けがわ。
2024-09-13 11:08:05
1864文字
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茂る草木のその先で

烏詠

夏を題材にしたお話です。

 空気がまずい、少し歩くだけでも息が上がる。
 無尽蔵に生い茂る草木をかき分けて歩みを進めるけれど、できることならあまり足を運びたくはなかった。
「ったく、どこにいんだあの烏」
 僕は今、まさに雑用を押し付けられている。
 頼まれた書物をわざわざ持って来てやったのに、烏天狗の住処に行ってももぬけのからだった。
 灯影街にもいなかったし、幻界にいると思ったんだけど、アテをはずしたか……? と、思ったところで近くから川のせせらぎが聞こえてきた。
 一旦休憩すべく川の流れる音に誘われるようにふらふらと近寄っていく。
 水辺に到着したところで、見覚えのある黒い羽が水滴を帯びて美しい輝きを放つ。
…………
 木陰からじっと目を逸らせずにいると、僕の視線を感じたのか、そのヒトと視線が交わった。
……詠」
 水よりも深いブルーに僕を映して低く名前を呟く。
 歩みを進めて近くまで行くと、烏天狗は腰に布を巻いた状態で、いつもの着物は川岸に置いてある。水深は烏天狗の膝くらいで、そこまで深くはないらしい。
「あの、何してるんですか……
 別に見ればわかるようなことを一々聞いてしまうのは、咄嗟にそれくらいしか会話のタネが思い浮かばなかったから。
「水浴びをな。お前も入るか?」
「いや、僕はいいですよ……、いくら夏とはいえ、こっち《幻界》ではあまり関係ないですからね」
「なつ?」
 烏天狗が不思議そうに首を傾げて聞いてくるので、烏天狗が知らないことがまだあるんだって、なんだか嬉しくなって得意げに話し出す。
「ふふん、僕のいた日本って国では、四季があって特に夏は蒸し暑いんですよねー。だから今、烏天狗さんがしてる水浴びとか、まぁ、向こうではプールとかなんですけど……、とにかく水の中に入る風習があるんですよ」
「ほぅ? で、今は夏だと?」
「まぁ、日本では夏の時期に当たりますね。幻界に来ると四季なんて感じないので、どうでもいいんですけど……
 烏天狗は僕の話を聞くと、顎に手を当てて考え込む仕草を見せてから顔を上げて再び僕の名前を呼ぶ。
「詠」
「うわぁ!?」
 名前を呼ばれた直後、腕をグッと掴まれて思いっきり引き寄せられる。
 水面が近付いて咄嗟にギュッと瞼を閉じて衝撃に備える。バシャンと勢いよく水飛沫が飛んだけれど岩にぶつかった感じはしなかった。
 恐る恐る瞼を持ち上げて状況を確認する。
 嗅ぎ慣れた匂いと、白磁の肌。分厚い胸板と、僕の腰に回された逞しい腕。
 川底に腰をつけて尻もちをしているような体制で僕を受け止めてくれた、と認識した途端にまるで蝋燭に火が灯ったように顔が一気に熱を持つ。
 距離を取ろうと藻掻くけれど僕の腰に回された腕がそれを許さない。
「あ、あの!? んむ、っ、ん……!!」
 有無を言わせぬキスで唇を塞がれて、至近距離のブルーグレーを睨み付けた。だけど、特に気にする風も無く、舌で唇を抉じ開けて咥内を蹂躙する。
 裏側から八重歯を舐められて、そのまま舌を滑らせて内頬を擽って、口蓋に舌の表面を擦り付けてくる。舌で追い返そうとすると、絡め取られてザラザラとした感覚が腰を痺れさせた。
「んぅ、ふっ、んんぅっ、っあ、んっ!」
 呼吸を奪うような激しいキスに溺れていく。烏天狗の長い舌が僕の舌を擦りながら奥まで進んでいくと、反射的にえずいてしまう。
「ゔ、ぇ゙、ゔぅ゙ッ!!」
 生理的な涙で膜を張った瞳から、目尻を伝って雫が流れ落ちていくと、漸く唇を離した烏天狗が最後に唇を舐めてから離れていく。
「ぷはぁ、っ、けほっ、はぁっ! ごほっげほっ! っ、はあ、はぁ、っ、……何すんですかッ!!!」
「少し顔色が悪そうだったからな。妖力を分けてやった」
「もっとやり方が、って、わぁぁぁぁーー!!!」
「五月蝿いぞ」
「どうしてくれるんですか!? 隊服も、せっかく持って来た書物も濡れちゃったじゃないですか!!」
「すぐに乾くだろ」
「隊服はそうでしょうけども!!?!?」
「はぁ、相変わらず騒がしい奴だな。ついでだ、お前も水浴びしていけ」
 書物を取り上げて川岸に雑に放ると、僕の腕を引いて川に沈めた。
「ガボッ!!? ……っ!!」
 烏天狗が僕の上に覆い被さって来ているから浮上できなくて、口からゴポッと大きな空気の泡が水面に向かって消えていく。
 意識が遠のくのを感じてぼぅ、と水面を見つめてゆっくりと瞼を閉じる。
 唇に触れた柔らかい感触に気がつくまで、ほんの数秒時間を要した。