inte9rer
2024-09-11 16:54:12
3399文字
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『異世界より、君に一目』第七話

 釜石の救出を目指す八幡達。三井本館で彼らの前に立ちはだかったのは、釜石の社長である三井鉱山と、逃げ出した弟分、戸畑製鉄所であった。
 だが、警戒する八幡達の予想に反して、鉱山は釜石の買収に応じても良いと言い出す……。

 空に白波を打つような豪雨が、車の天板に叩きつけられていた。
 後部座席の八幡が思わず口にする。
「昨日の昼まではすっかり晴れていたのに……まさか三井鉱山の連絡した通りに台風が来るとは」
……この様子では、列車も船も出られないでしょうね。一昨日の内に移動しておいて正解でした」
 隣に座っていた二瀬も、顎に手を置きながも相槌を打った。
 二人の会話を横に、車がブレーキを踏んで、巨大なビルの前で緩やかに立ち止まる。
 ビルから係員らしき人影が傘を持って迎えに来ると、八幡達二人は車の外へ降り立った。
 眼の前にそびえ立つは、三井本館だ。

 三菱銀行の言った通り、三井側の折り返しの連絡は非常に早かった。火曜に送った連絡を水曜の夕刻に返してきたものだから、八幡側も若干面食らったほどである。しかも彼ら曰く、買収云々に関しては、東京の三井本館で相談したいが、今週末は天候が荒れるだろうから、金曜には上京してきた方が良いと伝えてきたのだ。ついでに、戸畑がこちらに逃げ出してきていることも。
 二瀬はこの連絡に対して、三井鉱山の意地の悪さというものをよく知っているから、これもまた何かの罠かと容易には信じられなかった。それに、釜石がいなくなっている話について彼らは何か知っているのではないか?それなのに、「いなくなった」ことすら自分たちに話さないなんて、どこか不気味だ……。しかし、そんな細事など、八幡には関係ないらしい。というか一秒でも早く釜石に会うのが至上の命題とばかりに、木曜には支度をしてすぐさま北九州を飛び立っていた。
 そして今は土曜の午前中、東京には、木曜の夜に小笠原諸島で発生したという巨大な台風が上陸しようとしていた。
 
 青黒く分厚い雲が空を覆い、窓ガラスに滝のような雨を打ち付けて、辺りは昼間にも関わらず暗くどんよりとしている。
 しかし、八幡達二人が進む三井本館の中は、いつもの如く静謐で温かな光に満ちていた。

「いやはや、すみませんねぇ、こんな雨の日にご足労頂いちゃってよ!」
 そして、この白石の巨館の迎賓室の奥で待っていたのは、八幡たちを呼び出した三井鉱山と、彼らの元を駆け出して失踪していた、戸畑であった。
「二瀬!このッ裏切り者〜!」
 当の本人は心底怒り顔で頬を膨らませている。思わず二瀬が呆れ返った顔で切りかえした。
「いや、どう考えても貴方の称号でしょう、それは!」

「さぁ、釜石は引き渡してもらいますよ、三井鉱山!」
 八幡が思い切り三井鉱山を指さして啖呵を切ると、三井鉱山は苦笑して肩を揺らした。
「おーおー、なるほど、こりゃ戸畑の言う通り、とんでもない男になっちまったなぁ、八幡ぁ〜」
 へへへ、と薄く笑いながら両手を広げる。二瀬はその余裕ぶった態度を見て、眉間にシワを寄せた。
 やはり、三井鉱山は釜石の失踪については触れないつもりということだろうか……
「随分釜石に拘ってんだなぁ、八幡、えぇ?でもなぁ……お前が釜石のこと好きなのと、釜石がお前のことが好きかどうかってことは、全く別の話だと思うぜ」
「そうですよ〜八幡!今更あのおっさんに会ったって、ど〜せ、振られるだけですよ!」
 三井鉱山と戸畑は一緒になって不敵な笑みで八幡を挑発する。
……
 そこで八幡が、何かを察して、二瀬に小声で話しかけた。
「えッちょ、ちょっと二瀬……まさか、この世界の釜石って……私と仲が悪い?ていうか、そもそもどういう性格なんです……?」
「あ〜……き、気になりますか、やっぱり……
 
 その会話に、鉱山が思わず大きなため息をついた。
「なんだそりゃ!八幡お前……まさか自分が釜石にどう思われてんのかさえも知らないってのかよ!?」
 鉱山の台詞に八幡は眉を上げた。二瀬はなんと答えようか思いあぐねて、固まってしまう。
 二瀬にも鉱山の言い分が何を示しているのか想像できる。二瀬達の知る釜石は、八幡に対してかなりの対抗心を燃やしている関係で、正直お互いに顔を合わせたくないと思っているのだ。八幡が自分を助けると言い出したら、俺を舐めるなよと怒り狂うのは想像できた。弩級の負けず嫌いなのだ、彼は……
 が、八幡は二瀬の不安も他所に、釜石の姿を自分で予想していた。
「でもやっぱり性格はまず優しい……これは流石に確定していますよね?なんたって苦労人なんですからね、絶対その分は優しくて──」
「やさッ……!?」
「うぅん……
 戸畑と鉱山が信じられないという顔で絶句しているのが見える。二瀬はなんとも返事ができずに呻いた。

「ま、いいさ!」
 鉱山が困惑する部屋の空気を断ち割るように威勢のいい声を上げた。
 そして、そのまま部屋の中央の机に近づいて椅子を引く。中央の机は、年季の入った木目に重層なニスが輝き、大きな円形をしていた。
「とっとと話を始めようぜ」
……
 戸畑は不満げに八幡たちを一瞥したが、すぐに鉱山の引いた椅子の横に座った。二瀬も八幡に目線を寄越して頷いた。ここで何か心配しても仕方がない。とりあえず、買収話のテーブルにつくのが先だ。
 椅子の背にもたれながら、鉱山はため息をついて自身の苦境をこぼす。
「よくもまぁ合名の義親父さんの方に連絡してくれるよな」
 こちらを責めるような目線だ。しかし、溌剌と胸を張る八幡は、その視線も鼻を鳴らすだけで構わない。
「ひっでぇ兄貴たちだよ、おじさんが釜石のためにどんだけ頑張ったか見てきたってのによぉ、お前に八幡を売ってもいいなんて言うんだぜ」
 その言葉に、八幡は嬉しそうな声をあげた。
「ほう!つまりこの私に釜石を引き渡す決心がついたと!?」
「八幡……
 二瀬が釘を指すように彼の肩を掴む。口八丁の鉱山の言葉には軽々しく乗っていられない。
「それなんだよなぁ……おじさん、決心がつかないんだよ」
 椅子の背から起き上がり、鉱山は再び不敵に笑った。
「分かってるぜ!どうせ鉄鋼業なんて……北炭のガキ共がいれば十分だって、義兄貴も義親父もうるせぇしよぉ、とんでもねぇ金食い虫なのはおじさんも重々承知してんだ……
 その思わせぶりな言い方に、どうやらまだまだ一筋縄ではいかないことを察して、八幡も身構える。
「でもよォ!」
 鉱山が両手を机に叩きつけ、八幡を睨みつけた。
「金がかかるからって手ぇ出さずに黙ってるやつの末路なんざ、衰退だけだ。それに……俺は金のかかるガキのほうが好きなんだよ」
 そう言うと、身体を起こして再び普段のニヤニヤとした笑顔に戻った。そして、椅子を横にどけた。
「だからよ、おじさん!釜石のこと、結構好きなんだよなぁ〜。あのガキ、普通に話してても、からかってても面白れぇからなぁ、あ〜あ、手放したくねぇなぁ!」
 ム、と八幡が眉間にシワを寄せた。残念ながら釜石に好意を向ける男は、いや女も含めて──そんなものは全員須らく自分の敵である。
「諦めなさい。この世で一番釜石のことを好きなのはどう考えてもこの私です。貴方がた三井がこれ以上彼に関わったって、彼にとっては到底、時間の無駄です」
「へへへ、そうかよ?そんなら……
 すると、鉱山は机の下から、抱えるほどの大きさの金庫を持ち上げて机上に乗せた。ドカッとした衝撃が机の上に走る。八幡たちが突然の出来事に目を丸くしていると、鉱山は金庫を叩きながら言葉を続けた。
「くれてやったっていいぜ!釜石の株券!この金庫中に入ってんのが、お前のお望みのものってわけだ」
 二瀬は目を見開いた。確かに株券の個人譲渡なら……当の釜石本人がいなくても、彼の"引き渡し"はできるが……
 八幡も思わず腰を浮かす……が、金庫はあっても肝心の鍵がない。
「ただし、条件付きでな?」
「条件?」

「ここは男らしく勝負で決着をつけようぜ!賞金は勿論、釜石の株券だ!」
 鉱山は、立ち上がった八幡の眼の前にトランプの束を差し出す。
……つまり、私がゲームで勝ったら、その分の株券を寄越すと?」
 八幡の唸るような言葉に、鉱山がウインクを返す。

 そして、机の前に立つ三人を向かいに、鉱山はニヤリと笑ってポケットから鍵を取り出した。
「さぁ八幡ァ!この俺に勝って、きっぱり釜石を諦めさせてくれよォ!」