コーラル発酵中テキサスシャーク
2024-09-08 18:23:57
2918文字
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英雄の末路

カーマンライン突破ラスティ勝利if

 炎に包まれ堕ちていく戦友の姿を、私は双眸に焼き付ける。

「もう少し早ければ、違う未来もあっただろう」

 もっと背中を預け戦う機会があれば、共に夜明けを見ることが出来たのだろうか。
 そう消えゆく光に問いかけた。

 少しばかり垣間見えた背景だけで、戦友の過去を推し量ることはできない。
 それでも、胸を引きかかれる痛みが勝利の余韻に浸ることを許さなかった。 

「お別れだ、戦友。君との戦いを無駄にはしない」

 赤い空の上で、青い狼が吠える。

 これが、ルビコンの夜明け。
 解放は成されたのだ。

 




 

 ベイラムとアーキバスおよび封鎖機構は度重なる敗戦の末、ルビコンから全戦力を引き上げた。
 しかし三者が結託し、我々を廃絶に戻ってくる可能性も0では無い。
 ルビコンは常に脅かされ、掠め取られてきた。その不条理を今度こそ止めなければならない。
 人々は次なる災禍の気配に怯えながらも、半世紀賭けて取り戻したコーラルの恵みを存分に味わい、疲弊した心身を癒す。新たな戦いに備えるために。
 
 争いの火種は、未だルビコンから消えることなく燻っていた。

 私は開かれた空を見上げる。
 そして何もない自由な場所で高く高く飛ぶ姿を思い浮かべた。

 ……もはや叶わぬ夢。

 この首にはめられた「英雄」という首輪が憎い。
 私はルビコン解放の英雄として、戦いから抜け出すことが出来なくなっていた。

 英雄。大義の為、大勢の人を命を救うため闘う者への呼称。
 聞こえはいいが所詮人殺しの別称に過ぎない。

 しかもヴェスパーとして潜伏していた際に多くの同胞を手にかけた。すべて必要な犠牲だったと帥叔フラットウェルは俺を納得させようとするが、それがただの欺瞞だということを冷え切った大地が突き付けてくる。 
 私はやるせなく温いフィーカを飲み干した。味は貧困に喘いだ幼少期に舐めた土によく似ていてなじみ深い。だが、喉の渇きは一向に収まらないでいた。
 たまらず脇に転がしてあった酒瓶に口をつける。鼻をつく薬品臭さを伴い、良く冷えた酒は熱を持って喉を滑り落ちていった。
 酩酊に身を任せ、夜明けを今か今かと待ち続ける日々。これがルビコン解放の英雄ラスティの日常だ。

 ……ナイトフォールは既に打ち倒され、オルトゥスが解放を齎した。
 夜明けを迎えるためには、再び日が落ちなくてはならない。輝かしく頭上から光が降り注いでる状況でとんだお笑い草だと、私は空になった酒瓶を雑に投げ捨てる。

 こんな私の姿を戦友が見たらどう思うだろう。
 失望してくれるか? そんなことすら想像がつかない。 今になって無性に言葉を交わしたくてたまらなくなるが、すべては後の祭りだった。


「ハンドラーウォルターの猟犬」

「封鎖機構と敵対関係」

「企業も解放戦線の依頼も分け隔てなく受ける独立傭兵」

「アリーナランク1のフロイトを撃破した強者」 

「ルビコンを焼こうとした」

 これが私の知っている戦友のすべて。
 知らないことが多すぎる。あまりにも多すぎる。
 君のとの記憶は時間の経過とともに存在感を増し、その欠落が心をかき乱す。痕跡を探そうにも、私にはその手がかりすら存在していなかった。
 あの高度では生存を願うことすらできない。幻想に夢を見ることすらできない。いや、そもそもそんな資格など無いのだが。
 
 私はタバコを取り出し、火をつける。別に旨くもなんともない。苛立ちを誤魔化すための行為でしかない。肺を炙る熱と共にゆらゆらと紫煙が立ち上り、俺の視線は再び空に向けられた。
 シャッターを開け放ったガレージ、そこから手の届かぬ空を見つめることが唯一の慰め。それ以外は己を殺し切り、ルビコンを守るために戦う英雄しか存在を許されない。
 ゆらりと立ち上がった私は空瓶を蹴り飛ばし、空虚な高音を反響させた。 戦友を降しより高く飛んだ結果、地に落ちた狼を笑うように。
 

 無機質な電子音が耳に届く。デバイスの着信、誰かからメッセージが来たらしい。
 今所有を許された通信端末には限られた連絡先しかない。どうせ帥叔フラットウェルぐらいだろう。今度の仕事はなんだ? 反乱分子の粛清か? 
 封鎖機構、企業。今はコーラル利益を巡って内輪揉め。つくづく人間とは闘争を求めたがる生き物らしい。 

 投げやりにメッセージを開き、私の手は止まった。

 差出人の名も、件名も無い。こんなものどうやって送ったのか。
 いや、そんなことどうだっていい。問題はその中身だった。

 

 

 何だこれは。

 

 何だこれは!? 

 

 それは用件らしきものはどこにも見て取れず、ただ淡々と情報が羅列されているだけだった。


 *コーラルは自己増殖し、その速度は個体群密度に比例する。*
 *個体群密度が高まると『相変異』が発生。それは人類に制御できない破綻となる。*
 

 人類に制御できない破綻。その単語が私の脳内で踊る。
 何度も文面を読み返すも、それ以上の情報は汲み取ることはできない。
 まるでこれを知ってどうするかは私に任せると言いたげな、酷く無責任なものだったのだ。

「コーラルよ ルビコンと共にあれ」

 思わず震えた唇から、身に染みた警句が零れ落ちた。

 私はこの形骸化した言葉が嫌いで仕方が無かった。思考停止に似た側面を持ち、果ての見えない戦いに底泥していく同胞は必ずこの言葉を吐く。この帥父ドルマヤンの思想が解放戦線の支柱となり多くの戦士がそれに殉じた。 

 だが、この言葉には続きがある。

「*コーラルよ ルビコンの内にあれ*」
「*その賽は 投げるべからず*」
 
 その言葉の意味を考えるものは少なかった。 
 確かに帥父ドルマヤンは軍事教導者として優秀ではあったものの、コーラル神秘主義思想家とも呼べる近寄りがたい思想を持っていた。
 故に封鎖機構との戦いにおいて不要なノイズになると帥叔フラットウェルによって取り除かれた経緯を持つ。

 
 その皆から忘れられた言葉に、真実があったとすれば。


 ……戦友はカーマンラインを越えて何をするつもりだったのか? 
 企業とも封鎖機構とも異なる何かを抱え、戦友は飛んでいた。 
 ただフラットウェルは「ルビコンを焼くのが目的」だとそれ以上の説明をぼかしていた。いくら問い詰めても、空を切るだけ。真実を知るには、時間が全く足らなかった。
 私なりに推測し、戦友の正体はアイビスの火を引き起こした技研の手先で、自分たちの恥を、罪の証を隠すためにルビコンを焼こうとしているんじゃないのかと考えたが、それも直接戦火を交えより一層腑に落ちなくなった。

 戦友は何を抱えていたのか。 
 曖昧だった空白に、かちりとピースが当てはまる音がした。


 その何かが、コーラルの根絶だとしたら。
 大勢の人間を守るために、この星を焼こうとしていたのなら───

 ふと、引き攣った口元から乾いた笑みが漏れた。

「本当の英雄は、君じゃないか。戦友」