普段は忙しなくハンターたちをサポートしてくれるエイリアが、今は背もたれに体を預け、「何度も言ってるでしょう」と空に語りかけている。怒ったように伏せられた目と裏腹に、口には少し笑顔が滲んでいる。誰かと通話しているようだ。エックスは休憩中の彼女の様子をちらりと窺う。エイリアが軽口を叩く相手は一人くらいしかいない。
「だめよ。だめ。……って言っても、どうせ勝手に取るんでしょうけど」
和やかな雰囲気に反して、内容は少し不穏だ。エイリアはエックスに目配せした。エックスはこくりと頷く。個人回線の音声は、本来エイリア以外には聞こえない。だが状況が状況だから、エイリアは端末から自身にアクセスして、スピーカーから音声を出した。これでこの部屋内にいる者たちで会話ができる。
「あなたのやり口はわかってるんだから。この前だって、勝手にデータベースに侵入したでしょう。ちゃんとログに残ってるのよ」
『むしろちゃんとログを残したんだよ。ボクで安心しただろ? それにセキュリティをいつまで経っても穴だらけにしておく方が悪いじゃないか』
「あのねえ、ゲイト」
エイリアははあとため息をつく。通信の向こう、ゲイトはきっとにやにやと笑っている。そう思うともう一つため息が出た。
データベースへ異常なアクセスがあると急いで調べてみれば、その犯人はゲイトだった。わかりやすい侵入で今まで放置されていたデータベースのセキュリティホールをアピールした挙句、勝手にパッチを当ててしまうものだから後が大変だったのだ。一体彼はどこをどう弄ったのかを探し当てなければならない。ゲイトからのクイズに付き合っている時間はない……と言いたかったが。最近の息抜きは専らそれになっていた。
『……ああ、話が逸れた。ともかく、頼むよエイリア。これに関してはキミが承認権を持ってるんだろう。ちゃんと調べてある。キミの頷きが必要なんだ』
「それが怪しいって言ってるのよ。いつもいつも承認は後出しじゃない。今回だけって逆に不自然だわ。とりあえずエックスに言いつけてからね」
『……というか、今エックスも聞いているよね?』
エックスは鷹揚に頷いた。ゲイトからは見えないが。
「まあ、聞いているよ。あとでゆっくり話そうな」
初耳のことが多すぎるのは今に始まったことではない。時間ができたらゲイトと、それにエイリアからも色々と聞き出さなければならないな、とエックスは記憶にメモをした。
『……まあ、それはそれとしてだよ。
エックスが聞いているなら改めて潔白のために頼み直すが、ゼロウィルスのデータをくれよ。必要なんだ。あれだってゼロから造られた貴重なサンプルだ。特にレプリロイドには負の影響を、ゼロには正の影響と思わせて、実際は……』
「説明は結構よ。……エックス、わかるでしょ? さっきからこんな調子なのよ」
「……エイリアが承認権を持っているんだろ? じゃあ、エイリアの判断に任せるよ。あと関係者のことを考えるなら、ゼロだけど……ゼロなら多分いつもどおりイエスだろうし」
『エックス! わかってくれると信じていたよ』
「何を言っても意味が無いとわかった……の間違いじゃない? 今検知したアクセスは、一体誰からのものなのかしら?」
『実質的にイエスだろう? なら何も問題ないじゃないか』
「……で、見つかった?」
『……』
「残念だけど、どれだけ探してもそこには何も無いわよ。上からの指示で全部削除対象だったから」
エイリアは勢いよく立ち上がると、「ちょっと待ってて」と通信を一方的に切ってしまった。
「何か持っていってあげるのかい?」
エックスはエイリアを見上げた。
「そうじゃないとうるさいもの。ごめんねエックス、ちょっと外すわ」
「ああ、こっちは任せてくれ」
よろしくね、とぱたぱたと急くエイリアの後ろ姿を見送りながら、エックスは微笑んだ。
*
「ゲイト、来たわよ。開けて」
ドアは行儀良く開いた。一方で部屋の主からの歓迎はなかった。ゲイトは不機嫌そうに椅子にもたれている。
「ほら、お望みのもの」
エイリアは構わずつかつかと歩み寄ると、ゲイトの膝に箱を落とした。
「なんだいこれ?」
箱を開けると、そこにはぎっしりと詰まった、紙。
「ゼロウィルスに関しては、見つかる範囲の全ての情報が削除されたわ。何かあってはまずいから、ってね。いつもの常套句。
見逃されたのは、当時事件に関わった者たちの頭の中の情報だけ。類似の事件が発生した場合に備えて、だったかしら。ちなみに知っている情報を意図的に電子化するのは禁止」
ゲイトの瞳が閃いた。箱から取り出した紙一枚で全てがわかった。
「……それで、こんな古風な形式か」
「そう。それは、当時の私の全てのアウトプット。どうせ削除騒ぎになるだろうと思ったから、残しておいて正解だった」
「よくバレなかったね?」
「隠してたのよ。慣れっこだものね。
……あなたが読み終わったら燃やすわ。だから早く読んで」
「じゃあボクはバックアップってわけだ」
「ご明察」
エイリアは箱から紙を全て取り出すと、上から一掴みをゲイトに握らせる。押されるままに受け取ったゲイトは、しかし紙面ではなくエイリアを見つめた。納得するように目を開いて、ぎゅっと眉根を寄せた。
「何か既視感があると思ったが……そうか、髪か」
「今更?」
エイリアの金色の髪がふわりと揺れた。人間の毛髪を模した装飾用のパーツだ。
オペレーターになった当初は固く一つに巻いていたが、最近は下ろすようになっていた。後輩を持つようになってきてからだ。レイヤーやパレットと雑談を交わしていた時、ふとそんな気分になったのがきっかけだった。
「実際に会うのは久しぶりだろう。通信じゃ知れないし」
ゲイトにとっては代わり映えのない日々だったからこそ、いつの間にかほどかれていた髪の毛は、ゲイトの興味を奪った。
「悪くないでしょ?」
エイリアは髪をするりと背中に流す。ゲイトはさらに顔をしかめた。
「……余計なことを思い出しそうだ」
さっきよりも既視感が強まる。当然だ。少しはねながら流れる金髪に、研究員時代のエイリアの姿が重なった。決して良いとは言えない、むしろ記憶から消してしまいたい日々。色々なことを言われて、色々なことをされて、色々なことをした。そのたび彼女に咎められた。ゲイトは、頭を振った。
「それって、懐かしいって言うのよ」
エイリアは小首を傾げて笑った。エイリアにとっても、研究員であった日々は、幸せからは程遠かった。だが、かつて目の前の男と共にいたのも、あの日々だった。
「せっかくだし、白衣とか着ようかしら」
「勘弁してくれよ……」
白い紙を二枚奪うと、エイリアは「ほら白衣」とゲイトをからかう。
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