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井見
2022-08-03 03:11:14
4663文字
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その他二次
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たったそれだけで
Iconoclastsのロイヤルくん白い髪いいよね文の書き直しです
僕は目覚めた。
長い間眠っていた。もしかしたら目覚めないかもしれないという敬意の無い恐れや、アイボリーが体に染み込んでくる異物感、溺れるような息苦しさも、僕はすっかり忘れて眠っていた。この中で時間を飛んでしまったみたいだった。
生まれたままの姿で、僕はアイボリーに浸かっていた。アイボリーが僕の髪を滴って、顔を濡らす。どこまでがアイボリーだろう。僕の髪は、どうやら眠っている間にずいぶん伸びていた。肩を越えて、胸くらいまである。自分のものじゃないような髪を、僕は眺めた。
真っ白だ。母上と同じ。
僕はようやく、今を理解した。
僕は成功した。超越した。彼のお方に選ばれたのだ。
不思議と喜びは胸を満たさなかった。当然だろうと言えばあまりにも恐れ多い。正しくは、安堵だった。僕は灰にならなかった。いや、灰ならばいい。あの黒く欠けた彼らになることを、僕は恐れていた。それも僕はすぐに忘れた。僕は選ばれた! そう、選ばれたんだ。
僕はゆっくりと、周りを見渡す。
世界の景色はまるで違っていて、まずは眩しかった。光に慣れてからゆっくりと、僕の中にある記憶と景色が結びついていく。すべてが少し白く染まっているようだったが、それは僕自身がアイボリーの乳白色に染め上げられていたからだった。
認識と同時に、世界の音が聞こえてくるようになった。誰かが喚いていた。誰かが叫んでいた。彼らは、僕を見ているようだった。正確には僕の頭、僕の髪だ。母上と同じ、白く染め上げられた髪。老化とは違いずっとみずみずしいこの髪は、一目見ただけで彼のお方に選ばれたとわかる証だった。
アイボリーでは僕の姿はよく見えない。誰かに鏡を渡される。その誰かはすぐに去ってしまう。
僕の肌はもともと生白かったが、それがさらに白く、人形のようだ。髪だけでなく、眉や睫毛といったすべてがアイボリーに染まっている。瞳も白い。眼球に張り巡らされているはずの血管という血管が真っ白だ。虹彩とそれ以外の判別が少し難しい。中心に瞳孔だけが黒く位置を示している。
この瞳。この髪。ああ、母上と同じ。僕は彼のお方に選ばれた、母上の子なのだ。
そうだ、母上は。
僕を見上げ、僕に跪く様々を越えて、僕は母上の姿を探した。母上はそばにはいなかった。遠く、バスティオンのバルコニーから、僕の目覚めを見守っていた。
騒めきと祈りを浴び続け、僕はどうにか用意された服に手を通した。それは黒いシャツに白い上着で、一般的な子どもたちとは配色が異なっていた。神の子にふさわしい色だった。白い肉体に白い装束。母上と同じ。
それからようやく、僕は母上へのお目通りが叶った。母上は荘厳な自室で、侍女を二人控えさせ、僕を待っていた。
母上が自室に僕を呼びつける時は、決まって僕をお叱りになる時だった。母上の姿に、僕は緊張で縮こまってしまった。言葉が出てこなかった。
しかし母上は僕を咎めないどころか、僕が母上の足下に跪くのをお許しになった。
母上はその美しい声で言った。
「誇りに思いなさい。
彼のお方はあなたに微笑まれました。
あなたはそれに応えねばなりません」
そして僕の白くなった髪に触れたのだった。その手は何度か上下して、僕の後頭部をくすぐった。
僕は信じられない思いで、されるがままに俯いていた。
程なくして、母上の手は止まる。
「その体、その命、全ては彼のお方のために。
まずは祈りを捧げましょう。
彼のお方の愛に」
母上は右手を胸に添え、左手を天へ向けて、祈りの姿勢をとった。
「は⋯⋯はい、母上」
僕も当然それに倣う。彼のお方への祈り。いつ何時も欠かしてはならない、聖なる時間。とりわけこの身を授かった僕は、祈らない時間など一秒もあっていいはずがない。
⋯⋯ああ、それでもどうかお許しを!
祈りの姿勢をとる僕の心中にあったのは、彼のお方への感謝ではなく、卑しい僕自身の喜びでした。
どうしようもなかった。止められなかった。咄嗟の感情を、僕は処理できなかった。この超越した体よりも、信じられない思いだった。あの目覚めは目覚めではなく、まだ僕はトランセンダーの揺りかごの中で、あまい夢を見ているに過ぎないのでは、と。しかし僕の心臓は確かに早鐘を打ち、全身にアイボリーの血液と歓喜を巡らせていた。この熱は現実だった。
夢ではない。
たったひとりの母が、この僕の頭を、その白磁の手で撫でてくださったのだ!
こんなことは今まで生きていて初めてのことだ。母上の手はこの惑星にも等しく、彼のお方の意志を告げる手。ゆえにその手がこの矮小な僕の頭に触れるなど、想像することすらおこがましい。
しかし、ああ、お言葉のみならず、その手のなんと優しいことだろう。髪ごしから感じられる、母上の手の僅かな温度。たった数秒の接触がもたらす、確かな恍惚。きっと忘れることはない。僕は選ばれた。生まれたのだ。
この時僕は、確かに幸せを感じた。
*
ロビンはまるで物怖じせず、暗闇の中をずんずんと進んでいく。
一度は僕が先を行くことを提案したものの、明かりが少ないからと断られた。彼女がレンチをくるくると回すと、青い光がレンチを中心に彼女を包んで、周りが少しだけ見えるようになる。僕も祈りを捧げる時、周りに淡い光が浮かぶ。しかしそれでは僕は動けないので、結局役に立たない。僕は彼女の光を追うくらいのことしかできなかった。
暗闇をいくらか進むと、時折マザーではなく、旧きファザーの像を見つけることができた。像のお姿は初めて拝見した。そこは吊るされたキューブでうっすらと明るく、ファザーの威光によってあまり怪物が近づいてこないようだった。ロビンはこのような場所を見つけるたびに休憩をとるのだという。
ロビンは少し安心したような表情で、ファザーの像が作り出す草花の上に腰掛けた。しかし彼女に反して、僕は無性に不安だった。
この不気味な暗がりの中に、なぜか偉大なるファザーの像が点在しているということそのものが、僕にとっては恐ろしかった。人が踏み入れるべきでない場所に、祈りを捧げる像をつくる必要があるだろうか? これほどまでに冒涜的で薄汚い場所に、ファザーを讃える標があっていいはずがない。いや、逆に考えれば、どんな場所でもファザー、マザー、そして彼のお方への祈りを忘れるなという教えだろうか?
わからない。
僕は何も知らされていないのだ。こんな場所も知らなかったし、ロビンなこんな目に遭っていることも僕は知らなかった。
僕は少し震えるような気持ちで、側にいるはずのロビンの姿を探した。
彼女は銃の手入れもそこそこに、レンチについた汚れを丁寧に拭いていた。慣れた手付きだ。レンチはみるみる綺麗になった。最後の確認のつもりなのか、ロビンはレンチを帯電させた。刺激的な青い光が、ばちばちと音を立てながら彼女を伝った。
「
……
やっぱり君が先を行って正解だね。
明るくて
……
見失わない。
電気と言ったっけ。アイボリーとは少し違う、弱く儚いけれど確かな光。
初めて見るよ」
ロビンはその青い光を纏ったまま、その身の丈ほどもあるレンチを抱えて僕の目の前に座った。
彼女は小鳥のような口を開いて、ロイヤルもだよ、とさえずるように言った。
僕は思わず「え」とすっとんきょうな声を出してしまう。
ロビンは平静に、白っぽいから、暗いところでもよくわかるね、と続けた。
「あ、ああ
……
確かにそうかもしれないね」
僕は思わず座り直したが、ロビンは気にも留めない。
沈黙は耐え難く、僕の口は滑り始めた。
「教会にいるような神の子達を見たことはあるだろう?
彼らの装束のように、白は気高い色なんだ。
それはファザーやマザー、そして僕のように、彼のお方に選ばれた者の全身がアイボリーの白色に染まることに由来している。例えばこの髪とかね」
そう言うと、ロビンはなぜか驚いたような顔をした。
同時にばちりと大きな音を立てて、青い光が空気に溶けて消えた。
一転して不気味に静まり返った空気の奥に、化け物たちの蠢く騒めきが響いている。僕は思わず息を呑んだ。ロビンは身動き一つしなかった。
代わりに、生まれつきじゃないんだね、そうロビンが呟いたのが聞こえた。
元々は白くなかったの、と加えられる。髪色の話だろうか。
「そうだね。君の言う通り。元は、白くはなかったはずだよ。
僕も、マザーも、ファザーもね」
白く染まった髪に喜んだあの日を、僕はよく覚えている。
この白は彼のお方に選ばれた証。生まれつきの色ではない。どんなに色白でも、色素を失っていても、このアイボリーで満たされた肉体にはならない。
揺りかごで目覚めた、僕らだけの色。
つまり、眠る前の僕は、この色ではなかった。その通りだ。
眠る前の僕は。
僕は思わず、顔を手で覆った。
思い出せない。
僕の髪は、眼は、何色だった?
ロビンのような金? エージェントのような黒? 茶か? 赤か?
どれも正解のようで、どれも間違っているような気がする。
わからない。自身のことにも関わらず、記憶がすっかり抜けていた。
まるで必要のないことだ、と言わんばかりに。
僕は覚えている。彼のお方に選ばれ、ようやく白くなったこの髪を、母上が優しく撫でてくれたことを。
そう、僕は嬉しかった。
選ばれし者の証が嬉しくて、母上と同じになれたのが嬉しくて、初めて撫でてくれたのが嬉しくて。
……
ああ、そうか。
僕ははたと理解した。
僕は早く色を捨て、美しい白に染まりたかった。白くない髪が嫌いだった。
だから、忘れた。忘れてしまったのではない。
本当に、必要のないことだったのだ。
選ばれていない僕は、僕じゃなかった。
僕の人生は、この体になったことでようやく始まったのだから。
そう、それでいいはずだ。
でも。
覚えておけばよかったな、と今は思った。
ロビンやエルロと同じ金色の髪だったら、お揃いだねと彼女は笑っただろうか。
ミナのような黒い髪だったら。燃えるような赤だったら。力強い茶色だったら。
ロビンはなんて答えてくれただろう。
「ロビンは
……
元々の僕の髪は、何色だったと思う?」
暗闇の中でも色鮮やかな彼女を見ながら、僕はそんな質問を返してみる。
ロビンは眉尻を下げて、こつこつとレンチを指先で叩いた。きっと彼女の頭の中には、色とりどりの髪をした僕がいる。うーんと唸るロビンは、口を開いたり閉じたりして、僕の顔と髪を交互に見る。
「思い浮かばない?」
ロビンはおずおずと頷いた。そんな申し訳なさそうな顔をしないでくれ。僕なんかのために。
「ごめん。忘れてくれ。
僕も、金色の髪以外の君は思い浮かばないしね」
僕にとってのロビンは、今のロビンが最もふさわしい。きっと彼女にとっての僕も、そうであるのかもしれない。僕らは今の姿で出会ったし、思い返して見れば、僕らは出会ったばかりだった。
「もし髪を染めたら
……
教えてね。きっと似合うよ」
そんな日なんて来るのだろうか。その時僕はどうしているのだろうか。君はどこにいるのだろうか。
あまりにも曖昧な約束に、それでも彼女は微笑んでくれる。
その笑顔が、色のない僕を慰さめる。
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