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いしえ
2024-09-14 16:39:21
4529文字
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幽白腐
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小説/矛盾にて笑む/樹仙樹
忍没後、亜空間でぼんやり穏やかに過ごすふたりについて。
死んでも霊界には、行きたくない。次こそは魔族に、生まれますように。それはどちらも心底望んだ、忍のことばだった。
霊界に行かなければ、次も何も、ありはしない。その矛盾には彼も気付いていて、けれどそうは決して、言わなかった。樹に、すべてを心底託したのだ。どちらを、選ぶか。償いのさきの遠いいつかの“次”か、それとも、嫌いなやつらに任せぬ末路か。
――
樹になら、彼にならすべてを一任していいと、そう信頼篤く、すべて心ゆるしたのだ。痛い、だとかつらいだとか、それを忍として言うことだけはただしなくて、それは樹に、心配されているとは承知でもなぜか、少し強がってしまったに過ぎなかった。大願果たすまで死にはしないさ、と、そう言う、代わりとばかり。そうだ樹は、すべてを承知して、それでもなお忍のそんな在りようさえ、すべて、まるきりあいしていた。忍は、それにすこし、あまえていたのだった。
樹の亜空間に逃避行すれば、きっと“次”こそなくとも、霊界には行かずに済むだろう。たましいごと永遠(とわ)をいきる肉体は、魔族でこそなかれど、きっと、ヒトではもうないのだろう。ああ、けれど。忍は、思っていた。樹がきっとその忍にしか見せない人間くささを、それをもって自分をとこしえへとつれてゆくのなら、束の間、自分はヒトで在ってもいい。そんなふうに、また矛盾にてほのり笑む。それをこそきっと樹が愛したと、知っていても、意図的にそうしたわけではない。それでも。自然、そうなってしまうのだ。互い人間くささに惹かれた、だなんて。連理の枝さえこうはなるまい。
――
どうしても、出てしまうものだな。やはり自分はヒトなのだろう、と、やはりしみじみ、思うのが憎らしさの中にほんの微かな何かを抱かせるのは、この人間くさい妖怪のためだ。ああ、ヒトと妖怪は善と悪と等しく区分のしがたいものなのだと、しみじみ思わせた樹には本当に、感謝している。
厭世家の樹にしてみれば、どうせしぬなら、と最後に見届けたいチャンネルをようやく、やっと、初めて真に見いだせた仙水は、残る生涯をささげる伴侶とまるきり等しい。彼らの“これから”は、何者にも気分害されぬ、穏やかな時間の継続で、あることだろう。樹は、思案する。忍の肉体に永遠(とわ)に寄り添うために、最低限の栄養摂取は必要だろうか。影ノ手を使えば、その場にして調達は容易い。そうまでして、を、忍は望んだだろうか。思えば十年のバディ生活は短くも長いもので、きっとすべてを樹に任せるとふわり笑むようにも思えるし、ふるり、と、ゆるやかかたちよいあたまを左右にちいさく揺するようにも、思える。困ったような笑み。戸惑いの笑み。すべてまるきり、包み込むような笑み。深くかなしみ、傷ついたいびつな笑み。様々な仙水の表情をみてきた。だからこそ、と、言ってもよいものか。幾らも想像には、容易いので決めかねる。きっとどちらでも、構いはしないのだろう。樹に一任する。それだけが、ただそれだけが真理で、ことわりで、忍の遺言の持つ、決定権のすべてなのだから。
――
忍。お前は、オレに、今、なにを望むだろうか。やわらかかなまなじりで問うても、忍の表情は全ては語らない。忍の肉体の永遠を、見届ける視聴者として、ひとまずを生きること、そこに在りつづけることを、樹は選択する。外界はノイズだ。忍の止まった心音だけが、ただ耳に心地よいレクイエムだ。影ノ手のみてきた外界が、けれど、ああ、変わりゆくようで。
亜空間から小窓でのぞき込むほどの関心は、ありはしない。それでもちらり、垣間見えた様子から、自分たちの起こした行動を、無駄だとも思わない。別段、自分たちの行動が人間界と魔界とのフリーウェイにつながっただとかいう因果関係についても何ら、たとえば感慨を抱いたりだとかは、しない。皮肉なものだな。そうは、思った。自分たちが黒の章をぬすみだしたことに起因する是正。究明された真相と、解き放たれた、結界。やはりあのとき霊界になんぞ忍のたましいを渡さなくて正解だったのだ、と、それだけはただ、強く、思う。今の霊界になら、忍は行きたがったろうか? それでも恐らく、行きはしまい。それは樹の願望ではなく、きっとそれだけはと解る、通じた仲で。
あのとき、忍の念願を成就させるためには、忍と樹以外の第三者が絶対的に必要だった。その証が、樹の顔についた傷として永遠に残っている。そしてその第三者たちは、外界に在り続けている。それがまるで、忍と樹も確かにそこに在ったのだと、その存在を肯定しているかのようで、ふっ、と、少しのせせらわらい交じりに、樹のくちもとをゆるませる。遠く、どこともないとおくを、ぼうっと見上げ、そしてまた、忍の髪に口づける。この亜空間は、二人の主観の世界だ。だが、同時に、この傷は客観の残り香でもあるのだ。かつての“外”との関わりが、そこにのこっていた。自分たちは、きっと外界にすれば存在ごと亜空間に消えたようなものだろう。世界を見限っただけだ、当然のこと。だが、実のところ外界からしてみれば、ふたりはそこにいっただけなのではないか? そんなことを、永い時間のなか、樹は思うこともあった。
樹は、忍と出会った時点で、生きてることには既に飽きていた。疲れても、いた。けれど積極的に死を選ぶほど死にも生にも執着がなく、ただ、何となく霊界はきらいで、死後というものに否定的ではあった。だから、どこか、死ぬなら納得を求めたのかもしれない。忍と出会うよりまえに、亜空間に引きこもることが完全には出来なかったのはそのためだ。どうせならば、いけすかない霊界にひとつくらい嫌がらせしてから亜空間に隠居したかった、という気持ちもある。結局のところ厭世家で、だから、どうでもよかったのだ。そこで出会った忍も、会話をするまでは、心底どうでもよかった。ただ、初めて見るほどのまっさらな人間で、そこに関心、そそられた。
仙水忍は、樹が真に見届けたかった“翌日”の、TVショーだったのだ。それはその日暮らしの理由でなくて、ゆるり、ゆらり熟成した、静かな、愛だった。それも、別段ひどく深いわけでもなく、ただ気まぐれのその日暮らしを彼に決めただけの、それだけであることがただ本当にひた深いだけの、本当に偶発的な宿命の成す、静かな、愛だった。ミーハーというには静かで根深く、深いというには浅い、その程度の、そしてその程度であるからこそ樹らしかった。静か、という語がふさわしいのに、だのにさいごに大きな花火をぶち上げられているものだから、まあ、忍のおかげでいい外界生だったかな、とは今も思う。
仙水は、全人格に共通して樹のことを好み、程度に差こそあれ、信頼を表に出していた。それでも、樹がいちばん素をみせてほしかった忍はたとえばつらさを隠すし、忍からすれば、他人格の存在こそが樹に見せられる素なのだけれど、樹は、それが忍の生きる流れなのでそれに委ねたけれど、実のところ少し、さびしくもあったのだ。彼以外に、その人間くささをみせる気はなかったけれど。
忍の肉体に、静かに、語りかける時間は確かに幸福だ。このとこしえを過ごすためには、やはり、時折影ノ手に外界から栄養源をもってこさせる選択を樹はする。そうでなければ、いずれは時間で樹もいのちがたえ、ともに亜空間で眠ることになるだろう。心底、それで構いはしない。けれど忍にとこしえを保全するために、樹は、自分の最低限の生命維持はする選択をするのだった。それは、忍に語りかけるのとまるきり等しい、そうだ執着だ。うまいものを少量食し、ぼうっと過ごす。腹が減るたび、忍とふたりきり過ごす時間の積み重ねを感じ、すこしだけうれしくなるのだった。関心が忍に向き続けるのと同一線上に、自分たちが見限った外界の情報をわずか、ザッピング。結局、樹と仙水が黒の章をぬすんだことが結果的にコエンマの真実究明に繋がり、それゆえに結界が解き放たれた、という次第からすれば、自分たちは、遠回しに、人間界と魔界とのトンネルどころかフリーウェイを完全に開通させることに成功したことになる。魔界の先住民たちにとって、これ以上の手土産があったろうか? それをかつての霊界探偵ペアと上司コエンマとの共同成果ととるほど、樹は夢想家ではない。ただただ、皮肉なことだな、と、忍に語りかけ微笑むのだった。
樹の知る限り、即ち概ね、だが。忍にとって、界境トンネルにより生じる人間界への混沌は魔界の先住民たちへの手土産その二で、ご入り用のかたはお好きにどうぞ、という程度のことだった。自身は魔界でしぬが、人間たちは人間界で、という一種の無慈悲な隔絶がそこに在り、裁きのまねごとだったのだ。だのにそれが、共存への突破口となるなんて、わからないものだ。人間界、霊界、魔界。どうなろうと知ったことじゃない。ふたりきり過ごす樹と仙水との時間はとこしえの絶対であると同時に、くだらぬ娯楽を謝絶から許容へと変える程度には、永く穏やかだった。モニタ感覚で亜空間から外を見るようになったのは、ほんとうに、忍との穏やかな時間があってこそのごくごく気まぐれな思い至りで。魔界とのフリーウェイの生じたこと、そしてその経緯を知り、微笑で、樹は忍に語りかけるのだ。
「数奇なものだな、忍。ああなる前に、ここに来られて良かったよ」
たとえば忍の生前そうなったとて、自分たちはいずれここに、来ていただろうに。それでも、樹は思うのだった。二つの大きな矛盾を抱えて微笑んだ、忍のことを、とこしえ愛している、と。生きるも死ぬもどうでもよかった自分に見届けの執着を抱かせたこのおとこと、居られてうれしいと。さわがしいなか、さいごをむかえた忍を、愛おしく思うのだ。第三者たちに、ああそうだ、確かに、それなりには感謝しているのだ。忍へのそれには、到底及びもするわけのないけれど。
「
――
オレは、
…
おまえと居られて、うれしいよ」
さびしさ、すこしばかりの矛盾を抱えるが忍と似て、それがすこしばかりのおもはゆさで頬を撫ぜる。くしゃり、忍の髪を指で梳いては、整えるように撫でる。くちづけ。きゅっと、抱き締める腕と等しい音さえ響きそうで吸収する空間のなか、閉ざす目元。
「
…
ああ
…
やはり、すこしでいいから、忍、お前から弱音が聞きたかったな。
…
ふふ。もう星の数ほどもこぼしたことばを、きっとお前は、疎みさえしないだろうに」
矛盾にてふたり、静かに、笑む。スッ、と、モニタを消せば、静寂の音が大きく響くこの空間は、穏やかなとこしえ。ともすれば生前、言ったとてきっと、忍は人格を切り替えただけだろう。なにも、なにもかもが、変わりはしない。この時間を、空間を、構成するすべてはなにも。それでいい。それなのにすこしだけ、だ。さびしさがこぼれてくるのは、きっと、ああ、そうださびしいのだろう。
弱音をこぼせる人格をつくるほど、それを見せたがらなかった忍。そんな忍を、愛している。だからこれはやはり矛盾で、自分たちはどこか、似た者同士なのだろう。
矛盾にて、笑む。
終
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