【カブミス】花の咲く庭園で

カブルー宅の庭園で、下賜された酒を飲みながらじゃれ合うカブルーとミスルンの話。

 酒には強い方だと思っていた。
 とはいえ、それには確かな根拠があったわけではなく、たとえば仲間たちと酒を酌み交わすときに最後までしらふでいられるとか、そういった経験から来ていた。みなが気を使ってそれほど酒をグラスに注がないのにも気付かないで、私はなんとなく酒に強いのだと思っていたのだ。
 でも、いざ酔っ払ってみると、これがふわふわと天の上にいるようで心地よかった。消え去ったはずの欲望が蘇る気がしたし、いつもより言葉が簡単に出た気がしたし、彼に触れるのにも戸惑うことがなかったし。
 とにかく、私は酔っ払っていた。酔っ払っていたからこそ、私はあんなことをしてしまったのだと思うが、まぁ、酔いが回っていたのなら仕方がないだろう。そう、みなもかつて酔っ払いなら何をしたって仕方がないと、そう言っていたし。
 これから話すのは、酔っ払いの戯言だ。だからあなたも酒を飲んで、くだらないことだと笑って聞いてほしい。
 
 
 ライオスさんから酒を下賜されたんですとカブルーが言ったのは、私が迷宮の調査を終え、その報告に黄金城を訪れた時のことだった。
 迷宮を探索するのは私の趣味と、女王の命令(こちらはメリニに留まるための口実だったけれど)でもあったが、迷宮のあるメリニ国にも結果は報告することになっており、だから私はまずライオスの側近であるカブルーに謁見を求めたのだった。
 カブルーの執務室を開けてすぐ、彼は私を見つけて優しくほほ笑んだ。そしてさっき言ったように、ライオスが寄越したらしい酒について語ったのだった。
「ライオスから酒を?」
「そうです。先日謁見を求めて来た旅の商人が、飲みきれないくらい極上のそれを献上したらしく、今日俺にも回ってきて。一人で飲むには多いし、寝酒にするにはもったいないでしょう。だからミスルンさんも一緒にどうかなって思って。この後俺の屋敷に来ませんか?」
 私は迷宮の調査書を書きつけた羊皮紙をカブルーに差し出しながら、流れるように語る彼の声を聞いた。
 商人がもたらした極上の酒か。
 普段から食前酒は嗜むものの、それほど飲むわけでもなかった私は俄然興味をそそられた。それにカブルーに屋敷に誘われたのにもにわかに興奮していた。一人きりではないとはいえ迷宮にもぐり疲れていた私には(ともにもぐったフレキは、襲いかかる魔物たちに応戦しながらもう嫌だと悲鳴をあげていた)、それはとても魅力的な誘いだった。
 だって何週間ぶりだろうか? カブルーと二人きりになるのは。私たちは恋人同士だったが、ずっとともにいるような甘い関係ではなかった。でも一度会ってしまえば、深く、深く触れ合う関係でもあったけれども。
「あぁ、でもちょっと強い酒らしいんですが大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
 私は短く言う。酒には強い方だと思っていたから、そう答えた。根拠なんて何にもないのに、私はそう答えた。カブルーと酒を飲む、カブルーと食事をする、カブルーの屋敷を訪ねる、カブルーのベッドで共寝する。そんな妄想をして、欲望のかけらを蘇らせて、私は大丈夫だと答えた。
 だってこの時の私は、全く彼に迷惑をかけるとは思っていなかったのだ。そう、酒には強いと、根拠もなく思っていたから。
 
 
 その夜、私は酒のつまみを持参し、カブルーの屋敷を訪ねた。
 屋敷に着くと、所有している四輪馬車の御者に、コインとともに今夜は帰っていいと言って、暗に今夜はカブルーの屋敷に泊まると言って、私は馬車から降りた。
 カブルーの屋敷は質素だったが、元は黄金郷のどこかの領主のものだったのだろう、宰相補佐に相応しい豪華さをたたえていた。私は立派な作りのドアまでなだらかに続く、月や星に輝く花々が美しい、(彼が所有するというのに)今すぐ彼に見せてやりたいと思ってしまうほどの庭園を通り、コンコン、とドアノッカーを鳴らした。すると清潔な服をまとった使用人たちが出てきて、私をカブルーの元へと、小さな食堂へと案内した。
「ミスルンさん、良かった、無事着いて」
「馬車で来たから迷うわけがない」
 方向音痴の私をからかうようなカブルーの言葉に、私はつまみを並べた銀食器を渡す。すると彼は「すみません」と、そう悪くも思ってもいないふうに笑って、食器をテーブルの上に置き、私の分の椅子を引いた。
 そこからは、いつもと同じようで、同じではなかった。今夜の目的は久しぶりの逢瀬というより下賜された酒を楽しむことだったから、私たちはつまみを口にしながら強い酒を飲み、したたかに酔っ払った。カブルーは「本当に強い酒ですね」と言い、「大丈夫ですか?」と私に尋ねた。私は「大丈夫だ」と、やはり根拠もなく答え、すくっと椅子から立ち上がった。自分でも何をしているのか分からなかったけれど、酔っ払っていたのだから仕方がないだろう。
「ミスルンさん?」
「庭園に行こう。そこで飲みなおそう」
「え、でも、大分酔ってるんじゃ……
「いいから」
 私はグラスを持ったまま、無理矢理カブルーの腕を取って、皿を下げに来た使用人が歩く廊下をすり抜けて、美しい、華やかな花の咲く、彼に見せてやりたいと思った、月の光、星の光が照らす庭園に足を踏み出した。
 私は口元をゆるめ、笑ってカブルーの腕を引っ張った。もう片方の手には酒が入ったグラスがある。それはふわふわと足を進めるごとにたゆたい、柔らかな香りを漂わせた。
 私はとても気分がよくて、酔っ払いながらカブルーの腕にキスをした。もう風呂に入ってしまったのだろう、彼がいつも漂わせているかすかな体臭はしなくて、石鹸の香りが強くする。私はそれを少し残念に思って、カブルーの唇にキスをする。
 私は酒のせいであってもとても気分が良く、カブルーに抱きつく。グラスから強い酒がこぼれ、それは細かな手仕事でしつらえられたドレスのような、そんな美しい花びらにかかる。
 私たちは庭師が心を込めて手入れする庭園の中で、抱き合い、キスをし、草木の間に寝転がってまたキスをした。でも私が片手で彼の襟元を緩めて肌を探ろうとすると、カブルーは唇をきゅっと引き締め、私の胸を押して「ここまでです」と言った。
 私は寂しい気持ちになる。気分が乱高下して、あんなに楽しかったはずなのに、悲しくなってしまう。
「ミスルンさん、あなた酔っ払ってるでしょう。そんな人を抱けますか」
「お前も酔っ払ってるんだからいいじゃないか」
「そうですけど……それとこれとは……
 カブルーが眉を下げる。それは二十歳そこそこの彼らしくて、宰相補佐として働く立派な男よりずっと年頃の青年らしくて、私はまた口元を緩めてしまう。
 私は力を緩めたカブルーの側にグラスを置き、また口付ける。よしよしと子どもにするように、今日も重責に苦しみながら仕事をしただろう彼に口付ける。
「それじゃあ、ここで寝ようか」
「え?」
「幸い、今日は気温が少し高い。風邪を引くことはないだろうから」
 笑いながら言うと、カブルーはまた眉を下げて、「仕方ありませんね」と言った。「でも、俺が我慢できなくなるかもしれませんよ」とも。「使用人に見つかっちゃうかも」とも。
 私はそれに笑って、「だったら給金を弾んでやればいいさ」と返して、カブルーにキスをした。
 彼とのキスは酒の味と、つまみの味と、どういうわけか花の味がした。美しく、美味しい味がした。
 私はみんな見ないでいてくれよと念じて、彼の胸に頭を乗せる。カブルーは、そんな私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。
 美しい、華やかな花の咲く、彼に見せてやりたいと思った、月の光、星の光が照らす庭園。庭師が心を込めて主人の心を慰めるために作った庭園。そこで不埒なことをするのは気が引けたが、でもまぁ、きっと主人の心は慰められるから大丈夫だろう。そう酔っ払った頭で私は考え、カブルーにくっついたまま、穏やかな香りのする庭園で、そっと瞳を閉じたのだった。