けがわ。
2024-09-13 11:12:07
2706文字
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使役に失敗した後のお話

烏詠

タイトルが思いつかなすぎたので、タイトルそのままのお話です。

 微睡の中で誰かに名前を呼ばれた気がした。
 温かい感触は僕の頭を優しく撫でる。
 だれ……? 僕の頭をわざわざ撫でるやつなんて、僕の知り合いにはいない筈だ……
 重たい瞼は僅かな隙間を作るだけで、ぼやけた視界でははっきりと”だれか”を認識することは叶わない。
 白い衣に身を包んで、幽かに見えるのは黒い羽。

 ——てん……

 僕は無意識の呟きを残して、心地良い温度を感じながら再び堕ちっていった——

***

「ん……
 睫毛を微かに震わせて、重たい瞼を持ち上げる。薄暗くて、木造の天井を行燈の微かな灯りだけが照らしている。
 どこか見覚えがあるような、ないような、懐かしい部屋を視線だけで見渡した。
 起き上がろうと思ってもうまく体が動かなくて、無理やり動かすと骨が軋んで悲鳴を上げる。
「っ!」
 自分がどうなっているのかもわからなくて、起き上がるのは諦めて、片腕だけを天井に向けて伸ばしてみる。
 指先から丁寧に包帯を巻かれていて、まるでミイラみたいだなって、どこか他人事みたいに思った。
 相変わらず部屋は静寂に包まれていて、物音一つしない。人間がいる気配もないから、また妖の仕業なんじゃないかって疑うけれど、わざわざ人間を介抱する妖なんて知らないし、僕が知ってる中で唯一人間の傷を治すのは鎌鼬くらいだけれど、まぁ僕が鎌鼬に負けるわけはないから鎌鼬でもないだろう。
 だったらこの状況は何だ? 僕、何でここにいるの?
「ここ、どこ……?」
 ポツリと呟いた言葉は誰も拾うことなく消えていく。
 考えるのは諦めて手を下ろすと、ポスンっと柔らかい布団の上に落ちた。どうやら丁寧に布団まで敷いてくれていたらしい。
 僕はいつから寝ていたんだ? 記憶を遡って見ても曖昧で、記憶にモヤが掛かっているかのように思い出せない。
「起きたか」
 ふと、誰かの声がした。声の方に顔を向けてみるけれど、薄暗い部屋では声の主を見つけることは叶わなかった。
「誰ですか?」
 どこかで聞いたことがあるような気がする。声の主は僕の質問に答えることなく僕の方へ足音を近付ける。
 警戒して刀を抜こうと軋む体を叱咤して起き上がる。激痛に顔を顰めつつ刀を探すけれど、どこにも刀は見当たらない。
「な……っ!」
「ほう? もう起き上がれるくらい回復したのか?」
 ハッとして顔を上げた。目の前の男が葉扇子で口元を覆って冷たい視線で僕を見下ろしている。
……ッ!」
 あぁ、そうだ。僕は烏天狗を使役しようとして、殺されかけて……。脳がはっきりし始めて記憶を鮮明に思い出させる。
 体から血飛沫が散って、骨が断たれる音も幾度も聞いた。刀も折れて折った刀でオレの腹を串刺しにして、立っていられなくなって地面に突っ伏した。最後に視線だけを持ち上げると、凍てつくような冷たい眼差しを僕に向けていた。まさに今、烏天狗が僕を見つめているように。
「おい」
「ヒッ!」
 思わず烏天狗から距離を取るように後ずさるけれど、烏天狗は開いた距離を縮めるように一歩ずつ僕に近付いてくる。
 壁に背がついて逃げ場を失っても烏天狗は歩みを止めない。すると僕の前に膝を付けて手を伸ばしてくるから自分の身を守るように顔の前で腕を交差させた。今度こそ殺される。そう思ったのも束の間、衝撃が何も来ないことに逆に不安になって、反射的に瞑った瞼を恐る恐る持ち上げた。
 どこか悲しむような、悲痛な表情を浮かべていて、僕に触れようとした手は空を掴むように握り込まれた。
「俺が怖いか?」
「へ……?」
「まだ寝ていろ。俺の妖力を分けてはいるが回復までには数日かかる」
 それだけ言い残して烏天狗は立ち上がると、そのまま来た道をたどっていく。僕はとっさに伸ばした腕で烏天狗の袴の裾を引っ張った。
 無言で目線だけを寄越す烏天狗の圧に気圧されながらも、聞きたいことは山積みだから行かないで欲しいと掴む手に力を込めた。
「あの……。烏天狗さんが手当してくれたんですか?」
…………
「妖力を分けたって何ですか?」
…………
「ここはどこですか?」
…………
「あの……?」
……時機にわかる」
 僕の質問ガン無視で胸倉を掴まれると敷いてある布団に投げ飛ばされた。骨が軋んで痛みから布団に突っ伏したまま渋面を作る。本当に容赦ない。というか、何で大怪我させた相手を手当してるんだ? 何か目的でもあるのか? なんて考えているうちに烏天狗は部屋から出て行ってしまったから、大人しく体を引きずりながらも布団に潜って瞼を閉じる。今は烏天狗のことよりも自分のことだ。勝手に大妖怪を使役しようとして、勝手に死にかけて、だけどまだ生きながらえている。この大失態はおそらく左遷は免れないだろう。中央にもいられなくなるかも。
「はぁ……、さいあく……
 どこかもわからない場所に連れてこられて、鉛のように重たい体を引きずって逃げ出すのは不可能に近い。幸い烏天狗には今のところ僕を殺す算段はないようだけれど。
 カタッと音がして視線だけ音のした方に向けると、烏天狗が盆を持ってきたようだ。
「飯だ」
 布団の脇に盆を置いて不機嫌そうに呟く。ゆっくりと傷を刺激しないように起き上がろうとすると、烏天狗が僕の背中を支えてくれた。
「ぁりが、とうございます……
 突然のことに驚きすぎて紡いだのは拙い感謝の言葉。だけどふんわり香る匂いに思考が引き戻された。和食だ。米に、魚に、みそ汁。簡素だけどちゃんと日本の和食。そういえば何も食べていなかった。最後に食事を摂ったのはいつだろう? どれくらい眠っていたのかもわからないし……。空腹を思い出したかのように腹が鳴る。恥ずかしさから咄嗟に腹を抑えたけれど烏天狗は特に気にする風もなく言い放った。
「食え」
「あの……、こんなこと僕が言える立場じゃないんですけど、何で殺しかけた相手にこんなことしてるんですか? 仮にも僕はあなたを使役しようとした人間なんですよ?」
「勘違いするなよ。"使える"と思ったから生かしているに過ぎない。いつだって俺はお前を殺せるからな」
「っ、」
「いいから食え」
 か細い声で頂きますをして、みそ汁を啜る。喉を通る優しい温かさがなんだか懐かしく感じた。優しくしたり、突き放したり、何がしたいのかよくわからないけれど、取り敢えずまだ僕は生きている。今は、それだけでいい。
 ご飯を食べる僕を烏天狗がずっと見つめてくるから。僕は調子に乗ってお椀を突き出した。
「おかわりっ!!」