ぎんちき
2024-09-12 12:43:05
4039文字
Public ブン木手
 

ブン太くん特製いちごショート ←イチオシ!

ブン木手
・死ネタ
・年齢操作(30代くらい)
・書いた人間の趣味、手癖が全開

 丸井くん。アナタってやっぱり海が似合いますね。それに、今日みたいな晴れの日がとても相応しい人でした。

 最後はこうしよう、というのはアナタと一緒にちゃんと決めていたことだったのに、果たせるまでに何年も掛かってしまってごめんなさい。もっと早くできたらよかったんですけどね。私自身の為にもそうすべきでしたよ。そうすれば、あんなことをしようなんて思い至らずに済んだでしょう。悔いたとて、事実は変わらないなんてわかりきっているのにどうしてこうなってしまうんでしょうか。
 ただ……、ただ、自分に都合のよすぎる考えかもしれませんが、あの時の私の行動はある意味で前進する為の……今日に至るためには必要不可欠だったのだと、そんな風に考えてもいいでしょうか。
 アナタなら、今の私に対して何て言うんでしょうね? 笑ってくれるのだろうか。あるいは引かれてしまうのか。そんなことをゆっくりと考えてみたいのに、アナタの全てを思い出すことができないんです。どうやら少しだけ、時間が経ちすぎてしまったみたいです。……おっと。そうこうしているうちにもう、出る時間のようです。
 では……さようなら。私の愛する人。

「人ってうめぇのかな」
……何を藪から棒に」
「いや〜……純粋なキョーミ? あ、別にお前のことを取って食おうとかそんなんじゃねぇからな!?」
「アナタに襲われて、ただでやられるほど私の腕は鈍っちゃいませんけど」
「あ〜……まぁ、そうだな。もし俺がゾンビになってもキテレツには勝てなさそ」
「そうなった時には脳天をかち割ってやりましょうね」
「お〜い冗談でも怖ぇーって。お、おい! 何構えてんだよ! やめろ! 達人は素人に手を出しちゃ駄目だろい! い、ぁ、……ギャーーーッ!」
「全くもう。大袈裟ですよ! 何もしませんって!」

 もう一回だけ作ったら終わりにするつもりだったのに、こう何度も作ることになるなんて。月に一度くらいの頻度で作り続けて……かれこれ一年。結局、最初に書かれたレシピにかかりきりだった。他のものも作ってみたい気持ちはありますけど、まずはこれをマスターしたくて。それでこんなにかかるなんて予想だにしていませんでしたよ。
 最初の頃に作ったもののほうが良かった気がしたから振り返ってみたり、道具が足りなかったのかと買い足したり、改めてレシピの内容を読み直したり……。そうやって試行錯誤していくうちに、我が家の狭いキッチンは不相応なくらいにお菓子作りの為の道具でいっぱいになってしまいました。オーブンもちょっといいものを買い直しましたしね。
 ここまでの間ですっかり甘いものを食べるということにも慣れてきた気がします。流石にホールケーキをまるごと、というのはこれから先も無理だと思いますが。自分で作ったもの以外にもお店で買って来たものを食べて、できる限りアナタのケーキの味を思い出してみようとして……
 それでようやく作れたのが、今日のケーキです。これまでと変えた部分は、仮に丸井くんに尋ねられたとしても答えられません。これは私ひとりの秘密。誰にも知らせてはいけないし、それにこのケーキだって今回限りしか作りたくない…………作れないんです。

 何はともあれ、春に間に合ってよかった。毎年この時期は嫌なものに思えていましたが、今年はそんなことなく迎えられそうです。ねぇ、丸井くん。四月には海へ行きましょうか。そこで私たちの、……本当のお別れをしましょう。アナタとの約束を守るためにも。

「あっれ〜? おかしいな。ハンドミキサーがねぇんだけど。キテレツ、食べた?」
「丸井くんじゃないんですから」
「いくら俺でも機械は食わねぇよ」
「なら当然私だってそうですよ。……間違えて捨てたんじゃないですか」
「んなことやるわけねぇよ! え〜、どうすっかなぁ買ってきてもいいけど……時間がなぁ」
「時間って……明日まで休みでしょう? それに、捨ててないというのなら、買ってきたところで結局無駄遣いになるじゃないですか。もっとよく探しなさいよ」
「いやー、駄目だね。すぐ始めたいからさ。今まさにインスピレーションがパーッ! と湧いてるからすぐにグワ〜ッてやんねぇと!」
「だったら手でやればいいじゃないですか。ハンドミキサーを使うのって生クリームとかメレンゲとかでしょう?」
「簡単に言うけどよ……あ、じゃあちょうどいいな。キテレツも手伝ってくれよ!」
「仕方ないですねぇ……

 丸井くんのケーキは、ほんの少し彼の香りがしていたはずだ。思い込みもしれないが、そうだった気がする。
 今の私がそれをできるとしたら、これしかない。きっと砂糖よりも甘い……アナタの……。でも、本当にいいのだろうか?

「すごい風習がある地域もあるものですね。ほら、見てください」
「何? ふ〜ん……へ〜……すごいな、確かに」
「奥深いというか、何というか……ですね」
「そーだな。でもなんか、いいかも」
……丸井くんってそんなに食い意地張ってましたっけ?」
「そ、そういうんじゃなくてだなぁ!」
「冗談です。言いたいことはわからなくもないですが……まぁ、しばらくは私たちに関係ない話ですかね」
「うん……。でも。でもさ、……。もし……もしキテレツが俺より先に死んじまったときは、って考えると……俺は——……いやそんなこと考えたくね〜!」
「一体何年後の話ですか? 鬼が笑いますよ」

 丸井くんのレシピを見ながら、初めてケーキを作った。勿論彼と一緒に作ったことはあったし、数回なら自分ひとりで作ったことだってある。
 しかし、「丸井くんが書いた」レシピを見るというのは、これが初めてだった。ところどころ擬音も混ざっていてよくわからない部分があるのは困ってしまうが、いかにも彼らしい。初めて見たときは思わず笑みが溢れてしまったほどだ。
 そんな難解な部分はあれど、かなり忠実に作ったつもりのケーキ。彼の姿を思い出しながら、どうにか自分なりに精一杯やってみた。

 ねぇ、丸井くん? どうしてホールケーキのレシピばかり書いてくれたんですか。私ひとりでどう食べろと? ……冷凍して保存しておけば何とかなるらしいので、そうしますけどね。その準備は後でするとして。今はこの目の前にドンと置かれたショートケーキをひとくち、食べてみることにする。お行儀が悪いですけど、一回でいいからホールそのままで食べてみろ、という指示があったものだから仕方がない。フォークを突き刺して、少し掬ってみる。
 ズシンと重いケーキを恐る恐る口まで運んで、食べる。……ケーキなんて、本当にいつぶりだろうか。甘い。甘くて……フォークで感じていた以上に、重い。こんなの、ひとりで丸々一個食べられる訳がないですよ。アナタの胃ってどうなってたんですか。
 もうやめようと思うのに、不思議とフォークが進む。だってこれは、丸井くんの味にかなり近い……。丸井くん。……丸井くん。
 だけどあと少し、ほんの少しだけ何かが違うんです。アナタの味とは……。もう一度だけ、作ってみよう。そうしないといけない気がする。

「え、どうしたんだよキテレツ。頭!」
……久しぶりにやってみたんですよ。何となくね」
「髭も剃ってるし」
「それも何となく」
……懐かしいな。触ってもいい?」
「駄目です」
「だよなぁ、お前ならそう言うと思ったぜ」
「あの、丸井くん。今度また……

 丸井くんへ

 アナタと別れて、今日で5年経ちました。もう少しでアナタと一緒に暮らした期間よりも、今の生活を始めてからの期間の方が長くなりそうです。
 信じ難いかもしれませんが、あの日からしばらくの間、私はこれまでの人生で一番と言っていいくらいどうしようもなくなってしまったんですよ。大体2年ほど前でしょうか。それくらいからはようやく元の私に戻ってきました。正直、1年経過したくらいの時点で私自身としては普通に戻っていたつもりなのですが、家族や甲斐くんたちに聞くとそんなことはなかったらしいです。おかしな話ですよね。
 丸井くんと一緒に暮らした部屋を出て、丸井くんと歩いた街から離れて、丸井の思い出が残る物を処分して。少しずつアナタを忘れようとしました。
 でも、駄目でした。どんなにアナタのことを忘れようとしても……いや、そうして意識しすぎるからか、アナタという存在を失った穴が私の中でどんどん大きくなっていくようでした。
 今も思いますよ。また、アナタに会えたならと。声を聞いて、触れることができたらと。意外とおセンチなものでしょう? 私自身、そう思います。でももしかしたら、丸井くんは驚かないかもしれませんね。私以上に私のことを知るアナタだから。

 とにかく、こんな私を私自身がどうにかできないか、考えてみました。そこでひとつ、思いついたんです。
 さっき書いた部分と矛盾するようですが、実際は処分しきれていないものがいくつかありまして。その中のひとつが、中学生の頃にアナタが私に送ってくれたあのサブレーの空き缶なんです。それを昨日、久しぶりに何となく開けてみました。アナタが入れたんだから、何が入っているかはここに書かなくてもわかりますよね? 私が待っていた時が、ようやく来たということです。
 そんなわけなので次の休みの日、頑張ってみます。

「何書いてるんですか?」
「ん〜? ヒミツだろい! 今のお前には見せてやんねー」
「そうですか」
……っおい、何だよ! 気になんねぇの!?」
「そりゃあ気にはなりますけど、見せてくれないんでしょう?」
「そうだけど、もっと食いついてくんないと張り合いねぇじゃんか!」
「今の私には、と言ってたじゃないですか。なら待ちますよ、アナタが見てもいいと言ってくれる、その時を。いくらでも……私は、待ちますから……——