デートだと思ってたのになぜかセイバーを連れてくる宮本伊織となんの疑問も持たずについてきてるセイバーと「なにこれ?????」ってずっとなってる宮本伊織のデート相手の悲惨な小噺(現パロ)
同じゼミの先輩で気になる人がいる。長い癖毛をひとつに束ねていて、いつもさらりとラフな格好をしているがスタイルと姿勢がよくてモデルみたいに見栄えがする。長くて重たい前髪で目許が隠れているけれど、よく見るととても綺麗な顔立ちをしている。ゼミで研究発表をするときや講義で教授のアシスタントをするときは、落ち着いた優しい声がよく通る。
正直、絶対にモテるだろうなと思った。別の学部にいるサークルの友達に訊いたら、ただいるだけですごく目立つから大学でも有名だと聞いた。だから、デートに誘ったのは正直ダメ元だったし、まさかあんなにあっさりOKしてもらえるだなんて思わなかった。約束の日の一週間前から服や化粧品を買い漁って、付け焼刃だとわかってたけど甘いものを我慢してちょっとだけダイエットをした。ファミレスで稼いだバイト代をはたいて生まれて初めてネイルなんかもしてもらったし、いつもよりちょっとだけ高い美容院でカットもしてもらった。
行き先は少し遠出したところにある大きくて有名な水族館だった。そこでクラゲを見て、イルカのショーを見て、お昼を食べて、それから場所を移動してショッピングモールで買い物をしたあとレストランでディナーを食べて、それからロマンチックなイルミネーションを見に行く予定だった。
当日の朝。いつもよりも早起きをしてファッション誌とにらめっこしながらお化粧をして、ショップの店員さんに厳選してもらったワンピースを着て、美容師さんに教わった通りに髪をセットして。電車に揺られながら、友達から入ってた「ツーショット撮ってこい!」のLINEにスタンプで返事して、ふう、と肩で深呼吸をする。――いよいよだ。あの、宮本伊織さんとデートするんだ、私。
ショップの店員さんも、美容師さんも、伊織さんの写真を見せたら「うわあこれはすごい!」って一緒にはしゃいでくれた。接客トークだったのかもしれないけど、「これは気合いを入れてとびきり似合うのにしましょう!」って言ってくれて、随分一緒に悩んでくれたのだ。友達もLINEをくれた。なんだか、いろんな人に背中を押してもらっている気がする。
うん、と気合を入れる。なんだか、世界のすべてが味方をしてくれているような気持ちになった。
――筈だった。
水族館の入り口に、いつものラフな格好に鮮やかな青緑色のジャケットを羽織った伊織さんが立っているのがすぐに見えた。やっぱり遠目でも目立つなあ、と思いながら――彼のすぐそばに、もうひとり誰かが立っているのが見える。――え?
「……あの」
戸惑いながらも伊織さんに近づく。私に気付いた伊織さんが顔をあげて、礼儀正しく「こんにちは」と頭を下げたので、それで慌てて私も挨拶を返した。それから、ちら、と伊織さんの隣に立っている――可憐な女の子のように見えるが、多分男の子、を見遣る。
まるで当然のような顔をして、自分がその場にいることになんの疑問も抱いていない顔で、彼が私に手を差し出してきた。
「セイバーだ」
端的に名乗られる。――それ以上の言葉はなにもない。なぜ自分がここにいるのかも、伊織さんとの関係も。自分がそこにいることは自然の摂理であり、なんら説明責任が生じている筈もない、というか、それを認識すらしていない、という顔だった。
「――え?」
「では行こうか」
「え? ……え? 伊織さん? え?」
当たり前の顔をしてチケットカウンターへ歩き出した伊織さんと、当然の顔をしてその後をついていくセイバーくんの後姿に絶句する。ふたりがカウンターでチケットを買っているのを遠目に見遣り、やがて伊織さんが三人分のチケットを持って戻ってくるのを呆然として見ていた。
「どうぞ」と差し出されたチケットを見下ろす。私が黙って受け取ると、セイバーくんが言った。「ここはイオリの奢りだ。そのくらいの甲斐性は見せねばな。なあ、イオリ」。
甲斐性。――甲斐性?
大量の疑問符で頭の中が埋まる。その横で、「クラゲは3階のようだぞ、イオリ」とセイバーくんがポスターを見ながら言っている。腕時計を見下ろしながら、伊織さんが「イルカショーが十一時半だから、まだ時間がある。一通り見て回るか」と返している。
気が遠くなりそうになりながら――ふと、この日のために買った鞄の中のスマホを思う。「ツーショット撮ってこい!」。――そうだ、そうだった。これは、待ちに待った、夢にまで見た伊織さんとのデートなのだ。
ふるふると小さく頭を振り、伊織さんを見る。「伊織さん、あの――」。
「イオリ! 1階はアザラシがいるぞ!」
先に水族館の中に入っていたらしいセイバーくんが戻ってきて、大声で伊織さんを呼んでいる。私から目を離して伊織さんが目を遣り、「すぐ行くから大声を出すな」と穏やかに注意する。それから私に目を戻した。「悪かった。何か言いかけていたか」と優しく目を細める。――それで、なんだか全部がどうでもよくなるような気がしてしまった。
伊織さんの目をまっすぐに見られずに俯いてしまう。「……いいんです、セイバーくんが待ってますからもう行きましょう」と心にもないことを言ってしまった。
チケットをかざしてエントランスを越えると、巨大なトンネル型の水槽が続いていた。わあ、と思わず周囲を見回す。すると、同じように隣で水槽を見上げていた伊織さんの整った横顔が見えた。――本当に伊織さんとデートしてるんだ、という実感がじわじわと湧いてくる。
顔がほてるのを感じながら伊織さんから目を逸らすと、伊織さんがぽつりと言った。
「イワシの群れだ。……綺麗だな」
「――あ」
「ほう、なかなかロマンチックなことを言えるではないか、イオリ! 食べるだけが能ではないということだな」
「おまえと一緒にするな、セイバー」
ふふ、と伊織さんが苦笑する。いつの間にか戻ってきていたセイバーくんが無邪気な笑顔を浮かべながら反対側の伊織さんの隣に並ぶ。三人で並んで水槽のトンネルを歩く。―― 一体なんなんだろう、これ?
決して仲間外れにされているわけではない。むしろセイバーくんが私を気遣ってくれているのがわかるし、セイバーくんの伊織さんへのからかい方は男友達のそれだ。――わからないのは、なぜ彼がそもそもここにいるのかということで、更にいうとなぜ彼らはセイバーくんがここにいることを微塵も疑問に思っていないのかということだ。
私が――私がおかしいのだろうか? 三人のうちふたりが違和感を覚えている様子がないので、ずれているのは私の方なのだろうかとすら思い始めてしまう。――いや、でも、これ、確かに――デート、だった筈だよね? ――あれ?
「イオリ、クラゲは3階だぞ」
「うん。――ああでも、2階にはジンベイザメがいるようだ」
「そうか、それは見ねばならぬ。しかしショーの時間が迫っている。少し捲かねばだぞ、イオリ」
ふたりでパンフレットを覗き込みながら手早く話し合って決めてしまい、それからセイバーくんが私を振り返る。「少し急な階段を上がるが、問題はないだろうか? イオリ、媛の足を考えてゆっくり歩くのだぞ」。
――いや、わかる。気を遣ってもらっているのは本当にものすごくよくわかるのだが。本当になんなんだろうな、この気持ち。
セイバーくんと伊織さんに気を遣ってもらいながら階段を上がり、ジンベイザメの水槽を見る。伊織さんがなにかを言うたびにセイバーくんが笑ったりからかったりし、それはそれで、とても、とても微笑ましいのだが――だが――。
私が伊織さんと話す機会が、まったくない。
多分、そのことに伊織さんは当然のように気付いていないし、セイバーくんも恐らく思い至りもしない。――多分彼は本気で、伊織さんが全部自分に話しかけているものと思い込んでいる。
もしかしたら――そして多分に――ただの伊織さんの独り言じみた呟きすら全部律儀に拾っては、いちいち返事をしたりコメントしたりしてなんらかの受け答えをしている。まるでそうするのが当然かのように。なぜなら伊織さんが彼に話しかけているから。正直これに勝てる気がしない。これに割り込んでまで伊織さんと話せる自信はない。
たまに気を遣ってセイバーくんが私に話題を振ってくれたりなどしながら――3階のクラゲを見て、そしてやっぱりセイバーくんがはしゃぐのを伊織さんが穏やかに叱り、それからイルカショーに向かう。
私と、伊織さんと、セイバーくん。――伊織さんを挟んで三人で座り、セイバーくんが伊織さんに買ってもらったポップコーンを伊織さん越しに私に差し出してくれる。
「ショーが始まって水をかぶったら湿気るから、今のうちに完食しておかねばな」と力強く言ったセイバーくんのポップコーンに伊織さんが手を伸ばして数個つまむ。それで自分は満足してしまったようで、まだイルカの現れていない中央ステージのプールを眺めている。
特に会話のないまま――セイバーくんがポップコーンを食べるのに集中し始めてしまったため――ショーが始まり、そして終わる。終わった頃にはとっくにポップコーンを完食していたセイバーくんが手を叩いて大喜びしていて、今回ばかりは伊織さんも彼を叱ることはなかった。セイバーくんがベンチの下に置いていたポップコーンの空箱を拾い上げて小さく畳み、鞄の中からタオルを取り出してびっしょり水のかかったセイバーくんの頭にぽんと引っかける。それからもう一枚タオルを取り出して私にもくれたので、お礼を言って受け取る。――なんだこれ??
水族館のカフェテリアで昼食をとる。――伊織さんは蕎麦を頼んで、セイバーくんはカレーライス。私はオムライスを頼んで、三人で小さなテーブルを囲む。がつがつと美味しそうにセイバーくんがカレーを掻き込む隣で、伊織さんがセイバーくんの白い上着にカレーが飛ぶのを気にしてか、さっきのタオルをセイバーくんの肩にかける。それから自分も蕎麦を啜り始める。――本当になんなんだこれ??
予定だと、この後場所を移動してショッピングモールに移動して――それなりに雰囲気のあるレストランで食事をして、それからロマンチックなイルミネーションを見にいくつもりだった。
ショッピングモールで買い物をして――セイバーくんがわくわくしながらそこらじゅうをうろちょろするのを伊織さんが追いかけるのを、更に私があとから追いかけて――夜景の綺麗なレストランで食事をして――伊織さんの独り言にセイバーくんがいちいち反応してあげるのをずっと聞きながら――夜空の下できらきら輝くイルミネーションの中を歩く。――私と、伊織さんと、――セイバーくんの三人で。
――いやあーー……。
かつん、と私がスプーンを置いたのを、伊織さんとセイバーくんが見た。――深く、深く頭を下げる。
「ごめんなさい! ――急に用事が、入りまして」
おや、と伊織さんが驚いたように眉をあげて、セイバーくんが心から残念そうに「そうなのか!? 今日はまだこれからであったというのに」と嘆く。――ふたりとも、本当に、本気で、微塵も悪気がないのがわかる。悪気がないから悪いのだ。
んん、と微妙な笑みを浮かべながら、それでも、「ああそうだ」と思い出したことがあった。――「ツーショット撮ってこい!」。
「伊織さん、セイバーくん。……写真だけ、一緒に撮ってもらってもいいですか?」
「? ――あ、ああ! 勿論だとも」
セイバーくんが快諾し、伊織さんを中心に三人で身を寄せる。目いっぱいに腕を伸ばしてスマホのインカメラで三人なんとか画面に映るようにし、ぱしゃり、とシャッター音を響かせた。――「ツーショット」、は不可能だったとも。
――これこそが、今日のデートの真実だ。
「ありがとうございます」とお礼を言いながら、さっさと友達のLINEに写真を送ってしまう。自分の分の皿を片付けながら、「それじゃ、私ちょっと急ぎますね。――伊織さん、また大学で。セイバーくんも、もし機会があれば」。
「もう行ってしまうのか。――寂しいが仕方がない。帰路は気を付けるようにな」
そう眉根を寄せて私を見送ったあと、セイバーくんが伊織さんに顔を向けるのが目の端で見える。「この後はどうするのだ? 予定ではイルミネーションという話であったが、それであれば私はゲームセンターに行きたいぞ、イオリ」とひそひそ声が漏れ聞こえた。
オムライスの皿を返却口に戻すと、スマホが鳴った。写真を送った友達からLINEが来ていた。開くと、爆笑のスタンプと共にこう書かれていた。
『やっぱあんたもダメだったかー! 宮本さん有名なんだよね、デートに誘うとなぜか絶対連れてくるんだって!』
ぐ、っと一瞬言葉に詰まったあと――外聞も気にせず、カフェテリアの隅でひとりで大笑いしてしまった。
飼い犬同伴・了
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