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2024-09-13 11:55:39
8979文字
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『亜空間より、君に一目』第九話

 釜石を賭けたポーカーゲームは折り返しに入る。
 戸畑が敗退し一人残された状況になっても、鉱山は余裕ぶった笑顔を崩さなかった。

 ラウンドが6の折り返しに入った。現在のチップは八幡が160ドル、二瀬が90ドル、三井鉱山が150ドルである。
 ディーラーを指すうさぎの像は再び三井鉱山の手に回った。
 二瀬が手札を配る。八幡の手札は……♧の7、♧の9。ストレート、あるいはフラッシュのパーツになる。しかし数字は微妙だ。
 鉱山が5ドルのチップを置いた。二瀬や八幡もそれに従う。
「戸畑がいなくなっちまった以上……ここで俺が気軽にドロップなんてしたら、お前ら二人で穏便に"チップを移す"ターンを与えちまうよなぁ?」
「三池!敵前逃亡なんて、絶ッ対許しませんからね!」
 戸畑が三池──三井鉱山の背に乗り上げながら彼の背をバシバシ叩いた。二瀬が横目でこちらに視線を送る鉱山を見る。鉱山が1ラウンド目の時につけた条件……「チーム戦とはいえ、チップの得点は一人分で競う」といったのを八幡たちとて忘れたわけではない。
 八幡は鉱山に勝ってはいるが、安心するためには、チップを払ったうえで負けても余裕が残る程度、60ドル差はつけたいものだ。
 テキサスポーカーは、ブラインドチップで強制的にディーラーの次の参加者が最低チップ単位の5ドルを支払う必要がある。現在鉱山がディーラーでブラインドチップを支払うのは八幡、次が二瀬で、7ラウンド目に鉱山が支払うことになる。二瀬が最終回まで残ると仮定した場合、八幡達二人は最終ラウンドまでに4回、合計20ドルのブラインドチップを支払う必要があるのに対して、鉱山は1回、5ドルしか払わずに済む。つまり、現在八幡が勝っているからと言って、八幡や二瀬がドロップで試合から逃げても、ブラインドチップの差で鉱山に負けてしまうのだ。そのため、どうしても必ず二瀬か八幡が試合に打って出る必要がある。
 二瀬はしばし思案した。そろそろ八幡に自分がドロップで保守してきたチップを譲ることを考えなくてはいけない。そして、コミュニティカードの3枚を場に置く。
 ♧の6、♡の10、♧の10。
 八幡の手札に6から10のストレート、あるいは♧のフラッシュのリーチができた。場に10のワンペアができているが、10のスリーカードがあったとしても、ストレートやフラッシュには劣る。とはいえ未だ役が完成していない内に糠喜びするわけにはいかない。鉱山からのベットをコールで受け流し、二瀬も冷静にコールする。場に四枚目のコミュニティカードが置かれた。
 ♢の8。
 6から10のストレート!八幡は唇を噛んだ。鉱山と点差をつけるためにも、ここは強気に出ていきたい。
「レイズです」
 鉱山のベットに八幡は力強く宣言して10ドルを置いた。二瀬はしばし考えていたが、彼もコールで10ドルを置く。
「ほお?今回もまた、随分自信があるみたいなぁ、八幡……
 顎を撫でながら、鉱山は八幡の方を見た。二瀬は静かに五枚目のコミュニティカードをめくる。
 ♧の1。
 八幡が思わず心中で歓声をあげた。♧のフラッシュの完成である!どうせ来るなら♧の8とワガママを言いたいところだが、フラッシュでも十分強い役だ。鉱山のベットに八幡が再びレイズの10ドルを置いた。
「今回もレイズです!さぁ、鉱山、私と勝負しなさい!」
「へへ……そうだなぁ、そうだよなぁ、勝負しないといけないよなぁ」
「八幡〜!そうやって調子に乗っていられるのも、今のうちですよ!」
 戸畑の減らず口を他所に、鉱山は自分の番も待たず10ドルを追加する。しかし、そこで二瀬が言葉を挟んだ。
「私もレイズです」
 彼の前には既に20ドルが置かれていた。八幡が驚いて二瀬を見る。彼の顔はやはりいつもと変わらず淡白で、感情は読み難い。鉱山は楽しげに口笛を鳴らしながらも、そのレイズにコールした。面食らいつつも、八幡もコールする。先程までの二瀬ならば、ここでドロップしそうなものだが……。二瀬は、淡々とゲームを進める。
「さぁ、では場が一巡したので、ショーダウンしましょう」
 ポッドは120ドル。コミュニティカードは……♧の6、♡の10、♧の10、♢の8、♧の1。
 プレイヤーの手札が場へ表に出された。
 八幡が♧の7、♧の9で、♧のフラッシュ。
 二瀬が♢の9、♢の2で……ノーペア。
 そして鉱山が……♤の10、♢の6、10と6のフルハウス!
 これは……鉱山のフルハウスの勝利であった。ポッドの125ドルが彼に回収され、彼が230ドルで一位に、八幡は120ドル、二瀬が50ドル……ここで鉱山に勝つつもりが、彼に大差を付けられてしまう結果になった。
「う〜はは〜!さっすが!う〜ん、やっぱり三池が最強ですね!」
「な?俺に任せとけよ、戸畑……
 戸畑は大笑いで鉱山の背を叩いた。鉱山も満足そうに目を閉じて口角をあげる。
「うっ……ま、まさか、スリーカードではなく、フルハウスだったなんて……ッ」
 八幡が苦しげに肘をついて頭を抱えた。二瀬も珍しく眉間にシワを寄せて、悔しげな表情をしている。しかし、彼は小さく嘆息して首を振ると、いつもの顔に戻って、中央の山札に手札を戻して準備を始めた。
「さあ、ラウンド7です」

 手札が配られる……三度目のディーラーとなった八幡は、自身の手札を確認する。
 ♡の4、♧の8。強くは……無い。しかし、自分たちは鉱山にできるだけ勝つ必要があるのだ。できる限りドロップを避けなくてはいけない。
 当然ここはベットする。二瀬もコールだ。
「へへ……今度はおじさんじゃなくて、お前らがドロップできなくなっちまったわけだ!」
 意地悪げに笑う鉱山のコールを二瀬が訝しげに見る。
「寧ろ、貴方はドロップなさらないんですね……ここから3ラウンド、貴方は最初のターンでドロップするだけで我々に勝利できるのに」
「ちょッ!三池!そうですよ!何舐めたプレイしてるんですか!?こんなの、もう勝負は付いてるじゃないですか!」
 戸畑が鉱山の肩を掴んでブンブンと揺らそうとする。しかし、鉱山の鍛え上げられた分厚い筋肉と脂肪分に覆われたどっしりとした体格相手に、小柄な戸畑の力ではほとんど歯が立たない。一人怒り出す後輩に、鉱山は肩をすくめた。
「あぁ、分かってる分かってる。んなことはな……でも、そんなんじゃあ、折角のゲームがつまらないだろ?」
 鉱山は二瀬の方へ腕を伸ばして机を叩いた。
「何ボーッとしてんだ!とっとと3枚出しな……官営さんよ!」
 少し険しい顔をしながらも、二瀬は三枚のコミュニティカードをめくった。
 ♧の4、♡の8、♤のK。
 八幡の手札に4と8のツーペア!思わずベットする。しかし、隣の二瀬は息を飲んで……悔しげに首を振った。
「ど、ドロップです」
「二瀬〜ッ!何怯えてるんですか〜!?」
 ニヤニヤと鉱山の背でふんぞり返る戸畑の冷やかしに、一瞬睨むような目線を送ったが、黙って目を閉じた。鉱山は鼻をならして……そして、10ドルを置いた。
「おぉっと、そりゃ残念……でも、おじさんはレイズだ」
 八幡はム、としてそれを睨んだが、ここで逃げる選択肢などありえない。釜石の前に怯え無し。平然と自分もコールをする。
 そして置かれた四枚目のコミュニティカードは……♡の10。
 八幡のベットに間髪入れず鉱山がコールする。
 今回はレイズしてこないのか……と、八幡は鉱山をチラリと一瞥したが、鉱山は顎に手を当てて黙っているだけだ。恐らく、負けた場合でも彼のチップが200を切らないようにするためたろう。
 五枚目のコミュニティカードが明らかになる。
 ♢の7。
 これで、八幡の役は4と8のツーペアで確定した。八幡は唇を噛む……ツーペアがあるだけ、決して悪くはない。ここはベットだ。鉱山もコールで応じてきた。すぐさまショーダウンに入る。
 コミュニティカードは……♧の4、♡の8、♤のK、♡の10、♧の3。
 そしてプレイヤーの手札は……
 八幡が♡の4、♧の8、4と8のツーペア。
 鉱山は♤の8、♢のK、8とKのツーペア。
 得点差で、鉱山の勝ちであった。
「へ、へ、へ……!おぉ、どうやら手札のツキは、おじさんの方に回ってきたみたいだなぁ!?」
 鉱山が口元を抑える八幡の顔を横に指を鳴らした。戸畑も満足気に腕を組んで頷いている。これで鉱山のチップは260ドル、対する八幡のチップは95ドル、鉱山の方に大きな有利を与えてしまった。
 
 八幡は思わず机に両手をついて項垂れる。自分がもっと慎重にプレイするべきだったのかもしれない。釜石のために逸る気持ちばかりが先走って、眼の前のコミュニティカードだけに集中して……。特に前回のラウンド6……フルハウスを警戒するべきだったのに、あんなところでリレイズしなければよかった!拳を握りしめても、仕方がない。
 どうする!?これで本当に自分は引けなくなって──
 
「八幡」
 八幡の手にふと温かな感触がした。はっとして見上げると、二瀬がまっすぐにこちらを見据えている。
「大丈夫、私のチップを合わせれば、まだなんとか、勝てないことはありません」
 冷泉のような射干玉の目が、いつもと変わらない、いや……どんな事があっても、決して揺るがないような視線で、八幡を見つめていた。そのまま二瀬は、八幡の手の上へ重ねた彼の右手に力を込める。
「だから……平気です。ゲームを続けましょう」
 はっきりと断言する彼の言葉には、力強い彼の決意と信頼を感じずにはいられなかった。そして、そこでようやく、自分の中で首をまたげた不安がすっぱりと断ち切られたような気持ちになった。
 
 そうだ!自分は一体、何を動転しているんだ!?
 自分に、そして周囲の人々に余裕のなかった時、皆が何かに追われるように緊張していたときでも、釜石はいつだって悠然として自分を抱きしめてくれたじゃないか!

 こんなことで動揺してはいられない。百年以上の時を経て、自分は、もはや釜石に甘えるだけの存在からは、もっとずっと大きく成長したのだ!自分が釜石を救うと決意したならば、彼と同じような胆力を、自分も──

 パシンッと、八幡は両手で自分の頬を打った。
 そして、もう一度机に両手をつく。
 しかし、今度は項垂れてはいない。寧ろ逆に、その姿は力強く身構えるような姿で、瞳はまっすぐ三井鉱山を見据えていた。彼の凛々しい顔立ちに気迫が籠もって、燃えるような戦意が辺りの空気に満ちる。
「えぇ!そうですね……二瀬!」
 八幡の空気が変わったことに気がついた戸畑や鉱山が目を見開いた。
 そして、山札を掴んだ二瀬は、八幡の言葉に大きくうなづく。
「勝ちましょう!八幡!」


 
 ラウンド8、ディーラーの二瀬が素早く手札を配る。
 八幡はそれを確認しようと──した瞬間に、バン、と机を叩く震動が走った。
 
 見ると、三井鉱山が、二瀬の配った手札を、そのまま机の中央に突っ返している。
「ドロップ、だ」
 八幡達が驚愕して、思わず鉱山の顔を見た。瞬間、戸畑が激昂して鉱山の背中を叩く。
「だぁ〜ッ!三池!ちょっと!貴方、さっきまで戦うとか言っておいて、いきなりドロップ戦術ですかぁ〜ッ!?なにそれ!ダサすぎます!」
 しかし、戸畑の呑気な罵声に対して、八幡達は思わず固唾を飲んだ。
……ッ!」
 裏のままの手札に手を置いて、やはり笑みをたたえてこちらを見てくる鉱山の顔には、先程までの楽しげな様子とは異なる恐ろしさがあった。
 平易な普段の彼の顔からは、想像できないような蛇睨みの冷たさがこちらの首に伝わる。
「へ、へ、へ……こうすれば、このラウンドで……八幡、お前も安心して二瀬のチップを受け取れるだろ?」
……我々を侮っているつもりですか?」
 八幡が鉱山の空気に飲まれないように彼の視線を見据え返すと、鉱山は指を鳴らした。
「いやいや……だってなぁ、おじさんだって、お前さんとは本気で一騎打ちしてやりたいが……二瀬ぇ、お前がさっきドジ踏んじまったせいで、不安になっちまったからさぁ!」
 鉱山が口角を上げて二瀬を見る。二瀬の眉間が険しくなった。
「ラウンド6の時……お前の手札はノーペアだったのに、それでも八幡のリレイズに付き合って、ドロップしなかったよなぁ」
 そこで、八幡が何かに気がついてはっとする。
 あの回は、八幡と鉱山がお互い手札に大役を抱えて、かなり強気にレイズをしていた以上、そこにノーペアで参加するなど、無謀以上の何者でもないはずだ。しかし、二瀬はあえてそれを知りながら試合に参加して、賭け金を出した。つまり二瀬はあの時、"八幡に"負けて、彼に自分の大量のチップを移すつもりだったのだ。
「でも!?そのせいで、結果俺の腹がたらふく肥えちまったわけだ!いやはや、これはどっちの責任なんだろうなぁ。無謀に八幡の手札へ寄りかかったお前か、それとも、お前の期待に応えられなかった八幡かぁ?」
 へへへ……と鼻から抜ける独特の声でこちらをあざ笑う彼に、思わず自分の中の怒りを逆撫でられる感覚に襲われて、八幡は首を振った。二瀬も、彼の挑発に乗るまいと深呼吸すると、そのまま八幡に、自分の持っていた45ドルのチップを託した。
……では、貴方のご厚意に甘えさせてもらいましょう」
「二瀬……
 八幡は二瀬の方を見る。
 
 二人の目線がかち合うと、二瀬は静かに微笑んだ。
……
 それは、生真面目で冷淡な彼の、初めて見た表情だった。
 八幡は黙って、その顔に頷く。
 お互い、もはや言葉は要らない。
 
「我々二人では、このラウンドをする必要はありません……さぁ、ラウンド9を始めましょう!」
 二瀬が敗退し、八幡が140ドル、鉱山が260ドルになった。ディーラーは八幡だ。うさぎの像は凍てつくように煌めく。
 手札が配られた……♢の3、♢の6!
 フラッシュ、あるいはストレートのパーツ……しかし、もはや自分にはドロップの選択肢はない。天を信じるのみだ。
 八幡がベットする。鉱山もすぐさまコールした。
 二瀬が場にコミュニティカードを置く……
 ♢の8、♧の5、♢のQ!
 ストレートが消えた。ただし、フラッシュの可能性が残っている!
 八幡のコールに鉱山がレイズした。八幡も黙ってそれにコール、二瀬が四枚目のコミュニティカードをセットした。
 ♢のK。
 来た!♢のフラッシュ!八幡はできるだけ平静を保とうと呼吸に意識を向ける。そして胸を落ち着かせてベットすると、黙って鉱山の様子を見た。
 鉱山は場のコミュニティカードを見ながら、しばし黙って顎に手を置く。上から彼の手札を覗き見る戸畑もムスッとした顔で黙り込んでいた。よもやこのラウンドまで来て、表情だけで手札の様子を計り知れるほど、彼らも甘くない。ふと鉱山が八幡の視線に気がついてニヤリと笑った。
「分かってるぜ……レイズして欲しいんだろォ!?」
 ドンと気前よく10ドルを置く。八幡も不敵に笑い返して、20ドルを出した。
「えぇ!丁度、リレイズするつもりでしたからね!」
 鉱山もククと喉を鳴らしてコールする。戸畑が唇を噛んで八幡を見た。
 場が一巡し、五枚目のコミュニティカード……♤の9!
 八幡の手札の役は既に完成している。何も関係は無い。やはりベットだ。
 鉱山もすぐさま──今度は、20ドルを置いた。
「リレイズ、でいいよな」
 こちらを見るその攻撃的な笑みは、間違いなく、良い役を持っている証。しかし、八幡はひるまない。当然、20ドルを置く。
「えぇ……ショーダウンです!」
 ポッドは120ドル、コミュニティカードは♢の8、♧の5、♢のQ、♢のK、♤の9。
 四枚のカードが、場へ表にされた。
 八幡が、♢の3、♢の6で、♢のフラッシュ。
 鉱山が、♤の6、♧の7で、5から9へのストレート。
 八幡の勝ちであった。
 思わず、八幡は息をはいた。とにかく、次の試合も、勝つ。
「おぉっと!クソッたれ……へへ!」
 苦虫を噛み潰すように顔を歪ませながらも、鉱山は笑った。一方で、戸畑が何かに気がついたように「あっ」と声をあげる。
 
 そして二瀬がポッドの120ドルを八幡へ──
「やりましたね、八幡」
 二人のチップは──八幡が200ドル、そして、三井鉱山も200ドル!
「これで同点……!」
 八幡は拳に力を込める──これで、お互い、絶対次の試合に参加しなくては勝てなくなった。
 今回ブラインドチップを支払うのは、八幡である。しかし、鉱山がドロップすれば、チップの5ドルは八幡に返って引き分けに、逆に、八幡が引けば、彼の5ドルが鉱山に渡ってそのまま勝利を奪われてしまう。
 鉱山が手札を戻しながら口笛を吹く。彼はどこまでも余裕そうだ。
「へへ……本当に良い試合になっちまったな、八幡!」
「勝手に過去形へはしないで頂きたいものですね!」
 しかし、八幡は彼に釘を刺すように指さした。
「次が正真正銘、最後の決戦ですッ!」

 ラウンド10、二瀬が深呼吸をして手札を配った。
 八幡が運命の手札をとる──♡の1と♡のK!
 最高得点の手札だ!鉱山も口角を上げながら八幡に目線を寄越す。二人はほぼ同時に、無言で10ドルを置いた。二瀬がすぐさまコミュニティカードをセットする。
 ♡のQ、♧のQ、♡の10!
 ♡、10からA──ストレートフラッシュの、リーチだ!
 八幡は……深呼吸した。
 
 そして、自分の手札を机の上へ、表にして置いた。
「えぇッ……や、八幡!?」
 戸畑が驚愕の顔で困惑の声をあげた。
 しかし、二瀬は黙って彼の姿を見ている。鉱山も、不敵に笑う口元に拳をあてて彼を見上げる。
「フン……もう読み合いなんざ要らないって言いてぇのかよ?」
 その言葉に八幡は大きくうなづき、そして自身のチップをすべて机の上に置いた。
「その通り!そして、私はこれでオール・イン、です!もはやベットの判断も──必要ありません!」
「はぁあああぁ〜!?ま、まさか……自分がこのまま大役を作れるとでも過信してるんですかこの人!? 馬鹿ですか!?」
 素っ頓狂な戸畑の叫び声にもひるまず、八幡は猛然として鉱山に構える。
「馬鹿で結構!あり得ない現実さえも、引き寄せて見せる──それが私の、釜石への激情ですッ!」
……
 その意気溌剌たる勇姿に、鉱山は身を起こすと、肩を揺らして薄ら笑いした。
「へへへ……
 そして彼も自身のチップをすべて机の中央に勢いよく押し出す。
「いいぜ!俺も……オール・インだ!どうせ勝つなら……思い切り勝たなくちゃあなぁ!」
 さらに彼が表にした手札は♤のQと♤の9──Qのスリーカード!
……
 二瀬が顔を険しくする。ペアでは勝てない。八幡は必ず何らかの役を作らないと……思わず自身が握る四枚目のコミュニティカードに力がこもた。緊迫の面持ちでそれを表にする──

 ♢の9!
「あッ!」
 思わず二瀬は声を上げてしまった。瞬間、戸畑が嬉しそうに鉱山に飛びつく。
「やった!これで三池の手札が、フルハウスになりましたよ!」
 Qと9のフルハウス!これでもはや八幡の手札は──
「八幡ァ!これでストレートでも、フラッシュでもォ!この俺様に勝てなくなっちまったなァ!?」
 歯を剥くように、鉱山がギラつく笑顔を見せて、拳を握りしめた。フルハウスは、ポーカーの役の中でも第三位の大役だ。
 二瀬は唇を噛む。八幡のカードは、フルハウスの上のフォーカードもありえない。次でJが来なければ、そもそも何の役にもならない状態……それか、ワンペア以下!唯一彼に勝てる役のストレートフラッシュは……♡のJじゃなくちゃいけない!必然的に、♡のロイヤルだけ!
 
「八幡……
 思わず、二瀬は八幡の方を振り返る。
 だが、周囲の様子も意に介さず、八幡は黙って場の中央の山札を見つめていた。その力強い視線には、一切の不安もない。
 天井の、四方へ腕を伸ばすシャンデラが、金の装飾に乱反射して白い輝きを八幡の瞳に落とす。
 彼はただ、二瀬が五枚目のコミュニティカードをめくるのを待っている。

 二瀬は深呼吸をして山札に手を置いた。
 次のカードで引き当てるしか無い。自分と、八幡の運で。

 五枚目のカード……中央の山札の横、コミュニティカードのエリアに、最後の札がめくられた。


 
 絵柄は──♡の、J!
 
「10からA……♡の、ロイヤルストレートフラッシュですッ!」
 ポーカー最大の大役の前には、どんな役も勝てはしない。ポッドの400ドルは八幡へ──即ち、八幡の勝利である。二瀬は目を閉じて、息を吐いた。
 八幡の決定打に、鉱山が台に両手をつく。平素の笑顔が崩れ、顔を歪ませている。
「うッがああぁ……ッ」
「だあぁーッ!だからドロップで逃げろって言ったんじゃないですかッ三池ーッ!」
 悔しげにうめく鉱山に、彼の背中に張り付いていた戸畑が肩をブンブン揺すった。
 
 気がつくと窓からは、すっかり晴れ晴れとしている青空が見えていた。台風一過ということだろうか。
 眩しいくらいの日光が部屋に光芒をさして、白い光を机の上に落としている。うさぎの像は、その足元に一段とまばゆいプリズムを映した。
 
「あぁ、八幡……本当に引き当てるなんて、貴方は本当に幸運だ」
 二瀬は首を振りながら苦笑した。八幡は胸を張って自信げに微笑んだ。
「フン!あのカードを引き当てたのも、全てこの私の釜石への愛ゆえ!運命だったんですよ!」
「はは……えぇ、そうかもしれません」
 ロイヤルストレートフラッシュという1万分の1前後の大役のいの一番のここで惹かれてしまっては、流石に否定できない。
 
「さぁ三井鉱山!」
 八幡は、二瀬から振り返って鉱山へ向かった。彼は右手で顔を抑え、汗をかいて八幡たちを見ている。
 
「この私の勝利です──釜石の株券は、引き渡してもらいましょう!」