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井見
2021-06-21 21:37:38
4959文字
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ロックマンX・ゼロ二次
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たった一人の
ゼロ2の直後、賢将殿にどうにかこう……会ってほしいな〜……ダメか……? どうにか……という気持ちを煮詰めた幻覚です。
一度だけ、この目で見たことがある。
くるくるとどこか妖しげに輝く緑のらせん。
脈打つような光の循環。
エネルギーを食い潰しながら、誕生を拒まれ続ける卵。
そしてまるでそれを守るかのように
——
まるでそれに捧げられているかのように、棺のような形をしたポッドの中に、レプリロイドが一機。
とても奇妙な光景だった。簡素な青い体に、若さと幼さの境にある顔立ちは、よく見知ったものであるはずだ。だがそれがこのようにして、液体の中にゆらりと浮かんでいる。
エックスさま。
オレは思わずそう呼びかける。
返答は無い。あるはずがない。半開きの口が言葉を紡ぐことは二度とない。
レプリロイドを稼働させるために必要な人格プログラム群と、それに刻まれた記憶。人々はこれらを「レプリロイドの魂」と呼ぶことがあった。そしてこの目の前に浮かぶ体には、それが無い。
彼の顔に描かれた感情は、苦しみでも喜びでもなく。
誰だろう、と思った。
エックスさまに違いないのに。
*
ハルピュイアは考える。
無事に整備が行われていたということは、おそらくゼロはあのエルピスというレプリロイドを止めることには成功したのだろう。そして封印が破壊されればダークエルフは解放されるはずだが、そのダークエルフによる惨状の気配もない。
ならば、もしかしたら。
しかし意識が途切れる寸前の恐ろしい予感が、それ以上の希望的な考えを拒否していた。封印はすでに破壊されている。まるで事実を見てきたかのような、暗く、抗い難い直感だった。
ハルピュイアはその考えを振り解くように、首を左右に振った。
たとえ真実がどちらであっても、確かめるしかない。行くしかない。
ユグドラシルのなんと遠いことだろう。そこはネオ・アルカディアにおいて最も秘匿されるべき場所、最も守らねばならない場所。それゆえに直接の転送はできない。ハルピュイアは自分の翼に感謝した。風を巻き起こしながら、障害物を器用に避けつつ、最短の距離を飛ぶ。翼は軋むような音を立て、身を裂くような痛みが全身を駆け抜けるが、構わない。翼が外れたら走ればいい。足が外れれば這おう。腕が外れても口がある。
眼下には迷いのない太刀筋に両断されたパンテオンの残骸が無数に転がっていた。どれもゼロによって破壊されたのだろう。もはや意志も無いその一つ一つが、ハルピュイアにはまるでエックスの亡骸のように見えた。無慈悲に引き裂かれた青い身体、表情を隠される青い仮面。それら全てが、エックスの一つだった。ハルピュイアは目を背けることができなかった。目を背けるべきではないと思った。
何度かの落下を繰り返し、ハルピュイアはユグドラシルを登った。そうしてようやく辿り着いたユグドラシルの最上階は、ぞっとするほどの静けさに包まれていた。それは身に覚えのある静寂さだった。何もかも終わった後の、どうしようもなく冷たい無音。
ハルピュイアは息を呑む。
天まで伸びる緑色の結晶が見当たらない。代わりに差し込む日の光がちらちらと揺らめき、瓦礫の中でなお存在感を放つ巨大な卵殻を温めている。しかしそれは見るも無惨に砕け、中身が空であることを示していた。
それだけなのだ。
あるべきはずのものが、無い。
まるで最初から、そこには何も無かったかのようだった。記憶の中の映像だけが必死に反論していたが、それが真実なのかわからなくなってしまうほどに。
ハルピュイアの意識がその空白に囚われていると、影から自身の名を呼ぶ声がした。
淡々とした、それでいて奥行きのある、忘れようもない青年の声。
幻聴か、とハルピュイアは思った。あるべきはずのものが無く、あらざるべきものがある。皮肉なことだ。そう笑いそうにもなった。ハルピュイアはあまりに疲れていたし、打ちひしがれていた。
しかし呼び声は、もう一度繰り返される。
くずおれそうだったハルピュイアの両脚に、再び力がこもった。
同じ声が、同じ方角から、二度。
ハルピュイアがその方向に目だけを向けると、割れた卵殻を囲う無数の瓦礫の一つに、男がごく自然に腰掛けていた。ハルピュイアは少しだけ目を見開いた。彼の深紅の体、長い金の髪は否応なく目を引くはずなのに、どこまでもしんと凪いだ表情が彼を風景にとけこませていた。
「
……
なぜキサマが、まだここにいる」
ゼロ。
胸の内から絞り出すように、ハルピュイアはその名を呼び返す。
ゼロはハルピュイアの視線に応えるように、ゆっくりと立ち上がった。ハルピュイアは思わず背へと手を伸ばしたが、目覚めてから確認もせず身一つで飛び出したため、そこには何も無かった。
するとゼロは両の太腿のラックに収められたセイバーとバスターに手をかけた。武器の無い状況で戦うには荷が勝つ相手、とハルピュイアが警戒を高めるのをよそに、ゼロはその武器たちを地面に投げ捨ててみせた。
「どういうつもりだ?」
「戦う気はない」
「
……
なら、何がしたい」
「
——
さあな。
オマエが来るのを、待っていたのかもしれない」
ゼロはそれだけ言うと、ハルピュイアの目の奥をじっと見つめた。ゼロの静かな視線が何かを暴き立てるようで、ハルピュイアは身じろぎをした。
どんな刃よりも鋭く真っ直ぐな眼差し。迷いのないそれが今は狂おしいほど憎らしい。どうしてそんな目をしていられる、そう叫んでやりたい。
代わりに拳を握り締め、ハルピュイアはほんの少し目を逸らす。
「去れ。キサマの顔を見ていると今にも雷でも呼びそうだ。この神聖な場をこれ以上汚したくはない」
ゼロは答えない。二人の間に沈黙が降りた。
代わりにゼロは少しの間視線を落とし、そしてある方向へと向き直った。ハルピュイアも自然とそれにつられた。
何度見てみたところで、決して何も変わりはしない場所。神聖な場、などもはや意味の無い言葉だった。そこには壊れた器があるだけで、やはりその中身の破片一つ残されていない。だが二人は、ここに何があったのか
——
誰がいたのか、知っていた。空白の中に、同じひとの影を探した。
「
……
エックスは、どんな顔をして眠っていた?」
ゼロはわずかに目を細めて、ようやく言葉を紡ぐ。
「あいつの顔が
……
よくわからないんだ。
それでも構わないと、ずっと思っていた。
ああ、だが
……
」
ゼロは何かを考えこむように目をじっと伏せてから、ハルピュイアを再び見つめた。
ゼロの瞳の、夜の始まる色が、ハルピュイアに問いを突きつける。
「
……
オマエは、覚えているか?
エックスの、顔を」
少し前のハルピュイアであれば、愚問だと切り捨てていただろう。
だが今の彼には、それができなかった。
レプリロイドに自然忘却はない。そのはずなのに、どれがエックスの顔なのか、わからないのだ。
玉座に座るエックスの顔。
民草を裁き導くエックスの顔。
戦乱をたった一人で鎮めるエックスの顔。
棺に眠るエックスの顔。
どれもエックスの顔で、どれもエックスの顔ではないように感じた。
『エックス』がみるみる遠く滲んでいく。答えが失われていく。
「
……
誰が
……
」
ハルピュイアはたまらずゼロに詰め寄り、そしてその衝動のままゼロの胸ぐらを掴み、顔を引き寄せた。
「
……
オマエ以外に、誰がいると
……
!」
発声機能に問題は無いはずなのに、声が、息が震える。
ハルピュイアはエックスをほとんど知らないと言ってもよかった。ハルピュイアは確かに、ゼロの知らないエックスを知ってはいたが、ゼロはハルピュイアの知らないエックスを
——
遠い昔、まだ理想郷の主ではなかったエックスを
——
知っているはずだった。そして途方もない時が経った今、エックスがただのエックスであった頃の姿を知るのは、もはやゼロ以外いない。
——
ぎり、という音がした。ゼロの首元を掴み上げる自身の手の力がさらに強くなっていたことに、ハルピュイアは遅れて気づいた。しかしゼロは抵抗を見せることなく、ハルピュイアを瞬きもせずに見据え続けるだけだった。
ゼロの瞳の中に映る自分の表情に、ハルピュイアはさらに顔を歪ませた。自分がどんな顔をしているのかなど見たくなかった。ここにいるのが自分一人だけだったら、見なくて済んだのだ。それなのに、目の前にはゼロがいる。
このまま、首を折ってやろうか。そんな考えがハルピュイアの脳裏を掠めた。自分がゼロから目を逸らしたところで、ゼロは自分を見つめ続けるだろう。ハルピュイアにはそれがたまらなく耐え難く感じた。ゼロの命さえ断たれれば、もうこの目が自分を見ることもない。そこまで考えて、何を馬鹿なことを、と恥じた。そんなことでは何も変わらない。そう、何も変わらないのだ。
胸の内から湧き上がる正体のない衝動を、ハルピュイアは持て余すことしかできなかった。この衝動に無理やり言葉を与えるなら、悔しい、という言葉がきっと一番近いような気がした。しかしそれも答えではなかった。手の力ばかりが強まり、もはや震えていた。
するとゼロは少しだけ目元を緩めて、小さく口を開いた。
「
……
ハルピュイア」
何かを確かめるように、ゼロはゆっくりとその言葉を吐き出した。空白を抱いた聖域にゼロの声がゆっくりと木霊して、ハルピュイアの耳を震わせた。
「やめろ!」
ハルピュイアはたまらずゼロを突き飛ばした。空けられた一歩分の距離を、ゼロは詰める。そして同じだけ、ハルピュイアは後退する。
「オレをその目で見るな! オレをその声で呼ぶな
……
!」
何かを探すようなその目も、何かを訴えるようなその声も、今は一番向けられたくなかった。それに晒されると、何もかもわからなくなる。ハルピュイアは片手で頭を抱えた。燃えるような痛みを感じる。視界が揺らめいている。
なぜ、なぜこんなことになったのだろう。全ては防げるはずの事件だった。どうしようもない天災などではなかった。歯車は回っていた。少しずつ軋みながら。
ゼロが一歩踏み出したことに、ハルピュイアは気づいていなかった。思考は巡り続けた。
あの時。取るに足らない雑魚と侮らず、地の果てまで追いかけるべきだったのだ。かつてゼロにそうしたように。イレギュラーは殲滅する。それでよかったはずだ。
あの時。他のレジスタンス共々あの男を葬っておくべきだったのだ。ベビーエルフが彷徨い始めることもなかった。ゼロが連れ帰ろうとするのを、なぜ黙って見守っていたのだろう。
あの時。
やはり殺しておくべきだったのだ。ゼロさえいなければ。レジスタンスは問題なく壊滅し、封印は保たれていたはずだった。
そのはずだった。
そんなはずはない。
こんなはずじゃなかったんだ。
——
それが限界だった。
相反するもしもを演算することは、今のハルピュイアの体には難しかった。ハルピュイアの瞳から意志が途切れたのと同時に、力の無くなった体が地面へ吸い込まれていく。ゼロは咄嗟に両腕を広げ、それを受け止めた。
ハルピュイアの体はぼろぼろだった。ゼロと同じか、それ以上に崩れかかっていた。無理をしてここまで出てきたのだろうことは簡単に予想できた。ベビーエルフの作用やハルピュイア自身の抵抗もあれど、これほどまでにハルピュイアを打ちのめしたのは、他でもないゼロだった。
ゼロはあの時の会話を、約束を思い出していた。
間に合わなかったのだ。失ったものが多すぎた。
しかし腕の中には、確かな重みと熱がある。それはハルピュイアが今、生きているという証だった。
ゼロはハルピュイアを見下ろした。こうして見ると、おぼろげな記憶でも、やはりよく似ているように思える。だがハルピュイアはハルピュイアであり、他の誰でもない。
苦しみに歪められたハルピュイアの目元を、ゼロは親指でふれるように擦った。
「
……
オマエこそ」
オマエ以外に、誰がいるんだ。
ゼロは意識のないハルピュイアにそう零した。それはかすかに、静けさの中に響くだけだった。
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