akmtakr
2024-09-11 23:56:22
5198文字
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PRESERVED

※現パロ注意※
何の問題もなく付き合ってるアラサー号福。こういう展開ばっかり書いてしまうんだよな〜〜〜という感じの話です。あんまり深く考えずに読み流せる方向け。どんな世界線の号福も末永く幸せであれ!!

福チャン:作品がSNSでバズり始めたドライフラワーアーティスト。このあと本人のビジュが大バズりして大困惑する。
号チャン:福チャンの幼馴染で彼氏。実家の酒蔵で修行中。理性が強い分、箍が外れると反動がすごい。




 疲労感をたっぷり背負った帰り道。駅から徒歩7分の道のりを、重い足取りでとぼとぼと歩く。
 夜更けの住宅街は、すれ違うひともほとんど居ない。ふと見慣れたマンションに目を向ける、と、俺の部屋の窓に明かりが灯っていることに気がついた。
 ──途端、足取りどころか身体も一気に軽くなって、あまりの単純さに笑ってしまった。
 自然と背筋が伸びて、真っすぐに歩いて家路を急ぐ。きみが居てくれるから俺は、俺らしくいられるのかもしれないね。
 

PRESERVED


「お、帰ったか」
 玄関のドアを開けると廊下の奥から大きな身体がひょこりと覗いて、俺の顔を見るなり派手に苦笑した。耳から身体中に染み込むような心地いい声に気が抜けて、俺はそのまま玄関先にへたり込む。
「ごおちゃあん〜………
「あーあー、何だよ大丈夫かァ? 今日はまた一段とへろへろじゃねえか」
 初めての個展の準備をようやく終えて、あとは明日の開催を待つばかり……と思っていたところに、ギャラリーのオーナーが各所のお偉いさんを集めてパーティを開くから顔を出せなんて連絡を寄越してきたのは、今日の夕方を過ぎたころ。ちょうど家に帰ろうと身支度を整え終えたところだった。
 パーティでは次の仕事に繋がりそうな話は幾つか有ったし、同じ業界のひとから為になる話も聞けた。ご縁を繋げられる機会は有れば有るほど良いものだから、オーナーにはいつも感謝してる。……うん。感謝は、してるんだけど、ね……
「なるほどあれか、例の"酒癖だけが最悪のオーナー"ってのがそいつってわけか」
「そう……彼、あれが無ければ本当にいいひとなんだけどな……
 玄関先までのしのしやって来た号ちゃんは、座り込んだままの俺のジャケットを脱がせて、持って来ていたハンガーに丁寧に掛ける。
「で? 遂に呑まされたって?」
「そんなわけないでしょ、素面だよ! さんざん絡まれたけどさあ!」
「呑んでやりゃ良いじゃねえか。その手の絡み方してくる奴は大抵しつこいぜェ?」
……知ってるだろ? 酒癖なら俺だって酷いんだ。あんなの仕事相手に見せて良いものじゃないし……そんなことでお得意さんを失いたくはないからね」
「ハハッ、まあ、……確かにな」
 大きな手のひらが宥めるように俺の頭を撫でていく。
 きっとまだパーティは続いているんだろうけど、俺の初個展が明日からだと知ってくれていたひとが気を利かせて、オーナーの目を盗んでこっそり抜け出させてくれた。明日は一日在廊予定だから、本当に助かった。初めての公の場で疲れ切った顔を晒すのは頂けない。
「ま、なんにせよお疲れさん。風呂入って来いよ、もう沸かしてある……っつーかオレがさっき一番風呂貰っちまったんだけどな」
……うん、ありがとう号ちゃん」
 放任主義の家庭に育ったせいか、俺は、自分から誰かに甘えることに慣れていない。
 のんびり屋の双子の兄弟としっかり者の弟に対しても、甘えてもらいたい気持ちや甘やかしたい気持ちの方が幼い頃からずっと強かった。だから、……そういうときにどうしたらいいのか、未だに正解が解らないけど。
 けれど、躊躇いがちに見上げる——それだけで、この視線を受け止めた垂れ目の瞳は、全部理解したみたいにゆるやかに細まった。
 スーツを掛けたハンガーを手近な収納の取っ手に引っ掛けると、彼はそのままどかりと隣に腰を下ろす。そのまま俺の足首を掴み、革靴から踵を引き抜いた。硬いタイルの床にぽこんと落ちる靴をぼんやり眺めながら、俺は、逞しい肩にそっと頭を凭れる。
 甘えたいと思うのも、こうして甘やかして貰えることに安心するのも。ちいさな頃からずっと、俺には号ちゃんだけだった。
「抱っこして連れてってやろうか」
 からかい混じりの声が鼓膜を擽り、こそばゆさにちいさく笑う。もう片方の足も持ち上げられて、脱がされた靴が玄関の床を軽い音を立てながら転がった。
「いいよ。重いだろ」
 まるで重くなかったらそうしてほしいみたいな答え方、かな? と、言い終わって何秒か後に思ったけれど、わざわざ言い直すことはしなかった。まさか号ちゃんも本気で言ったわけじゃないだろうし、……少しもそう思ってないかと言えば、嘘になる。
 大きな身体が喉で笑う振動を、肩に押し当てた頬に感じた。「そうかよ」と可笑しそうに呟いて、シースルーソックスを片方づつ丁寧に脱がせた深爪のゆびさきが、筋張った足の甲をゆるりとなぞる―――瞬間、不意に大きく肩が震えて、不自然に息が詰まった。喉の奥から鼻に抜けた妙に甘ったるい音が、光を抑えた玄関の狭い空間に小さくひびく。
 俺は、軽く咳払いをして、号ちゃんは満足げにフンと鼻を鳴らした。
「なんなら一緒に入っちまうか?」
……号ちゃんはさっき入ったんでしょ」
 やさしい冗談に甘えていないで、さっさと一人でお風呂に向かうのが正解だって本当は、最初からわかってる。しておきたいことならまだ残っているし、明日は、俺の作品を好んでくれるひとたちの前に初めて立つんだ、スキンケアも普段以上にしておきたい。睡眠だってきちんと取らないと。あんまりのんびりしてる場合じゃない。
 けれど、……最近ずっと、ずっと忙しくて。ここ数ヶ月はゆっくり休めた記憶もあんまり無いし、号ちゃんとのんびり過ごしたのだってもうどれくらい前のことかもはっきり思い出せないくらいだ。
 うっかり気を緩めた途端、理性も判断力も勝手に仕事を放棄してしまった。号ちゃんを困らせたくはないのに。
「はいはい。ったく、しょうがねえなあ」
 含み笑いの優しい声色。年上のいい年した男に玄関先でみっともなく駄々を捏ねられているっていうのに、彼はなんだかとても楽しそうだった。不思議に思いながらその顔を見上げた──瞬間。
 突然、膝の下に筋肉質な腕が素早く、滑り込む。ぼんやりしていた俺に反応なんて出来る筈がない。
……え?」
 同時に、強く肩を抱かれ、
「よっ、……とォ!」
 軽い掛け声と共に俺の身体は、―――その両腕で持ち上げられていた。
「ちょ、ちょっと号ちゃん!?」
……ッ、こら暴れんな。ほら、掴まっとけって」
「いやいやいや! 重いでしょうが!?」
 体感したことのない浮遊感に驚いて咄嗟に素足をばたつかせると、バランスを保とうと彼の片足がフローリングの床を、どすん、と強く踏みしめる。
 その音に俺は、ハッとした。
 僅かに威圧的な声で、号ちゃんは、低く囁く。
「おい。おとなしくしねえと下の部屋から苦情が来ちまうぜ? いいのかよ……?」
 それはちょっと、……良くはない、かな。
 おずおずと彼の首の後ろに両腕を回してしっかりしがみつくと、号ちゃんは「よしよし」と満足げに呟きながら、俺の身体を軽く揺すって落ち着く位置で抱え直した。
 下ろす気は無さそうだし、不思議と安定はしているみたいだ。彼が確信もなくこんな無茶を押し通すほど子どもじゃないのはわかってる、けど……それにしたって、まさか『抱っこして連れて行く』を実行されるなんて思わないでしょ……! しかもこれって所謂"お姫様抱っこ"。188センチにまで育ってこの抱き方をされる日が来るなんて夢にも思わなかった。
 急に静かになったオレに、号ちゃんはからりと笑ってみせる。
「心配すんなって。最近じゃジムに行くたびお前の体重と大して変わらねえ重さのダンベル上げてんだぜ、オレは」
 一緒に入会した近所のジムには一時期二人で毎日のように通っていたけど、俺はもう何ヶ月もただ会費を払うだけになってしまっていた。
 言われてみると、確かに触れている首も肩も、腕だって記憶に有るよりも更にがっしりと逞しくなっている気がする。彼のそんな変化に気付いていなかった自分に、結構、驚いた。
「そんなに筋トレにハマってたんだ……
「ん? ああ、別にハマっちゃいねえけどな」
 玄関先からお風呂場まで、そう離れてはいない。ゆっくり歩みを進めるたびに、ふたり分の体重が一気に掛かったフローリングがみしりと軋んだ。
「ま、良い暇つぶしってとこだ。誰かさんがこのところ随分と忙しいからなァ」
「号ちゃん……
 生え際にすこしつめたい鼻先がふれる。唇のやわらかな感触を、額に感じる。頬をくすぐる不揃いの髭はちくちくして、ああ号ちゃんだって、思った。
 さみしい思いをさせちゃったかな。でも、俺の個展が決まったことを誰よりも喜んでくれたのは他でもない号ちゃんだったから、……謝るのはきっと、違うよな。
「やっぱり、すごいなあ号ちゃんは。俺も休んでた分、また頑張らないとな」
 号ちゃんはにんまり笑って「おう」と応えた。
 小学生だった頃の彼が、満点のテスト用紙をわざわざ俺の部屋まで見せに来てくれた時の得意げな笑顔を思い出して、俺は思わず緩んだ頬を彼の首元に押し付けて、そっと隠した。

 そうこうしているうちに、気が付けばあと数歩で脱衣場の扉の前にたどり着こうとしていた。
 この流れだと『なんなら一緒に入る』も実行する気、かな……? 一緒に入ったことなら何度も有るけど、2m近い大柄な男ふたりで入るにはかなり窮屈なバスルームに、今の、お互い満足に触り合えていない状況で一緒に入る、っていうのは、さ。
 ただ身体を洗うだけで済むかっていうと、多分、……無理なんじゃないかな。
 号ちゃんを一番に優先したいけど、明日だけは足腰立たなくなってしまうわけにはいかないし。だから、……でも、だって。いやいやでもさ、そうなんだけど、だって……、うーーーん……
「なあ、光忠よ」
 真剣に自問自答を繰り広げる俺の顔を横目で見るなり、号ちゃんは、ちいさく笑った。
「せっかく抱き潰されること前提で考えてもらってるとこ悪ぃんだがな?」
……え!?」
 こころ読まれてる!? っていうか、いや、……あれ? ……あ、あれ……確かに足腰立たなくなる前提、だったな……
「物欲しそうな顔してんなよ。こんなへろへろのお前に、無茶なことなんざ出来るわけがねえだろうが」
 扉の前。号ちゃんは、俺の足側の方を低くして軽く身を屈めた。促されるままに両足を床に押しつけて立つと、身体の重さによろけて、思わず呻く。
「早いとこメシ食ってやることやって、しっかり寝なきゃいけねえ……だろ? 明日は遂にお前の一世一代の晴れ舞台だ。万全の状態で挑まねえとなァ?」
「そう、……だね」
 そうだ。号ちゃんは最初から俺を早く休ませようと動いてくれていたし、抱き上げたのだってただ、もたもたしてる俺を見兼ねて強制運搬しただけだ。
 ……ああ、なんだ俺、変な期待しちゃってたのか……
 居た堪れなくて俯く俺の血が集まって熱くなる耳を、号ちゃんはやさしく指の甲で撫でてながら、
――――まあしかし、何もしねえとは言ってねえけどよ」
 なんて、当然みたいに言ってのけた。
「へ……?」
「マッサージついでにちょっといいことするくらいなら、無茶ってほどのことでもねえよな。なんならその方がすっきり眠れもするだろうよ。理にかなってる。だろ?」
 予想外の展開に瞬きを繰り返す俺を、号ちゃんは面白いものをみる目で見ている。
 ゆったりと細められた瞳の奥、欲情にぎらりとゆらめく焔のような色が、……確かに見えた。
……する、ってこと?」
「お前がしたくねえならしねえよ」
 いじわるな口ぶりに、乾いた喉が空気を飲んだ。俺が選ぶ答えなんてひとつしか無い。わかっているくせに。
「す、……、し……、」
「ハッ、なんだよ。寿司がどうしたって?」
 詰まる言葉を揶揄いながら、俺の柄シャツの首元のボタンを丁寧に外していくゆびさきから、目が離せない。
 目眩がしそうだ。鼓動がどんどん早くなる。
 作品や個展のことで毎日いっぱいいっぱいになっていて、俺は自分の欲に対してずいぶん鈍くなってしまっていたのかもしれない。
 この身体がいつから欲情していたのかなんて俺にはもう分かりそうもないけど、多分、号ちゃんは最初から知っていたんじゃないかな。
「する。……して、号ちゃん」
 ボタンを全て外し終わった深爪のゆびさきを、握って、絞り出した声は情けなく上擦っていた。
 号ちゃんの顔は見られなかったけど、どんな顔をしているのかなんて、見なくてもわかった。
 喉で笑う音。大きな掌が俺の手を強く握り返して、もう片方の手は空気にふれた腹筋の窪みを、ゆびさきでゆっくりとなぞる。
―――個展が終わったら、覚悟しとけよな?」
 耳朶のすぐ傍で低く囁かれて、俺は、ぞわぞわと背筋をはしる甘い痺れに、息を詰めながら深く頷いた。