浮き流し
2024-09-12 15:11:10
4203文字
Public 右松
 

消しゴムのおまじない(深松)

両片思い 松視点
消しゴムに隠した想い

 結構昔に知ったおまじない。
 消しゴムのカバーで隠れるところに好きな人の名前を書いて、誰にも見られる事なく使い切ったら願いが叶うというもの。
なんて事のない、密かな恋のおまじない。

 最初にそのおまじないを知ったのは多分小学生の時。
 クラスの女子が好きな男子の名前を書いたとはしゃいでたとか、妙に異性敵視した男子が消しゴムを裸にして冷やかしてたのを聞いたとかが最初だったと思う。

 オレが初めてそのおまじないを実践してみたのは異性を意識しだした中学生の時。新しい消しゴムに好きな女の子の名前を書いてドキドキしてた事がある。ただ同時に、このおまじないが自分と致命的に相性が悪い事に気が付いた。
 オレは普段消しゴムか小さくなってくると毎度カバーを外してはさみで紙を切るからだ。形の崩れた余分な紙がベロベロとくっ付いているのは気持ちが悪いから、気付いた時には切ってしまたい。でも、それでは隠さなければならないものを見られてしまう危険性大だ。

 でも、また新しく好きな人ができた時どうしても好きだけど伝えられない時、おまじないを思い出してはなるべく自室以外でカバーを外さないように努めた。
相手に少しでも自分の事を見て欲しいから、少しでも成功率が高くなるように。
せめて、気持ちを伝えるまでは。

ー・ー・ー・ー
「松本、消しゴムありがとうベシ」
「おい深津、見当たらないと思ったらそれお前が持ってたのか」
 昨日寮で深に貸してそのままだったらしい消しゴムは、移動教室のついでに帰ってきた。
「助かったベシ」
「先週使い出したばっかりだったのにもう無くしたかと探してたんだぞ」
 深津は悪びれもせずまた借りると言いながら次の移動教室へ向かって行った。まったく、勝手な奴だ。
 しばらくすると次の授業の先生が入ってきて雑談を始める。教科書読めば解るのに、この先生関係ない雑談が多いんだよな。戻ってきた消しゴムを何となしに眺めていると、横方向に向かって薄い切れ目を数本発見する。消す時に力でも入れすぎたかな?消しゴムをカバーから引き出して確認しようとする。

「あっ!」
「どうした松本、授業中だよ」
「あっ、すみません!」
 思わず出てしまった大声ではあるが、内心それどころではない。一瞬だけ、この授業である事に感謝する。この先生の授業は当てられないし試験は教科書から出る。不安と動揺で一杯の今、板書も先生の話も頭に入ってこない。
 中には自分のではない字で、深津の名前が書かれていたからだ。
 今回は文字を消す部分とは反対側、1番最後まで残る持ち手側に自分の名前しか書いてなかった筈だ。
 アイツ!と思うと同時に、もしかして今までも中身を見られてたんじゃないかと気付きゾッとする。毎回ではないが、今までもこっそり深津の名前を書いていた事があるからだ。
 オレも深津も男だ。告白だとか好きだとか、とてもじゃないけど表に出せない感情だ。だからこっそり消しゴムに書いて、秘めて誰にも知られず消しカスと捨てられればいいなんて、万が一にも間違って叶ってしまったらいいなんて思いながらやってた。半分ゲン担ぎみたいなもんだ。それが深津本人に見られてた。

 深津はクラスこそ一緒じゃないが、寮では談話室で勉強するし席は自由だからよくオレの近くに陣取ってる。自分の勉強道具がなければ勝手に人のを借りる男だ。
 それにあいつは普段使いの消しゴムでねりけしとかハンコを作ったりするんだから、うっかり素材にしようとしただけかもしれない。
 そう思おうとするも、だったら人の物に名前書かないだろと否定する。
 たまにオレの消しゴムに深津と名前が書かれてるのも知ってたから、今回は名前がない事に気付いた。だから書き足した。
 単純に考えればそういう事じゃないのか。
 でも深津が恋愛に興味なかったとしても、このおまじないの意味ぐらいは知ってるだろう。視野の広い深津なら、オレが自分を見る目や視線に気付いてるんじゃないか?いや、そもそも同性から恋愛対象にされたら普通気持ち悪いとか思うよな。
 やっぱりこの思いは墓まで仕舞っておこう。
 それが一番、自分のためでもある。

 手の中で消しゴムを弄んでいると唐突に声がかかる。
「なー松本、昼行かないのか?」
「は?」
「もうみんな食堂行ってるぞ」
「えっ!?」
 目の前でクラスの友人が不思議そうに見つめている。慌てて時計を見ても汚い字で所々なんとか書かれたノートを見ても、着実に時間は進んでいた。思考の海に沈んでた間に授業が終わっていたらしい。
 遅れて着いた食堂は既にごった返しており、隙間を縫い3人分の空席を探す。連なったテーブルの真ん中、4つの空席を見つけ左右のグループに確認をする。
「すいません。ここ席3つ空いてま、すか……
 問いかけに振り返った顔を見て語気が萎む。
 ……深津だ。
「こっちはオレ達以外使わないベシ。空いてるベシ」
「あ……ありがとう」
 不自然に途切れた言葉を気にしないのか、深津は伝えるだけ伝えてカツ丼に戻る。オレは深津の左隣、友人2人は向かいに並んで座る。
 こっちはお前が消しゴムに書いた名前の事で頭が一杯なのにお前は何も気にしてないのか。自分ばかりが振り回されている様で癪ではあったが、今は気にするだけ無駄だ。切り替えて手を合わせ昼食に取り掛かる。
 今日は時間が遅くなってしまったから、量と食べ終わりの速さを考えたカレーの唐揚げセットだ。

 もう少しで食べ終わるという時、脇腹を小突かれる。
「オレからの返事、伝わったベシ?」
 今の今まで頭から追いやっていた話題を掘り起こされる。驚いて隣を振り向くと、こちらを見つめる深津と目が合う。
「どういう事だ……?」
「あんなラブレター貰ったら照れちゃうベシ。でも毎回じゃないから不安ベシ。だからお返事書いたベシ」
 向こうは食べ終わって暇になったのか、深津の友人もそれぞれお喋りをしている。
……そう、からかってんだろ」
「心外ベシ。あんなにアピールしてるのに気付かないなんてカズナリくん悲しいベシ」
 そう言う深津の声色は面白がっている時のものだ。何の事だよと素っ気なく返し、残っているカレーの続きを口に運ぶ。
 分かりやすく口を尖らせた深津は、テーブルに置いていたオレの左手の死角、テーブルとオレの体との間に手を滑らせ手のひらをくすぐる。
「!?」
 びっくりしてスプーン持つ手を離すと、スプーンが皿に当たり思いの外大きな音を立てる。慌てて周りをも渡すも周囲は特に気にする様子もなく、ホッと胸を撫で下ろす。深津は気にする事なくそのまま左腕の裾を握り、テーブルの下へと連れて行く。
「オイ何するんだよ」
 小声で注意するも、そのまま控えめに指でなぞったり軽く握っては離したり好き勝手される。
「松本はオレの事嫌いベシ?」
「いや、」
「じゃあ好きベシ」
「あ、ああ……
 緩く曲げている指をスーっと指広げさせたと思うと、自分の指先を絡めて手を合わせる。
「オレは好きベシ」
 そう言い、松本はと催促する。
 いつもと変わらない無表情ではあるものの、微妙に合わない視線に浅い呼吸。僅かに掠れた声と微妙に速い言葉のテンポ。部活の時とまではいかないが手のひらの湿った触感。お巫山戯にしては微妙に様子が可笑しい。嫌に緊張している。……これは、マジなやつか?
「それは、……好きだよ。深津のこと」
 赤くなりながら言うオレに、僅かに口元を緩めた深津は繋いだ手をギュッと強く握って恋人繋ぎみたいにする。オレは喜びで緩んでしまう口を引き締めていると次の瞬間手を離し、手首を掴み素早く顔の高さまで持ち上げられる。
「はっ!?」
「コイツの部屋でエ口本が見つかったベシ。問い詰めるから覚悟しておくベシ」
「はっ?えっ?!いや違う!深津!?」
 唐突な濡れ衣に驚いていると、周辺の騒がしさに紛れ、小声で注意される。
「お前そのニヤケ面とでかい声で皆に宣言したいベシ」
 なるほどそう言う事か。流石周りをよく見て……
「いやオレの濡れ衣はどうするんだ!」
 頭上に掲げさせられた手を慌てて引っ込める。慌てて反論するも、深津はいけしゃあしゃあと指摘する。
「どうせエ口本の1つや2つ持ってるベシ」
「そ、うだけど……!」
 食い下がるオレに対し、早く食べないと次間に合わなくなるベシとお盆も持とうとする。
 深津と一緒に来た友人達は頑張ってねと親指を立てて席を立った。オレの友人2人も先行ってるな〜と出て行った。何なんだ、友達甲斐のない奴等め!
 すぐに立たずそれを見送った深津が小声で伝えてくる。
「夕食前ギリギリに更衣室残るベシ。注意するって名目があるから多少遅れても問題ないベシ。続きするベシ、楽しみベシ」
 そう言って返却口に向かう深津は、明らかに浮かれてる。

 今のでも正直刺激強かったのに、これ以上ってどうなるんだ。深津にもそういう意図があると意識した上で触れられるのは、頭がどうにかなるんじゃないか?
 授業はあと2限ではあるが、その後に部活があって残って練習をしたり勉強をしたりしてからようやく夕食だ。
 早くバスケットをしたい、それはいつも思う事だ。でも今日はその後に待ち構えているものを考えると、早く時間が過ぎて欲しい様なゆっくりして欲しい様な複雑な気分だ。
 真っ赤になって頭を抱えていると、授業5分前の予鈴が鳴る。嬉しさと恥ずかしさで頭が一杯だけど、早く行かないとマズい。まずは教室に着くまでに自分でもわかる火照る顔と緩む口をなんとかしなくては。
 残り時間に焦る思いとは裏腹に、沸き立つ嬉しさから駆ける足は早い。

 なんたって、オレが好きな深津はオレの事を好きなんだからな!



ー・ー・ー・ー

 気紛れなおまじない。
 きちんと達成できた数は余裕で片手で足りる数だったのに、叶ってしまった。
 使い切る前に意中の相手に見られてるから、実際おまじないとしてはノーカウントかもしれないけど、効果はあったのかもしれない。

 小学校でおまじないがどうと言ってた女子、誰で今どうしてるか分からないけど幸せになってればいいな。半分ぐらいは君のおかげだ、ありがとう。