せつが
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ピグレット伊織の受難

 
 シモい事故が起こります。かっこいい伊織はいません要注意。かわいそうな伊織はいる。
 書いた人はド伊剣のつもりで書いています。最後はちゃんと伊剣になる。
 いつもの伊織と違うかも? 伊織のかわいい一面が書きたくなって書いた。
 原典のピグレットは姿は豚でも人の意識のままということなので、そこに少し盛って書きました。
 コメディのつもりで書いた。頭空っぽにして読みねぇ。


 セイバーは豚になった俺をとにもかくにもかまいたがる。
 ことあるごとに『愛い』だの『かわいい』だのとのたまって、あちらこちらをやたらと撫でる。撫でては抱えて頬擦りもする。
 人の俺にはせぬ情の形に、思うところがないわけではない。
 いや、それはこの際置いておく。
 それよりもなによりも、困ったことがひとつある。
 

 豚になっても、意識は人のままなのだ。
 
 
 豚の姿をしていても、心は豚のものにはならず、俺の意識がそこにはあった。
 ゆえに話しかけられれば人として答えを返し、宮本伊織が判じて動いた。これは触れられていても同様だった。
 つまり、豚の姿で抱きしめられれば、人の姿で抱きしめられたときと同じように感じるし、豚の姿で腹を撫でられれば、人の姿で腹を撫でられているのと変わりがなかった。
 そう、変わらないのだ。
 
 それに気づいたあたりでセイバーに、撫でるも抱くも程々に、やるなら頭にしてくれと願いはした。
 願いはしたが、それはできぬとあっけらかんと返された。曰く、豚の姿を前にすると、愛らしさに我慢がきかぬというのである。
 それから度々たびたびことあるごとに、やめてくれと告げている。
 
 ほんとうに、ほんとうにたまらないのだ。
 体中を撫でまわされてを、好いた相手にされるのは。
 人の体と同じよう、体は正しく反応し、あらぬところが硬くなる。
 その浅ましさに頭を抱えるほかなかった。
 なにせセイバーはそのつもりなどこれっぽっちも、それこそ微塵もないのだから。
 そうなるたびに呼吸を整え心を鎮め、ひたすらに凪を求めている。いったいなんの修行だというのか。
 救いがあるというならば、この姿 ぶたには興奮したと見てとれる、わかりやすい器官がないことだけだ。
 
 そしていま、俺は長屋の畳のうえで、セイバーに撫でくりまわされ抱きしめられて、腹に頬擦りされている。
 
「愛いなぁ。ほんとうに愛い、かわいい!」
 
 うずめた顔は腹の匂いを、くんかくんかと嗅いでいる。
 障りがないうちは好きにさせてはいるものの、いったいなんの拷問だというのか。 
 いまここで、人の姿に戻ってくれるなと願わずにはいられない。
 
「今日はなイオリ、豚に効く按摩とやらをやろうと思う。なんでもこれをやると元気になると、キルケーがな」
 
 そう云って俺を仰向けに転がした。 
 按摩だと?! とんでもない! 
 普段撫でられている時ですら、いらんことになっているのだ。按摩なぞされたらさらにろくでもないことになるのは目に見えていて、考えるだに寒気がする。
 これ以上撫でさすられてはたまらんと、逃げ出すためにもがいたものの、
 
「あっこら、動くでない! 大人しくせよ。なに、ちゃんと揉んでやるからな」
 
 後ろ足をむんずとつかまれ、左右の付け根を揉みしだかれた。
 
「ぶっ?! ぶひー!」
 
 なぜ! よりによってそこなんだ?!
 セイバーの両の手は、足の付け根から爪先へと、扱くように揉んでくる。
 それから脇腹をつかみ、揉みこみ、尻尾の周りをぐるりと撫でた。
 これがまた奇妙な感じで、尾がぶるりと震えたかと思うとなぜだか尻に力が入る。ぞわりぞわりと、なにかが背中をかけあがるのだ。尾など人にはないというのに。
 このまま撫でまわされてやる気はないと、ぶひりと抗議の声をあげ、身を捩るも効果がない。
 セイバーはお構いなしに俺を撫でる。腹と背は毛並みがつるりと整うよう、指の腹で掻くように。耳を持っては裏をくすぐり、解れるように つまみ揺らした。
 
「いい子だぞいい子だぞー。いつもより鼻息が荒いが、これは気持ちがいいからか? よしよし、まだまだやってやるからなー」
 
 全身をさすり、揉まれ扱かれ撫でられて、さわらぬところはないほどだった。
 そしてまた、按摩をする手は後ろ足に戻ってくる。
 本当にここはやめてほしい。絶対に、絶対に足の間だけはさわらないでいてほしい。
 そう願ってしまったからだろうか、ばたつかせた足が逆効果だったのだろうか。セイバーから見ればなにもない、つるりとした足の間を撫でられた。


 たまったものではなかった。
 

 しっかりと、それはもうはっきりとさわられているとわかるのだ。
 惚れた相手にこうれられて、無でいるほうがあるのなら、是非とも教えていただきたい。いますぐに!
 
「なんだかここだけ異様にこっているな? よし、よぅくほぐしてやるからなー。それにしても切なそうに鳴くではないか。足もこんなにひくついて。くふ、くふふ、よい眺めだ。そんなに気持ちがいいかそうかそうかかわいいなぁ!」
  
 そろそろとゆるくさすっていた手つきが変わり、つかむように揉みしだかれた。
 ああ、本当にもう、これ、はっ、だめ、だっ! あっ……ぐぅっ!
 
 まずい。このままでは本当にまずい。
 
 なにせさわりかたがえげつない。セイバーは按摩のつもりだ。なにを揉んでいるかの自覚なぞなく容赦がないのだ。
 頭のなかでは経を唱え数をかぞえと、とにもかくにも気を逸らす、の……だ、がっ……あぁ、いかんだめだ、だめだ、うぁ、セイバーやめっっ!!
 
 強い危機感を覚え全力で抵抗するも、易々と押さえつけられてしまう。
 いつもなら身を捩れば手離すというのに、今日に限ってやたらとしつこい。
 見れば金茶のは爛々と輝き、唇を小さな舌が舐めあげていた。
 これは、楽しんで――!?
 
「こーれ暴れるな。いいかここをだな、こう、こうするとよいとだな」
 
 互いに押し合い揉み合うなか、無理やり按摩を続けようとセイバーの手が、足の間に、ぐり、と強く押しあたった――

  
 その瞬間、豚の俺の体から、白だか青だか桃色だかの、判別つかぬ厚い煙が立ちのぼる。それはたちまち量が増え、もうもうと舞いあがり巻かれてなにも見えなくなった。
 人の姿に戻るときは必ずこうなる。
 だが、よりにもよっていまなのか!
 
「げっほ。なんだもう戻るのか。ん? なんで手が湿っている?」
 
 セイバーの名残惜しそうな声が聞こえるも、こちらとしてはそれどころではない。
 人の姿に戻ってみれば、後ろ手に上体を起こした俺と、それに向き合うセイバーがいた。
 そこまではいい。
 問題はセイバーの手が、俺の股ぐらをつかんでいることで――
 
「う、うひゃあああああああ!!!」
「だから! やめろと! 云っとろうが!」
 
 セイバーはつんざくような悲鳴をあげ、飛び上がらんばかりに驚くと勢いよく手を離した。
 
 
 ◇◇◇
 
 
 豚のイオリはたいへんかわいい。
 すべすべふわふわ、人の姿時にはありえない、触りごごちに見た目である。
 くりくりとしたつぶらな瞳におにぎり状のまろい鼻。先端折れて揺れる耳。ふたつに割れた爪先は色が変わり、まるで足袋を履いているよう。もちりとした抱え具合に滑らかな毛並みが心地よく、ぎゅうと抱きしめては頬擦りをした。
 とにもかくにも愛らしいのだ。豚になったミヤモトイオリは。
 ゆえに豚となったなら、この機会を逃すまいととにかく撫でた。イオリからはやめてくれと乞われるも、この姿を前にしてしまうとどうにも抑えがきかぬのだ。愛らしすぎる、それゆえに。

 よって此度の豚化も撫でくりまわす予定であった。ちょうどキルケーから〝豚が元気になる按摩〟というものを教えてもらった。これを用いて揉んでやれば体はほぐれ心持ちは穏やかに、艶やかな毛並みもよりすべらかになるに違いない。
 そう思った。そう思っただけなのだ。
 
 最初は。
 
 ところがどうだ。豚のイオリの反応が、どうにもなにかを彷彿させる。それがかわいらしくて調子に乗った。悪戯心が湧いたのだ。
 気づけば私は、人の姿をしたイオリの股間を揉みしだいていた。
 
「う、うひゃあああああああ!!!」
「だから! やめろと! 云っとろうが!」
 
 あまりのことに大声を出してしまったところ、被せるように怒声がとんだ。
 いや怒声ではない。どちらかというと悲痛の声であったのだ。
 現にイオリは天を仰いでこちらを見ない。
 逸物をつかんでいた手は湿り、袴は色を変えている。
 
 これは、

 これはどうみてもそう、 

 出て、

 しまったというやつ、

 だ……な?

 
「えーっとイオリ、これはそのぅ……
 
 イオリの顔がこちらを向いた。
 てのひらで顔を覆ってはいるものの、顔どころか耳や首筋までがひどく赤い。じっとりと汗をかき獣のように呼吸は荒く、肩で大きく息をしている。
 腕や手、首筋には血の管が浮かび食いしばる歯が見え、明らかになにかをひどく耐えていた。
 覆った指の隙間からはぎらつきいた目が覗いていて――射るような視線をそそがれ、ひくりと体が動いた。
 
「俺はなセイバー。さんざん、さんざんやめろと云ったはずだ。姿は豚でも感じ方は人のままとも伝えたな。按摩の最中さなかも何度も何度も抗議をした。そうだな? そうだ。そうだろう?」
「云っていたかな、どう、だったかー……按摩の反応はな、気持ちがいいからだと思ったんだ。たしかに気持ちはよくなっただろ? それにほら、元気になった! さすが大魔女の教えだな!」
 
 思えばそう、姿は豚でも意識は人と告げられて、そのことをよく考えもせず埒外に置いていたのだ。
 そして見た目の愛くるしさに、どこか人形のように思っていたのも事実だった。
 今日においては、イオリの様子がいつもと違うと気づいたものの、触って返す反応が、まるでイオリを責め立てているようで悦んでしまったところは正直ある。
 色々と〝見て見ぬふり〟があったのだ。

 その〝見ぬふり〟が積もり積もっていま、青筋を浮かべたイオリとして眼前に現われている。
 
「ほう? 最初から最後まで、善意のみで按摩をしたと? ああまったくありがたくて涙が出るな。だがなセイバー、『切なそうに鳴く。足もこんなにひくついて』だったか。按摩にしてはずいぶんな言の葉だ。そんなにかわいかったのか、よがり悶えるおれの姿が」
 
 いつもは穏やかな伊織の目はすわりきり、剣呑な光を放っている。
 正直こんなイオリを初めて見た。 
    
「いやー、そう、どうだったかな……
「仰向けになり足を開いた俺を見て、『よい眺めだ』とは? 抵抗する俺を押さえつけ扱きあげたのだ。さぞや楽しかっただろう?」
「いやっ、でもきみも私のあられもない姿を見て楽しんでいるよな!?」
「俺にそんな余裕があると思うのか! いつも切羽詰まっているしたまらない気持ちになっているが!?」
「たまっ!? そうなのか!?」
「そうだが!!??」
 
   
 ――たいへんな告白を聞いてしまった。

 
 とたんみるみるうちに熱くなり、胸が大きく上下した。
 頭に血がのぼっているせいなのか、イオリはずいぶんあけすけに、心のうちを口にする。
 私はイオリが時たま見せる、素直な心うちが好きだった。平素は穏やかな男のうちにある熱のひとつが、己に向けられているのだと思うとたまらなく嬉しくなってしまうのだ。
 先ほどまではイオリの怒りをかわそうとかいていた汗は、いまや体を巡る歓喜のためにかいている。
 顔も胸もなにもかもが火照りあがり、生まれた行き場のない衝動が、奥底をつかむよう甘く体を苛んでゆく。
 
「いいか、俺はな、此度ばかりはさすがに腹を立てている。おいセイバー、聞いているのか?!」
「うん、うん……聞いている。きみの体を弄ぶようなことをして悪かった。ごめん。もうしないと約束する」  
「謝るわりにはにやついた顔をしているな。本当にわかっているんだろうな?」
「わかってる! すまなかったと思ってる! 二度としないと約束する!」
 
 たしかに謝罪の言の葉は出た。
 だが、どういうわけかセイバーの顔は赤らみ、瞳にはぴかぴかと星が瞬いている。喜びを押さえきれない顔だった。
 
「ぐ……
 
 伊織は呻くしかなかった。
 正直こんな顔をされる故だの由だのには見当もつかん。
 だがこの顔を見てしまったら、これ以上問いただすことは難しかった。
 
 伊織は奥歯を噛み締め眉根を寄せると、目を閉じて尖った息をもらした。
 燻る苛立ちに心持ちが切り替わらぬ。なによりもやり場のない勢いに頭を抱えたのだ。
 どういうわけか未だ猛りが治まらぬし、凶暴な気分が続いている。己の未熟の証拠であった。
 セイバーに目をやれば、押しあがった袴をちらちらと見ては、うろたえたように目を逸らすの繰り返しだ。
 
 豚が元気になる按摩、だったか。
 なんてことをしてくれたのだと再度、深々と息を吐いた——
 
 
 ◇◇◇
 
 
 とはいえこのままでは埒があかない。鎮めねばどうともしようもないと立ち上がろうとしたとき、セイバーがつと、胡座の膝に手を乗せた。
 
「あのなイオリ、その……まだ治まらんのだろう?」
「誰かのおかげでな」
「うぐ。そこは謝る! それでだな、ひとつ提案があるのだが……
 
 云うとセイバーは伊織の耳元へと口を寄せた。
 こそりとなにごとかを伝えると、伊織の顔は渋さを宿し、みるみるうちに増してゆく。
 
「なんだそれは。おまえの弱みに漬け込めというのか?」
「違う! そうではなくて! その、イオリの言の葉を聞いたら嬉しくなってしまってだな……ん、あのな。私が、私がだぞ? きみと、したくなったから、して、ほしい……これで伝わるか?」
 
 セイバーは赤い頬にさらに熱を帯びさせると、伊織の膝に置いた手に少しばかりの力を入れて、
 
……だめ、だろうか?」
 
 その目を逸らすことなく問うた。
 
 気づけばいつもと、逆の立場になっていた。
 
 
 これはいったいどういうことか。
 師父からの教えにもいままで歩んだ人生にも、こんな場面は一度ひとたびたりとも出てこなかった。
 セイバーは按摩で猛ったその体を、自分を使って慰めろというのだ。口ではあれやこれやと理屈をつけるが、なんのことはない、つまるところはそうではないか。
 いくらなんでも、と思った。
 だから断るつもりでセイバーを見た。見てしまったのだ。
 
 そこには期待と、わずかばかりの不安を宿して、揺れる瞳があったのだ。
 
 伊織は断るつもりでセイバーを見た。そしてこのを見てしまった。
 先ほどは二度天を仰いだ。次は俯き、奥歯を噛み締め眉根を寄せる番だった。
 胡座の膝に肘をつくとてのひらで目を覆いゆるい息をつく。息とともに、建前が崩れていく音がした。
 
……セイバー」
「うん」
「セイバーあのな」
「おう」
…………加減がきかんかもしれん。それでもか」
「それでもだな」
 
 セイバーの声音には罪悪感も悲壮感もなく、ただ〝そうしたい〟という想いだけがそこにはあった。
 それでもきっと、恥じらいを抑えながら答えているのに違いない。伊織は鬼灯のように染まった小さな耳を思い出した。
 意を決したように顔をあげると、セイバーに向かって両腕を広げる。
 
「ん」
 
 その言の葉が合図だった。
 セイバーがぶつかるように身を投げ入れてくると、伊織はその体を抱きとめ深々と肩口に頭を寄せる。セイバーの耳横におろした髪が触れ、やわく頬をくすぐってゆく。閉じ込めた体は熱く、胸のうちはセイバーの匂いでたちまち満ちた。
 
「少し、甘えさせてもらう」
 
 くぐもった声が出た。
 
「おうとも。でもなイオリ、甘えているのは私もだ。だからおあいこだぞ」
 
 セイバーの腕が首にまわると、ふたりの体は畳へとかしいで、伊織はそのまま覆い被さるよう抱いた。
 かすかな吐息が首筋にあたる。
 それはセイバーがついた、満たされたような呼気だった。
 
 抱く腕に力が籠もった。