井見
2024-08-16 23:36:59
7964文字
Public 真Ⅴ・真ⅤⅤ二次
 

霞深し

オダイバクエスト後に近場をぶらついてセトに喧嘩売りながらハヤオとず〜ん……となる話です 月下氷霜と朧月をしているつもりです

 足を踏み入れていない場所は、ここが最後だった。振り返っても、もう自分以外には誰もいなくて、誰かに引き止められもしなかった。
 初めて来たときは、この先は危険だと言われていた気がする。空を仰ぐと、確かに黒龍が我が物顔で旋回している。あいつがこちらに気づくまで、もう少し時間があるだろう。
  
 ここは港区に位置するから、初めてダアトに迷い込んだときと同じ、黄金色の光が辺りを包んでいる。しかし視界の端に映るのは目が覚めるような青色ではなく、闇に沈むような黒だ。だから手を差し伸べられたあの場所とは全く違った。ナイルの神々や黒龍の縄張りだからか、雑魚が群れを成しているなんてこともなかった。歪な静寂に、時折龍の雄叫びが混ざる。崩れかけた大橋が揺れる。瓦礫を飛び越えて、僕は二段に重なる橋の上層に登った。
 元々何という橋だったか、思い出すのに少し時間がかかった。肉眼で見たことはあったかもしれないが、こうして橋を踏んだことはない。東京湾を臨みながら七色にきらめく姿は、東京のシンボルの一つだったはずだ。もしかすると今の東京からは、存在ごと消えてしまっているだろうか。聞いてみてもいいのだけれど、聞いたところで、一体何の意味があるだろう。
 十八年前に置き去りにされたこの大橋は、二度と虹色に輝かない。それさえわかれば十分だ。切り取られた橋の名残が風に晒されているだけで、ここを渡ってもどこにもいけない。最後に残された場所としては、どうしようもなくお似合いだ。

 その砕けた橋の中腹まで進んで、僕は羽ばたく龍を見上げる。
 
 龍。生贄。龍殺し。そんな単語の羅列が、あったような。ちゃんと覚えていないんだ。起きたことがあんまり多くて、わからない。
 結局、一緒に龍を殺したことが、いけなかったんだっけ?
「もう一度、教えてくれよ」
 答えるは音にならない龍の咆哮。ぐらぐらと足元が揺れる。黒い翼は旋風を呼びながら、僕を視界に捉え、ゆっくりと降りてくる。 
 遠眼鏡で覗かなくても、たぶん勝てるだろうな。直感でわかる、さっきの神よりはずっと弱い。月光も日輪もないのなら、きっと僕たちには敵わない。それをわかっているから、蛇は引き留めなかった。わかっていないから、龍は襲いかかってくる。お互いに存在を捉えて、お互いの狩りが始まる。
 黒龍と成り果てたセトという神は、龍らしくぐんと高く昇ると、下降の勢いに合わせてこちら目掛けて突進してきた。だが目的は衝突ではない、胴体に卑しく隠した鋭い爪、毒の滲んだそれを僕の目めがけて振りかぶる。この体の唯一露出した弱点らしい弱点を真っ先に狙うのは獣らしいが、狙いが分かりやすすぎるのは良くない。その場で腰を落として、攻撃をいなしつつ、ようやく刀身を呼び出した。
 紫色の刃は、稲刈りの鎌のようにカーブを描く。何度呼び出しても見慣れないが、こっちの刃を使って戦っている時間の方が、もしかすると長いのかもしれない。強く意識を込めたときだけは、鋭い剣状に真っ直ぐ伸びる。昔覚えた技を使うときはそうしないと具合が悪い。でも今は必要ないから、ありのままでいい。
 湾曲した刃を背に隠すようにしながら、手のひらを黒龍に向けて翳す。月の光が指の隙間から滲む。
 この輝き。本来は僕にはあり得ない力なのだろう。神固有の技を使おうとすると、指の先がちりちりと痒い。写せ身をたらふく貼り付けて、もはや元々の原型なんて忘れてしまっているだろうに、感覚だけは誤魔化せなかった。この身体の本来の主は、果たして同じように感じているのだろうか? 当たり前のように馴染んでいるのか? 気を抜けばすぐにほどけそうな刃のことも、知らないのだろうか。無理やり縫い合わせた僕たちの、どちらが先に軋むのか、僕はまだ知らなかった。

 ……光が満ちた。あれからどうにも集中できない。これ以上気が散るようなら、身体を奪い取られてしまうかもしれない。それはまだごめんだ。
 気を抜いていた隙に、黒龍は再び翼を唸らせて高く浮上していくが、大して意味はない。集めた月光を向かい合わせに並べれば、空飛ぶ龍にも容易に届く。
「お前には、見切れない」
 割れた道路を足先でぽんと突く。全身の温度が下がっていく。照らされない月の裏側は寒くて汚い。俄かに身体に霜が下りる。最後に足元にもう一つ月光を集めて、その上にふわりと跳びのった。
 流れに乗って仕舞えば、もう考えることはない。身体は重力に引き寄せられるみたいに、紛いものの月の間をぶんぶんと飛ぶ。龍の叫び声が氷の奥に聞こえる。氷が苦手なのかな、と思う。ただの刀で斬られるよりも、凍てつく霜の刃は焼けるように痛い。
 このまま押し続ければ、勝てそうだな。そんなふうに感じる。そういえば仲魔も喚んでいないが、まあ問題ないか。騒がしくなるのは嫌だし、回復もせずにそのまま来てしまったから、まだ疲れているだろうし。
 月の光が全部割れたので、行き先を失った。地面に着地して黒龍を振り返る。翼の付け根を斬ったようで、空飛ぶ姿がよろめいていたが、すぐに持ち直した。怒りのままに咆哮が響く。わかりやすくて羨ましい。
 ここからは同じことの繰り返しだ。避けて。斬って。避けて。斬って。どちらかが音を上げるまで続く。
 体は反射で動く代わりに、空いた頭がぼんやりと、さっきの会話を反芻する。


 あんなことがあったんだ。
 それなのに僕は、まだここにいる。そのとおりだった。
 
 いっそ、そこにいるのがどうしてお前なのだと、言ってくれればよかった。
 どうして僕がいるんだろう?
 僕は、僕だけは無事だった。おかしいくらい何もなかった。
 アオガミとタオに救われて、僕はわけがわからなくて、目を開けているので精一杯で、ただ寝そべっているだけだった。あの金色の槍が、彼の腹を貫くまで、僕はぼんやりと見ていた。
 
 あのとき僕だけが、何かできたかもしれないのに、何もできなかった。
 

 ‪──ぐ、と足に力がこもった。何故だ?
 そのまま身体が勝手に沈んで、両足が地面を強く蹴る。僕は後方に大きく跳躍しながら‪──ああそうか‪──ちょうど僕のいたところに、黒龍の鋭い翼が通り抜けた。‬‬‬
 身体の力を抜く。正確には、意識を緩める。このときに身体の支配権を奪い合うと、身体は動けなくなってしまう。
 大人しく遠のいた僕の代わりに、僕が使っていた身体は、黒龍の喉首に狙いを定めて飛び込む。右手に形作った刃が、円弧の軌跡を描いた。
 一閃。
 軌跡に沿って黒龍のマガツヒが勢いよく溢れる。致命傷だ。
 黒龍は痛みと怒りに叫ぼうとするが、喉を開かれてはそれも叶わない。代わりに振りかぶられた爪を、身体はふわりと宙返りして避ける。
 地面に着地するときには、マガツヒの塵だけが漂っていた。ちらちらと輝いていて、綺麗だった。
「さながら、霞める……
 なんて思い浮かべただけだったのに、口が動いた。戻ってきた身体の感覚に、手を開いたり閉じたりしながら、脳裏に響く大きな溜息を聞く。
「悪い。助かった、ツクヨミ」
 ツクヨミは何かを察知すると、度々こうして身体の意識を取って、代わりに危機を回避する。その後に少しのお小言が続くまでがセットだ。
『探索は中止した方が良い。まるで集中できていない』
 予想通り、ぴしゃりと鋭い声がこだまする。
 こういうことを聞くと、当たり前だけど、別人だなあと思う。
「別に。もう周りに悪魔もいないし、問題ない」
……これでもか?』
 身体がぐらりと傾くと、足元を蹴って跳ねた。目の前にあった瓦礫を飛び越えて、身体が勝手に歩き始めた。ツクヨミが再び身体を使い始めたらしい。
「君が疲弊している証拠だ」
 僕の形をしたツクヨミの身体が、ずんずん歩く。念の為にと周囲を窺い、やはり悪魔はいないとわかると、身体は速度を上げた。朽ちた車両を飛び越えながら、迷わずに進んでいく。
 橋の両側には、辺りを眺めるために丸く設けられた通路があった。ここが目的地らしい。柱を中心に膝くらいの高さがある段差が設けられていて、ちょうど座れるくらいだ。ツクヨミの身体は、何もないダアトの外側を眺めるようにして、ゆっくりと着席した。
 すると何も見えなくなった。海の近くにいるときの、生々しい風が身体にふれた。目を閉じているのだとわかった。
 ツクヨミはまだ身体を譲らずに、実際に口を開いた。辺りにツクヨミの声が響いた。
「私には、これを言う資格すら無いかもしれないが……敢えて言わせてもらおう。
 先程は、すまなかったな」
 何の話、ととぼけてみようか。
 相手は結構真剣なので、それは失礼だ。そう思って、僕は続きを待った。
 ツクヨミはゆっくりと言った。
「あれは私にこそ向けられるべき裁きだったはずだ。
 だが私と合一する君までもが、裁きの壇上に立たされた……
 もちろん、裁きなどのために、私達の歩みを止めるわけにはいかない。戦闘はやむを得なかっただろう。
 しかしそのせいで君を巻き込み、挙句傷つけることになってしまったことは事実だ。心から謝罪する。……申し訳ない」
 僕は巻き込まれたのか。
 そうかもね。
 そうなのかな。
 身体から発せられている声が、自分の声ではない感覚は不思議だ。いつも意識を譲ってくれる側は、こんなふうに僕を見ていたんだと思った。自分じゃ身体を動かせなくて、ただ見守るしかない。できるのはせいぜい口を出すことくらい。
 話す以外に気持ちを伝える術がないのなら、そうするしかなかった。このためにツクヨミは、とわかった。だから僕も、敢えて言うことにした。
『僕も、真っ先に考えたんだ。
 ユヅルがもし本当に蘇ったら、今度こそ僕は一人だなって。今度こそ、何もできなくなる。
 ひどいやつだろ。一番に、自分のことを考えた。
 だからきっと、裁きとやらを受けるべきだったんだ。あなたごとね』
 ユヅルの蘇生という釣り文句。互いに片割れがいないからこそ成り立っているこの状況が一変する提案。それが仮に実現したらがどうしてもよぎった。
 しかしツクヨミは深い溜息と共に腕を組んだ。納得できないとでも言っているようだった。
……敦田ユヅルの蘇生。
 君は、本気であれを信じたか?」
『いいや。
 ユヅルの骨なんかが、いったいどこにある?』
 ユヅルの全部がマガツヒとなって散っていくのを見た。この世界では全部が消える。黒龍もユヅルも、最後はただのマガツヒの粒になる。ユヅルの何もかもが残らなかったのに、骨と肉がこの手の中にあるだなんて、真っ赤な嘘としか聞こえなかった。
「であれば。君は何故紋章を渡した」
『なんでだろうな。
 ……なんでだと思う』
……
 日輪の紋章は、僕たちが持っていても意味はなかった。僕たちは太陽神ではないし、太陽の力を使う逸話もない。太陽神のはずの女神なら、どうにか使えるのかもしれないけれど、きっと彼女は絶対に受け取らない。
『紋章は必要な人が持っていればいい。僕たちには無用なものだ』
 だから渡しに行ったのだった。使えそうな人に。この状況で顔を見せれば、結果どうなるかなんて、少しは予想がつくものだ。だがそれでよかった。それを望んでいた。
『もしも本当にユヅルが生き返るなら、それに越したことはない。やっぱり嘘なら、それもそれでいい。僕に不利益はない……だから、渡した。
 だからむしろ、僕があなたを巻き込んだわけだ。あなたが気に病むようなことはない』
 ツクヨミはふむ、と頷く。
「なるほど。君が紋章を渡した理由が、よくわかった。
 やはり君は、敦田ユヅルの復活を望んだのだな」
……どうしてそんな話になる?』
「君自身が言っただろう。生き返るなら、それに越したことはない……
 罠だと察しつつも、君は一縷の望みに賭けた。それもまた事実ということだ」
『ごく一部を誇張する、悪い大人の考え方だ』
「必要な事柄を拾い上げる技術と言ってほしいものだな」
 少し黙ってから、冗談はよそうか、とツクヨミは言う。
「友人、親族……失った誰かが、再び帰ってくることを望む。信じるに値しない契約でも、手を伸ばしたくなる。
 古来より繰り返されてきた問答。誰しもが抱きうる願いだ。……私でさえもな」
 僕は首を傾げたがったが、身体はまだ動かなかった。
 あれを友人と言うのか、僕はまだ分からないけれど、たとえばタオとかだったら、友達だもんね、とか言っただろう。確かに学校でまともに話したことがある数少ない人間のうちの一人だから、友人と言えば友人かもしれない。でも友人というには、たいしてあいつのことをよく知らなかった。
 あいつはなんでもできる良くできた奴で、でも眉間にはいつも皺が寄っていて、ずいぶん苦労していそうな顔をしていた。屋上に呼び出されたとき、こいつが考える世界だったら、きっと〝良い〟世界になるのだろうと、他人事のように感じた。
 だからそんな奴が、あんなに追い詰められたような振る舞いをするとは思っていなくて、戦いになったときもどこか信じられない気持ちで。
 僕にはどうしても守りたいたった一人の妹なんていないから、あまりに見え見えの取引に乗ろうとする理由が、あのときはわからなかった。
「私もまた、紋章を渡そうとする君を止めることができなかった」
『忠告してくれていた』
「罠だからやめろと私は言ったか? 私はただ、考えろとしか言えなかった」
『罠じゃなくて、本当であってほしかった?』
……君が思うのと、同じようにな」
 何もできずに眺めていただけだった自分が、そんな望みを抱けるわけがない。
 見返りもなく死者が帰ってくるなんて、そんな虫のいい話があるわけがない。
『わかってはいたんだ』
 それでも、望んだのかもしれなかった。
『生き返るのを見たんだ。まるで何もなかったみたいに。
 だからまた、そんなことが起きるのかもしれないって……
 わかってはいたんだ。タオのあれは特別で。まだ死んではいけない魂だったから、死ななかった。だからそのせいで今、女神なんかになって。
 じゃあユヅルは? 死んでいい魂だった? そういうことじゃない。死ぬときは死ぬ。だってただの人間だ。サホリが生き返るなんてことはなかったじゃないか。だから、殺されたら、死ぬんだ。当たり前のことだ。
……わかってはいたんだ』
 意識の奥にいられてよかった。表情を繕う必要がないから。
 ツクヨミはいつもの癖みたいに足を組むと、目を開けた。風に晒された魔界の様子が視界に映った。初めて訪れたダアトみたいに、なんの気配もしない辺鄙な場所。紛い物の海風からは、海の匂いはしなかった。
 欠けた東京にツクヨミは何を思っているのだろう。彼は柱に背をもたれて、ぐったりと座っていた。地面の方を眺めてから、空の方を眺める。鳥一匹すら飛ばないのがやっぱりおかしいし、地続きでなくなった東京では、知っている道はろくに使えない。それでもツクヨミは黙っていた。黙っていられるのが楽だった。
 裏庭にいるときも危険が無くて安心するが、仲魔がたくさんいるのは少し騒々しい。HR前の教室みたいで、はやく先生が来ないだろうかと思う。大して何もない場所に一人でいる方が、ずっと気楽だった。
 今は一人ではないけれど、こうして同じ身体を使っているのだから、一人みたいなものだ。僕は部屋のベッドの上で膝を抱えながら、ありもしない景色を瞼の裏に思い浮かべている。そんなことをしているような気持ちになってくる。だんだんと本当に眠くなってきて、僕は後頭部を壁にこつりとぶつける。
 ……少し衝撃があった。痛くはないが、軽くぶつかった感覚がある。ぶつけたところをさすりながら、目を開けて、あれ、と思う。
「いじわるだな」
 組んでいた足をほどいて、前屈みに俯いてみる。身体が動く。自分の意識のままに。
『ぶつけそうな予感がしたからな』
「もっといじわるだ」
 はあ、と溜息をついた。自分の声が自分の身体から響いて、夢から醒めた心地がした。
 僕は立ち上がって、尻の辺りをはらった。神の身体には砂なんてつかないが、癖でついついやってしまう。そこから少し足を屈伸して、飛び上がり、橋の手すりを越えて、再び橋の中心に降り立つ。積まれた車を避けながら、橋を道なりにぼんやりと歩く。
 ここの探索が終わったら、ダアトにはもう用が無くなる。いい加減に先へ進まなきゃいけない。 ティアマトを止めて、王座に就く。他にナホビノがいないなら、俺たちにしかできないことだ。
 女神の導きに従って走り抜けば、きっと必要な結末に辿り着く。
 やるべきことははっきりしていて、何かを望む余地もない。
 望まれるままに振る舞えば、それで全てが終わる。
 ……本当にそれでいいのか?
「ユヅルは偉かったな。
 自分でやりたいことを決めて、自分の望みをはっきり口にしててさ」
 落ちていた何かを拾った。秘石だ。空にかざすと、上空に浮かぶ太陽みたいなものから発せられる光が、石の中を乱反射する。
……僕は、何を考えたらいい?」 
『それを考えるのは君自身だ。私が何かを言うつもりはない』
「相談くらい乗ってくれてもいいのに」
……万が一とは思うが、私の望みのために、君が動くようなことになってはいけない』
「それでもいいのに」
 秘石を軽く握り込むと、綺麗に真っ二つに割れた。欠片は断面から炎をあげ、開いた手の上でみるみる溶けていく。
「こんなことになってからは、ユヅルの望んだ世界を、同じように望んでみようかと思ってた」
 それが意志を継ぐことだって、勝手に思ったりしていた。
「でも、それもだめなんだろうな。
 ユヅルの、あなたの望んだ世界を創ったら。
 きっとあなたは、悲しい顔をする」
 議事堂での話は、考えを改めるのに十分だった。同じではだめだと、ツクヨミは思ってしまった。  
 じゃあもしユヅルがいたままだったら、あなたは同じ世界を望んだだろうか?
 この身体の中にある魂が、本来あるべきものだったら。
 あの場にいたのが、何もできない自分じゃなかったら。
「もし、僕じゃなくて」
『駄目だ』
 鋭い声。思わ秘石を落としそうになる。
『その先は言ってはいけない。……残された者として。絶対に』
「ツクヨミ……
『どれだけ仮定を考えようとも。事実は決して揺らがない。
 いま生きているのは君だ。君が考えなくてはならない。知恵を持つ者は、君なのだから』  
「残されたのが僕なのは、僕であるべきだと決まっているから。
 そう考えたら、どう思う?」
 秘石から上った火柱がゆらゆらと揺れる。ツクヨミが動揺しているのがわかる。きっと彼も、薄々同じことを思っていたのだろう。
「誰かが殺して、誰かが死ぬ。今まで目を逸らしてきた分、いい加減そういう世になっただけ。だから誰のせいでも何のせいでもない。何かを恨んだりする必要もない。
 そうなるべきだから、そうなってるんだって。たったそれだけの話だったんだって。仕方のないことだったんだって」
 秘石は最後に大きく燃え上がると、ぱらぱらと塵になっていった。手のひらに残ったそれを吹き飛ばそうとして、そういえば顔が半分隠れていることを思い出した。
「言い聞かせるのは、疲れたな……」 
 吹き飛ばせなかった塵が付いたままの手をもう一度握り込むと、細かい粉がざらざらとして、少し痛かった。



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