井見
2024-09-11 20:54:42
3924文字
Public 真Ⅴ・真ⅤⅤ二次
 

君がいる場所

復活のアオガミさんリクエストのものです
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 起動シーケンス、実行。……停止。処理を終了する。……起動シーケンス実行。停止。実行。停止。実行。成功。
 起動。
 視界良好。敵性反応無し。遠方百メートルに人間を確認。索敵範囲を拡大。敵性反応無し。……人間の反応のみを確認。現在地を物質界と推測。
 再調査。
 現時点での悪魔反応はゼロ。
 ……私を除いて。
 
 ──どうやら、私は目覚めてしまったようだ。
 
 体を起こして座り直す。外装損傷は無し。内部損傷は不明、機能への影響は無し。
 自己認識を確認。私は神造魔人アオガミ。ベテルによって製造された、人間を保護及び補助する悪魔。……認識に相違は見られず。
 ならば、私は何故ここにいる。 
 
 世界の果てで願った、人のための、人のみの世界。あらゆる反応がその成立を示している。人間の反応は確認可能であるのに対し、神はもちろん、それに準ずる精神体の反応もロストしている。
 魔なるものの完全消滅。それは私も例外ではなく。
 光の中に佇む少年の姿が、私の最後の記憶だ。
 
 私は辺りを確認する。地面及び頭上にコンクリート。壁面には解読不可能な言語と絵画。……落書き、というものだったはずだ。生体反応は植物、昆虫、小型の哺乳類等。現在地推測を高輪トンネルに更新。先程確認した人間の反応は遠ざかっていく。対処の必要は無し。
 私は立ち上がる。現状の確認のため、トンネルを脱出する。
 強い光だ。感度調節を実行。太陽の高度および気温は少年と共にあった日々に近しい。直後……なのだろうか。私たちが出会った日から、そう経ってはいないようにも思える。
 光の方向を見上げると、高層ビル群が立ち並んでいるのが見える。その一つも霞むことはなく、どこまでも穏やかに続いている。
 線路の上を車両が駆け抜けた。轟音が響く。この世界は問題なく運営されているのがわかる。

 さて、と思う。
 私は異分子だ。この世界に在ってはならぬものだ。
 私が再生した理由は知れないが、少年と共に一つのナホビノとして在ったが故のイレギュラーと考えられるだろう。少年が知恵を持つ限り、私という生命を引き寄せる……そういったメカニズムが存在するのかもしれない。
 しかし悪魔である私という存在から、この世界が綻ぶ可能性は高い。であれば、私は今すぐ消えるべきだろう。
 
 だが……だがもしも。もしも少年が、私には知り得ぬ理由で以て、私を呼び寄せたのだとしたら。
 少年の思いもよらぬ異常事態が発生し、少年が私に助けを求めているのだとしたら。
 
 ……有り得ない可能性だ。王座についた存在の手を煩わせるものなど……
 いや、かの前王も、大魔王によって屠られた。であれば、少年の身に何かが起こる可能性は、決してゼロではないはずだ。
 ……
 
 私は頭を振った。甘い夢だ。
 全ては私の未練だ。
 消えなければ。今すぐに。
 
   *
  
 起動シーケンス、実行。……停止。処理を終了する。……起動シーケンス実行。停止。実行。停止。実行。成功。
 起動。
 視界良好。敵性反応無し。遠方五十メートルに人間を確認。索敵範囲を拡大。敵性反応無し。……人間の反応のみを確認。現在地を物質界と推測。
 再調査。
 現時点での悪魔反応はゼロ。……私を除いて。

 私は、何故ここにいる?
 
 私はトンネルの外に這い出た。同じ高度。同じ気温。風の強さすらも同じ。あの日そのままの景色。
 私は、私は消えたはずだ。
 私は……
 私はともかく歩き出した。どこへ向かえばいいだろうか。研究所? 神魔のいない世界では、神造魔人の研究も行われてはいないだろう。やはり、ならば、行くべきところは一つだろう。
 時刻は日暮れ、通常であれば下校時間だ。通学路を検討し、私は品川駅へ向かう。上手くいけば鉢合わせることが可能だろう。
 人通りの少ない道だが、人間がいないわけではない。しかしその誰もが私を知覚しない。かつての世界では文明化が進んだ現在であっても、先天的に〝視える〟者は少なからず存在していた。神魔がいない、ということは、その知覚も不可能なはず。私の存在は理論上誰にも目視されない。
 であれば、少年は。生命と分たれた知恵を持つ、この世界でたった一人の人間は、私を視るだろうか。
 
 階段を上り、品川駅のコンコースへ。推測通り、縄印学園の学生が多く通行している。学生同士で会話を交わしながら、おそらくこの先の学生寮へ向かっている。
 少年の背格好は、平均的な十代後半の男性よりも少し華奢な程度だ。似たような体格の人間も珍しくはないが、完全に該当する学生は見当たらない。さらに周辺を探索するものの、少年らしき反応は見られない。すでに通り過ぎた後なのだろうか。私は辺りに意識を注いだまま、コンコースの端へ避け、付近のベンチに寄った。私を知覚する者はいないとはいえ、雑踏の中心に位置し続けるのは少し骨が折れる。
 ベンチには、少年が一人座っている。縄印の制服を着た学生だ。本を読んでいるため、顔が窺い知れない。この少年も、少年に似て、読書を好むのだろう。
 ……少年?
 私は彼の姿に釘付けになっていた。少年は、どこから見てもあの少年ではないか。縄印学園の詰襟の制服に、平均よりも薄く白い肉体。片手で持ち上げる本も、以前と同じ題名。外見的情報はこれ以上なく、この少年が私の知る少年であることを示している。
 しかし、私は断言することができない。
 何も無いのだ。
 私を引きつける衝動が。
 私と分たれたもう半分、遠い昔に一つであったはずの半身に、手を伸ばしたいという熱が。
 
 私はその直感から目を逸らしながら、少年に近寄った。少年は微動だにしない。顔を上げることなく、熱心に本を読んでいる。私に全く気づいていない。
 少年にもう少しだけ意識を向ける。基本的に悪魔は人間に知覚されないが、こちらからの働きかけによって特定の対象に存在を認識させることが可能だ。いわゆる取り憑くという現象に近い。この少年に悪事を働きたいわけではないため、私の存在の影を感覚させることを目標とする。
 すると少年は、ふと本から顔を上げると、目の前の雑踏へ視線を向けた。じっと獣のように周りの様子を確認し、本を迷いなく閉じる。その振る舞いは、少年によく似ていた。
 気づくと私は少年に手を伸ばしていた。私はその手を引き戻す。
 少年は本を鞄に入れると、勢いよく立ち上がった。そして何事もなかったかのように、いや何事もなく、雑踏へと紛れていった。それだけだった。振り返ることもなかった。その後ろ姿はあまりにも鮮明に、私に一つの事実を告げた。
 少年は、やはり私の知る少年ではなかった。
 彼に私と分たれた知恵は眠っていない。少年と全く同じ姿形、そしてきっと魂も運命も同じであるはずなのに、私と共に過ごした少年ではないのだと、私は痛感せざるを得なかった。しかし、驚きはなく、不思議なほどに落ち着いている。
 なぜなら気づいていたからだ。数多の人間の中に少年はいないのだということを、私はわかっていた。どれだけ探索範囲を広げても、少年を感じることがなかった。だからこそこれほどまでに近づいても、あの少年が私の知る少年と同じ存在であると気づくことができなかった。あの少年は私が守るべき数多の人間たちの一人であり、それ以上ではなかった。
 しかし同時に、あの少年がここに存在するという事実そのものが、私にゆっくりと真実を告げてくる。
 私は、先ほどまであの少年が座っていたベンチに腰かけた。足から力が抜けるという感覚を、戦闘以外で味わうのは初めてだった。私は顔を覆った。
 
 ‪──私は、確かに願った。
 彼は本来どこにでもいる学生で、そして特別ではない日常を過ごしてきた人間だった。彼が命を脅かされることも、命を奪うことも、きっと起こらない日々に、彼が戻ることを願った。ならばそのために、彼や彼の世界を侵襲するものはなくなるべきなのだと。そうすれば、きっと彼は、また日々へ戻れるはずなのだと。
 ……少年ではない少年がここにいるのなら、私の知る少年は何処にいる?
 君は何処にいる。
 答えが近づいてくる。
 王座に就いた神々は、かつて何をしていた? 王は王座から下界を見守り、時に秩序を、時に混沌を敷く。王座を追われるその日まで、王の創り出した世界がこの世を満たす。王は王座に就く。王座に就いたのは我々ではない、少年ただ一人だ。ならば、この世界を創る王座に座るのも、少年ただ一人。
「私は……
 また、間違えたのか?
 君は今もそこにいるのか?
 光り輝く円環の中心に。誰も届かないよう、あらゆる橋を焼き落として。

「それを思い知れ、ということなのか。
 あるいは、私に知ってほしいということなのか」
 消え失せた私は、これを知ることなく塵となっていたはずだ。この世界に呼び戻されたとしても、あの少年を見ることがなければ、知らないままでいたはずだ。
 これは君の意志なのだろうか。それとも別の意志なのか。

 私は、どうにか立ち上がった。座っていても何も変わらなかった。
 やはり私の行くべきことは一つだ。
 君のいる場所へ。行けるはずのない高みへ。
 どうすればいいのかはわからない。神ではなく人間が創世を行うという異常事態、そしてその神すらも消え失せた。全ての手法は途絶えている。

 だが君がいる場所だ。
 ならば私もきっと、辿り着くだろう。
 私は君の半身なのだから。

 私は、歩き始めた。




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