海藤が八神のパートナーになったのは、言ってみれば『なんとなく』だった。たまたまDomとSubで、たまたまお互い当時パートナーがいなくて、コマンドが効きにくい八神にたまたま海藤のコマンドはよく効いたから。
これだけたまたまが重なれば人によっては運命と呼称するだろうが、海藤からすればなんとなく、いつの間にか。
海藤が八神を構わないと八神が体調を崩すから、救助活動というか、介護みたいなもんじゃないかと最初は思っていた。しかし海藤もDomなので、Subの八神が尽くしてくれれば心身ともに満たされる。八神は海藤の言うことをよく聞いたし、反抗することもあるがそんな生意気なところも海藤は気に入っていた。何より夜の乱れ具合が良い。
そんなこんなで数年関係を続け、もうこれはパートナーってやつだろ、と海藤も認めた。自分は極道者で八神はカタギ。いつか手放す時が来るかもしれないから……なんて誰に言うでもない言い訳をしていたこともあったが、八神がどの道に進もうが今更手放すなんてありえない。だったら、もういいだろう。
腹を決めた海藤は八神を自宅に招いた。柄にもなく緊張していた海藤の強張った顔を見て八神は首を傾げたが、特に気にすることなく勝手に冷蔵庫の飲み物を取り出す。
「海藤さんは何飲む?」
「ター坊、ちょっとこっち来て座れ」
海藤の声に八神はキョトンとする。手に持っていたペットボトルを冷蔵庫に戻して、海藤の正面に座った。
何か叱られるようなことをしただろうか。まさか別れ話なんてことはないと思うけど。八神は少し落ち着かない気持ちになりながら海藤の言葉を待った。
海藤は小さく息を吐いたあと、傍に置いていた物を手に取った。先ほど買ってきたそれは、グレーの包装紙でラッピングされた、手のひらより少し大きい箱。
「これ、ター坊にやる」
「え?」
受け取った八神は箱と海藤を交互に見る。今までもお菓子やら割引券やら貰ったことはあるが、こんな仰々しいものを渡されるのは初めてだ。
開けていいか聞けば海藤は黙って頷くので、八神は丁寧にテープを剥がした。
海藤はそれを見て、こういうところが育ちいいよな、と半ば現実逃避のように考えた。これを八神が喜ばなかったら少し、いやかなり、ショックを受けるだろう。
八神は破らないよう慎重に開いた包装紙を脇に置き、姿を現した箱をまじまじと見つめる。なんだかとても大事なものが入っていそうな、艶のある黒い箱だった。もう一度海藤を見るが、相変わらず黙ったまま八神を見つめるだけだ。
知らず知らずのうちに緊張していた八神は気付かず生唾を飲み込み、蓋に手をかけた。
そこには、シルバーのリングがついた光沢のある黒い首輪が入っていた。
Domが、お前は俺のものだとSubに贈る首輪。
目を見開いたまま固まる八神を見下ろしながら海藤は気まずい時間を過ごしていた。やばい、滑ったかもしれない。何勘違いしてんの、俺たちセフレみたいなもんじゃん、とか言われるかもしれない。
今からでもなかったことにできないだろうかと海藤が暗い気持ちになりかけた時、八神がバッと音がしそうなくらい勢いよく顔を上げた。その頬は紅潮し、目は潤み、感動に打ち震えていた。
「これ、海藤さんが俺に?」
「お、おう」
「Domの海藤さんが、Subの俺に?」
「そうだ」
「意味わかってる?」
「そこまでバカじゃねぇよ」
杞憂だった、と海藤が一瞬で思い直すほどの喜色満面で八神が海藤に抱きつき「嬉しい!」と叫ぶ。こんなに感情を全面に押し出すのは珍しい。ここまで喜ぶんならもっと早く首輪をあげればよかったと思わないでもないが、これ以上待たせなくてよかったという思いが強い。
「ねえ、俺、海藤さんのパートナーでいていいってことだよね? ずっと一緒にいてくれるってことだよね?」
「そのつもりだ」
「やばい、人生で一番嬉しい、今までの人生で一番なのはもちろんだけど、この後もこんなに嬉しいこと起きないと思う」
「喜ばせられるように頑張るわ」
「海藤さん大好き!」
無邪気にはしゃぐ八神が可愛くて、海藤もぎゅうと抱き返した。テンションが振り切れて笑う八神の赤くなった耳を食むと、んふふと幸せそうな声を上げる。
「あっ、写真! 写真撮りたい! 海藤さんこれ、俺に着けて!」
壊れ物を扱うようにそっと首輪を手に取った八神がそれを海藤に差し出す。八神はうなじを見せるように少し伸びた髪を掻き上げながら海藤に背を向ける。
海藤は当初、もっと目立たないネックレスを首輪代わりに贈ろうかと思っていた。しかし自分が贈った首輪を着ける八神が見たくなって結局これになった。八神に似合うものを選んで、それを自分の手で着ける。征服欲が満たされる。
「どう? 似合う?」
「おお、可愛い可愛い」
「えへへ、海藤さんも一緒に写って!」
ポケットから携帯を取り出して二人で自撮りする。俺これ待ち受けにする、と八神がにこにこしたまま言うので、海藤はむず痒い気持ちになった。
「そうだ、プリクラ撮りにいく? それとも写真館?」
「はしゃぎすぎだろ」
「しょうがないじゃん、嬉しいんだもん! あ、親っさんに見せにいこ!」
「え〜」
「俺たちにとって親みたいな人なんだから、挨拶挨拶!」
こいつあとで恥ずかしくなって後悔しねぇかな、と海藤は少し心配になったが、引っ張られるまま松金組事務所に向かった。兄貴分たちに「ウワッ……」という顔をされたし、まんま口に出したやつもいたが、八神はまったく気にしない。
羽村なんかは「お前とうとう海藤の犬になったのか」と心底馬鹿にしたように言ったが、有頂天の八神には一切響かず「そう! いいでしょ!」と返していた。
嫌味を嫌味と受け取らない八神に羽村は白けて、あの時の羽村の顔は面白かったと海藤は後々まで語るのだった。
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