溶けかけ。
2024-09-14 17:01:57
1826文字
Public ほぼ日刊
 

それは確かに恋だった

水の龍王ヌヴィレットが純水精霊フリーナと出会っていたら、というIFのお話です。
また、フリーナがフォカロルス、フォカロルスがフリーナの役を担っていたら、というIFでもあります。


「また、来たのか?」

「そ、そうだよ……悪いか!?」

 龍が呆れたように鼻を鳴らす。
 僕の仕事は彼の監視。
 純粋精霊の中で一番弱い僕はいつも貧乏くじを引いている。エゲリア様はそんな僕のことを心配してくれているけれど。

「何度来ても同じことだ。私は君たちの王を打倒する」

「だから、それを止めてくれって言ってるんだ……

 はあ、とフリーナが溜息をついた。彼は僕らと相容れない。それどころか、僕らの王を打倒しようなどと言っている。ヌヴィレット――龍の王様、水の支配者。
 天から遣わされたエゲリア様と彼は原始胎海を取り合う関係だ――みんな、仲良くすればいいのに、とフリーナは詮無いことを考える。二人が敵対関係にさえなければ、フリーナがここに来ることはなかったのだから。

「あーあ、人間になりたいなぁ……

 以前、海から見た歌劇を口ずさむ。あのときの踊りは確か……思い出しながらくるくると回る。手足のない身体では、細やかな動きは出来ないけど。

「なんだそれは?」

 フリーナが悲鳴を上げる。ぴょん、と飛び退った彼女はヌヴィレットを咎めた。

「び……びっくりしたぁ……いるなら行ってよ……

「ここは私の住処だと忘れていたのは君だと思うが?」

 ヌヴィレットが呆れた視線を向ける。フリーナは居た堪れなくなって目を反らした。

「人になったとして、君は何がしたいのだ?」

 彼が問う。人になって、何がしたいか――か。

――恋がしてみたいんだ」

 柔らかな声音がヌヴィレットの耳朶を打つ。夢見る幼子のようなことを言う純粋精霊に彼の胸がズキンと痛んだ。

……くだらないな」

「フンッ……なんとでも言えばいいさ。僕はいつか人になって歌劇のような恋をするんだからさ」

 それきり、二人は言葉を発さなかった。



「やっと会えた……久しぶり、ヌヴィレット」

 目の前には水神フォカロルスそっくりの少女が立っていた。

「君は……フォカロルス――ではなく、フリーナか」

 目の前の少女は頷く。そして、眉を下げて微笑んだ。

「再会の挨拶――といきたいところだけど、生憎、時間がないんだ。手短にフォンテーヌの真実とエゲリアの罪について話すよ」

 フリーナから聞かされた話は、旅人たちとの調査で知っていたこともあれば、知らなかったこともあった。ただ――

「君は、それでいいのか……

 ヌヴィレットの問いかけにフリーナが頷いて笑う。どこか痛々しい笑みで。

「うん。それでいい……というより、僕にはそれしかないんだ。数百年間集めてきた律償混合エネルギーを使って、僕ごと神座を破壊するしか」

「だが、君は……人間になりたいと言っていただろう……? 歌劇のような恋がしたいと……

 フリーナが瞠目する。その後、ミルククラウンの瞳をゆっくりと伏せた。

「あぁ……そんなことも言ってたね……でもいいんだ、いいんだよ、ヌヴィレット」

 フリーナは淡く微笑む。
 ――ああ、好きだな、キミの他者を慮れる優しいところ。顔に出ていないように見えて実は表情豊かなところ。

「最期にキミに会えた、僕にとってはそれだけで十分なんだ……死ぬのはちょっと怖いけどね」

 キミに会って、やっと分かったんだ――僕は、ずっとキミに恋をしていた。それが、歌劇のような劇的な恋ではなくとも。

「『水龍、水龍、泣かないで』……じゃあね、ヌヴィレット」

 きっと、フォカロルスなら上手くやってくれると信じている――だって、彼女は僕よりよっぽど賢いからね。



「我儘の一つくらい言えばいいものを……

 誰もいない歌劇場に一人、立ち尽くす。「死にたくない、助けて」そう言えば、私は彼女を救えたのだろうか――

……自惚れるな」

 あの時のヌヴィレットに出来ることなど、何一つなかった。不完全な自分が大権を取り戻すためには、神座を破壊するしかなかった――喪ったものが大きくとも。

「君は、狡いな」

 自然と息が漏れた。僅かに口角が上がる感覚がする。

「私に『恋』を教えておいて、消えてしまうのだから」

 泣きもせず、赤い靴を履いて踊りきり、何処かへと一人でさっさと消えてしまった彼女を想う。

 

 この執着を『愛』と呼ぶのなら――

         ――それは確かに『恋』だった。