けがわ。
2024-09-13 08:08:51
4017文字
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同棲解消して数ヶ月後のユキモモの話

ユキが恋を自覚するまでのお話です。

 モモと同棲を解消した。それは、僕たちが売れてきた証拠だから本当だったら喜ばしいはずなのに僕の心はどこか憂鬱で、隣を見ればモモもどこか寂しそうに空になった部屋を眺めている。
「モモ……
 たまらずに声をかければ一瞬にしてアイドルの百の顔になる。時間をかけてモモが手にした芸能界で生きていくための武器だ。だけど僕の前では素でいて欲しかった。
「寂しい?」
 ほんの一瞬目を丸くして、でもすぐにまた笑顔を作る。
「寂しいよ。何だかんだ事故物件でも思い出は沢山あるから……。でも、ここがオレたちのスタートラインなのかなとも思うよ」
 そうやって呟いたモモの表情は憂いに満ちていて、人の心の機微に疎い僕には何を考えているのか想像もできなかった。

***

「はぁ、疲れた……
「ユキ! お疲れ様!」
 楽屋に入るなり、モモが元気よく僕に労いの言葉をかけてくる。
 モモはいつだって元気だ。だからこそ僕が気を付けてみてあげないといけない。モモは隠し事が人一倍上手いから……
 仕事では常に笑顔で、周りをよく見て、気を配って……。じゃあ、モモはいつ休んでるんだ? 仕事終わってからも、どうでもいい人間のご機嫌取りをして、誘われるままに飲みに行く。今日だってこれから僕の知らない奴らと飲みに行くんだろう? モモと同棲を解消してからというもの、モモの飲み会の頻度が格段に上がった気がする。合鍵まで渡しているというのに使うどころか僕の家に遊びに来ることもない。"ユキに会いたい"ってそれだけでいいだろ……。何を遠慮することがある。
「ねぇ、モモ?」
「うん?」
 プシッとペットボトルが炭酸を吹き出す。ももりんはモモのお気に入りの炭酸飲料で、常に飲んでいるようだ。ペットボトルに口を付けながら、不思議そうに僕を見つめてくる。
「今日、僕の家に来ない? 久しぶりにご飯を作ってあげるよ」
「え! ユキの手作り料理……!」
 瞳を輝かせて嬉しそうに笑顔を作るモモはアイドルの百ではなくて素のモモだ。だけど嬉しそうな表情をしていたのも束の間、すぐに表情を曇らせて眉を下げる。
「あ~、でもごめんね。この後飲み会誘われてて……、また今度ね」
 やっぱり今日も飲み会……。最近ほぼ毎日じゃないか?
「ここ最近毎日じゃない? 少しぐらい断れば? 休肝日だって必要だろう」
「大丈夫! オレ若いし、ちゃんとセーブして飲んでるから!」
「そういうことじゃない! 体調崩して仕事にまで影響が出たらどうするんだ! 僕たち二人でRe:valeだろう!」
「っ、」
 聞き分けのないモモにムッとして強く当たってしまって、あからさまに傷ついた表情を浮かべるモモを見て、しまったと思った。僕は本当に学習しない。いつも傷つけてから後悔してばかりだ。
「モモ……
「ご、ごめんね。確かにユキの言う通りだね……。飲み会は断るよ。……ごめんなさい」

 結局その日はおかりんに別々の自宅まで送ってもらって、車の中は終始無言だった。
 おかりんも何か察していたようで、深く聞いてくることはなかった。できたマネージャーだ。
 後日、モモが風邪を引いたとおかりんから連絡がはいった。ギリギリまで仕事に行こうとしていたらしいけれど安静にするようにおかりんが言ってくれたらしい。
 "らしい"……。自分の相方なのに大事なことは全部マネージャーの言伝で情けない限りだ。同棲時代の方がまだ距離が近かったかもしれない。物理的にも、心の距離的にも……


「千くん、凄いじゃないですか! ドラマの撮影を巻きで終わらせるなんて……! 周りのスタッフの方たちも褒めてましたよ」
「おかりん」
「はい」
「今日モモの家に送って」
「え、っとそれは……。風邪が千くんにも移るといけないので、自分的には行って欲しくはないのですが……。百くんに関しては自分の方でも気を付けて見ていますし……
「お願い」
「はぁ、わかりました。くれぐれも過度な接触は控えてくださいね」
「わかってるよ」
 急いで身支度を整えて送迎用の車に乗り込む。多分、ここまでのスピードは僕史上最高記録を更新したことだろう。
 急ぎつつも安全運転で車を走らせるおかりんにふとした疑問をぶつけてみた。
「おかりん」
「はい」
「どうしてモモは僕に連絡をくれなかったんだろう……。喧嘩してるからか?」
「やっぱり喧嘩してたんですね……。原因がわかってるならきちんと話し合って早めに仲直りしてくださいね」
「善処するよ……。あと、スーパー寄ってく」
「わかりました」

***

 モモのマンション前でおかりんと別れてエントランスを潜ってエレベーターに乗り込む。
 具合が悪いって聞いていたし、開けてくれないかもしれないからベルは鳴らさない。
 買い物袋を引っ提げた重たい腕を持ち上げて初めて使う合鍵を差し込んだ。カチャリと微かな音を立てて鍵が開く。意味のないこととわかってはいても、慎重になるべく音を立てないようにモモの自宅に上がり込んだ。合鍵を交換しているし、合意の上なのになんだかいけないことをしているような気分だ。
 真っ暗な部屋を進むとリビングから咳き込むような声が聞こえてきて提げていたビニール袋を床に落として慌てて駆け寄った。
「モモ……!」
……だれ……?」
 リビングに人影はなくだけど弱々しいモモの声はハッキリと僕の耳に届いた。
 あたりを見渡すと部屋の一角が黒いカーテンで仕切られている。シャッと音を立てて勢いよくカーテンを開け放った。
 目を閉じて、真っ赤で、震える唇からは熱い吐息を吐き出して、苦しそうな呼吸を繰り返す。
「モモ……
「ゆ、き……?」
 重たい瞼を持ち上げて潤んだマゼンタが僕を映した。
 モモの頬に手を伸ばして熱を確かめるように優しく触れる。
「ん……。ゆきの手、冷たくて、きもちい……
 僕の手の甲を包んで頬を擦り寄せる。
「ゆき……
「なぁに?」
……ごめんなさい」
「いいよ、僕もごめんね?」
「ゆきはわるくないよ……ぜんぶ、ゆきがただしかった」
「違うよ、僕もモモを傷つけたから、ねぇモモ。仲直りしに来たんだ。……しない?」
……する」
「ふふ、うん。食材買ってきたからお粥作るけど食べれそう?」
……たべる」
「うん。それじゃあ、少しだけいい子で待っててね?」
 モモの頭を優しくなでる。いつもふんわりとしたやわらかい毛先だけど今日はほんの少しだけ汗で湿っていた。


「モモ、できたよ。食べられそう?」
「ん、」
 ベッド脇にお盆を置いて重たい身体を持ち上げるモモを支える。
「熱いから、気を付けて食べてね」
「ん、」
 土鍋からお椀に移し替えて蓮華で一掬いすると、フーフーと息を吹きかけた。途端にモモが慌てて掠れた声で抗議してくる。
「ぃ、いいっ、自分で食べられるから!!」
「でもまだ辛そうだし」
「大丈夫! げんきっ!」
「いいから、今日は僕がモモを甘やかしたい気分なんだよ」
「ぅ゙~……
「はい、あーん」
 恥ずかしがってはいたけれど、蓮華を口元に持っていくとちゃんと食べてくれる。
「ねぇ、モモ? なんで合鍵使わないの? 別に僕に一言言わなくたっていいんだ。モモにはその権利がある」
「でも……
「うん?」
「ゆきさんはいそがしいから……
「遠慮なんかしなくていい。僕に会いたいって思ってくれるなら、いつだって来ていいんだ。僕も、モモに会いに行くから……
「ゆき……
「今はちゃんと食べて、寝て、しっかり治して、またモモの元気な笑顔をみせて?」
「うん」
 残りのお粥も綺麗に平らげてくれて、それから蒸しタオルで身体を拭いて、着替えさせて、安心したように安らかな寝息を立てている。
 モモの頭を撫でながら部屋を見渡すと、脱ぎ散らかしっぱの洋服に、共演者に貰ったであろう差し入れの袋、ももりんの空のボトル、番組の台本までもが無造作に放置されている。
 はぁっと一つため息を溢して、僕も適度にここに来ようと誓った。


………………ユキ!」
「ん……?」
「こんなところで寝てたら身体痛くなっちゃうよ! オレんちのソファーユキには少し狭いでしょ」
「ん、モモ……熱は?」
 軋む身体を叱咤してソファーに座り直すと、立ちっぱなしのモモの手を引いて隣に座るように促した。
「だいぶ熱下がったからもう普通に動けるよ。それよりごめんね? ユキ、付きっ切りで看病してくれてたみたいだし、なんか部屋も綺麗になってるし……
「まぁ、そうね……
「うぅ~ごめんユキぃ~」
「いいよ。……モモ」
「うん?」
「僕、モモの家の合鍵使ったよ」
「え? うん」
 突然何のこと? みたいに目を丸くして固まっているモモ。僕は言葉足らずだってバンにも散々言われてきたから、今僕が伝えられる精一杯でモモの瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。
「モモも僕に会いに来てくれる? 何もなくてもいいんだ、理由なんかなくていいから。……会いに来て」
「ユキ……。うん!」
 嬉しそうに八重歯を見せて笑うモモはとびきり可愛くて、愛おしくて、不思議と心が温まっていく感覚がした。同棲していた時も度々感じていたけれど、別離してからは忘れていた感覚。思い出せてよかった。
 モモとまた一緒に住みたいなんて言ったらどんな顔するのかな? 喜んでくれるかな? 別居したばっかじゃんって笑われちゃうかも。
 ソファーの上に置いてあるモモの手を手のひらで包み込む。昨晩よりはだいぶ熱は下がっているけれど、僕より温かいモモの体温を感じて。
 いつか、モモを幸せにできるって自信が持てたら伝えさせてほしい。……そうか、この気持ちが。

 ——好きってことなのかな?