井見
2024-09-11 20:46:13
8731文字
Public ライドウ二次
 

麗かなれ

凪ちゃんが出てくる文章のリクエストをいただいた時のもの
縦書きリーダー用

 昼下がりの探偵社、いつも通りの暖かな日差し。それを受けるのはいつも通りの鳴海と、いつも通りではない来客だった。
 タヱもなければ依頼人でもない正真正銘の客人は、ライドウとそう年の変わらない子である。鳴海は、その〝彼女〟に自ら茶を出しながら微笑んだ。
「いやあ悪いねえ。せっかく来てくれたのに、肝心のライドウがいなくて。ゴウトちゃんならいるんだけどさ」
 ゴウトはゆるく尻尾を振る。
『歓迎がこの男で済まないな。急な不在だ、勘弁してやってくれ』
「い、いえ! むしろ押しかけてしまって、大変申し訳ないプロセスです……
 深々と頭を下げるのは、槻賀多村で鳴海たちが出会った若きサマナー、凪である。遠路はるばる、先輩と慕うライドウに会いに来たというのに、その本人には急用が入ってしまっていた。
「いやいや、ライドウがいないと探偵社も広いばかりだし、凪ちゃんが来てくれて嬉しいよ。今日は休みだしね。
 そうだ、確か言伝があるんだったっけ?」
 鳴海は机の引き出しを漁った。今朝に確かに渡されたはず、それを一体どこへやったか……。呆れたゴウトは机へぴょんと飛び移り、卓上燈の足元から紙片を引き抜いた。「そうそうこれこれ、流石ゴウトちゃん」などと適当に褒めながら、鳴海は書き手によって丁寧に折り目のつけられた紙を広げた。
「えーとなになに……
 『凪殿。此度は自らの管理不足により、約束を反故にすること大変申し訳なく思う。
  この埋め合わせは必ず後日。ライドウ』
 だってさ。管理不足ねえ」
 再び紙を折りたたんで、せっかくなので凪に渡した。凪は両手で恭しく受け取る。
「あれでも学生だからさ。ちょうどあの事件の頃、外せない試験があったらしいんだよね……まあ休んじゃったんだけど。
 あの学校もあの学校だし、事情はわかってくれるんだけどね。無試験ってのは駄目だーって頭が硬くてさ。それでよりによって今日が、追試験になっちゃったんだと」
 ヤタガラスからの呼び出し関連で帝都に一度来ることになったという凪は、ライドウに稽古なりをつけてもらう約束を取り付けていたらしい。だが凪にとって不運なことに、当のライドウだけでなくタヱも今日は外せない取材。凪が会いたいだろう人物がいないことを鳴海なりに申し訳なく思ったが、こればかりは鳴海にもどうしてやることもできない。
 凪はライドウの残した書置きをじっと認めてから、それを自らの上着にしまった。
「ライドウ先輩はいつ頃お戻りに?」
「つつがなく済めば夕方じゃないかな。誰かに捕まったらもっとかも」
「そうですか……
 年が近い、サマナー界の最前線にいるライドウにいろいろと直接聞きたいこともあったのだろう。凪は見るからに肩を落としていた。
 鳴海は頬を掻いた。このまま三人、いや二人と一匹でだらだらと話していてもいいが、せっかく村から帝都まで長い電車に揺られたというのに、くっちゃべって終わりというのも如何なものか。それに凪も緊張しているのか、先程から綺麗な茶色の髪の毛を指先でくるくるといじっている。
「あー……そうだった!
 今日は休みだっていうのは嘘、仕事があるんだった!」
 鳴海は勢いをつけて立ち上がる。机に置いてあるカップが揺れ、おっと、とそれを抑えながら微笑んだ。
「凪ちゃん、来てくれたお客さんなのに悪いんだけどさぁ、ちょっと手伝ってくれない?
 ライドウが帰ってくる頃まででいいからさ」
 ゴウトは体を丸めたまま、鼻で笑った。
『ふん、仕事なぞあるわけがなかろう。
 まあいい機会だ、どうか付き合ってやってくれ』
 ゴウトと鳴海を見比べてから、凪は慌てて姿勢を正す。鳴海は凪に気を使わせないような言い回しで、一緒に出かけようと言っているのだと理解した。
「は、はい! 胸をお借りするセオリーを希望します!」
「よし、じゃあ行こうか」
 鳴海は片目を瞑り目配せをする。上着と似合いのダービーハットを被り、外出の用意をした。
 凪もそそくさと立ち上がりながら、鳴海の様子を見た。
 ゴウトに余計なことを言われたはずなのに全く気にしていない風を吹かせる鳴海は、「ゴウトちゃんはついてくる?」などと甘めの声を出している。
『ライドウの帰りを待っておく、と此奴に伝えてやってくれぬか』
 ゴウトは嫌そうな顔をしながら、凪に向かって鳴いた。
 ゴウトの声は鳴海には届かない。当たり前に人ならざるものの声を聞く凪は、そのことに気づくのに一拍遅れた。魔の素養を一切持たないというのに、ヤタガラスからの監視者兼保護者となってライドウと暮らしているのだ。見えるものと見えぬものが同じ場所で過ごしているということは、凪にはぴんと来なかった。
 凪はゴウトの言葉を鳴海に伝えた。鳴海はこんな伝言あそびに慣れているようで、「じゃあ留守番よろしくな」とゴウトを窓際に置いていく。
 見慣れぬ二人の組み合わせで、探偵社を後にした。
 
 *
 
「こ……ここが、銀座町……
 銀楼閣も素晴らしい建築物ではあるが、それが小さなものに見えるほど、絢爛豪華なビルヂングが立ち並ぶ、帝都随一の街並み。道は当然のように石畳に覆われ、市電やタクシーが急足で駆け抜けていく。人の往来も止まらない、時間の流れがはやい、まさしく大東京の象徴と言えた。
 凪はあんぐりと口を開けていた。文字通り開いた口が塞がらないセオリーだな、と鳴海は笑ったが、流石に口には出せない。
「凪ちゃんは、こういうところは慣れてない?」
「はい……自分は村を殆ど出ないプロセスです。ヤタガラスとの連絡も基本は師匠が行っていましたし、あちらにも名も無き神社はございますから……
「ライドウも最初の頃はそんな感じだったな。村とか里とか、みんな偉いよなあ」
 鳴海が凪を連れてきたのは、凪が言う通りの銀座町だ。帝都と言えば都会、都会といえば銀座町。そんな短絡的な発想ではあったが、鳴海の思惑は当たった。見るからに目を輝かせる凪は、動く車や人をキョロキョロと見回している。そこらのベンチに座っているだけも凪は満足してしまいそうな気配だ。
「さて、と凪ちゃん。俺の〝仕事〟に付き合ってくれるかな?」
「あの、その仕事とは一体……
「大事なやつだぜ、それもとびきりのだ」
 再びの目配せに、凪はごくりと唾を飲み込んだ。
 
 凪は、三軒目あたりで気づいた。
「ショッピング……の、カテゴリーですね……
「大事なプロセスだろ?」
 鳴海は凪を連れ回し、銀座の店という店を巡った。今日やらなければならない急用なんてものはない、鳴海のものというわけでもない、なんとはなしに道を歩いて、気が向いたところに入る。あるデパアトの中をウロウロと眺めたと思えば、これ凪ちゃんに似合うねなどと言いながら買ったり買わなかったりする。
「で、これが本命」
 芳しい珈琲豆の匂いに囲まれながら、鳴海は店主に呪文のような言葉を並べた。
「コーヒービーンズを買いに?」
「丁度切らしてたんだよ。凪ちゃんが来るってわかってたんだけどさあ、買い忘れてて……
 というか、ライドウに頼もうかと思ってたんだけど、それどころじゃなさそうだし……
 俺調べで現状一番美味しいところがここなんだよねえ」
 店主に出された紙袋を満足気に抱えながら、鳴海はニコニコと微笑む。
「あ、凪ちゃんは珈琲飲める? お茶も買っとこうか」
「いえ、でも……そうですね、凪にはまだ早いと……師匠に言われたプロセスです」
 幼い頃にゲイリンの飲みかけの珈琲を啜り、苦さに顔を顰めた時のことを凪は思い出していた。それ以来飲んでいないから、珈琲は苦い汁というイメージしかなかった。
「ああ、ゲイリンさんって洋行してたんだってね。じゃあ本場の味も詳しいのかなあ。話してみたかったな、色々と……
「きっと、話が合うのが予測のカテゴリーですね」
 凪は暗い顔を見せず、むしろ朗らかに微笑んだ。鳴海は、凪ちゃんは強いな、と眩しいものを見るように目を細める。それから改めて明るい声を上げた。
「じゃあ今日は凪ちゃんの珈琲デビューだな!
 鳴海さん特製ブレンド珈琲、凪ちゃん歓迎版を振る舞っちゃうぜ?」
「はい! 楽しみのセオリーです」
 
 それから二人はニコニコと街を巡った。疲れたからとカフェーに入り、そういえばあれもなかった、と日用品も買い求める。
 鳴海の両腕でなんとか抱えられるほどの紙袋と、お天道様が傾いてきた空を見て、そろそろ帰ろうという運びになった。
 銀座町から筑土町へ帰るには、来た時と同じ市電に乗らなければならない。今まで歩いてきた大通りから逸れ、鳴海は人通りの少ない細道‪──といっても、筑土町の道と同じほどに広い道だが‪──を選んだ。その方が近道だった記憶がある。
 大都会も一本横道に入れば、たちまち景色を変える。ビル影が道を覆い、昼日中でも落ち着いた静けさがある。人混みに疲れただろう人も、ここなら一息つくことができるだろう。
 暫し歓談を続けてから、凪は鳴海を引き止めて言った。
……鳴海殿、あれをご覧になるを希望します」
 示された遠く道の先には、停車したタクシーと、頭を抱える運転手。
 先の事件で銀座町も多大なる被害を受けた。激しい損壊は急いで修繕されたが、未だ道のそこかしこには道路が割れ陥没している箇所などがある。どうやらあのタクシーも運悪くその窪みにはまってしまったらしく、運転手が後ろから押してもうんともすんとも言わないようだった。
「ああ、ツイてないねえあの人も。ちょっと手伝ってやろうか」
「それもそうなのですが、……あ、そうでした。
 鳴海殿はご覧になれないのでした。ソーリーを申し上げます」
 凪はまた思い出した。鳴海たちと自分たちの見ているものは違う。だから車両の前方でけたけたと笑いながら車両を後方に押し返す悪魔の姿も、鳴海や運転手には当然見えていないのだ。
「車の前方に悪魔がいます。押し合いっこか何かだと思っているようですので、危害が及ぶ心配は無さそうですが……。早急な悪魔の排除か懐柔がセオリーかと」
「あ、そうなの? こんなところで悪魔の仕業か……
 悪いけど凪ちゃん、その悪魔と話つけてくれない? その間、俺は運転手の人と話して時間稼いでおくからさ」
「了解です」
 二手に分かれた。鳴海は気のいい紳士を演じて、頭を抱える運転手に手伝いを申し出た。運転手も必要ないとは言えない、商売道具が動かなければ仕方がないからだ。「凪ちゃんは前方に人など来ないか注意しておいてくれる?」と凪を自然に車両前方へ配置しておくのも忘れない。
 凪は車の前方に回った。槻賀多村のように、まだ人と自然が混ざり合うような空間ならまだしも、人工が覆い尽くすこの帝都に、悪魔が直接姿を表すのは珍しいことであるはずだと、心の中の師匠が告げる。本来なら悪魔は異界に潜んでいるはずだが、その境界は少し揺らいだままだ。まだあのアバドン事件による混乱の影響が色濃く残っているのを感じさせる。
 凪はゴクリと唾を飲み込んだ。こんな昼日中、市街地で戦闘を起こすわけにはいかない。悪魔に対して選べるのは、交渉の一手のみである。
 タクシーを楽しげに押す悪魔に近寄り、凪は話しかけた。
「もし、少しトークをよろしいですか」
『チミのパワー、サマナーだね。でもいまボクはビジー、生憎ね』
「そこをなんとか、オバリヨン殿」
『うーん……殿なんて言われるのはグッドだね』
 タクシーと力比べをしているのは、力自慢のオバリヨン。彼はタクシーを押すのは止めないが、話を聞く気にはなったらしい。
 凪はよし、と心の内で拳を握り締めた。何事も最初が肝心だ。
「オバリヨン殿は、なにをなさっているプロセスですか?」
『なかなかの強敵となかなかのバトル。チミも心躍る、今更『逃げられない!』ってヤツっスね』
 見つけた車を遊び気分で軽く押してはみたが、どうにも動かない。さらに押しても動かない。力には自信があるオバリヨンは、この車両をどうしても動かしたいと燃え上がってしまったらしい。
 なるほど、と凪は頷いた。これならなんとかなりそうだ。
「オバリヨン殿、僭越ながら一つプロバーブを。
 我々には、こんなセオリーがあります。
 〝押してダメなら、引いてみろ〟」
 オバリヨンはぴくりと動きを止めた。
……ふうん、イケてるっスね、それ』
 むんずとタクシーの底を掴み、オバリヨンは一息に車両を引き上げた。
「う、うおお! なんだ?」
 鳴海が驚くような声をあげた。運転手も同じく戸惑っている。
 今まで運転手とオバリヨンが向かい合って押し合っているだけだった車両が、運転手、そして鳴海、オバリヨンが共に同じ方向へ力を発揮したのだ。何よりオバリヨンが蛮力こそ、彼が悪魔たる所以。車両はまるでおもちゃのように、路の陥没から抜け出し、道路へぽんと投げ出された。
『パーフェクト、チミ、なかなかやるね』
「いえ、優れているのはオバリヨン殿のパワー、自分は何も」
……イイね、チミ。ボクとその管でランデブー、どう?』
「どう、とは……
 管。凪は急いで管を取り出した。仲魔になってもいいと言っているのだと理解した。
 オバリヨンは大人しく管に吸い込まれる。『これでボクはチミの仲魔。よろしくっスね』
「こちらこそ、よろしくのセオリーです」
 真新しい管を、凪はそっと握り締めた。
 
 *
 
 陥没と悪魔から解放されたタクシーは無事に動き出した。運転手は礼にとタダでタクシーに乗せると言うから、鳴海と凪は短い距離だがタクシーの乗り心地を楽しんだ。
 そして市電に乗り込んで、筑土町へ。
 日が傾き始めた町の空気は、銀座町よりもずっと穏やかで眠気を帯びている。鳴海は欠伸を噛み殺した。住み慣れた町はやはり居心地がいい。
 一方来客である凪にとっては、銀座町も筑土町も同じ〝外〟でしかない。探偵社への道のりをゆっくりと歩きながら、鳴海は凪を労った。
「凪ちゃん、今日はお疲れ。付き合ってくれてありがとうね」
「いえ! 寧ろ自分がお世話になったプロセスです。ありがとうございます」
「いやいや、悪魔絡みの問題もあったし、凪ちゃんのおかげさ。
 凪ちゃんがいなかったら、今頃もまだあの運転手さんとタクシー押してただろうよ」
 鳴海にはオバリヨンの姿どころか、悪魔が関わっている気配すらわからない。帝都全体を揺るがすような異常であればまだしも、鳴海には街に溶け込んだ人外の空気に気づくことはできない。
 凪は、それが不思議だと思った。
「鳴海殿は……不自由を感じたプロセスはないのですか?
 ライドウ先輩方と働いていれば、必然悪魔と関わることになるがセオリー。見えぬものと相対する……姿の見えぬ悪魔も稀にいますが、あれは恐ろしいものですから……
 物心ついた時から悪魔に囲まれて過ごしていた凪には、悪魔が見えないということがどういうことなのか、あまりしっくりとはこないままだった。姿が見えぬほどの高速で動く悪魔や、あるいは自らの姿を消す術を以て近寄ってくる悪魔の脅威は計り知れない。鳴海のような悪魔を感知しない目を持つ者たちにとっては、それが当たり前なのだと思うと、震える気持ちですらあった。
「あれ、凪ちゃんもしかして……心配してくれてる?」
 美しい長髪をくるくると弄りながら、凪は「……差し出がましいことを言いました」と謝罪を述べた。鳴海は微笑んで、どう答えるか一瞬の間に悩んだ。誤魔化してもいいが、凪の誠意を踏みにじることになる。鳴海は、正直に言った。
「感じないと言ったら嘘になるけどね。危ない時もあるだろうし。
 でもまあ……一番は、寂しいなって感じかな……
「寂しい……ですか?」
「悪魔の見えない俺じゃ、どうしたってそちらさんの世界はわからない。知ることができない。こんなに近くにいても、大きな溝があるんだ。もちろん、無いものねだりはできないがね」
 鳴海は帽子の位置を整えた。ちょっと気恥ずかしい気分だが、嘘は言えないと思った。
「だからさあ凪ちゃん、俺の分もライドウと話してやってあげて。同世代って結構嬉しいもんだぜ? 今日の悪魔のこととか……俺じゃあやっぱりわからないから、そういう悪魔もいるんだなってことになっちゃう。でもライドウなら、きっと色々話したくなることが出てくるかもしれない。ライドウと……どうでもいい話をしてやってよ」
……鳴海殿。
 もちろんです。でもそれは……自分も、なのです。
 自分も、ライドウ先輩に会えて……嬉しく思うプロセスです」
 今までに不満があったわけではないが、改めて凪は、狭い世界に生きていたと感じていた。出会いは世界を広げる。
 二人は互いに微笑んだ。
 ちょうど足も重くなり、目の前には既に懐かしき銀楼閣。
 主役とも言うべきライドウの帰りを待つべく、二人は探偵社へと上がった。

 探偵社の灯は既に付いていた。帰ってきているのか、と鳴海は扉を開く。 
「先ほど戻りました、お帰りなさい」応接間で食器の準備をしているライドウが、扉に向き直った。「久しぶりだな、凪」と付け加えた。
「ライドウ、お疲れ。思ったより早かったなあ」
「解き終われば、そのまま帰ってもよいということだったので。
 凪も、すまなかった」
 丁寧に頭を垂れるライドウを、凪は制した。
「いえ、むしろ一日鳴海殿にお世話になったプロセス、こちらが感謝するセオリーです」
『鳴海は無駄遣いしていなかったか? いや……今更か』
 ゴウトは所長机からひらりと降りて、凪へと近寄ってくる。凪は苦笑いで返すにとどめた。
「あ、ゴウトちゃん……俺の悪口また言ってるだろ。もう大体わかってきたぜ、ゴウトちゃんが何言ってるか」
『フン、なら浪費を少しは控えろ』
 一方的にしか届かない言葉では口喧嘩にもなりきらないはずなのに、二人は慣れたようにぎゃあぎゃあと口論を始める。このままではまた部屋の中で追いかけっこすら始めそうな勢いなので、ライドウはゴウトを回収した。
 鳴海は何事もなかったかのようにさっさと話題を変える。
「そういえばライドウ、奥でなんかしてるみたいだったけど、何してたんだ?」
 普段は鳴海がいない時ですら、応接間の扉を背にして警戒するように両腕を組むライドウが、今日は珍しく応接間の奥からやってきていたことが気になっていた。
「準備をしていました」
 鳴海は「何の?」と聞こうとするが、すぐにライドウの考えに気づいた。ライドウの視線は部屋の端にまとめられた今日の獲物へ向けられている。しかし彼が見ているのは色鮮やかな包装の袋たちではないだろう。一番手前に置かれた、片手で軽々持てるくらいの茶色い小包は、ライドウ自身がよく持って帰ってくるものと同じだ。
「じゃあ仕上げは俺の出番だな」
 鳴海はにやりと笑って、その茶色い小包‪──先程買った珈琲豆の袋を手に取る。
「凪ちゃんは座っててね。ライドウも大人しくしてろよ」
「はい」
 鳴海自身が珈琲を淹れたがるのは、自分が飲みたいと思った時か、特別な来客の時だ。凪は当然後者。ゆえに手出しは無用とライドウも付き合いの長さで理解していた。だから手伝いにも立たずに、言われた通りに応接間に留まる。
 しかし、ソファに腰掛けた凪を見下ろし続けるのも忍びない。
「隣、いいだろうか」
「もちろんのセオリーです」
 凪とライドウは、隣り合って腰掛けた。数秒ほどの沈黙が流れてから、凪は、「ライドウ先輩」と呼びかけた。
「話したいことが、たくさんあるセオリーなのです。
 でも、どれから話せばいいか……難しいカテゴリーで」
 後ろに纏められたたくさんの買い物袋を見ながら、凪は今日のことを思い浮かべる。
 ライドウのいない間の出来事。銀座町でのちょっとした散歩。悪魔が動かすタクシー。ライドウにとっては普段の日常と似た姿かも知れなくとも、凪にとっては、どれも人に話したい刺激的な思い出だった。
「どれでも構わない」
「そうですよね、どうするのがいいプロセスでしょうか……
 ライドウは、相変わらず表情の薄い白皙の顔を凪に向けている。何も考えていないわけでも、相手に興味が無いわけでもない。ただ表層に現れにくいその感情が、凪にきちんと伝わっているか怪しい。
 ゴウトは見兼ねて口を出した。
……ライドウ、それでは不要な誤解を生み兼ねんと、前も言っただろう。うぬがどうしたいかを伝えた方がよい』
……そうか」
「それはどういう……
 困惑する凪に、ライドウは改めて向き直る。
「すまなかった。
 どの話も聞きたい、と思っていた」
 凪はぱっと表情を明るくさせた。
「ライドウ先輩……!」
 ライドウは普段から軽いことを言わないからこそ、はっきりとした言葉がより深く沁みた。
 やれやれ、とゴウトは二人を見守りながら、再びいつもの定位置、日当たりのよい窓際に戻った。ちょうどその時、ゴウトの髭がぴくりと揺れた。
 珈琲の匂いが、奥から漂ってくる。しかし手の込んだ淹れ方にはどうしても時間がかかる。用意ができるまでもう少しかかるだろう。
 凪は、コホンと咳払いした。
「では、鳴海殿が外している内に、せっかくですから今日の鳴海殿についてのトークを……
 ライドウはこくりと頷く。



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