決めるのだった。
終
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恋に落ちた瞬間だった/発天
恋に落ちた瞬間だった。
「ん
…王サマって、なんか、いいニオイするさ?」
ずぼり。頭衣の垂布を掻き分けるように鼻先を首元に突っ込まれ、すんすん、とかがれてはくすぐったくてたまらない。
「おい、よせよ
…」
無視してすうと一つ深呼吸。それから、タバコの煙のようにふうと吐き出され、かかる呼気の温度がますます姫発をちちごまらせる。素知らぬ風の天化はまるで、そこが揺りかごでもあるかのようにくたりと顎を預け、姫発の肩にその体重をわずかかぶせるのだった。そうして重ねてくることばに、直接伝わる振動はいっそうに子守歌。肩を、間近で鼓膜を、そして心臓までをも、おもはゆくくすぐる。
「やっぱ、するさね。香とも酒とも、甜点心とも違う。これだってのがピンと来ねぇけど、なんか、懐かしいかんじがする」
むぐぅーっ、と、への字口が見えるよう。考え込むような顎に力を入れられて、沈む肩が一転、ぽよんと跳ねる。
「よせやい、ちょっと、おい、天化サン」
「王サマのにおいなんかねぇ。王サマ、アンタ、いいにおいさ?」
「知りませんよ」
じゃれ合いはきらいじゃない。姫発ももう、天化のペースに流れを委ねてしまっていた。
「
…わかんねぇけど、なんか、この距離だとお前も、いいにおいするな」
「そうかい? 言われたことねぇさ」
「なんつうかなぁ
…草むらに思いっきりダイブしたときみたいな、けど、一人で月見酒してたころが浮かぶような
…」
「アンタ、好きだもんねぇ月見酒」
くるり、顎を預けているのとは反対側の肩に手を伸ばして天化が姫発の襟足を弄ぶ。どきりと、した。
「
……ああ
……好き、なんだな」
「俺っちも好きさ。一人でも、アンタのお守りでも」
「
…そっか」
「うん」
それは、恋に落ちた瞬間だった。
終
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ことだまリレー/発天(+天祥×飛刀)
天幕の中は、ひみつの時間。
「
…ねえ、兄様。ボク、飛刀のこと、すごーく好きだなー」
「そーさね。ずいぶん、気に入ってるなぁ」
寝支度整え今日は二人きりで横になると、天祥が言ってきたのはそんなことだった。彼はまるで、きっと二人が子ども時代を共に過ごしていればとっておきの場所を耳打ちしてくるときがそうだったのだろう、と思わせる様子だけれど、あいにくとその場所には天化も心当たり。夜目の利く天化にはどんぐりまなこのまたたきが外の星くらいはっきりと見えた。
天祥は、特に困惑するでもなく、続ける。
「あのねー、思うんだー。飛刀が痛いのがイヤだって言うなら、ボク、もう、お父さんから飛刀を借りて稽古しないよ。だけど
…でも、飛刀と、一緒に居たい。どーしてかなー」
「あー、そーゆーのちょっちわかるさ。俺っち、王サマの護衛の任はもう終わってっけど、あのひと今どうしてっかな、とか、気になるし、そういうのとか関係なしに、酒呑みに行くなら王サマのとこがいちばんいいさ。なんでかねぇ?」
「ねー」
ひみつを紐解くにはまだ少し、夜が更ける必要があるようで
――
***
その翌朝、天祥は、父の天幕で壁に立て掛けられている飛刀に同様のことを言った。物知りの彼ならば理由が分かるかもしれないと思ったのだ。けれど、途端、沈黙。あれー?、と天祥の傾げた首が九十度を上回る前にそれでも飛刀はなんとか、ひどく重たそうに、くちを開いたのだった。
『
……オレは、べつに、多少痛くてもお前に使われるのはキライじゃないけどな。それだけは、勝手に勘違いするなよ』
きょとり。天祥は曲げたままの首を止めて思案する。それが痛むころ、質問を重ねた。
「それは、稽古に付き合ってくれるってこと? でも、ボク、そうじゃないときでも飛刀と居たいんだ。飛刀はなんでか知ってる?」
飛刀がよろりとよろめくように刀身をのけぞらせる(壁に立てかけてあるので実際には全体の中ほどをダイナミックに突き出すかたちになった)。思わず声を張ろうかと一瞬くちをおおきくあけながら体勢を戻し、それからはたと思いとどまり、すぼめる。シュルシュル、伸ばした剣先で、天祥の耳元にだけ、彼にだけ聞こえるようにちいさく、ささやいてからトントンと、その肩を叩いたのだった。
『
…そいつはな、天祥。オレサマも、お前と一緒に居てもいいからだ』
「そーなの?」
思わず小声で返す天祥。飛刀は、しかりと、うなずいて返す。ニマリ、ニヤけ顔はこの天然を少しだけからかっているからなのだけれど、彼は気付くまい。ところが。
天祥が「兄様にも報告してくる!」と去って行くのを止められず、やってしまった、と飛刀は崩れ落ちた。がらんからんころん。
…よいしょっ、と。はぁ。
天祥が事の次第を嬉しそうに話すのを聞いて、天化は、同様に首を傾げ、それから、片てのひらを他方のこぶしでぽんと叩く。
「そーいや、王サマも、俺っちと呑む酒がいちばんウマいっつってたさ。利害の一致ってやつかね?」
「りがいのいっち?」
「ま、たぶんね。ああ、王サマ今ちょうどちょっぴしヒマしてると思うから、訊いてくる。悪ぃね、天祥、ちょっと外すさ」
「うんっ、行ってらっしゃい、天化兄様!」
「っし!」
かくしてリレーのバトンは姫発のもとまでつながれる。
「王サマー、今、ちょっといいかい?」
「おー、天化。どーした?」
「あのよ、俺っちたち、酒の趣味はちぃーーーっっっとも合わねえけど、話はすげえ合うさ?」
「急だな。
…ま、そーだな。酒の趣味が合わねえから取り合わなくて済む。これだけは確実だ」
「ああ
…そういうことだったさ?」
「待て待てジョーダンだ! お前と話すの、すげえ楽しいよ。べつに、酒が入ってなくても。もっと時間ありゃいいんだけどなぁ」
「そーさね、なんだ、やっぱ、思ってるの俺っちだけじゃなかったんか。なんか、すげぇどうでもいい話とか、つまんねぇことで笑い合えて、
…たまにしんみりするとこもちょっち気が合って、あー、ずぅっと呑んでられたらなぁ、って、思うけど、そうもいかないから
…だから、次の日が来るのが、すげぇ待ち遠しいさ。まるでガキみたいにな」
にひひっと、笑う彼に姫発はぼんと頬を熱くさせる。
「
……そりゃ、その、お前
……呑み足りない、とかじゃねぇのかよ
…」
ぽそぽそ。くちびる尖らせもごつくは照れ隠し。天化がきょとんとして、それから姫発の背をばしんと叩く。
「俺っち呑兵衛じゃねーさ。アンタと呑む酒はなんだかオヤジたちと呑むのともまた違う、なんか、うまく言えねぇけど、ほかとちょっち違う味がするさ。けど、なんか、アンタもさっき言ってたけど、べつに、酒がなくてもきっと俺っち、王サマとダベるの、結構好きさ。ダチじゃぁねーけどね」
すき、の、二文字がやけにエコーする。姫発は思わず待ってくれの意をこめててのひらを天化に向け、腕を突っ張る。まて。ムリだ。この破壊力はムリだ。まってくれ。ひらり、マントが動揺のままに大きく揺れた。
一呼吸置きたい意が伝わったのか分からないが、しばし沈黙。時間がやけに、ゆったりと感じられた。姫発は体勢を戻し、静かに、呼吸を整え、そうして、意を決する。自分に、同じだけのパワーが発揮できるかわからないけれど。それでも心意気だけは負けないつもりで、ありったけの想いを、込めて告げよう。
「
……あのよ、天化。俺はな、お前と過ごす時間が楽しいってのはもちろんだけどよ、その前提としてだ。前提として、
…お前のことが、好きだ、っていう
…そういう気持ちがあるんですけどね、天化サン、どーでしょうか。おっと、この場合、好きってのは恋愛感情を意味するぞ」
照れ隠しは混ざったけれど一気に言い切った姫発。天化が、ぽかんとする。それからまたぽんと手を打った。目から落ちるウロコが見える。
「そういう
……ことだったさね
……」
「お分かりいただけましたか」
どきどき。成り行きに胸がはぜそうな姫発へ、そして自身へと確認するように天化が、こんな話をした。
「オフクロが、よく、嬉しそうにオヤジの話してたさ。俺っちたち兄弟や叔母さんの話もよくしてたけど、なんか、オヤジのこと話す時はオフクロのほっぺたがいつも以上に桃色してて、そんで、袖で口元隠してなぁ。オヤジもオフクロとしゃべるときは声が高かったりしてよ。なんでかなぁ、って、思って訊いたことあるさ。そんときに、恋愛って概念を俺っち教わったさ」
「
…そっか」
「それかーーーーーーー、それだったんかぁ
… そっかぁ
…なるほどなぁ
…」
うんうん、と頷く天化。これはつまり?
「ならよ、天化、お前も
…」
「うん。俺っち、王サマのこと好きみたいさ。恋愛っぽい意味で」
「っぽい」
「うん。あーーー、そしたら天祥ももしかしてそうさ?」
「え?」
「ちょっと天祥に教えてくるさ!」
リレーのバトンが帰って行くのを、置いてけぼりくらった姫発が説明されるのはその日の呑みにて。以降数日、飛刀は顔を出さず、その後は天化をよく突っついているさまが見られたとか、見られなかったとか。
終
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無料配布〇一(弐記〇一印刷後に書いたSSも併せて読んで頂ければ嬉しいですの巻)
▼目次
・初恋、愛に転ず/発天(姫発+飛刀の恋バナ的やりとりのみ)
+あとがき
発行日:2020.08.23( “夏のぱく旅2020”にて)
(『弐記〇一』添付の無料配布です)
の再録
▼
◆初恋、愛に転ず/発天(姫発+飛刀の恋バナ的やりとりのみ)
「
…あいつに、伝えてくれよ。
…まだ好きだ、って」
神界システムに横やりが入り、一度は封神された者たちの一部がその魂に肉体を持って人間界へと下りてきた。混沌の気配が忍び寄る、それを食い止めなくてはならない。周の将軍黄天祥とその相棒飛刀とが、ここから各地を回る旅に出ることになる。その報告を武王姫発にした。“そうか。それじゃあ、崑崙に行ったらみんなによろしくな”。そうは先ほどことづかったはずだけれど。けれども飛刀が姫発のその追伸を唐突に思ったのは、決して伝言を頼まれたこと自体でなく、あくまでその内容に関してだけだった。脈絡もなにも、あったもんじゃない。そういうもんだよこいつは。
『
…それ、直接言ったことあんのかよ』
きっとないと、不思議と確信があった。案の定、返ったのは次のお言葉。密談だからこその本音。
「
…ねぇよ。言いそびれたまんま、ご覧の通りだ。けどよ、どうせあいつ、知ってるぜ。はは」
肩を控えめにすくめてから、細まる双眸。遠くを見る彼が、ふんわりとおぼろげな何かを、それと同時に明確な誰かを、漠然とその知覚に捉えるのだった。
話は少し戻る。天祥には、少しうっかりなフシがある。いつものクセで、彼は新たな任を帯びるたびに張り切りすぎて飛刀を王前の床に置き忘れたまま場を去ってしまうことが多々あるのだった。ひざまずいたときに置かざるを得ないのがそもそも悪いんだなこれは。飛刀はそう思う。けれどもそれをわずかな好機とばかりに、密談、あるいはただの雑談を、してくるのがオウサマ姫発。飛刀は特殊能力の都合で人間の機微には触れるほど都合がよいので、気まぐれで付き合ってやっている。天祥の自宅から置き忘れられそうなときはさすがに慌てて彼に声を掛けるけれど、王前を元気いっぱいに去っていくその背中を自発的に止めたことは、ただの一度も、なかった。
とある変り者の気まぐれにより生み出された自身が、ある時は家族ぐるみの勝手に振り回され、今はこうして、ああ、これも振り回されてんだろうな。そんなことを、飛刀はぼんやりと片隅で思う。思いながら、姫発の相手を、してやっていた。今もそうだ。
『
…そいつは王命か?』
問うのは当然の権利だろう。けれども。
「
……どうだかな。お前ェに、任せるよ」
『なんだそりゃ』
素っ頓狂な声を出してしまった。黄飛虎と出会ったときから、こういったことが増えた。最早、らしくもないと思うのも不自然なほど、彼ら親子と、そしてその “深~い”関係者姫発とに、こうされてばかりだ。
だが、姫発は意に介することなく(介してくれ、とは飛刀の念)、また先ほどとそっくり同じ目をして、誰にともないふうで続けるのだった。
「
…わかんねぇんだよな。俺は、プライベートであいつと居たとき、一度だってオウサマなんてもんじゃなかった。けどよ、あいつ、いつだって俺を、王サマ、って呼ぶんだぜ。いつだってだ。だからよ、あいつが俺を王って呼んでくれるなら、俺はきっとそうなんだ。あいつ、変わってねぇといいな。変わってねぇんだろうなぁ」
言外に、会いたいと言っているようなもんじゃねぇのかよ。思ったけれども飛刀は、口をつぐんだ。
『
……わぁったよ。そんじゃあ、まあ、言うは言っておいてやる。
…けどな、もし、もしだぞ。俺があいつに伝える前にオウサマがご自分で会う機会がございましたら、そんときゃ自分でおっしゃってクダサイ。分かりましたか』
ぱちくり。またたく眼が、やつれた容貌のなかで一点のあどけなさを放つ。それはそこにある感情そのもので。
少し口や頬をもごつかせて尖らせ、それから眼を閉じうーんとうなり、ゆっくり、重たげに開く。ぽりぽりと掻くこけた頬。そこにある表情を面映ゆげと言うことを、飛刀は知っていた。それから一転潔いほどににかっと、笑って姫発は、拳を片方突き出し、こう宣言する。
「
……はは。そりゃ、そうだな、面白れぇ賭け事じゃねぇか。
……分かったよ、約束する」
事実上ここに、飛刀は天化に伝言を告げないという密約が、交わされたのだった。こいつらは、こうして背中を押しでもしなけりゃどうにも進まないんだよ。いつだったか姫発は、こんなことを言っていたくらいだ。同じくどこか遠くを見ながら。
“初恋
……はつこい、だったのかも、しれねぇな。あいつに抱いた感情は、それまでのほかの誰とも、違ってたよ。いつだって誰にだって本気で愛を告げてたつもりだ。けどよ、あいつの前じゃタジタジだった。実のところ、てんで恋愛の経験なんざなかったんだな俺は。そんなの、あいつと会わなかったら、知りもしなかったんだろうよ。
…昔、飲み仲間が言ってた。初恋は、いっちばんトクベツなとっておきの思い出だ、って。そのとき俺ぁ、ピンと来なかったんだ。当然知らなかったが、あれはしたことなかったからなんだな。今なら分かるよ。引きずるとか未練とか、そういうのともまた違う。大事な、大ぁ事な、とっておきの思い出なんだよ。いつまでも大事にとっておきたいような、な。そうしてこの胸のなかでいつか、それが、愛ってやつに変わるんだ。炎みたいな激情じゃぁねえ。
…くすぐったくて、生温かい、
…そうだな、ちょうど人肌合わせたくらいかな。そのくらいのぬくもりが、ずうっとよ、この胸に、灯り続けるんだ。
…好きだ、って、言っちまったら崩れるんじゃないかって、そうだ、こわかったんだ俺は。言えなかったんだよ。そうさなぁ、言えなかったこと自体は、未練かもしれねぇな。ははっ、やっぱ、簡潔にキレイなことだけじゃ語れねぇな。愛ってのは、奥深いものなんだ。知ってるか飛刀”
概ねそんなことを姫発は以前密かに飛刀に言っていた。飛刀は少しあなどられている気がしてムッとしたのでよく覚えている。べつに恨んじゃいねぇぞ。べつにな。思い出しただけだよ。
その時は、告げる相手を既に亡くした姫発相手に“そう思うんなら思い切って言ってこい!”とは言えやしなかった。けれど今は、状況が違うではないか。きっと天化も、人間界に下りている。きっと、体をいまひととき取り戻した彼と再会する時が、来る。だから言ってやるんだ、ことづかりなんかじゃねぇオレサマ自身の言葉でな。
“
――オウサマが何かお前に用があったみてぇだぞ。あいにく、何て伝言頼まれたかは忘れちまったけど。
…ああそうだ、直接聞いて来いよ。それが早い。今ならいけるだろ?”
どうだ、これだけお膳立てすればさすがにお前らでも進むだろ。これ以上は、してやれねぇ。どうせオレは、レンアイなんざ、知らないようですから。へぇへぇ、恨んでますよ。おっと、本音が出ちまったな。
そんな憎まれ口をオプションに、さて、青春なるものはどうなることやら。それが単純に思い出で終わるのか、それとも、衝動を伴うのか。飛刀にとっては、知ったこっちゃない。
ああ、天祥の、慌てて戻ってくる足音が聞こえ始めた。密談はこれで終い。次に会う時は色よい報告を、どうぞ互いに。
終
*あとがき
この作品は、前後を自分なりに書くよりも、できれば、そこは読んでくださるかたの自由な想像の余地にしたいかなぁという気持ちでいます。けれどもこれを自分ver.で掘り下げてまとめたいような気もして
…
今後どうするかは未定ですが、自分の書く姫発と飛刀はどうやって密談をしているのか、という一案をこちらで設けたので、できれば本の『弐記〇一』と一緒に読んで頂きたい
…!と思い、無配〇一として添付することに致しました。
ゲーム『仙界伝弐』のオープニングで天祥が、武王に呼ばれて家を出るとき飛刀を自宅に置き忘れそうになるので、そこから、こういうこともあり得るかも!と思って書きました。
モチーフに使用した歌謡曲は、どちらもとても好きです。今回は歌詞全体の文脈から切り離してワンフレーズずつだけをオマージュ元にしたので、歌詞と内容が全然違いますが、ヒントにした、ということで何卒。それではまたご縁がありましたら!
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渾身の/発天
力の限りを振り絞った。ふよ、と、かろうじてわずか浮くのは足のほう。もうひと踏ん張りいけるだろうか。よろりよろめくも掴んだ手が縫い留められ千鳥足すら叶わない。それが限界だった。
「
…飛刀
…お前、デッケェなほんと
…。天祥と居るときはあんなにちっさいのに。くそー、もう一回! ってオイ、なんで二段階くらいデカくなってんだよ! 武成王のときよりデケェのはさすがにノーカンだ!」
飛刀の無言の抗議に、さすがの姫発も文句をこぼす。ふう、と、涼しい顔の天化は剣を肘置きに一服している。こいつ、仮にも手合わせの最中なのに
…と姫発はくやしく思う。天化は、姫発が自らに課した試練をこなせるとはつゆも思っていないのだろう。
『あっ
…』
それは先刻。気付いたことがあり、天化の肩をぐいと引き、耳元に顔を寄せた。
『やべ、悪ィ、天化、ここ、痕ついちまってるわ』
後ろから天化に小声で告げつつ、上着と履物のはざまの素肌、背部のそこにある跡をつうっとなぞったのがいっそうよろしくなかった。彼は肩を大きく跳ねさせ、まず姫発のあごがそれに打たれる。イテテ、とさする間すらなく、もう光の刃が姫発の鼻先に突き付けられていた。じとり、目じりにこもった苦情と温度に、姫発の頬が少し熱くなる。それに見とれたのも追い打ち。天化を怒らせてしまった。痕はつけない約束だったのだけれど、爪をひっかけてしまっていたらしい。互いにそれは察したものの、示しはつけるべきだと姫発は思った。
『悪かったよ、天化! そうだ、あの約束、うやむやになってただろ。あれを達成する!』
姫発は即座に、提案した。天化は姫発をことばで責めるということはしなかったのだけれど、姫発の勢いに、約束とはなんだったか、それをひと思案して、思い出し、渋る。あの約束。それは
――
“俺っちと付き合いたい? そんなん、オヤジより強くなってから言うさ”
あれはかつてのことだった。天化にべらぼうに惚れ込んでしまった姫発が熱心に愛を告げれば、彼は初めのうち、そう突っぱねた。
“例えば?”
藁を得た心地の姫発が食いついて尋ねる。彼は、天化がその勢いに押されたことに気づく余裕もなかった。
“た
…たとえば
……そうさね、
…最低限、オヤジの鉄棒は振り回せないと”
“そんなん、武成王が貸してくれねぇだろ”
“そんときゃ俺っちから頼んでやるさ”
“じゃあ分かった、今から挑戦する。素振り何回でも、出来るまでやる。自分で頼んでくるよ、貸してほしい、って”
“え? いや、待つさ王サマ、アンタにそんなことでケガされたら俺っち護衛失格さね! わぁった、わぁったさ、アンタのその意気を認めるさ!”
そんなやりとりを交わして文通から始めた。姫発は変わらず愛を熱烈に告げ続けた。じきに肌を合わせるようになり、その条件は天化のなかではすっかり忘れ去っていたものだったのだけれど、姫発にはわだかまりだったのだろう。
とは言え、飛虎の得物は飛刀へと変わっていた。飛刀は小さくなることもできるけれど暗黙の内に、それをしなかった。それが当然だと姫発が思っている、その心意気に相変わらず少し頬の火照る天化。姫発は気づかないけれど。
飛虎の振り回すサイズの飛刀を、少なくとも振り回して、天化との手合わせに出来れば勝つ。それが目標だったのだけれど、やはり、持ち上げることすら敵わない。かつてよりは鍛えているのに。分かりきっていても挑まずにおれない。そんな姫発に気を抜けば見とれそうなのだから天化が一服してごまかすのも無理はあるまい。
「
…やっぱり、すげえよ、武成王は」
はあ、はあと、肩で息をしながら、飛刀を地に突いたままの姫発がにっこり、敵わない笑み。その言葉は、父と同じくらい強いと、天化に思わせた。
からん。天化が、手合わせ用の剣を放る。姫発が困った顔をする。その両ほっぺたにガシガシ歩み寄って思い切りむぎゅっとつまみ、てのひらでバシッとはたき気味に包み込んで、告げたのは感服の。
「
……俺っちの、負けさ
…うんにゃ、最初から、あんたにゃ勝てなかった。
…王サマ、アンタ、男前すぎっしょ」
くるしい胸から、うつむきそうなつむじから、それでもしっかり、顔と顔を向き合わせてまっすぐ、にかっと、笑顔。顔を覆いたい心地を懸命に抑えて。自身の胸を握りしめたい心地を、抑えて。その力を、想いのたけを、てのひらに込める。対等だ、自分たちは。だから、負けちゃいられない。笑顔に、すべての、すべてを、込める。
力の限りを、振り絞った。
お題:『力の限りを振り絞った。』から始まる文章
(
https://shindanmaker.com/517870)
終
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【ふんわり描写の微エロ】新星/発天
シャッ。ぽう、じじ、ちりり。星が生まれる瞬間を、まさしく見た心地。ふわり、香るは甘くけぶる、さながら蘭。あるいはどこか、そいつの父親の得意料理、杏仁豆腐を思わせた。独特のそれは豊邑生まれ豊邑育ちの姫発をもってしても決して、決して、イヤな香りということは決してなかった。食えと言われれば話は別だが。否、今なら激甘杏仁豆腐さえも食える、なんて、そんなふうに思わせるくらいその香りはいたく、心地よかったのだ。
灼けるわずかな灯火が、くすぶるように明滅する。見とれてしまった。ほう、と呆ける、視線が合う。ぱちり、星がまたひとつ生まれまたたく。何も、訊かれなかった。それをひとときの星見の許諾と捉えて姫発は、頬杖を突いてゆるり、眺めていた。胸が満たされ、くすぐったいような独特の時間に、てのひらの中で頬がむにりとゆるむ。空間を静かに、香りが満たしていく。それは身を包まれる感覚にさせた。わずか、肩をよじる。
星の河が流れ、時も同じ速度で流れる。夢中と言うには意識はとっ散らかっていて、けれども邪念すらも無心にさせる。吸って、ゆっくり吐く。呼吸が、気付けば同調していた。それがひどくばつの悪い心地にさせたのは何故だろう。
焦がれる、心底焦がれるあの光の剣。じりり妬けるあれとは違う、けれども同じ感覚はそうだ、渇望だ。あの流星は願いをするには迅すぎる。あっという間にきらり輝いて、そうしてすぐに、さやへと収まるのだ。半身ずり落ちる藁束に、なごりなんかないふうで。ならばこの新たな星は? 見慣れたそれを真新しく感じさせるその、儚いような明滅とおぼろ。それが例えば はぜるように燃えてそのまま消え入ってしまいそうだったらきっと、この手に抱き留めていたのだろう。ゆるり、くすぶり続けるつかの間が、永遠に思えるからたちが悪い。
「
……なー。天化ー、
…お前、タバコ、変えたか?」
「
…まぁね。つっても、アンタの見張りしてるとき専用さ」
ひひ、腹減らないっしょ、とわらう彼はわかりきっている。餓えた肚の欲するものを。それがいたずらでないことも、姫発は、理解した。
「
…あざといねぇ、天化サン」
手を、伸ばす。
「そーかい? 言われたことないさ」
まるで、届かない星に懸命にすがろうとして崩れ落ちる、そんな手つきにけれども星は確かにこぼれた。ふわり、もたれていた壁から離れて光源が、香源が、それが熱源であると種明かしをするように。ちかり、間近ではぜるそれはわずかな種火だったのだ。ちかちかと、目から星が散る。
今日の分の執務は、実のところもう終わっていた。彼がこの一服を始めたのがそういえばその頃合いだったと気付いて、頬に熱が集まる心地。てのひらを添えた頬が自分のものとは違う当然。重なる吐息が甘いのは必然。肩をそうっと押して長椅子に誘導したのは、自然。
執務を切り上げずにだらだら座っていたその理由をお守り役にようやく見出す。彼と少しでも居たかった、なんてそんなまるで純愛。ああそうだ、一緒に居たかったんだ。それはたいていたのしくて、時々厳しくされて、それでもうれしかった。好きという二文字がその産声に気付かせぬまま育っていた。いつだかこいつに教わった。星ってのは、見えるようになる前にもそこにあるらしいさ。それだろうな、と、思ったのだった。これは、俺のなかの星だ。
しゅるり、自らの身を覆う布を解いていく。長いそれがじれったくさせた瞬間。天化がえいと、すぱり素早く引く。その軌道が光線を描いた錯覚。ちかり、ちかちか。目を、まんまるくさせてすぐ細める。彼のほうは軽装なので楽だと思ったが、肩にするり侵入させて添えた手は、少し震えた。どきどきと、打つ脈はどちらのものだろう。姫発は天化の羽織の内から彼の手の甲へとてのひらを移す。彼がくるっとてのひらを翻し、姫発の甲を掴む。ぐっ、と、引けば容易に逃がされたそれは彼のゆびさきを捕まえ返させた。しゅるり、くるくる戯れ合う。
「
…なー、天化ぁ。俺、お前のこと、結構、好きみたいだ」
「そうさね? ま、俺っちもそれなりに好きさ」
「それなりかぁ」
「それなりさね」
へらり、へらへらとわらいあうそこに、それなりの熱量があった。ぶつかる視線のあいだにたくさんの星がきらめいていたことを、彼はきっと、とっくに知っていたのだろう。
きゅっ、と、手を握って、落としたくちづけは嘆願の真似事。きら星はそれを、ゆるした。深まる、絡まる舌。背中に手を回されて、きゅっ、と、引き寄せられる。素肌のぬくもりが、甘い空気にじりり灼かれるよう。首元に残っていたけぶる香りを鼻腔に深く吸い込めば、ことさらに温度に融けてよろめくようだった。けれど同時に。こいつ、普段はどんな香りしてんだろ。今度不意打ちでかいでみよう。そんないたずら心が、湧くのだった。
その光を認識されたこの新星は、きっとその仲間をいくつもいくつも増やしてとうとうたたえ、絶えることはないのだろう。永遠、なんて陳腐なことばが、本気に思える。瞬間がきらめいてはまた名残を灯し、描くは光の線。ゆびさきの、視線の、身振りのひとつひとつに、宿った輝きは、自由曲線をさきへと記していく。
終
*あとがき
こんにちは! grantieYaのいしえと申します。お手に取って頂きまことにありがとうございます!
しばらくサークル参加を休む予定だったのですが、発天の本出したいもん~~~~と思ってやはり出ることにしました。本にまとめることで少しでも読んで頂く機会になればと思い
… 発天お好きなかたに届くとうれしいです。発天いいですよね!!!!!! 大好き!!!
ちょこちょこ出てくる飛刀ですが、飛刀推しなので、飛刀本も二冊発行してます、よろしければ併せてご高覧ください。
本のタイトル、収録作の漢字のほうがあとであてた字です。最初、ツイートでこういうタイトル使いたい~と考えたのが今回の本の字のほうで、けど実際に使うときにSSでは分かりづらいかな?と思って変えたのを、じゃあ本に元々のを使おう!と思ってこうなりました! 自分で題字を書いたのが結構いいかんじになったと思うんですがいかがでしょうか。読点は表紙ではなしですが、あってもなくてもいいのです。なしだと恋愛とも読めていいかなぁと思い
…けど、ないと『はつこい、あいにてんず』とはとっさに読めないかなぁと。この話長くなった!
あーーそうだちょっと前に封神の考察も少ししました! いつか機会があれば何かしらのかたちでまとめたいのですが、ひとまずTwitterのメディア欄に残っていると思いますのでよろしければ。(一月頭頃)WJ封神読み返し時の全体的な考察と飛刀考察など。飛刀は結構熱量出たと思います!
それでは、宣伝交じりになりましたが、また機会がございましたら! ほかのカプもちょこちょこ書いておりますので、ご縁があればpixivにてご覧くださいませ! 傾向はよろず!(ここに書いていいかわからないんですが天発も少しだけあります。少しだけ。天発も好きなんです
…!!)
奥付
発行日:2021.02.28( “春のぱく旅2021”にて)
発行者:grantieYa(ぐらんてぃーや)/いしえ
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(以降、pixivからの再掲たち)
◆【腐】たとえば余化が宝貝だったら/前提:発天、天祥×飛刀&余化×飛刀

もしこうだったらこうなっていたけど事実としてそうはならなかった。そんなもしかしたらを幾つか並べました。少しシリアス気味ですが、あたたかい部分もあるかと思います。
少し仙界伝弐の要素があります。
(キャプションここまで)
たとえば余化が宝貝だったら。天化の傷は治せた可能性もあると雲中子から言われ姫発は机を拳で叩いた。四不象一族の、宝貝エネルギーを食べる能力。それで吸収できたかもしれないと。けれども余化は宝貝ではなく、これといった武器のかたちをしてすらいなかったと聞く。刃物と以外に言い様がない、そして単純にその語でも形容しきれないまがまがしさ。余化の元型が天化に与えた呪いの傷は、彼を少しずつ蝕んだ。わずかな救いは、彼が“自己”を成し遂げてから封神されたのだと、ずいぶん経って本人から確認できたことだった。姫発は、まあそうだと思ったけどよ、と、何となく察していた旨返しながら、内心で安堵に涙した。
たとえば飛刀が宝貝だったら、余化は飛虎のエネルギーを干乾しにできたのかもしれないと楊戩から言われ、飛虎は余化のプライドに顔を皺寄せる。その“コレクション”、それが持つ性能への自負と執着、そして策謀の方向性にまるで命拾いさせられた心地になったのだ。太公望からも諫められると同時に笑まれた。妖怪仙人の用意した武器を何の疑いもなく持つ飛虎の人柄。それは危険性も伴うが美点である、と。そして、事実、飛刀は宝貝ではなく、普通の剣が心を持った妖精だった。それが何らかの縁を持ち、飛虎たち家族の一員となる。にぎわいは、他者から見ても憩い。
たとえば飛刀が余化の持ち物になっていなかったら、黄一家と出会うこともなかったかもしれないと飛刀自ら飛虎に皮肉めいて言う。それにびっくりして、天祥は、泣いてしまった。飛刀がわたわたしてオマエに言ったんじゃねぇよ天祥、とぽんぽん肩を叩く。それでも彼は、ひとーがお父さんと出会ってなかったら悲しい、と、きれいな雫をこぼした。飛刀は うっと言葉に詰まり、悪かった、と、ただひとこと、まるで天祥だけに向けたかのようにつくろってぽつりつぶやく。飛虎が豪胆に笑い、飛刀をばしばしと叩くので彼はまた同じやりとりを繰り返しそうになる。
たとえば余化が宝貝だったら、彼のとっておきのコレクションの枠に居た飛刀も、宝貝だったかもしれない。彼は刃物を元型とし、だからこそ宝貝以外の武器にこだわった。余化の元型が宝貝だったら、普通の武器の妖精を手元に迎えなかったかもしれない。彼が妖怪仙人となり、飛刀を迎え、飛虎への策を斯様にしたことは、すべて、すべてが一条。事実、余化と飛刀は宝貝ではなく、そこに用意されたものはある面では活路、ある面では非情だった。それでもつむがれた道を引き継いで天祥は飛刀を相棒とし、のちに周の将軍となって、神界崩壊の際にはことさらに活躍したのだった。
余化は宝貝ではなく、飛刀も宝貝ではない。そのピースが生み得た分岐点は、事実、その分岐を排除しながら進んでいったのだった。人々は考える。もしあのとき、ああだったら。人々は見つめる。そうでなかったから今がある。人々は前を向く。それならばこれから先は? 傾げる首は、時に迷う。その向く角度に規定があるか、知らずに、それでも向いたほうをゆこう。それでもそこに、胸抱いた名残が、あることは赦された。
終
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◆『肩書』他/発天短文まとめ

メインは、腹に傷を負った同士の発天が好きですという話(2150字程度の短文『肩書』)+そのほか短文三つ(それぞれ独立。400字程度の短文と、140字SS二つ。こちらは診断メーカーから)をまとめて。
『肩書』はシリアス気味ですが甘さもあると思います。ゲーム仙界伝弐の要素あり。
(キャプションここまで)
[肩書]
これはいったいどんな皮肉か。腹の傷が障った同士だなど、誰も望みはするまいに。まして仙道の天化が経緯こそあれ封神に至り、人間の発がもうしばし生きるとは。革命を終え、発は、内心虚空にぼやく。それはまるで紫煙だった。
――おい、天化よ
…順番があべこべだろ。
なーに言ってるさ王サマ、と、かつてのように気楽に額をつつかれた気がして、その久しい心地に発はひとつふたつと、しずくをこぼす。ぐしぐしと、手で顔をこするけれど追いつかず、くちびるがゆがみ、嗚咽がもれる。ああ、こんなんじゃ新国の王なんざ務まらねぇ。思うのに、様々な犠牲たちへの想いが束の間あふれて、発にひととき立場を置きやらせた。
それから周はせわしなくも着実に歩みを進め、けれどそこに大きな試練。神界システムへの横やりが入り、かつて封神されていた者たちが実体を持ち一部は人間界へと再び侵攻する。そして一部は、神界システム再構築の助け、人間界の混乱阻止へと派遣される。そのなかに、天化も居た。しばらく、まともに私語も交わせないほど各地で動いてもらった。ようやく、ほとんどカタがつく。報告に、と訪れる天祥のうしろに、くっついてきた兄貴天化。こうなるとのんきなものだ。これも何かの縁だから、と有り体なことを言い、サシでお茶でもしようと呼びつける。応じる天化にすこぶるモヤの晴れた気配を見て、ああ、コイツにもわだかまりが残ってたんだな、だとか、それが解消されたんだな、と思う発なのだった。
しかし、改めてサシになってみると、こうして再会なんて、するとは思っていなかったから存外とあっさりしてしまうものだ。ましていっそうせわしない折に、わずか作った、すきま時間なのだから。
「
…なー、天化。前から一言、言ってやりたかったことがある」
「何さ?」
ああ、すっとぼけだ、と確信できた。発は言いよどむ。
「
…おまえ、な
…、
……その、よ。
……順番くらいは守れよ」
ぽそり小声で、言い捨てたのがまるで拗ねたみたいで子どもじみた。ひょうひょう、返す天化がよっぽど大人びて見え、ああ、ほんとにコイツ、完全に自己を成し遂げたんだな、と発に思わせた。発とて、生き様を示そうと歩む真っ只中ではあるものの。まばゆさに、発は目をわずか細める。
「なーに言ってるさ。王サマのほうが先に死んだら、困るっしょ」
「おまっ
…! こっちがなーー、どーゆー気持ちで
…!」
そういう、そういう問題ではないのだと、憤慨すらしそうになる。けれど。
「じゃなくって。俺っちの肩書、もう忘れたかい」
にぃっと、笑うは面映ゆげ!
「えっ? あっ
…」
ぽうと、発の頬が、わずか熱をはらむ。護衛。誰の? “王サマ”姫発の! それは彼のなかで未だ、忘れやらない自認なのだとおもうと、発の気を上向かせる。しばしば立場を置きやって接していたくせに、ここぞというときばかり、ズルすぎるとおもった。
「
………そりゃ、護衛より先におっ死ぬ王様なんざアテにならねーけど、よ
……」
「っしょ?」
ああ、やはりにぃっとわらっているのに、今度はタバコのあとのキスよりずうっと苦いと思った。
きっ、と、意を決し直して、発はやはり、これだけはと言ってやるのだった。
「
……やっぱ、そーゆーモンダイじゃねえ。と、おもう。おまえが居なくなって、さびしかったヤツがどんだけ居ると思ってんだよ。おまえの気持ちは痛すぎるほどわかるけどよ、けどよ
……」
発はうつむき、知らず、自身の衣服をにぎりしめていた。
「
……こればっかりは、」
天化の声が、凛と響く。その青竹に似た清涼はかつてと変わらず、曇りなく、そしていっそう、すくすく伸びやっていた。
「
…こればっかりは、俺っち、わりーとは言ってやれねぇなぁ」
ゴメンな、王サマ、と、頬を掻くにがわらい。それが、発には理解されているのだという天化のあぐらに見えて、発に、天化と自身とがひととき確かに近い距離に居たことを実感させる。
はあ、と、ひとつ息をつき、くちびる尖らせるは今度こそ軽口めいた。発は、懐かしい心地になる。
「
…そのくらい、知ってるよ。べつに俺も、謝れとは言ってねぇし」
「言われても謝んねーけどね。
ああ、そうだ王サマ、俺っちにも、ひとこと、言わせてくれっかい」
どきっと、する。けれどなんでもないふりで、発は返した。きっとバレバレだろうけど。
「おう、なんだ?」
「
……王サマ。
…しっかり、生きろよ」
「
……ああ」
よどみなき真っ直ぐなエールが、リレーのバトンが、肩甲骨をばしりと叩いてくる心地。じわり。胸の、肚のすら奥底から活力が湧いてくる気がして、発はむずり、むずむずと、くちびるをくすぐったげにもごつかせるのだった。にぃ、とわらった天化がこぶしを差し出してくるので、発も、こつん、とそこにこぶしを合わせる。それは、あのころの茶器の音を思わせた。茶器。あのころ天化がまちで買ってきた、少し大ぶりのとっておき。今も大事に使っているそれは、そうだ、今確かにここに在る。
「
…そうだ、茶、飲んでけよってハナシだったな」
「おう、そーだそーだ。わりーね」
用意された点心は、あまいものと鹹味のあるもの。少しさめてしまっても、あのころと、変わらない。
ひととき立場を置きやって、即ち立場を常に念頭。王サマと護衛の肩書に、元、の但し書きがつくことは、どうもなさそうだ。
終
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(以下、短文幾つか。全て独立しています)
「王サマにゃ、少なくとも俺っちが、背中任せてもいいと思えるくらいにはなってもらいたいさ」
ぶん、と寸止め。じりり、光が灼け付く心地に背筋が震える。
「
…これでまた一本。あんた、ちょっと死にすぎさ」
そう言われたところで目が覚めた。執務机で頬杖。ちらり、護衛役を見れば、ひらりと手を振られる。こっちは異常ナシ。視線にホッとしてしまう。けれど同時に、彼に甘えきっていてもいいものか、という気持ちがふつり、疑問を投げかけてくる。今度、稽古でも付けてもらおうか。彼は断るだろうか?
さすがに彼の背中を預かるには、相当険しい道だろう。けれど。稽古上がりには呑みにでも行きたい。そのときには並んで肩を組めるような、そんな間柄であれればいい。不意によぎったのはそんな思考。彼は酒には強いのだろうか? 何なら、肩を貸してやってもいい。それは少しおもしろそうな気がして、姫発を今ひととき、執務に向き合う気にさせたのだった。
お題:「無敵」をテーマに(しかしその語を使わずに)
https://shindanmaker.com/430183
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「
……今、俺、すげぇ幸せだよ。ここで死んでもいいくらいだ
…」
ぷあ、ととぷり余韻が耳揺する。もつれそうな舌の質感そのまま。それは束の間、互いの肩書き忘れたよう。まだ自覚が足りぬとは思えない。それなのに、ああ!
「
……王サマ。その言葉、ちっと重すぎるさ」
ちくり。突き放すにはきっと遅い。
お題:『その言葉が、重い』
https://shindanmaker.com/587150
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「
……あま
…」
「
…そりゃあ、甜点心だかんね」
ぷいと何でも無いよに言って、それでも天化の頬は、耳は、じわり熱を帯びた。
『
…味見、してみるさ?』
そんな口実。交わしたのは初めての。
――熱視線がわるいのだ。興味があると、思うじゃないか。
…興味が、湧くじゃないか。強まる甘さ。嫌いじゃねーさ。
お題:『お味はいかが?』
https://shindanmaker.com/587150
終
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◆思えば遠くへ来たものだ/発天

シリアスですが甘さもある。
単行本読み返しが終わったので、本編の発天の対比が最高だーー!!という気持ちで書きました。天化封神の巻の表紙が発なのはやはり胸をギュッとさせますね。
最後のほうで少しゲーム仙界伝弐の内容に言及しつつ会話は捏造。これもまた対比が最高なのです
…
(キャプションここまで)
徐々に“王らしく”なっていく発を間近で見ていて、天化は、そうとは見せぬも内心焦る。父の遺志を継承し、成就へと着実向かう彼はきっと成功するのだと思わせ、否、成功させるために自分たちが居るのだと自信に思わせる。だのにどうだ? 自分も同じく父の遺志を継ごうとしている。だが、血が、腹の血が止まらない。じわり、にじむそれに生じるのは確かに焦りなのだ。いつか来るのか来ないのか、それすら分からぬタイムリミット。あるのか? タイムリミットが。けれど、それにただおびえるほど闘志が無いはずない。この身に期限があるならば、それまでに父の念願を叶えるだけのこと。そう、思っているつもりだ。だがやはり、発のめざましい成長は嫉妬すら抱かせ、志を同じくするはずの天化に、頼もしさよりも歯がゆさを抱かせた。発が、つかの間遠く、遠い存在に見える。
近しかったあのころと、向こうの態度は何ら変わらない。だのに自分だけが勝手に焦り、くるしみ、
――視界に入れるを拒みさえしたくなる。悲しみかたも、継承の在りようも人それぞれ。それはわかっている。それなのに。
「
…よぉ、天化」
休憩だと見せる顔に、天化はわずかぷいと、小さく視線を背けるのだった。半端に近しいところにいて、半端に、通ずるところがあるから。半端に近い者同士だからこそ、人それぞれ、と割り切れなくなる、その“王サマ”。それはメンチ城での闘いを終え、渡河を翌日に控えた夜のことだった。
「
――…、
…わりぃ、王サマ。
…今、あんたの顔、あんま見たくないさ」
ぽつり、空気に消え入りそうな本音を、聞き取ってほしくなかったようできっと聞いて欲しかった。それは、近しさの名残が、そこに在るという無意識下。
「
…知ってるよ」
当然だというよりは苦しげに、それでもからり、言うのがすべて、わかっていると理解させる。
「っ
…!! なら、なんでこっち来たさ
…!!」
思わず、キッとにらみつける。真剣そのものの発の顔が、一転ふわり、茉莉花のように和らぐのだった。どきりと、するのをひどく、ひどく懐かしく思った。
くちが、発のかたちよく薄すぎも厚すぎもしないくちびるが、温度を知るそれが開かれる。時を操る宝貝ですら、きっとこうほどは働くまい。ゆたり、時間を遅く感じる。花の香(か)まとった霊獣ですら、きっとこうほどは香るまい。
「
……おまえから、」
どきん! 心臓跳ねるが、生きている実感を泣きたいほどにさせた。
「おまえから、
…ホンネが、聞けてちったぁ安心したぜ。まだ、どっか遠くには行っちまってねぇんだな、俺たち」
そうだ。そうだ、いつだって自分たちは、さほど似てないのにどこか近しく、所々がひどくよく似て、さもないことで笑い合った。あるときには、街の仲間の親が老死したとボロボロ泣く発に、天化も思わずもらい泣きしたものだった。そんな記憶たちが、すべて、すべて今は遠い。遠く、
――懐かしい。
思えば遠くへ来たものだ。あのころの未熟な“王”はてんで王位の器なんかでないと多くに思わせ、だのに人望厚さは明らか、上に立つ者の器じみた。そんな等身大のところを認めていたから、“王サマ”姫発の護衛は、天化の誇りのひとつだったのだ。だからこそ、十天君の一人との闘いでは、上しか見ないその相手に、たまには“下”を見ることの大切さを教え込んだのだった。
まちをほっつき歩くが趣味の、上に立つ気なんざさらさらなかった王サマ。王をしぶしぶ名乗らされても、立場の上下関係が生じても、身分なんて遠くかなた。いつも民に親しまれていた、コイツなら王にする手伝いをしてもいいと民衆に思わせた、親方姫発。
――久しぶりに、カオを、ああ、まともに顔を見た! にかり、なんら変わらぬ笑み。だのにたくましくなって、この人ならきっと、と思わせる。それだから父ともども、手伝いをしてきたのは誇りに持てること。これからも、手伝ってやりたいと、思う。だが、ああ、やはり自分には時間がろくにないかもしれないのだと思うと、口惜しい。思えば、思えば遠くへ来たものだ。
遠いまなざしを当然見抜かれ、思いふける天化の前にじっと居続けてくれた発が、いびつに笑んで言う。
「
………天化。ちっとくらい、遠くに行ってもよ、俺ぁ、オメーのことが、
…気に入ってるぜ」
すきだとそのひとことを、掛けられなくなったはいつしか。彼に、新王としての自覚が芽吹いてから。きっと、きっとそう言いたかったのだと思わせる口よどみ。クリアな声がためらい、くぐもった。
「
………、
…そーかい。俺っちも、まぁ、それなりに」
イヒ、と湧いて出た笑みの自然さに、自分でも驚いた。ああ、気を張り詰めていたのだ、と自覚する。
発はわざとらしくくちびるをぶうぶう尖らせて、それがひどく、変わらなく思わせた。泣きたく、なる。
「ちぇっ。それなりかよ」
「それなりさ」
なんでもないふう返しながら、鼻がごくかすかにツンと、痛むのを見ぬ振りした。きっと、発にはバレているだろうけど。ほら、だれのせいさと言いたくなる軽口!
「相変わらずツレねーの。
…ちったぁ、安心したぜ」
そうだ。こんなリラックスした心地は、いつ以来だろう。
「
…うん。俺っちも、少し安心した」
それは正直な、感想だった。
「ははっ。そりゃよかった。
…おっと。そんじゃあ、また、明日な」
「おう。明日」
***
かくして黄河を越え、牧野での殷軍との闘いが始まった。妲己の姿に、天化の内で闘志がいっそう燃えたぎる。土行孫が悪敵だというのにこりずに美女だとはやし立てるのに対し、発は、太公望の与えた教本から学び取ることに全力。妲己に見向きもしない。少し、
…いや、かなり感心した。そこまでの成長を、と思った。その光が、周の日の出が確かに近いのだというその実感が天化の焦りを照らし、根深くする。影が、深まる心地。
暴走した紂王に、民が一切目に入らず踏み殺しさえしたその暴君に、自然湧いて出たのは、怒りに満ちたこんなことば。十天君との闘いを、思い出す。
「あんたを愛する民は一体どこにいるさ
…」
太公望が、足下を見よと紂王に言う。そうだ、こんなにもコイツは、もう民衆が見えてない!
崩れゆく暴君を、崩壊するその“怪物”を見上げる。同じく発も、そうしていると知らずに。発が気合いだけで力を入らている身でわずか、天化に背を預ける心地になっていると、まるで知らずに。
紂王が朝歌へと連れ去られたあと、天化は発が腹のど真ん中に傷を負ったことを知る。自身も紂王から深手を負ったので、愕然とする余裕すら本来ないはずなのに、わずか動揺した。
「
……あんた、俺っちからなんも学んでねーさ
…」
「うるへー!」
そして、楊戩から、発は妲己の誘惑があたりに及んですらいっさいの影響を受けなかったとも聞いた。それはかつて足蹴にした身である天化をやはり感心させると同時に、まばゆく、照らし影づくる。何故ならば、紂王との闘いで、天化の腹の出血はひどく悪化したのだ。頼もしくなっていく一方の発(危なっかしさもあるけれど)に比べて、比べてはいけないとわかるのに、ああ! 自分は、半端のまま生を終えようというのか? それだけは御免だと思った。タイムリミットが、明確に生じてしまった瞬間だった。いのちが、つきるまえ。それだけじゃ間に合わないかもしれない。
――武王が、紂王を討つまえ。それでなければ、紂王をこの手で倒すのでなければ、父を越えることなんてできやしない。
…ああ、そうか。高みを見て、高みを見て、高みを見てきたつもりだった。そうしてあしもと危ういで、ようやく見たそこに、真に自己を成すということを見出した。これじゃあ、十天君のことなんてとても言えやしない。
紂王を討つことの意義が、純粋に父の志そのものを継ぐことより個としての確立に傾ぐのもやむを得なかった。焦りと、半端な死への恐怖。それを色濃くするのが、かつて個としての立場や感情を置きやりさせられ王にされた姫発の、着実に立派な王に成りつつあるさまのまばゆさ。歴史における、確立の物語の光と影。そう形容するに、ふさわしい。
父母の血の継承を完全なものとするため、自身の誇りを完成させるため、自己を、形成し遂げるため。天化には、成さねばならぬことがあった。限られた時間で、優先順位が生じるのはどうしようもないことなのだ。思えば、遠くへ来たものだ。
父との“稽古”にかつて勝ったと聞き及ぶ紂王。彼を倒すことは、天化にとって、平和な国という父の理想を継ぐ精神性そのものより、直接的には父を越えることを意味した。それが、この生の目標を明瞭化する。父を、越えたい。認められたい。その父が今はここに居なくとも、封神台で見ている気がするのだ。ああ、そっか。見えていなかったあしもとは、とてもシンプルな、ことだったのだ。親を越えるのが親孝行だと、かつて、父は言っていた。ある意味でそれは、父の遺志を確かに酌み継ぐことだったのだ! 父の志は、ここに、この胸に在る。それが、黄家の血を継ぐ者としての自己形成。誇り。すべてだ。
太公望の阻止を不測の“支援”で乗り越え、禁城にて目の当たりにした紂王、かつての名君。白む空のなか天化は真剣勝負を申し込み、そして、勝つ。どーだ、オヤジ。俺っち、あんたを越えられたかい? これで、ああ、これで王サマにあとを譲れる。間に合った。詰めていた根が、やっと、緩む。首を斬るべきが誰かなんて、軍人の家系だ、誰よりも分かってたじゃないか。周の日の出は、もう間近。建物に隠れているけれど、もう昇ってきているのだろう。この陽を完全に天に知らしめるのは、自分の役目じゃない。王サマ、
…あのひとにゆだねて、その日の出を、のんびり見届けたいと自然思えた。このさきの光を、ようやく、ずっと見ていたいと思えたのだ。ちかり、わずか光の産声漏れる気配。ああそうだ、光はこんなにも、うつくしい。ほっと、緩んだ気。自己に納得し欲求の昇華されたその刹那に、けれど無情。どすり。目が、二重にスパークする。ああ、このすぐ目鼻先の日の出を見届けたかった。それすら叶いそうにないなんて、なんて残酷なんだろう。天化は刺されたのだ。恐らく人間の、兵に。背後からひと突き、腹を貫通した剣。考えてもいなかった死に方だ。それでもわずか救いは、間に合ったことだと、おもうのだ。
がくり崩れ落ちながら、うつむきながらそれでも、視界が明るくなっていくのを天化は確かに感じる。ああ、日は確かにのぼるのだ。わりーね、王サマ。ちっとばかし、余計な手助け、しちまったみたいさ。ほっと、ほっと安堵した心地で、すべてが白んでいくのを見た
――
封神台から、天化は、遺した見せ場を発が全うするさまを見ていた。
「
……ありがとよ、天化
…おまえの遺志は、いいや、皆の遺志を、俺は継ぐ」
そーかい。せいぜい、がんばるさね怪我王サマ。あんたがひとを斬るところ、初めて見たけど、立派だったさ。
…任せて、よかった。
ふわり、そよぐ新風が、発の頬をわずか冷たく撫ぜるのだった。
封神台から、天化は、発が寝所でいつかのように泣くさまも見ていた。
「
――…なあ、
…天化
…っ 俺たちにあるべきは、ぅっく、平和のさきのほとんどの離別でよ
…、死別なんかじゃあ、なかったはずだろ
……っ 違うのか、なあ、天化よぉ
…きいてたら、返事、してくれよ
…っ」
弱々しく、寝床を叩くこぶし。天化は胸が、ぎゅっと詰まった。返せることばが、なんにも、なかった。もう、遠くへ、来てしまったから。
封神台から、天化は、蓬莱島での闘いも見ていた。張奎が天化にとっての父のように聞仲を追い掛け、その背を越えようと苦悩し、そして聞仲の“影”に決別をつげた瞬間も。それはまるで、まるで、天化が限られた時間を飛虎越えという自己形成に費やしたことをまるっと肯定してくれたようで少し、うれしかった。父と聞仲との絆を、縁を感じ、そして、自分にとってのその相手がきっと武王姫発だった気もしたのだ。ずいぶんかたちは違うけれど、そんな、気がした。
すべての闘いを終え、せわしなく、周は躍動する。神界所属の神として見守っている日々のなかで、ふと天化は、自身の倒した紂王がピーク時の姿ではなかったことに思い至る。ぎりり、食いしばる歯。自分は、本当に、父を越えたのだろうか? 浮かぶ疑問。あの納得感はきっとそうだ。だのに、事実が、天化にわずか、くやしさを生む。
神界システムに横やりが入り、幸か不幸か、天化は紂王へのリベンジマッチをのちに成し遂げる。今度こそ、やっとこさ、自分を、掴んだ。
弟ともども武王への報告に行きがてら、さらりと、こんな雑談。
「そーいや、俺っち、紂王にまた勝ったさ」
イヒ、と得意げ笑めば、目をまんまるくさせる発がかつてのようにあどけなく見えた。
「そりゃ
…、
……そりゃあ、俺個人にとっては、最高の報告かもしんねぇな
…」
「
…そ、
…っかい
…」
頬がむずりとそわつくけれど、掻くのを惜しく思わせた。
「
……あんときは、ありがとよ、天化。
…直接、言ったことなかっただろ」
「
…どーいたしまして。俺っちのほうは、聞いてたけどね」
「はは、どこまでもずりぃやつ。
……なあ、俺もよ、たぶん、
…長くはねぇ。だからよ、生き様、ってやつを示してぇんだ。それが、俺に任せてくれたヤツらへの責任だと思うし
…何よりよ、俺自身が、そう、生きてぇんだ」
「
…そーかい。ま、見守ってるさ」
「
…っ、
……ありがとよ、天化
…」
泣きそうになるのをこらえた武王姫発に、ああ、確かに遠くへ来たのだと、思った。
終
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◆発天2作/ウソでもlikeの好きは言えない+だれかひとりを本気でなんざ

ともに甘苦い系。シリアステイストで甘さと苦さが同居してる感じです。後半の作品は、これから体の関係を持つかんじです。
発天の画像SSふたつの、本文のみのあとに画像SS版+もとになったらくがきを入れています。
(キャプションここまで)
ほろ酔いキスは、ほしのあじ。惚れたはれたを不明にさせる。このまま明日に、なればいいのに。そんな気にすら、ひとときさせる。
[ウソでもlikeの好きは言えない]
ウソでもlikeめかしてしまえば、いくらでも、好きと言えようものを。お茶に点心。つかの間のダベり。それらさえもがすきだと言えない。そこを嘘にすることができずに、不器用に、ただこう交わすのだった。
「
…なぁ、天化。俺ぁ、オメーのこと、めちゃくちゃ気に入ってんだぜ」
「
…そ、
…っかい。俺っちも、あんたのこと、まあまあ気に入ってるさ」
今宵も変わらず酌み交わす酒、時はほろ酔い。ふわり、いいムード。天化の手が、発の頬に添えられる。
「
…なぁ、王サマ
…」
「ん
…」
てのひら添え返す、発。乞われた通りにくちづけ交わすは、まるで星夜の味そのままだ。その動機を、酔いで擬態させる。likeの好きは、それでも言えない。まるで明けない夜のよに、とぷり、深い、ふかいくちづけに酔った。全てを酔いに動機づける。
――このまま、明日になればいいのに。そうすれば、初めて、好きだと言えるのだろうか。明らかに、否。
よりよい世界を、未来をつくったあと、待ち受けるはほとんどの離別。そうだとわかっているからこそ、ほろ酔いだけがすべての名君じみる。明日が来ればくるほどに、待ち受けるのはサヨナラへのカウントダウン。けれど今はひととき、協力者。
新たな国で王でなければならない。仙道の在留が万一あり得たとして、恐らく成れるは王と将軍。わかっているからこそ、本気の好きは言えやしないし、ましてそれをlikeに嘘めかすことも、できやしないのだった。
不器用に、不器用にただこう言う。
「俺ぁ、気に入ってんだ、オメーと過ごす時間」
「うん。俺っちも」
「
…そっか」
「そーさ」
ふわり、交わし合う微笑はどんなほろ酔いよりも真実じみて、どんな花より香り、そしてどんな酒よりも、甘苦かった。
『
…ほしっていうのに味があるならよ、ずいぶんと、
…変に甘くて、そんで、
…苦ぇんだな』
あるとき少し困ったようなあいまいな笑みで、発はそんなことを言ったものだ。天化は、こう返したのであった。
『そーかい? 俺っちには、ちょーどいいけどね。あんた、煙草吸わないからそう感じるだけさ』
『
…オトナだねぇ、天化サン』
『酒はあんたに教わったけどね。だから、あまくてちょうどいいさ』
からりと、いたく口説き文句を寄越してのけるものだ!
『
……っ、
……なら、今日も、ほろ酔いになるまで付き合ってもらうぜ』
『わぁってるよ、“王サマ”。酒は、呑まれすぎねぇ程度に、ふんわり浮かぶ星のように。
…だったかい?』
『うわ、はっず! 前に俺が言ったことまるまる覚えてんじゃねーか!』
強調された立場を、見ぬふりしてことばのじゃれ合いに興じる。
『俺っちは、結構気に入ってっけどね』
『あっ、
…そ
…』
『うん。なんか、護衛特権、ってカンジして良いさ?』
『そりゃぁ、なんつーか、解答を控えさせて頂くけどよ
…』
ぽりぽり、頬を掻くさまも、ふいと背けた丸めのまなこも、わずか揺れた活きの良い黒髪も。明らか喜色。同時に照れくささ。この時間を、距離を、天化はまるまる、あいしている。そうだ、ほんとうは、あいしてる! そして発のほうも同じなのだと、痛感していた。だからこそ。
うそでも、うそでもlikeの好きは言えやしないのだ。この好きを、likeに嘘めかしたくないから。けれど本気の好きを身分捨て交わせるほど幼くはなくて、すべて割り切れるほど大人でもない。だからほろ酔いのくちづけだけが、わずか赦されたい本音の時間。
ほろ酔いのキスは、ほしのあじがする。夜帳につかの間ゆるされた明かりが、表立って見えぬだけで日中もそこに在るのだとかつて仙界で学んだ。それを天化は発に教えてない。彼が、そうと知るのかも知らない。それでも彼はこのキスをほしに喩えるから、それでじゅうぶんだ、と、思う。
ほろ酔いのキスは、ほしのあじがする。だから。ウソでも、likeの好きを言うことは決して、これから先決してないだろう。ああ、ほしはあまくてにがくて、ちょうどいい。
終

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[だれかひとりを本気でなんざ]
王位を名乗らされたかと思えば、コイツが護衛だ、と同世代のおとこを紹介される。前から顔も名も知っていたけれど、そういえばサシで話したことはない。しぶしぶ挨拶した、それが先刻。今度は、武芸の稽古の時間だとまで言われる。
「
…んだよ。稽古係も、おまえなのか?」
「おう」
「ぱ
…宝貝とか、使わねぇよな
…?」
ドキドキ。不安で訊けば、こんなことばが返る! 皮肉なのだか本気なのだか、あいにくと今はまだ、酌みかねた。
「使ってほしいさ? やる気あんのはイイコトだけどよ、あいにく、今のあんた相手にゃ、禁止されてっさ。わりぃね」
ひょうひょう、した様子は本気にも思わせるけれど。とにかく発にとって重要なのは、宝貝は使わないという情報が得られたことだった。どっと、安堵する。
「よかった
…! 使われたら勝てっこねぇからな!」
おや。それに明らかムカリとされる。
「
……へぇ。たいそうな自信さね。ただの剣なら、俺っちに勝てるとでも?」
発は、先ほどの発言が天化のプライドを刺激したのだと理解し慌てた。
「なワケねーだろ! わりぃわりぃ、言い方がわるかったよ。
……ところで、おまえ、やっぱ強いの?」
「弱っちいヤツを護衛には付けないっしょ。第一、俺っち、武成王黄飛虎の次男、黄天化さ! 弱いわけがねぇ」
へへ、と誇らしげな顔に、少しだけ、心くすぐられる。
「うん、その名乗りはさっきも聞いたけどよ。
…オメェの、誇りなんだな、オヤジさん。俺もだよ。同じ次男っつってもずいぶん境遇はちがうけどよ、なんか、お前とはそこそこ上手くやっていけそうな気がする!」
亡くしたばかりの父を想い、胸をぎゅっと苦しめながら、それでもそこを大事に握りしめ、言えば、天化は目尻をふわりとやわらげ、はにかむように笑んだのだった。
「
…おう。俺っちたちの似たトコ、いっこだけ、みっけたね」
イヒ、と笑うさまがいつぞや偶然見た自然体の飛虎によく似ているとぼんやり思った。そして、その天真さに反して強いこと、強いこと! コテンパンにのされて、発は、ボヤく。
「
……俺たち、ぜってぇ、似てねぇ
…」
「なに言ってっさ、王サマ。俺っちがどんだけ手加減したと思ってるよ。最低限、本気は引き出してもらわにゃ、王位なんざ務まらねーさ」
本気。どきり、と、天化のその語にやけに高揚する心地。あたりを付けて、発は、ごまかすようにおどけて、それでも役得とばかり、思いついたことを実行に移す。
「
…ハイ。天化サン。
…こーゆー、手段はアリでしょうか」
「手段? 何か知らねーけど、ま、みせてみっさ」
へっ、天化のヤツめ、余裕かましてられんのも今のうちだけだぜ。鼻を明かしたい心地と同居する芽生えを、力強いまなざしに確かに込めて、発は天化の両二の腕をがしり掴む。じっと、みつめれば眉間をわずか寄せる天化の、頭突きでも来るのかと身構えるそのさまたるや。
――ああ、やっぱ、たぶんすきだわ。コイツのこと。なんか、たぶん。
ちゅっ、と、くちづけ上質なリップ音。その瞬間。ブン、とじりり灼け付く光線。ひかりの、剣。それの名は莫耶の宝剣と聞いている。寸止めすぎる寸止めにビビりながら、それでも発は、この掛け合いを確かにたのしいと感じていた。
「おっ、おう! やっぱし、出たな禁じ手。天化サン、今、本気でおどしにかかってたでしょ」
からからと、いつぶりか心から、笑うことが出来た。
「~~っ
…、そーゆーホンキじゃねぇさ!! ずっこいさ、アンタ! だいいち、俺っちが万一そのままブッた切ってたらどーするつもりだったさ!」
ああ、心配すんのそこなんだ。やはり、すきだと、直観を確信する。
「しねぇよ」
「へ?」
「おまえはそれはしねぇって、信用してたから、からかえたんだぜ」
「からかっ
……はぁ。もういいさ
…
…けどよ、信用、されるほど俺っちたち、交流ないさ」
「ははっ、ンなモン要っかよ! 眼を見りゃじゅーぶんわかる。コイツは、信頼できるって」
ぽうと、つかのま呆けられて、ぷいと視線を背けたその頬にわずかな上気をみて、あっ、俺たち今たぶんちょっと好き合ってるわ、と、思うもくちにはしない発なのだった。
そんなふうに護衛と王サマとしての日々が始まり、繰り返す脱走に律儀に付き合う天化を連れ回しては街を見せる。どーだ、いいとこだろう。そうは言わないけれど。
「おっ、あそこにプリンちゃんはっけーーん!! この街もまだまだ、知らないトコがあるんだな!」
「
……なぁ、王サマよ。まちを見て回るのはいーけどよ、プリンちゃん、プリンちゃんって、そんなにナンパして、あんた、オヤジさんみたいに多妻にでもなるつもりかい」
どきっと、する。天化のほうに真っ直ぐ向き直って、それでもわずか、遠い目をする。
「
……オヤジのは、慈善事業みたいな部分や政の一環もあったけどよ
…俺ぁ違うぜ。全員と、恋愛結婚するのさ!」
そうでなければ。そうでなければ、やってられないと思ったのだ。ああ。
打てども響かず、あるいは応えず。天化はさらりと、こんな風に返すのみ。
「そりゃ、モテるヤツの言うことさね。あーた、いつもフラれてばっかっしょ」
そーだよ、俺ぁ、フラれてばっかだ。
「
……、
…だれかひとりだけを、本気で愛するなんざ、俺ぁ、ゴメンだ」
そうだ、だれかひとりだけを、本気でなんて。
「
……べつに、」
ぽつり、いつものどこか青竹を思わせる声が葉をかすかさざめかせ、大気へと消えていくので、発は自動運転のように思わずそちらを見る。
天化が、天化が、続ける!
「
…べつに、アンタ王なんだから、どっちでもいいと思うけどね。俺っちのオヤジとオフクロはそうだったけど、叔母さんは紂王の後宮に入ってたし。俺っち、どっちも好きさ」
「
………っ、
…そりゃ、
…そーかもしんねーけどよ
…おまえ、
…言ってること、わかってんのか?」
わずか苛立ち、同時に期待。焦り、困惑、すべてがない交ぜ。
「わかんねーほど、ガキじゃねぇつもりだけど。
…試してみるさ?」
ニィ、と、困ったようにくしゃり笑むのが、やっぱりガキじゃねぇか、と、おもわせた。
ああ、この感情に、この立場にふさわしくないそれに、困っているのは自分だけではなかったのだ。同じところは、ここにもあった。発のほうからは決して言ってはいけない誘いを、彼は、天化は自ら引き受けた。それすらも、きっとわかっていてなお。
ほんとうに、どうしようもなくすきだと、おもう。バカなことをすると、わかってる。それでも。
「
……帰るか」
「決断、早いねぇ」
しみじみ、言われて、当然だろと返す。
発は新王になるのだから、天化ただひとりに人生を捧ぐことは赦されない。けれど。彼を今ただひたむきに愛することが、そのこころの自由だけは、ゆるされてもいいとおもうのだ。
誰か、だれかひとりを、本気で愛するなんて。
――……ゴメンな、天化
…
好きとも抱きたいとも言えない発に、すべて責任負おうという彼はやはり、王をかばう護衛なのだろう。新王姫発の、こころをかばう。ああ、ほんとうに、すきだとおもった。
終

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◆最後にホントのただいまを/発天
天化にとってただいまを言える場所や相手がどんどん失われていくなか、発は周を時折そう言える場所にできればいいと密かに思っていたらいいな。立ち寄ってほしいと思ってるものね
…
シリアスで所々甘い部分もある。診断お題『ただいま』
https://shindanmaker.com/392860から。
(キャプションここまで)
ただいま、と、そのただひとことだけでも、聞きたかった。それが、発の率直な感想だ。もちろん本心からその語を言えるほど、天化が苦難を経てないわけじゃないことはわかってる。だからこそ、だ。だからこそ、彼がそれらを乗り越え、ただいま、と、時折気軽にそう言える“新しい場所”を作ることがモチベーションの一つだったから。この耳で、ききたかった。この胸で、受け止めたかった。おかえり、俺の護衛サンよ。そうただひとことを、直接返せたのなら。てのひら、剣越しにぎゅっと握りしめた手。ああ、錯覚だ。わかってる。それなのに。
――なぁ、天化よ。俺たち、寄り添って来れたのかな。
かつて彼が自分にそうしてくれたように、境遇を苦しくも受け止め乗り越えるためのそばに居られただろうか。バタバタと慌ただしい日々のなかでも、こころのそばに、居られただろうか。
生まれ故郷も育った場所も、大事な家族も師もぶっ壊された天化がそれでも、生まれ故郷を手に掛ける天化がそれでも、ただ人間たちの新しい世界をつくるためという父の遺志だけじゃないなにかを、成し遂げたのなら。発は、思う。ただいまを言える仙界の代わりに、ひとときの止まり木で、新国にただいまを言えてほしかった。いつか去って行く、かりそめの宿代わりでも。
黄一族が周に来たころ、天化は新王の傍に新たな居場所のひとつを、見出していたように思う。それが崑崙という育ちの故郷ありきだったとしても。生まれ故郷を滅茶苦茶にされた怒りが、そこをつくりなおすという計画と合致しただけとしても。
護衛に、と付けられた天化の目を、発は最初、すり抜けようとしたものだ。天化が当然のようについてきたので、仕方なく、そのまま街でぶらり散歩して帰った。その、初日のことだった。こそりと、目立たぬよう城に戻ろうとする発の背をばしりとはたいて、天化が、こんなことを言ったのだった。
「ほれ、王サマ、帰ってきたならあいさつさ。あいさつは基本さ!」
びっくりした。どんだけ真っ直ぐなんだよ、コイツ。そう思った、なのに。
「お、おう
…? ただいまー
…」
まっすぐな眼に、さっぱりとした笑顔に。つられたのだ。そうだ、つられた! 小声も徐々に消え入りながら、だれにも聞こえないと良いと思いながら。否。
「うん。良くできたさ」
あ、隣のコイツに聞こえてよかった。そう、思ったのだった。コイツとまた、ただいまを言いたい。言える場所があるありがたみを、生まれて初めて、噛み締めた。天化からは、大事なものをたくさん学んだ気がする。
それから、時折の脱走のたび、発はただいまのひとことを並んでくちにできる喜びを密かに感じていた。天化からの武芸の稽古ではどれだけつらくても最後にありがとよとお礼を言ったし、じきに、よろしくから始められるようになった。
あいさつを、交わせる相手が増えるっていいな。純粋に、思ったのはそんなこと。当然単純にそう喜べる状況じゃない。失った相手も、居る。それでも、天化と出逢えたことは、発にとって人生の小さな革命の連続だった。
趙公明とやらの闘いでは不覚にも人質にとられた発だが、砂時計を斬ってくれた天化に、それから皆に、ありがとよ、と、心からの礼をひとつと、詫びのことばを入れたものである。それからだろうか、軽率にプリンちゃんに食いつかぬよう、慎重になり始めたのは。それはじきに、妲己という存在がいろんなヤツらの仇である意識にようやく繋がり、天化のみならぬ黄一族にも、申し訳なく思ったものだ。謝罪をきちんと入れるのが、間に合ったことは少し救いだった。胸のざわつく報告も、ひとつ得たけれど。
趙公明との闘いを終えれば早々に、仙界同士の大きな戦いが生じる。黄一族は“全員”人間界に在留したが、すぐ、参戦しに去って行った。天化にとっては、戦士としての誇りがそこにあるだけでなく、故郷の存続も掛かったものなのだと発は理解して、引き止めなかった。ただいまのひとつが、そこにあるのだ。
「
……王サマ。俺っちたち、上に、行ってくるさ」
「
…おう。“行ってらっしゃい”」
「
……ん。“行ってきます”」
らしくもなく丁寧語。文字通りの上の空、だのに。交わしたあいさつだけは、まるで新婚夫婦じゃないか。その不似合いが、おかしいほどに、胸をぎゅっとくるしめた。
そして、
――そして、あいつらは、
…この国は、あまりにも大きすぎるものを、失った。ただいまを言う意志はきっともうないくせ、平然ぶって、再会し頭こう言う。
「
…よっす、
…ただいま、王サマ」
痛々しいほどに、にがいえがお。軽く言おうと努めているくせ、ことばが、くちが、おもたくひきずられる。決して、ズボンの端をつまみ泣いたままの弟の重みだけではあるまい。
「
……、
……おかえり」
よく帰ったなと、そのひとことを言うのがためらわれてほかに何も言えなかった。だって、まるで帰らなかったひとがわるいみたいじゃないか。天化が、色々失ってなお本気のただいまを言えるわけなんざ無いと、発には分かっていた。だからこそ、ちょいちょい、と、手招きをして、おどけてみせるのだ。
「
…なにさ」
「いーから」
言えば、一歩近づかれる。発はふわり上質な純白を揺らして、天化と天祥をぎゅっと抱き締め、天化の肩甲骨あたりを、それから天祥のあたまを、ぽん、ぽんとあやすようにやさしくたたき、「
……おかえり」と、それしか知らないようにもう一度繰り返した。天化ははっとしたように発の肩に顔をうずめるけれど、涙は、ながさなかった。
「
………うん」
おかえりへの返事をゆっくりと、噛み締めるように、消え入るように言いながら。発の肩は、右腕の重みを支えるだけの力強さをもう、その手に教わっていたのだ。
もう、本気のただいまを聞くことはないんだな、と、そのとき発は察した。ああ、いつか、こいつもホントに去って行くんだろうか。そのときに心からの行ってらっしゃいと時々のおかえりを、言える場所を作らねばならないと発は密かに思った。
それからの天化は、護衛の任をひととき休み、天祥との時間に割くことになる。自然、発にとっては、天化と接する時間も減るのだった。兄弟稽古にわざと乱入していっては、コテンパンにのされたりもした。それでもやはり、物理的に近しかったあのころを、心寄り添っていたあのころを、想い、さびしくなるのだった。
それでもそうばかりもしていられない。そして牧野にて紂王をとりのがし、改めて、朝歌へと向かう。そのすぐ夜のことだった。発は、天化が消えたと聞いたとき、思ったのだ。たぶん紂王のところに行ったんだろう、と。その程度の交流は、重ねてきたつもりだ。報告を受けずともわかっていた。帰ってきたらあいつ、ただいまって言えるのかな。きっとばつわるげに、それでも喉につかえたものがおちたかのように、言うのだろう。それは信頼で、期待で、何より願いだった。だから、なあ、無事、帰って来いよ。
あいつのただいまを聞くことはもうないと、確定的に知ったのは日の出だけがやけに目を刺す、禁城の朝だった。建物の金塗り部分がちかりときらついて、目をすがめる。新王は、新国はここに成る。これが、周の日の出か
――
紂王との短い時間。幾つかのやりとりで、発は、紂王が天化を含めて周を、“若い”国の門出を、若者達の新風を祝福してくれることを理解した。誇りに思うと同時、フクザツだ。
「
……その言葉、新王としてはなによりの、誇りに思う。
…ありがとよ、紂王」
「
……ありがとう、か
… どう、いたしまして。と、言うのもおかしいだろうか
…」
ふふ、懐かしいな、と、ひととき安らいだ心地に見える紂王に、ああ、ほんとうに天化の成し遂げたものを、痛々しいほどに実感して、脇目もふらずに泣きじゃくれたなら、と発は思った。
新王として、誇りに思える国をつくれたこと、何よりの安堵。だのに。犠牲が、あまりにも失ったものが多すぎて、この国は血を流したのだと、背負って生きていかねばならぬと発に思わせた。特に個人的な交流や関わりの深かった天化においては、最後に成したものを誇りに思うと同時、あいつもそのまま死にたくはなかっただろうに、と、悔やまずにおれないのだった。ただいま、のひとことを、聞くことがもうないと、それが発個人としてはひどくさびしくて、枕をしめっぽくさせる。
最後にホントのただいまを、ただいちど、聞けたなら。駆けつけることを自分に許さなかった新王の位を、悔やむことは決してない。天化の成したものに、けちをつける気はない。けれど。ただただ純粋に、思う。おかえりを、言いたかった。もっと、生きていてほしかった。
最後にホントのただいまとおかえりを、そのただひとことだけでも、交わしたかった。あいつから教わった、大切なもの。それを全力で、心から交わし合えたなら、と思わずにおれない。そしてそれが最後でなければ、もっと、もっとよかっただろうに。
もっと、生きていてほしかった。叶わぬならせめてホントのただいまを聞きたかった。周の日の出を、血の色の禁城を、忘れることは決してないだろう。
終(お題:『ただいま』
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◆たとえばまるきり何でも無い日を/発天

ゲーム仙界伝弐の時系列。再会して、あのころを思う酒席。交わせないものを呑み込んできた二人。最後、画像SS版を入れています。
誕生日が近いときいて。シリアス部分多いですがそれなりにハッピーエンドです。誕生日は直接は関係ないですが、誕生日と言えばあんばーすでーなので
…!
(キャプションここまで)
「
……なあ、天化。俺ぁよ、お前とだったら、たとえばまるきり何でも無い日々を積み重ねるでもよかったんだ。なのに現実ときたらどうだ? 何でもない日なんざ、いっこもなかったな! あの頃は全部に必死で、駆け抜けるように過ぎてった。そん中でちょいと抜け出したりもしたけどよ、
――全部が、
…本当に、大切だった。あの頃からそう思ってたのに、結局照れくさくて言わずもがなにしちまってたな」
それは神界システムに邪魔が入ったことで、神となった者たちの一部が人間界に再びその身を現す盛大なドタバタも一段落を迎えたころ。くい、と傾げる赤に金縁の盃が、上等な酒にはよく合い、だのにまるで悪酒じみる。人払いをした意味をそこに見出して、そんな気がしたのにあのころのように応じた自身を天化は苦々しく噛みつぶすのだった。くい、と盃傾げて一転、わざとらしくコロッと笑んでみせる。胸にちくりと、まるで星でも幾重に刺さったようだ。
「
…ぷはぁっ! さぁさぁ、王サマ! 月見がマズくなる長話なんざよして、もうちょい、ダベろうや。これで今生の別れっつーワケでもないべ」
にかり、真白の歯を見せ、好青年ぶって言う。あのころのように姫発の肩をばしばし叩くことだけがただできなくて、ああきっと、ばれてしまうのだと思った。案の定。
「
…ウソだ。お前は、もう、俺に会う気がない。たとえ、また同じ事が起きたとしてすらな」
「
……っ、
…酔っ払いのくせに、
…なにが、わかるさ」
ふいと、思わず背けた顔を長い前髪がさらりと隠し流してくれればいいとただ思う。
つかの間張り詰めた酒席はまるで、かつて天祥やオマケで飛刀と肺活量鍛錬だとふくらめた風船そのままだ。針を刺すこともガス抜きすることもできる、どうとも転べる危ういその空気は、温かい思い出ですらわずかの和みも与えない。それを見透かすかのように、姫発はその縛り口をゆっくりほどくことを選ぶのだった。静かに、緩む緊迫。それは意外のようで妥当めいて、天化の胸を、ぎゅっと苦しめる。
「
……お前の事ぁきっと、ほかにもっと、詳しいやつがわんさかいる。
…けどよ。俺の立場をいちばん思い知らされてるのは、今は、俺自身だと、思ってる。だから、
…わかっちまうんだよなぁ。お前ならきっと、どうするか、って。短いなりにその程度の密度の時間は、積み重ねてたと思ってるんだぜ?」
な?、とこてり、傾げたあたまは ああわざとだと天化に思わせる。
「
……なにさ。
……なにさ、
…若者ぶって、そんなしぐさ可愛くもなんともねーし。あんた、ちっと、傲慢さね」
泣きたくなる自分すら、きっと若者ぶった思い違いだ! きっと胸中知ってその上、おどけてみせる姫発にまなじりこする。
「んだよー。俺ぁ幾つになってもピチピチなんだからな!」
「呆れて物も言えねぇなぁ」
やんややんや。ああ、こうしてきっと、核心をまたうやむやに済ませてしまうのだろう。ほっとして、胸に刺さった星は、いつかぬくもりに変えられるような気にさせた。
ひとこと、ただひとことだけを交わすことがないのはきっと、決まり切った陳腐なのだ。その意味で自分たちはやはり、姫発のことばを借りるならまるきり何でも無い日々を、積み重ねていたに違いない。だのに。決まり切った陳腐が、この酒席ただひとつすら、何かしら意味を持たせてしまう。有り体な結末。そうかもしれない。知らんぷりした日常。そうだろう。転機? バカげてる!
「
…なあ、天化よぉ。また人間界に干渉することがあったら、そん時ぁ、この上通れよ」
指された月夜が、ゆめゆめ神秘じみてはならない。
「っ、
………できないさ」
「いいだろ、そのくらい」
どきっと、した。おどけた空気から一転、それはトーンだけをとれば押しつけじみて、だのに目に見え、泣きすがるこどもじみたのだ。
指された図星が、ゆめゆめ真実じみてはならない。
天化は、その嘆願を、
…蹴った。げしり、と、未だ腹の古傷くすぶる姫発のすねを蹴ってみせたのだ。
「イッテェ!
…なんだろう、この感じ、久しぶりっつーか
……ああ、マジで、いつぶりだ?」
「知らねーさ」
ほんとうにそう言えば知らないのだから、間違いはないだろう。少なくとも、それは姫発が傷を負うよりはわずか前だった気がする。当初の理由こそは彼の傷そのものでないのだから当然だ。それ以降、がしり、と、肩を掴むくらいはしたかもしれないが、ふれ合うことは“終盤”随分減った。
「
………はぁ。なんか、俺っちばっか気ィ遣って、バカみたいさ。
――王サマ。さっきのぶん、これ、いーかい」
「おう、何か知らねぇがどんとこい!」
広げられた両腕をテキパキ下ろさせて体側。バシッ、と、ひとつ気合い入れでもするかのように肩を叩く。
「っ、
――~~
……、つー
……浸みるぅ
……
…はぁ。やっぱ、多少は響くな。なんつーか、格別に」
「っしょ。懲りねぇ王サマにゃ、根負けしたさ。いーよ、この上くらい通ってやる。けど、会うのはやっぱ、これが最後かもしんねぇなぁ」
どーするよぉ?と、いじわるくぐりぐり、姫発の胸に指でちいさい渦を描くのだった。
「うっっ、承知はしてたがハッキリ言いやがったな
…けど、ヨッシャ! そう思ったら、いっそう張り合いが出てきたぜ」
笑む親方は、太陽そのもの。はにかんで天化は、自分の気持ちをこんな提案で返すしかできないのだ。
「
…おう。なんか、乾杯とかしたくなってきたさ」
「おっ、さっきも軽くしたけどしとくか?」
「よっし。そんじゃあ
…」
何でも無い夜にカンパーイ!、と、打ち合わせも無くことばぴたりかさなる。それがからだの、かわりとばかり。それがこころの、そのままとばかり。ただひとつ重ねられぬあのことばのかわりに、あまりにぴたり重なったものだからきょとりとわずか間が空いて、それから破顔する。
「
……なんやかんや、俺っちたち、ウマは合ってたさね」
姫発は、天化のそのことばが決して最後だからという振り返りではなく、あのころを純粋懐かしむものと解して、泣きそうになるのだった。あの日から喉を枯らすことも赦されず懇願してきた、あの日から誰に当人ただひとりにさえ打ち明けられずにきた、願い。またあのころの、ように過ごしたい。たとえそれが、まるきりなんでもない日でも構いやしないのだ。今日のような夜ならなお素晴らしい!
この夜は確かに、何でもなかったし、特別だった。「じゃあな」「ああ」と、去り際挨拶。それがまるで二人のそのもので、象徴で、変わらぬ確かなものだった。
つみかさねてきたものは、思い通りにならないこともある。必ずしも、リトライのチャンスがあるわけじゃない。それでも。真実、のこるたしかなものをいだくことは、心の自由としてゆるされるときもある。
姫発と天化が個人的に会ったのはそれが本当に最後だった。神界へと戻る神々を見送る際にまた顔は合わせたけれど、ぱちり合った目がまるであの夜の星のまたたきそのまま。ニィ、と笑み合いこつんとこぶしを軽く合わせて、それでひらりと、手を振り終い。
それからあと、姫発が月見酒を楽しむさまが、よく見られたという。
終

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◆【微エロ】確かにそこに在るものだけがただ甘く/発天

シリアス気味ですが根っこにある感情は甘さとシリアスと半々くらいです。体の関係は持っても大事なことは交わせない発天ですが、今回は交わさないことを暗黙に留めず言及します。でも交わさない。
(キャプションここまで)
「
……あんた、ヒトを抱いといて意外と、ホイホイ好き好き言わねぇのな。実は、ちょっち驚いてるさ」
ま、そーゆー関係でもねーけど、と、付け足しながら天化はさもないふう。びゅう、と流れ込む風に貼り付いた前髪をついとどかす色香にも、そのままに弄ぶゆびさきにも、的確なつるぎにも発はどきりと心臓を跳ねさせられた。それは幾度目かになだれ込んだしとねにて。訊ねられたるは、単純疑問の色に見える。紫煙が星に融けるを見やって、発は、返した。
「
…だってよ、お前、俺の武成王にはならねえんだろ。言えっかよ」
ぷい、と、頬杖のまま背けた視線は拗ねじみただろうか。ほら、きょとりと体格のわりにまるっこいまなこが二度瞬いて夜闇に消えるじゃあないか。
「
……ははっ。なーに言ってっさ、この国にはオヤジが居るっつーの。俺っち出番ナシさ」
ああ、今日も肝心なことはなにも交わせやしないのか? 稽古の要領でいま一歩。もう一歩、踏み込むことを発は選んだ。
「そりゃ、親父さんも居るよ。居るけどよ、俺ぁ、おめぇが居なくなったらさびしーぜ」
天化の表情を形容するなら、唖然、のひとことに尽きた。踏み込んでくるとは思わなかったか? 油断したな、名剣士。
天化はぎりり、と煙草を消し潰し、長い前髪で目元を隠す。くちもとは苦々しさそのもので、犬歯が、鋭くもにぶく、制止をこころみる。
「
…っ、
…王サマ、」
「俺には、お前が要るんだ」
「王サマ、やめるさ
…っ!」
「なあ、ほんとに、お前ら仙道は上に引っ込んじまうのか? そんなのって、アリなのかよ」
「
………」
だんまり。そのまま、天化は発に、のしかかってくる。
「
………、
…もう一戦交えるなら、コッチのほうがいいさ? べつに、あんたは寝転がってるだけでいーし」
「天化、俺ぁ、オメェが居てくれるなら将軍でも何でもなくても別に構いやしないんだ」
ダァンッッ、と、発の顔の真横に、こぶしの側面が叩きつけられる。びりり、と、緊迫が背筋を伝って直に感じられた。それでも。意を決して、今宵こそはと、発は続けるのだった。
「おまえを道化にさせるつもりはねーよ。ただ抱き潰すつもりも、ねぇ。けど
……けどよ、どんなにこの指がお前を求めようと、どんなにこの喉がおまえを呼びたがろうと、俺ぁ、おめぇを好きだと言う気はさらさらねぇ。
……当初から、決まりきったことだもんな」
へらり、強がり笑顔を真上から真正面に見てしまった天化が、見開いた眼をぎりり歪ませ、泣くでもなく、わらうでもなく、たださびしげに、迷い子じみてそれでも同じく強がり、そんなところだけ揃いで、言うのだった。
「
………おう。俺っちたち、この道にだけは、逆らえねぇんよなぁ」
「はは。時々あらがうくらいは許せよ」
「そん時ぁ性根たたき直してやっさ」
曖昧に、ああトワイライトもまだ遠い。
「
……あのー、ところで、天化サン。もう一回戦、ってのはまだご有効で
…?」
そわり、そわつく発に天化は露骨にいやなかお。ピン、と発の鼻先を爪ではじいて、言ったのだった。
「
……この流れでそれ訊くかい?」
「いや、いちおー承諾を、とだな
…」
「相変わらず、バカ王サマさ」
「おう、俺ぁバカだよ」
だから分かっていても抱き合うことを選ぶのだと、その言外を吸い殻のように今宵ももみ消す。
眼が、どちらともなくつうと細まる。噛みつくようにのどぶえに口づけられて、それだけがただ特権とばかり、ああ互いに、そうだ互いに、許されぬ逃避行ごっこ。鳥かごほどの、限られた部屋で今宵も。
確かにそこに在るものだけがただ甘く、胸をぐしゃぐしゃに掻き乱す。確かにそこに在るものだけがただ甘く、朝陽を嘘じみさせる。確かにそこに在るものだけが、ただ、甘く。次の夜も平穏来れば良いとただ、願わせる世なのだった。
二人の過ごした時間は刹那で、歴史に何ら、刻まれもしまい。それでも歴史をヒトの動きと見るならば確かに、そのなかのふたひとの時間に確かに、在ったのだ。ふたりの、ふたりだけの知る、時間が。共有したものが、そして、共にを選ばなかった意味が。
そこに在るものだけは確かに、ただ、甘かった。
終
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◆木漏れ日ロマンティック/発天

かつて天化と発との間でなにかが動いた桃の大木も切り株となり、王として思うこと。少しシリアス。甘さも少しある。
(キャプションここまで)
「
……、
…そうか。分かった、様子を見に行くから、調整してくれ」
あの、桃の樹が。知らせを受けたとき、発の脳裏には幾重もの大切な思い出が、蘇った。
領地内の桃の大木が根こそぎ傾ぐようにして倒れたということは、必ずしも“訪問者”の根絶に繋がるわけではない。たぶん、それでも来るだろう。それよりも問題なのは被害の有無だ。幸い、なしとのことで安堵した。
けれど根を掘り返すのもおおごとで、取り急ぎ切り株の状態にして浮いた部分に土入れを行なうことにする。切り株となった、かつてはサボリの憩い場でもあった樹。こんな姿に、なっちまって。見上げる空。刹那、その樹の魂魄がまるで飛びでもしたかのように錯覚。発は、眼をひとつふたつ、またたかせる。もう一度、切り株を見た。それは、かつて遺されたあの一振りの剣を思わせて、発の胸と眉頭とをぎゅっと、締めつけるのだった。
『お、休憩かい? なら、俺っちもそこ行くさ』
『げっ
…サボるときまで、ついてくんのかよ。護衛っつーのは、王なんかよりよっぽど忙しいんだな』
あれは、天化を護衛に付けられて程なくしてのことだった。嫌味で、発はそう言った。けれど彼は。
『護衛に朝も晩もあるかい。けど、ま、護衛にしろ王サマにしろ、ヒマしてるくらいのほうが丁度良いのかもしんねぇなぁ』
朝も晩もつぎのあさも、護衛なんかされてたまるもんかと思った。だのに。
それは、ちょっとした好奇心だったのだ。いかにも遊び慣れてなさそうな人間界生まれ仙界育ちを、真っ昼間から繁華街に連れ出したらどうなるだろうか? どうにも嫌悪の顔はしそうになく、人となりが掴めないなりに、あれこれ考えさせられる。王がヒマをするということは、領土の拡大も縮小もろくにないはずだ。インフラも整備しつくし、大きな事件がなく
――たぶん、人民はそのくらいでいいのかもしれない。天化がそこまで、想定したのかはわからない。けれどそれについては発も幾らか同感で、少しだけ気が合いそうな、予兆を感じたのだった。
それが確信となるのは、飲み比べで対等にほろ酔いになったときよりもむしろ、飲み屋からほど近い桃の木陰、そこを休憩に使えば少し物欲しそうにしたとき。
『
……つまんでみるか?』
『
…共犯に、なる気はねーさ』
『おっ、気が合うな。訊いてはみたが、俺もここのモンをつまみ食いする気はねぇんだよなぁ』
収穫量や課税のさしさわりになるのは無粋と、何となく今の立場なりに、思う。
天化は、驚いたように眼をぱちくりとさせて、それからピュイと、くちぶえひとつ。
――へぇ。ちったぁ、見直したさ。
思っても、くちにはしない天化なのだった。あいにくと、発のほうはそれをなんとなく察しくすぐったげにもぞりと身じろいだけれど。天化が気付かぬふりをしたので、発も、気付かれていないふりを、したようだ。
『
……なあ、王サマ。知ってっかい?』
『ん? なんだ?』
『厳密にゃ桃の仲間じゃないらしいんだけどな。コケモモ、っていう、高い山にしかない果実があるらしいさ』
『
…へぇ。コケモモ、か。聞いたことねぇな』
『なんでも、元始天尊さまが言うには、仙桃なみにスゲェ滋養があって、仙人でも不老不死を求めて食べた、なんていう伝説もあるみたいだぁね』
発がその話に垂涎するでもなく、ただ世間話として捉えていることに、もうひとつ天化は見直すところをみつけた。静かに、さらさら枝葉のおととともに聞くモード。すこし、気に入った。
『
……今度、こっそりとってきてやろうか?』
『へ?』
ニヤリ、笑んでみせるそれは、試金石。ちょっとした、イタズラ心だった。まなこを刹那見開き、それからやや思案する様子の発に、ああ、こりゃまだまだ俺っちが傍でビシバシ鍛えてやらねーとな、と、天化はため息ひとつ。ぴん、と、まるでタバコをはじくときのように、発の額を人差し指で弾く。
『ジョーダンに決まってるっしょ。あんた、ひとりだけ不老不死になってどーすっさね』
『いや
……その
…、
…そしたら、俺も、
…おまえと、もうちょい一緒に居られるのかな、って、ちょっと思っちまったんだよ! おまえのイタズラっぽい笑みがちょっと気に入っちまったとか、おまえがとってきてくれるならアリかなーとか
……ああそーだよわりぃかよ! どーせ俺は、未熟モンだ!』
発の返答に、天化は、ぽかんとくちをちいさくひらいて固まる。ああ、タバコを吸っていなくてよかった。そうしたらヤケドしていたに違いない。
さらさら、さらりと、桃の葉のように涼やか揺れる発の髪が、ああ、木漏れ日のみせるいたずらだ。わずか、わずかロマンチックに、好奇と心、揺さぶられる。
かあっと、頬の火照る心地。天化はすらりと通った鼻筋をうつむかせ、つむじをあらわにした。ふる、ふるり。バンダナをしているぶん、発ほどには髪は揺れなかったろうけれど、それでも自分も、同じく木漏れ日の魔法に見せているのだろうか。そうで、あればいいのかわるいのか、わからないのをほろ酔いのせいにする。
『
……っ、
…あんたにそんなに滋養が要るくらい忙しくなるころにゃ、俺っちの護衛業ももっともっと忙しいはずさ』
『おー、採ってくるヒマなんかないくらい、おまえが傍にいるのもいいかもな』
そりゃ名案だ、とばかりぽんと手を打つ発。酔いが、
――酔いが、回ったんじゃねぇか。上機嫌にかんらかんらと笑われて、この笑い上戸が、と、苦々しく思う。
『
……ま、興味があったらカバっちにでも頼んでみりゃいーさ』
もう、やけくその天化に反し、発だけが何故か、木漏れ日に融け込むようにわらうのだった。
『俺ぁ、おまえが採ってきたやつがいーけどなぁ。けど、そのぶん横に居ないっつーのは困る。だから、たぶん、食う機会はないんだろうな』
元々、ありっこないのだ、そんな機会。ありも、しないのだ。天化の任は、発を守り、武術面で鍛えること。それ以外のことは、そうだ、必要の無いことだ。
結局、発がそのコケモモとやらをくちにするどころか目や耳にする機会もそれ以降ついぞなかった。その話は、それきり出なかったのだから。それに、忙しい日々のなかで忘れかけることもあったし、あればいいのに、と愚痴りたくなるのをこらえるほどヘトヘトに疲れ果てることもあった。
――愚痴る相手が、そこにもういないことも、あったのだ。
発は、桃の大木の切り株をじっと見つめ、空を再び見やる。思うのはやはりあの木漏れ日のなか聞いた凜と涼やかな声と揺れる前髪。あれからもたびたび、飲み屋の帰りにはどちらともなくそこにもたれかかったものだ。軽いケンカもしたし、わらいあったこともたくさんあった。食べ物の趣味だけはついぞ合わなかったけれど、それ以外のウマは、合っていたように思う。
切り株に供養の儀を手配しながら、思い出したのはそんなこと。この立派な桃にも、魂は宿っていたのだろうか? だとしたら、あのときの自身の揺らぎを黙っていてほしいのだ。もうない木漏れ日に想いを馳せながら、発は王として、前を、向き続けるしかない。それこそが、天化や、数々の犠牲のうえに立つ自身の責務と知って。
発は、前を、向く。木漏れ日の未練は外套の裾に秘め事。その内にこもることだけはせず、それでもただ、過去として慈しむ。時に、自戒する。前を、ただ前を向くことだけが、うしろにあるものたちへの供養と知って。発は、前を、向く。
木漏れ日は、ああ、今日もどこかでロマンチックになにかを起こしているのだろう。樹の数だけあるそれをほほえましく見守る王でありたいと、ただ思った。
終
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