目を開けると、至近距離で私を見つめる温かな瞳が視界に飛び込んできた。私が目を覚ましたことに気づくと、溶けるみたいに目尻が下がる。それがまるで愛しくて堪らないとでも言うように感じて、胸が小さく跳ねた。
中也のことは好きだし、好かれているという自覚もある。けれどこんな風に本人が意図していないタイミングで実感してしまうと、どうしたって照れや恥ずかしさが胸いっぱいに広がってしまう。嬉しくないわけがない。一生懸命愛を伝えようとしてくれるのももちろん嬉しいけれど、漏れ出てくる愛は、本当に嘘偽りなく心の底から愛されているのだと嫌でも思い知らされるから。
誤魔化すように中也の首筋に擦り寄ると、それを受け入れるように頭を撫でられる。中也に頭を撫でられるのも好きだ。もっと、と要求するように背中に腕を回すと、くすくすと嬉しそうな笑い声が耳に届く。
「なあ、今俺にときめいただろ。そろそろ恋だって認めれば?」
これさえなければ言うことなしなのだが。
「調子に乗らないで」
中也を押し退けて寝台から抜け出すと、あまり堪えた風もなく後ろをついてくる。
「でもときめいたのは事実だろ?」
「それとこれとは別!」
このやり取りも、気がつけば日常茶飯事となってしまった。なんだかなあと思う。適当なところで諦めてくれると思っていたのだが、目算が甘かったらしい。
そもそもの発端は、お互いに相手の気持ちを勘違いしていたことだった。
中也は見るからに私のことが好きだった。私は取り立てて好きではないけれど、中也が私のことを好きだというのは気分がいい。そんなに好きなら付き合ってあげようと思った。
私が「付き合おうか」と言えば中也は一も二もなく了承して、所謂交際というものが始まった。
けれど付き合い始めてすぐ、これが勘違いであることに気が付いた。なんと中也も私とほとんど同じような思考を辿っていたらしい。私が中也のことを好きで好きで堪らないようだし、殊勝にも交際を申し込んでくるものだから、断る理由もない。付き合ってやろう。そう思っていたらしい。
そこからやれ好きなのはそっちだなんだと言い争いに発展した。しかし、相手に客観的事実を述べられるとすぐ、お互いに好きだということを否定するのはちょっと難しいなと気が付いた。自覚はなかったが、少なくとも付き合うことに不満がないくらいだし。
そこで大人しく「両想いだったね」で終われば良かったのだが、そうならないのが私と中也である。私が中也にだけは負けたくないと思っているように、中也だって私にだけは負けたくないと思っている。そこから負けず嫌い2人による往生際の悪い攻防が続いた結果、何をどう転んだのか「相手が自分に恋していると証明してみせる!」ということで落ち着いてしまった。
今になって考えてみればおかしな話である。しょうもないとしか言い様がない。が、渦中にいると意外と気が付かないものである。恋は盲目とはよく言ったものだ。恋だと認めたわけじゃないが。
この気持ちが恋だろうと恋でなかろうと、中也の気持ちが恋だろうと恋でなかろうと、なんだっていいじゃないかと、今なら笑い飛ばせる。けれど残念ながら、その場に突っ込みを入れる者はいなかった。
一方で中也は気に入ったのか、事ある毎に私に「やっぱり恋だろう」と言ってくる。雰囲気をぶち壊しにするそれさえなければ恋だと認めてやってもいいのに。というか、そんな聞き方をすれば私が恋だと認めるわけがないことぐらい中也だって気づいているだろうに、何を考えているのか。
けれどそれ以外なら、中也との生活に不満はない。
当たり前のように中也が隣にいて、自分の下に帰ってくる。そう信じていられる。永遠に続くものではないと知っているけれど、いつか終わるその時まで、この生活を楽しんでいたい。
***
いつものようにソファでだらけていると、中也が帰ってきた。と、思っていると、徐ろに近づいてきて、私の正面から抱きついた。「おかえり」と言うと、ようやく「ただいま」と返事があるが、それ以上の言葉はない。
こうやって素直に甘えてくるのは可愛くて好きだ。頭を撫でてやると、私の手の感触を確かめるように目を閉じる。どうやら今日は本当に甘えたな気分らしい。もっとしっかり甘やかしてあげようと背中に手を伸ばすと、中也はぱちりと目を開けた。満足したのかと思って頭を撫でていた手を止めると、その目が真剣な色を宿しているのに気が付いた。
「あのさ」
「うん」
「もう恋か恋じゃないかなんて何でもいいから、俺の隣でいてくれよ」
「え、今更?」
嬉しさや喜びや感動より、突っ込みが先に出てしまった。
だってあの言い争いから何年経ったと思っているのだ。とっくに有耶無耶にしてもいい年月が経過しているというのに、いつまでもこだわっていたのは中也の方ではないか。
まじまじと見つめていると、中也の頬がほんのりと紅く染まる。隠すように私の胸に顔を埋めるが、いつもより体温が高いのは明白だ。可愛いなあ、と思っていても、いつもみたいな余計な茶々は入らない。
「初めからそう言えばそれで済んだのに」
「うっせぇ」
中也の体温がますます上がる。腹の底から笑いが湧き上がってくる。声を出して笑うのはどうにか堪えているが、腹が震えているのは伝わっているだろう。
「じゃあつまり、君は私に恋してるって認めるわけだ」
「そこはどうでもいいって話をしてんじゃねぇか」
「そうなの? こだわってたのは君の方なのに」
「そうだけど、正直恋とかどうとかよくわかんねぇし」
「ああ、こだわってたのはそれでなの?」
「んだよ、悪いかよ」
「んーん、全然」
中也を抱きしめたまま横に倒れると、中也に押し倒された形になる。ちょっと重い。中也が気を遣って自分の手足に体重を預けようとしてくれるが、無視してぎゅうぎゅうと抱きしめる。別に耐えられない程の重さじゃない。
「君のそれは恋だと思うよ」
「なんでそう思うんだよ」
「だって私は君に恋してるもの。だから君のそれもそうじゃなきゃ、不公平じゃないか」
中也の鼓動がドキドキと加速するのが如実に伝わってくる。ほらね、と内心ほくそ笑む。
「今、私にときめいたでしょ?」
中也が何ともいえない顔でこちらを見る。それにとびっきりの笑顔を向けてやる。
どうやら意趣返しは成功したようだった。
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