コーラル発酵中テキサスシャーク
2024-09-11 00:51:21
5258文字
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「約束」

『同じあらすじからAC6の二次創作を書いてみよう企画』のAb Abさんの粗筋1
「621の元に『野生ミールワーム捕獲依頼』が発行される。依頼主はルビコン解放戦線。グリッド179に異常増殖したミールワームが柱などを食い荒らしグリッド崩壊の危険があるため、AC操作は慎重を要する。
ミールワームは食糧とするため生きた状態で確保せよとのこと。」
をお借りしました。

 ミールワームとは、人類第5の肉である。

 本来は釣り餌や家畜の飼料用目的で育成されていたのだが、通常の何倍も成長する突然変異した個体の量産に成功して以来、あらゆる分野で活用されてきた。
 調整次第であらゆる資源で養育可能かつ、ほぼ統一された規格の肉は工場で大量生産されるようになり、人類の恒星間航行という偉業を支え続けてきた。
 開拓地での主要な肉と言えば間違いなくミールワーム。その法則はこのルビコンでも例外ではない。
 ルビコニアンと自称する現地住人たちの主食もミールワームであり、わずかに湧き出るコーラルという資源を飼料として大勢の命を支え続けてきた。
 しかしながら、アイビスの火という未曾有の災禍によって従来までの生活基盤は破壊されつくし、今も復旧には至っていない。ミールワームの育成技術も焼け残った養育ポッドに頼りきりという現状であった。
 専門家も技師もいない。知識を学びなおす事すらままならない。
 幸いなことにルビコニアンの生命線であるミールワームの一部は野生化しており、この厳しい環境下での適応と繁殖を成し遂げていた。
 ミールワームの主食は種によってさまざまだ。その中には金属を糧とする種も存在する。
 金属廃材の有効活用法の一つとして考案された種は、星を覆うグリッドや開拓施設が老朽化した際の解体の手間を省きつつ餌を賄えるという合理的な理由によって運用され続けていた。
 それが人の手を離れればどんなことが起きるのか。
 621は目の前で金属を食い荒らしながら蠕く有機生命体に恐れを抱きながら、その弾力を持つ皮膚をACのアームでそっと掴んだ。

 グリッド179。
 既に遺棄されてから長い年月が経ち、その本来の役割が果たされることなく腐食に身を任せていた。しかし今は錆落ちるよりも群がるミールワームの波に食い散らかされるほうがよほど早いだろう。
 ここはルビコニアンにとって牧場と呼べる場所だった。
 コーラルは確かに万能であり、ルビコンにおいて最も効率の良いミールワームの飼料であった。だがその量では生き残ったルビコニアンの腹を満たすには全く足りないのだ。

 金属食性ミールワームは味は通常の食用種に比べ圧倒的に落ちるものの、人の食せない金属を肉に変換することができる唯一の手段。
 有毒物質を体内に蓄積することなく安全なタンパク源として運用することができる、貴重な恵みなのである。
 なので居住に適さないほど大破したグリッドを金属食性ミールワームに食わすことは特段珍しいことではなかった。

 しかしミールワームも生物である以上、不測の事態とは切っても切り離せない関係にある。

 ルビコン惑星外から大企業が進駐をはじめて以来、ルビコン各地では希少なコーラルを巡った激しい闘争が日夜繰り広げられており、グリッド179の管理が一時困難な時期があった。
 戦闘が膠着状態になるまで待ってからミールワームの様子を見に行った結果がこの惨状だ。

 ひしめくミールワームの白い背中がゆっくりと波打った。
 独特の光沢をもつ皮膚がグリッドから零れる日光を反射する姿は、さながら岸辺を彷彿とさせる。
 遠くから見れば珍百景。近づいてみれば……根源的慄然が首をもたげる恐怖体験。
 感情の殆どを失っている621も、この光景に思わず度肝を抜かれた。

 解放戦線から珍妙な、『野生ミールワーム捕獲依頼』。AC操縦に慣れるべく片手間で受託した仕事だったが、621は戸惑いと緊張に唾を飲み込んだ。武器を下ろした両手で身をよじらせるミールワームを抱き、用意されたコンテナに詰めていく。その動作こそ単純であるが、戦闘よりも慎重な作業は621の精神に負荷をかける。自然と緩慢になってしまう動作に焦りが燻った。

<<ここまで肥大化したミールワームは抵抗する力も激しい。コーラルを蓄積させているわけでは無いので、爆発する危険はおそらく無いだろうが慎重にお願いしたい>>

 生物が爆発?
 解放戦線のオペレーターの発言に621は目を丸くした。

<<どうやらコーラルを過剰摂取したミールワームの個体は、生体内部に溜め込んだコーラルのエネルギー質量に耐えきれず内側から破裂する場合があるようだ。……グリッド表面に付着した残留コーラル程度でそこまでのエネルギーは得られないはずだが、念の為注意を怠るな>>

 男の声が621のくすんだ脳内に響き渡った。その言葉の端から冷淡ながらも隠すことのできない善意を感じさせる。
 自身の調教師たるウォルターの博識に舌を巻く傍らで、ふと、ある疑問が621の中に浮上した。
 脳漿をコーラルに置き換えられた自身も、爆発するのだろうか?
 肉塊のような自身の体がコックピット内で膨れ上がり、醜い臓物と体液がコンソールを汚す絵がジワリと脳内に浮かぶ。
 精密機器の星のような瞬きに覆い被さる自身だったものの姿に、621は思わず身震いした。

<<621、脳波が不安定だがどうした?>>

 ウォルターの心配そうな声に、621は何でもないと首を振った。

<<俺も幼い頃興味本位でミールワームの幼体に触れ、暫く近寄りがたくなったものだ。621、そんな馬鹿な真似をするなよ。金属食性ミールワームはたとえACだろうと見境なく喰らいつく。……あのようにな>>

 視界に現れたマーカーに目を向けると、ミールワームの波の中に不自然な盛り上がりがあることに気がついた。
 時折隙間から機械の腕が見え、ジタバタと足掻く姿は正に溺れている。

<<危険性の低い任務だからと、経験の浅い新兵が駆り出されているようだが……>>

 そこまで発したウォルターは、後に続く言葉を濁す。
 指示を大人しく待つその視線の先では、今にもACの姿が完全に見えなくなりそうだった。
 コンソールとブースターの駆動音が低く唸る。
 621は大人しく調教師の言葉を待ち続け、無声の問いかけが自身に向けられていることに気が付くまで暫しの静寂を要した。
 手綱こそ握られているが、そこに力を感じない。ウォルターは自身の選択を待っているのだろう。

 ふと、機体のアームが目に入った。
 今作戦はあくまで捕獲任務であり、兵装は必要最低限。不測の事態に備え肩にミサイルを積んでいるが、珍しくその両手は銃の重みを有していない。
 621は確かめる様にゆっくりと手を開いた。
 脳深部コーラル管理デバイスによって直結したACの機体は自身の体そのもの。
 触覚こそ無いが、その手には選択肢がある。選び取ることが出来るのだ。

 ……621は機体を駆る。
 目標は、今にもミールワームの海に沈みそうな人影だ。

<<そうか。解放戦線に恩を売るのも悪く無い>>

 選択を下したことがよほどうれしかったのか、ウォルターの口調は明るい。
 ブースターの熱にミールワームは不快に呻く。ひどく耳障りな輪唱を響かせ、白い波は大きく揺れた。
 その隙間から伸びる水没寸前の腕を、621は器用に掴んだ。
 そして元の場所に戻り、救い上げた機体を下ろした。

<<あ、ありがとう!>>

 若い声が息も絶え絶えに喘いでいた。そのまま酷くもたついた動作で機体を起こす。操縦に慣れていないというよりは、上手く動かない体を無理に動かそうとしているようだと621には思えた。

<<この動き、お前と同じ旧型……。いや、第六……か>>

 ウォルターも目の前の機体の違和感を察したようで、暗い声色で呟いた。
 旧型強化人間、コーラルを用いて人間の意識を拡張する新たな時代の黎明を告げる次世代の革新的技術。……と称されたが、そこには常に血の匂いが付きまとっていた。人体を材料にした非人道性的な術式が広げる可能性、その先にあるのは結局のところ戦場だったのだ。
 アイビスの火によってコーラルの大半が焼かれた後も、残された僅かなコーラルを用いて強化人間か作られてきたが、その結果は凄惨。その一言に尽きる。
 コーラル代替技術が確立するまで幾多もの人間が破棄されてきたのか、全貌は知りようもない。
 ウォルターが察するに、この新兵は第六世代型の強化人間。狭間の世代と呼ばれるコーラル代替技術の生贄たち。生きているのは珍しい。だが、パイロット適正はお世辞にも高いようには見えず、加えて手術の後遺症で記憶障害を有してしまったのだろう。憂いに沈むウォルターは、苦く唇を嚙みしめた。

<<あんた、解放戦線の人間じゃないよな?よその傭兵?すっげー!見たことないパーツだ!!>>

 そんな621の調教師とは対照的に、新兵の若く溌溂とした声が響き渡る。

<<動きもすげー!人そっくりじゃん!>>

 機体を小さな子供のように跳ねさせるが、バランスを崩してまた転がってしまった。
 621は呻く新兵に手を差しのべ、起き上がらせる。

<<あ、ありがとう。もしかしてアンタも強化人間なのか?>>

 俺旧型ってやつなんだーと脳天気に口にする。621は肯定の意を込め、首を縦に振ると、より一層明るい声が返ってきた。

<<本当か!すげー!じゃあ俺の先輩?よろしくお願いします!でも先輩も傭兵なんだよな?俺殺される?やだー!>>

 コロコロと変わる声色に621は困惑するも不思議と嫌な気はしなかったので、すかさず味方だとメッセージを送る。

<<よかったー!えーっと先輩も……なんだっけ>>

 すぐに安堵の声が返ってくるも、急に言葉を詰まらせた。思い出そうと懸命に唸る新兵、その足に新たな餌場を見つけたミールワームがよじ登る。

<<うわぁ!なんだこいつ!>>

 まるで初めてミールワームを見たと言わんばかりに驚いた新兵は、パニックを起こしてしまったようだ。
 必死に引きはがそうと腕を動かすも、機体はバランスを崩し無様に転倒。これを好機とばかりにミールワームはACの装甲に食らいつく。

<<俺はこんなところで……!?い、いやだ!!>>

 恐怖に震えた声が621の耳を打つ。機体操作もままならないまま叫び続ける。
 621はミールワームを引きはがし、丁重に放り投げた。宙を舞うミールワームは綺麗に弧を描き、ミールワームの詰まったコンテナに収まった。

<<あ、ありがとう!>>

 なんだろう、これは。奇妙な感覚に、621は首を傾げた。

<<すまないレイヴン。彼は少しばかり操縦に不慣れで>>
<<解放戦線もよほど戦力が足らないようだな>>

 ウォルターの棘を持つ発言に遮られ、解放戦線のオペレータは言葉を詰まらせた。
 両者の間に流れる険悪な空気、それに全く気付かない新兵は先ほど同じような言葉を繰り返した。

<<アンタも強化人間?先輩だ!俺もなんだー。昔酷いやつに捕まって無理やり手術させられてさー。物忘れがしやすいんだよね。でも今はえーっと……そう!解放戦線ってところに?拾われてさ。みんないい人だよ!>>

 通信越しに、顔を合せたことも無い新兵の笑みが見えたような気がした。

<<でも傭兵ということは……敵?俺、殺される?やだー!>>

 先ほどと同じリアクションで震える新兵に向かい、621は新たなメッセージを送る。

 "敵じゃない。戦場で会った時も、お前が闘う気が無いのなら殺さないように手加減しよう"

<<ホント?やったー!じゃあ約束!>>

 約束?621が聞き返す前に新兵は、緩慢ながらも移ろう情景に身を投じる。

<<手術のせいであんまり記憶力良くないけど、この約束と先輩のことは忘れないから!>>

 そう言いながら新兵は四苦八苦しながらもミールワームとの格闘を再開した。

 約束。
 621の開かれた手には何も乗っていない。だが、微かな重みがそこにあった。

<<621>>

 自身に与えられた名を、ハンドラーが呼ぶ。

<<仕事はまだ終わっていない。今日中にこれを片付けるぞ>>

 眼下で蠢く無数のミールワームに気圧されるが、621は臆せず機体を前に押し出した。
 太陽を背に、機械の体は自由に飛ぶ。

 さあ、仕事の時間だ。